父、観察を終える。やはり、息子を偲ぶ
「む」
「亜衣里、どうしました?」
「何やら部屋の匂いが違いますね……曲者の匂いです」
曲者って、俺たちは忍者か何かか。まぁ隠れ身の術みたいなのを使ってるから似たようなもんか。
っと、突っ込んでる場合じゃない。バレたのか?
香里奈の<透過>は視覚や熱源感知に対してはほぼ完璧な偽装となるが、確かに匂いや気配といった要素には無防備だ。
匂い――煙草の残り香か?
「そこっ!」
ふわっと鬼灯妹のスカートが捲り上げられ、アダルティーな黒い下着が見えたかと思うと。
同じく見えたガーターベルトに挟まれていた小振りのナイフが、素早く投擲されていた。
どすっ、とその刃先が壁に突き立つ。
俺たちのいる場所とは、真反対の壁に。
「……亜衣里?」
「おや? 何かいる気がしたのですが」
……勘がいいのだか悪いのだか。
しかしスカートの中に刃物を忍ばせているとか、どこの戦闘メイドだこの娘は。ボディーガードまで兼任しているのだろうか。多才なところは、流石鬼灯の妹ではある。
とりあえず、長居は無用だな。このままだと本当に気取られそうだし。
香里奈の腕を掴んで、退散の意を伝える。
「うきゃっ!」
だが返ってきた感触は、予想よりもずいぶんと柔らかなものだった。
おっと。他意はない。本当だ。
見えないから間違えただけだ。ただ、せっかくなのでしっかり揉んでおく。
「んっ、アオさん揉みすぎっ」
「何者ですかっ!」
気づかれた。当たり前だ。
弁明は後にして、香里奈を抱えて壁に張り付く。
察した香里奈の<透過>が発動するのと、二本目のナイフが飛んでくるのは、ほぼ同時であった。
「なんでおっぱい揉みました?」
邸宅の壁を抜け、そびえ立つ塀を抜け、しばらく走ってから俺は香里奈を降ろした。<透過>を解除した香里奈は、赤い顔で青筋を立てて俺を睨んできた。感情表現が豊かだ。ギャルギャルしい十七歳はみんなそんなものなのかもしれないが。
化粧なんぞしなくても充分可愛いとは思うのだが、彼女には彼女なりのこだわりがあるのだろう。おっさんには理解できないJKの価値観だ。そんなことを思いながら、言い訳も同時に考える。
たいした考えは浮かばなかった。何か理由のある行動ではなかったので当然だ。強いて言えば有名な登山家の言葉に近い。そこに胸があったからだ。
「ノリだ」
「ノリでうら若き乙女のおっぱい揉まないでください!」
「いや、他意はなかったんだがな」
「おもいっきりこねくり回されたんですが!」
「いいモノを持っている。それは誇っていいぞ」
俺は親指をぐっと立てた。見て触って、しっかりと成長は確認できた。
本日三度目の平手打ちが飛んでくるかとも思ったが、香里奈は力が抜けたように肩を項垂れさせると、大きく長いため息を吐いた。
何故かはよくわからないが、どうやら再び秋が巡ってくることはないようだった。
「どうしてこの人は、こうもナチュラルにセクハラをするんですかね……」
「楽しいからに決まってるだろ。ライフワークみたいなもんだ」
「絶対、いつか捕まりますからね、そのライフワーク」
「安心しろ。きちんと見極めてはいる」
見ず知らずの少女やそういうことに極度の拒否感を抱いている子には、俺もセクハラは控えている。ああ、意識がない場合は別だ。要はバレなければいいのだ。
「ハァ……もういいです。でも、あたしのおっぱいはそんなに安くないですからね?」
「五千円ぐらいか?」
「リアルに値段付けるのやめてくれます? ……今度、ちゃんとしたデートに連れてってもらうんですから。それでチャラにしてあげます」
「わかった、考えておく」
仕方ない、きちんと予約が必要な飯にでも連れていってやろう。しかしこいつも、こんなおっさんじゃなく同年代のイケメンの彼氏でも作って遊びに行けばいいだろうにな。さぞモテるだろうに。チャラっとした見た目の割に、チャラっとした男は嫌なのだろうか。相変わらず若い女の子の考えることはよくわからん。
車に戻るころには、もう日が傾き始めていた。
「さ、あと一つだ。さっさと終わらせちまおう」
「はぁい」
スマホでラインを立ち上げ、最後の少女の現在位置を尋ねる。
少しして、もう自宅に戻っているとの答えが返ってきた。最後の少女。
本日のメインイベントとなる、あの子だ。実のところ、あの子以外は別段、直接会う必要はなかったりもする。もののついでというやつだ。予行練習とも、心の準備ともいう。
