父、更に観察する
「あたし、甘いものはしばらくいいかもです……」
「同感だな」
車に戻った俺たちは、さっそく煙を燻らせる。
恐ろしいものを見た。
ありのまま今さっき起きたことを話すと、観察対象の尋常ではない量の食事が終わったかと思えば、それを凌ぐ量のデザートタイムが始まり、直視に耐えられなくなった俺たちはそそくさと店を後にしたのであった。
彼女もまた、嫁に迎えると多大な恩恵に与れるのは間違いなかったが、別の危機感を覚えることにもなりそうだった。主にエンゲル係数的な意味で。
「ってか、このストーカー行為に、意味あります?」
「決して陰湿な付き纏い行為ではないと弁明したいが……まぁ、彼女たちの人となりが少しでも理解できれば構わんさ。一応はこんな仕事をしてるもんでな、どれぐらい「外れてる」かはだいたいわかるつもりだ」
祝対の室長として対峙する少女たちは、そのほとんどが何かしら通常から逸脱した性質を抱えている。その逸脱が広がるほど対人の危険度も大きくなる傾向があり、何百人もの少女と相対してきた俺は、僅かな邂逅で彼女たちのだいたいの在り方を把握することができた。
「その感覚で言えば、今の蓮ちゃんを含めた三人はさほど危険ではない。尤も、表面的な性質の話であって、ギフトが強力すぎるからいざ暴走した時は冬馬じゃ対処できないだろうがな。正直、俺でも怪しい」
「え、じゃあ結局駄目じゃないですか」
「それでも、実際に見ておく意味はある。主に事後処理の方面での参考になるからな。対処はあいつに任せることになるが――ああ、そうか。あいつは、あえてぶつけるつもりか」
「ぶつける?」
「いや、こっちの話だ。とりあえず残りの二人を見に行くぞ」
煙に疑問を乗せて吐き出す香里奈を横目に、俺は次の目的地に向けてアクセルを踏み出すのだった。
ショッピングセンターから車を走らせること二十分ほど。
郊外の住宅地が並ぶ中に、その広大な空間は突然姿を現した。
「……でかいな」
「……でっかいですね」
比較的大きな邸宅が並ぶこの区画にあってなお、その敷地は目の錯覚かと思えるほどの空間を専有していた。
悠然と佇む塀の長さは、優に周囲の敷地の五倍はある。
報告書のとおり、かなりの資産を保有した一家であるらしい。
そしてその情報が霞むほどの特異な性質が、書面にはまとめられていた。
綾目詩莉
高等部三年
茶髪、緑の瞳、身長百六十台半ばほど
発動型<変換>
保有精神力:不明
射程:不明
危険度:未知数(ある意味大)
資産家令嬢、変態
代々貿易関係の仕事に携わる家系の生まれで、非常に裕福。専属のメイド兼ドライバーがいる。女系の一族らしく、将来は跡を継ぐものと思われる。
中学生のころに父親から過度の虐待を受け、偶然も重なり大怪我をした時に、「せめてこの痛みだけは別のものにしてほしい」との願いからギフトを発現。自身や他者にかかる効果を別の効果に<変換>できる能力で、専ら「痛覚」や「ダメージ」を「快楽」に変える用途に用いている。
他にも様々な応用が可能なはずだが、今に至るまで他の用途を試したことはないらしい。そのため詳細は不明。また、現在ではギフトを介さずとも「痛み」を「快楽」に感じているようで、今となってはギフトの必要性が全くと言っていいほどない。つまりは変態。
対象に並々ならぬ執着を抱いているのは確かだが、その方向性が性的に過ぎるため、果たしてどれだけ<デッドハーレム>の影響を受けているのかも不明。よって危険度も未知数。というかできるだけ接触したくない。すなわち変態。
その特性を表すエピソードは多数あるが、記述に耐えないので割愛。要は変態。
「そんでこれまた、えらいのに目を付けられたもんだな……」
「なんていうか、できるだけ関わりたくない気持ちが文面から滲み出てますね……」