予め調べてあった住所をナビに登録し、俺は車を走らせるのだった。
相模朱里
高等部一年
桃色の髪と瞳、身長百五十台後半
発動型<破壊>
保有精神力:多
射程:長
危険度:極大
優等生、文武両道、才色兼備、正統派ヒロイン枠、料理下手
絵に描いたような模範的な優等生。対象のクラスで委員長を務めており、周囲や教師からの信頼も厚い。壊滅的に料理が苦手なこと以外はおよそ欠点らしきものが見当たらず、人間関係も極めて良好。学園内に彼女に悪感情を持つ者はおらず、あらゆるタイプの人間が彼女の存在を肯定的に捉えている。
学園生活においても、私生活においても歪みのような気配は微塵も感じられず、故にギフトを発現していること自体がおかしい。経緯は一切不明。私見だが、自身の異常性を認識できていない。あるいは、認識した上で日常に組み込めてしまうほど思考が危うい。
そのギフトは危険の一言に尽きる。威力と精度が異常なほど高く、視認範囲内であれば効果は減衰しない上、ミリ単位で適用範囲を調整できる。視覚外でも、近距離であれば数センチの誤差で指定が可能。対人の効果は確認できていないが、おそらく対応できるギフトは皆無だと思われる。
間違いなく、今まで対象と関わってきた少女たちの中で最強のギフテッド。可能な限り早期の排除が望まれる。
「ヤバすぎませんか、この子?」
報告書を読み終わった香里奈が、心なしか青みを帯びた顔で同意を求めてくる。
「マジヤバだな」
「マジヤバですよね。これだけ強力なギフトなのに範囲制限も緩いとか。あたし、この子だけは捕縛する自信がまったくないですよ」
「右に同じだ」
初手の完全な不意討ち以外では、俺ですら捕縛は無理だろう。というか、交戦になった場合での処分すら難しい。初手が決まらなければ、俺単体では確実に負ける。ウチの精鋭で五人ほどのチームを組んで、それでも半数は犠牲が出るだろう。
「でも、おかしくないですか? いくらシングルとはいえ、制限が緩すぎますよ。それだけ願いが強いってことですか?」
「それもあるんだろうがな」
思いや願いの強さで、確かにギフトの出力、制限は変わる。ただ、それだけでは説明がつかないほど、朱里ちゃんのギフトは強力に過ぎた。例えば、同ランクであろう俺の場合はこんな感じだ。
四条 蒼
祝福省ギフト対策室室長
発動型<停滞>
保有精神力:中
射程:短
危険度:大
対象の動きや意識を<停滞>させる俺のギフトは、言わずもがな強力な部類に入る。ただし射程と対象に大きく制限があり、意識のある対象を相手取るには極端に接近する必要があった。強すぎる願いには相応の制限が設けられるというのが、現在のギフト研究における定説であった。
この図式に当てはめるのであれば、朱里ちゃんのギフトにも強固な制限がかかるのが自然である。多少の差違はあれど、今まで俺が出会った強力なギフテッドたちは、全員がなんらかの制限を負っていた。それを見極めて突つくのが対ギフテッド戦の常道であり、ここまで突き抜けた例は未だかつて見たことがない。
類推するに。その矛盾の成立には、概念を逆手に取った朱里ちゃんの願いが関係している。
「おそらくだがな。発現当初は、制限があったんだと思う」
「途中で制限がなくなったってことですか? そんなことできるわけが――」
「できる。願いの言葉、イメージを現実化するのがギフトだ。もう一度よく考えてみろ。彼女のギフトはなんだ?」
「発動型<破壊>……。! え、そんな。そんなことがっ!」
思い至った香里奈の目が、驚愕に見開く。
そう。その願いは、神の与えし祝福を冒涜するものだった。
「ギフトの「制限」を、<破壊>したってことですか!?」
「ああ、まず間違いないだろうな」
そう考えると辻褄が合う。
それは明らかな、神の不手際であった。
「なんですかそれ。そんなの、やりたい放題じゃないですか」
「まったくだ。文句を言いたいところだが、神様は俺たちの願いは聞き届けてくれても、クレームは受け付けてくれないしな」
苦情処理をする神というのも、想像するだにシュールな存在だが。とにかく、一度叶えられた願いが取り下げられたという事例は、今のところ聞いたことがない。この場合はむしろ、システムの隙間をうまく突いた朱里ちゃんを褒めるべきか。
「あ、でもでも、この子性格はよさそうじゃないですか。そう無闇に襲ってきたりはしないんじゃないですか?」
「一見そう思えるんだがな。たぶん、いざとなったら容赦しないと思うぞ」
加えてもう一つ。
彼女には懸念事項があった。
「未登録なんだよ、この子だけ」
「え」
これだけ目立つギフトを持っているなら、今まで祝対の警戒網に引っかかっていないはずがない。そう思った俺は祝福省のデータベースを調べてみたのだが、案の定、<破壊>やそれに類するギフトが登録されたという事実は存在していなかった。
現代社会に生きる善良なギフテッドにとって、ギフトの登録は必須事項である。何しろ未登録であることが公になれば、誰に何をされても――それこそ理由なく殺されたとしても、加害者は罪に問われることがないのだ。
未登録のギフテッドは、確かに一定数が存在している。先日、久々利が被害を受けた<エロ同人みたいに>なんかもそのひとりで、社会の闇に隠れ住んでいる奴らが事件を起こすことはままあった。
そして逆に捕まりさえしなければ、奴らは法に縛られることはない。その利点を活かして非合法の生業を行っているのが、未登録のギフテッドの典型であった。
すなわち。表向きがどうあれ、彼女は思想が危ない人物であるということだ。
「香里奈、次は少しでも異変を感じたらすぐに撤退するからな? 心しておけ」
「……ほんとに帰りたくなってきたんですが」
『間もなく、目的地に到着します』
嘆く香里奈の言葉を遮るように、ナビが目的地付近への到着をアナウンスしてくる。
次も一般家屋なので、香里奈を欠くわけにはいかない。だがいつでも逃げられるよう、俺は心構えだけはしっかりとしておくのであった。
詩莉ちゃんの時と同様に、香里奈の<透過>を纏って侵入する。今回はごく普通の一軒家なので、特に警戒はいらないだろう。普通に玄関の扉から中に入った。
なお、不慮のパイタッチを防ぐとの名目で、俺の左腕はがっちりと香里奈に組まれている。逆に常時「当ててんのよ」状態なので、俺としては何も文句はない。いざ逃走する時にも初動が早くなるだろうし。
きちんと整理された玄関と廊下。少なくとも中流以上の生活が窺える。御門学園側のデータでは、共働きの両親との三人暮らし。家族関係も良好。至って普通の、平凡で幸せそうな家庭。
家庭環境が原因でギフトを発現するケースはなかなかに多いが、どうやらその線ではないようだ。ではいったい何が、彼女にギフトをもたらしたのか?
「……なんか、変な匂いしません?」
「するな」
廊下の奥、リビングに繋がるだろう扉。そこから漂ってくるのは、ツンと鼻を刺激するえもいわれぬ匂い。正確には異なるのだが、その類の匂いに俺は覚えがあった。
つい先日、我が家にシャルロとこよりを招いた時に嗅いだ刺激臭に、たいそう似通っていた。つまりはそういうことだろう。
完璧な優等生である朱里ちゃんの、報告書によると唯一の欠点。料理下手。どの程度かと多少案じてはいたが……まさかシャルロレベルなのか?
非常に嫌な予感がしたが、意を決して扉をすり抜ける。
「うっ……」
「鼻が曲がりそうです……」
一気に濃くなった臭気に、俺は鼻を摘まむ。違った。シャルロの比ではない。
これは、さらにその先の領域に届いている。もちろん、悪い方の意味で。
「ここで塩を少々……少々ってどれくらいかな? こんなもの?」
チェック柄のエプロンを着けた桃色の髪の少女が、スマホを片手に鍋に向き合っている。思わず目を奪われるほどの美少女――この子が朱里ちゃんだろう。察するに、夕食の準備中なのであろうが。
しかし今、調味料入れからどさっと投入した塩の量は、明らかに少々ではない。煮えたぎる鍋の中身は、何故か毒々しい青色をしていた。いったい何を入れたらそんな色になるのだろうか。そして何を作っているのか。最終地点がまったく想像できない。
「煮立ったら一度火を止めて……煮立った、ってどういう状態を定義するの? もういいの? もうちょっとかな?」
もう手遅れだよと突っ込みたかったが、そういうわけにもいかないので黙って見守る。するとチン、と小気味よい音が響く。同時に電子レンジでも調理をしていたようだ。
「あ、できたかな」
吹き零れそうな鍋を放置して、朱里ちゃんが電子レンジの方に向かう。いや、吹き零れた。青い液体がコンロの火に触れてジュッ、と蒸発し、匂いがさらに酷くなる。しかし朱里ちゃんは気づかずに、レンジの中からこれまた形容し難い焦げ茶色の塊を取り出した。ジュウ~~~と液体が溢れ出し、その勢いで火が消える。
「あれ? 火、止めたっけ?」
突っ込みどころが多すぎる。ほんとに優等生なのか、この子?
「まぁいっか。最後にオリーブオイルを気持ち程度……冬馬君に対する気持ちってこと? じゃあこれぐらいで」
溢れて中身の減った鍋に、息子への気持ちがなみなみと注がれる。やめてあげてほしい。も○みちでもそんなに大量の追いオリーブはしないと思う。
もはやそれは、料理という行為への冒涜であった。
「よし、完成。ちょっと不思議な匂いがするけど、料理は味だものね」
駄目だこの子。早くなんとかしないと……。
腕に伝わる感触から、香里奈の強ばりが感じられる。表情は見えないが、香里奈もきっと同じ思いに違いない。
「では味見を……」
カン、と。
謎の塊にフォークを突き立てた朱里ちゃんだったが、およそ人類の顎の力で咀嚼できるとは思えない音が返ってくる。よく見るとフォークの先が少し欠けていた。完全に鉱物系の、モース硬度の測定が必用そうな音であった。
カチコチのあ○きバーのモース硬度はサファイアを越えるというが、果たして朱里ちゃんは人の身で何を作り出してしまったのだろうか。
「……ま、まぁ、こんなこともあるよね。ビーフシチューの方は……」
ビーフシチューなのか、その青いの。米の国でそんな色のケーキを出されたことはあるが、どう見てもそれを溶かしたものにしか見えなかった。
お玉で掬ったどろりとした青色を、朱里ちゃんが口に運ぶ。
「あむっ……うえっ! ぺっぺっ!」
即座に吐き出し、シンクで口を濯ぐ朱里ちゃん。匂いでわかろうものだが、やはり味もお察しであったらしい。
シャルロと違って味覚は正常に機能しているのが、救いといえば救いか。
「おかしいなぁ。ちゃんとレシピどおりに作ったのに……」
しゅんと気落ちする朱里ちゃんだったが、料理をしない俺から見ても、そのレシピが大幅にアレンジされているのは明らかだった。報告書のとおりの能力を有しているのなら、なんでも卒なくこなせるはずなんだが……料理に関してだけは、呪われているとしか言いようのない有様であった。
人様に出せるものではないという認識は持っているようなので、冬馬が被害に遭うことはなさそうなのが、唯一の安堵できる点である。
「やっぱり先生に見てもらわないと駄目かぁ。……うん、また頑張ろう」
そう言って、失敗作AとBを流しに捨てる朱里ちゃん。ディスポーザーが設置してあるのだろうか。
しかしBはともかく、Aは処理できないんじゃないか? そう思っていると。
物体Aに向けて、朱里ちゃんが揃えた指を伸ばす。
「刻み壊せ」
願いの魔法、その言葉に従って。
放たれたギフトが、無数の軌跡を現して塊を微塵切りにしていく。
時間にして一秒ほどで、物体Aは跡形もなく無数の塵へと姿を変えていた。周囲のシンクには、一条の傷も付けずに。
「――!」
腕を掴む香里奈から、息を飲む気配が伝わってくる。さもありなん、俺も実際に目の当たりにして、薄ら寒い感覚が背中を撫でていくのを覚えた。
恐ろしいまでの威力と――そして精度。なんでもないように行使していたが、特に後者は素質だけではなく、訓練が必須な要素である。どれだけの研鑽を積めば、この領域に至れるのか。祝対の職員の中で、果たして彼女に匹敵するレベルの人材がいるのだろうか。
天才かつ秀才。正にギフトの申し子とでも呼べる存在。
それが現時点での、俺の相模朱里に対する評価であった。
水を流し、ディスポーザーを起動させる朱里ちゃん。ごうんごうんと、排水口の奥の機構が動く音、に、紛れるように。
俺のギフトが一つ、強制的に解除される。
瞬間。
「――っ!!」
腕に絡んだ香里奈を抱き寄せ、床を転がる。そこに半秒と置かずして、走る衝撃。
空間が割れる。あたかも、石を投じたガラスにひびが入るように。その奥に覗くのは、真なる闇だ。空間の奥に潜む、無の領域。
一瞬ののち、錯覚であったかの如く、空間が修復される。それは空間の、世界の辻褄合わせのような現象であった。
空間を、直接対象として放たれた<破壊>。
まったく、何も、兆候はなかった。予め彼女と俺たちの間に設置しておいた、こちらも空間を対象にした<停滞>がなければ、俺たちはそれに巻き込まれていた。
げに恐ろしきは。
日常の習慣的動作として、ギフトが行使されたこと。俺たちの存在に気づいていたわけではない。ただ、定期的なメンテナンスかの如く、さらりと空間が<破壊>された。それも一切の予備動作なく。
彼女は認識している。己の危険性と異常性、それ故に狙われる可能性があることを。そして備えている。異常を日常に紛れ込ませ、なんでもないように装って。
「あれ? 誰かいるの?」
まずい。気づかれた。
まずいまずいまずいまずいっ!!
再び<破壊>が放たれるのと紙一重で、俺は<停滞>を一つ解除――鬼灯の<暴風域>、その推進力を解放し、壁に向かって吹き飛ぶ。背中に空間が削り取られる感覚。
<透過>を維持したままのリビングの壁をすり抜け、そのまま廊下の壁に強かに体を打ち付ける。すんでで抱えていた香里奈を放り投げたので、衝突のダメージは全て俺に来た。鈍痛が半身を痺れさせるが、蹲っている暇はない。
「撤退!」
素早く指示を出し、玄関まで走り抜ける。こちらも<透過>させたままの扉に飛び込む。
「香里奈、いるな!?」
「はぁい。もう少し丁寧に扱ってほしかったですがー」
「いいから駐車場まで走るぞ!」
文句を言う香里奈の安否を確認できたので、全力で車まで走る。右足首に違和感。壁にぶつかった時に、捻挫ぐらいはしているかもしれない。
そうして駐車場まで戻り、香里奈に<透過>を解除させながら急いで発進する。
幸い、それ以上の追撃はないようであった。香里奈と二人、大きく安堵の息を吐く。
「なんとか逃げられたか……」
「アオさん、背中ボロボロですよ」
「うお、マジか」
なんかスースーすると思ったら。
触れると、シャツとインナーの背中の部分がごっそりとなくなっていた。リビングから逃げ出す時に<破壊>で削られたのだろう。正に紙一重で回避できたわけだ。
「下手したら死んでましたね」
「まったくだ」
ここ最近では、最も命の危機を感じた瞬間であった。
「あの子、適当に理由つけて処分した方がいいんじゃないですか? 未登録だし。いつか人殺しちゃいますよ、あれ。ってかもう殺してるかもしれませんし」
「大臣ならそうしろって言うだろうなぁ」
俺の方針からしては、できれば処分はしたくないのだが。制御できるとは思えないし、あまりにも危険すぎた。国としては、内に安全装置のない核爆弾を抱えているようなものだ。手段だけなら、いつでも要職に就く人材を暗殺してしまえる。早急に排除してしまいたいだろう。
尤も、今日のことで警戒心を与えてしまっただろうし、誰がやるのかという問題もある。正直に報告を上げれば俺を中心にチームが組まれるだろうが、確実に犠牲が出るし、果たしてそれに見合ったリターンが得られるかといえば難しいところだ。
「あたしは嫌ですよ? 絶対死んじゃいますし」
「わかってるよ。どうするにせよ、対策を詰めなきゃ話にならんし、しばらくは様子見するしかないだろ」
一つだけ、穏便に済ませる方法があるにはある。
彼女を制御できる可能性のある人物が、ひとりだけ存在していた。言わずもがな、うちの息子である。
しかし今までの八回のケースにおいて、それが成功した試しはない。賭けるにはあまりに分が悪い博打であった。
「また色々考えんとな……」
手回し根回しして、少しでも冬馬の生存率を上げてやらねばなるまい。溜まった有給を消化するのは、まだしばらくは無理そうだ。
煙を吐く。思いを乗せる。
息子よ、どうにか生き延びてくれと。
煤けた背中に外気を感じながら、俺は連絡すべき人物たちを頭にリストアップしていくのだった。