他の少女たちと違い、不明だらけの報告書が詩莉ちゃんの異常性を真しやかに物語っていた。つまりはどん引きしたのだろう。
「で、どうします? 流石に一般家屋に正面から侵入するわけにはいきませんよね?」
「ああ。香里奈、出番だ」
「ですよねー」
侵入任務にはもってこいのギフトを持つ香里奈である。ここは素直に頼るのがいいだろう。
衣服ごと全身を<透過>してもらい透明人間になってから、更に適当な位置の塀をすり抜ける。防犯カメラは設置してあったが、香里奈の<透過>は己の発する赤外線すら屈折させることができるため、サーモグラフィ機能が搭載されていたとしても問題ない。正に完全犯罪にはうってつけのギフトであった。
塀を抜ける時に、どうでもいい考えが浮かぶ。これを応用して途中で解除すれば、簡単に対象を捕らえられるな。いわゆる壁尻シュチュエーションの再現である。
頭の中の「やってみたいセクハラ案」にメモっておく。今度香里奈とスクランブルに出る機会があったら、是非ともやってもらおう。シャルロもいるとちょうどいいな。とても楽しそうだ。
そのまま邸宅の玄関もすり抜ける。広いエントランス内にはしかし、他に人の気配は感じられなかった。
流石にどの部屋にいるかまではわからないので、探さねばなるまい。
なお、二人とも透明になっており互いの位置が把握できないため、香里奈には俺の服の裾を掴ませている。手を繋いでもよかったのだが、香里奈が恥ずかしがったので妥協案だ。やはりおっさんと手を繋ぐのは嫌らしい。
「部屋が多そうでめんどいですね」
「そうだな。虱潰しに探すしかないか」
小声で会話を交わす。
一応は百平米近い床面積を誇る現在の我が家だが、比べるのもおこがましいほどの空間がここには広がっていた。当然、部屋数も遥かに多い。
詩莉ちゃんが嫁入りしてくるなら、この家も付いてくるのだろうか。ああ、違うか。その場合は冬馬が婿入りすることになるな。うちには格式なんぞないし。
どちらにせよ、経済的には苦労とは無縁の生活になるだろう。それ以外の苦労を軒並み背負い込むことになりそうだが。
「誰もいませんね」
「こんなに広いのにな。維持するだけでも大変だろうに」
やはり広い廊下には、一定の間隔で調度品が並んでいる。品の良さが感じられるそれらは埃を被っておらず、清掃が行き届いていることを示していた。
「確か、専属のメイドがひとりはいるはずだ。それもどうやら、鬼灯の妹みたいなんだよな」
「師匠の妹さんですか? 狭い世間ですねー」
久々利と同じく祝対の古参である鬼灯は、香里奈の担当教官でもあった。そしてその妹が、詩莉ちゃんの専属メイドをしているらしい。いつぞや聞いたメイドライバーで、本当にリンカーン・リムジンを乗り回しているとのことだ。鬼灯に聞いた特徴と一致するので間違いない。確かに狭い世間であった。
もしかしたら、普段は詩莉ちゃんと鬼灯妹の二人しか、この邸宅には住んでいないのかもしれない。人の住んでいる気配は感じられるのだが、それは建物の広さの割にはずいぶんと薄いものであった。
「――っ」
いくつかの部屋を確認して回っていると、不意に消え入りそうに漏れた声が聞こえた。続いてバシン、と何かを叩くような音。
声を殺して、見えないが香里奈と頷きを交わしてからその部屋の壁をすり抜ける。
再び響く音と声。
目の前に広がる光景は、俺たちを絶句させるに充分すぎるものだった。
「ん、ん、あ、いいです、そこ、もう少し強めにっ」
「はっ」
バシン、バシン。
あっ、んっ。
「…………」
一度目を閉じ、もう一度開けるが、やはりその光景は変わらない。
香里奈の手が俺の体を伝って頬まで伸び、ぐにっと摘まんでくる。痛い。信じたくないのはわかるが、自分のでやってほしい。
詩莉ちゃんと覚しき、恍惚の表情を浮かべる少女と、その尻をバラ鞭でリズミカルに叩くメイド服の女性――鬼灯妹。
どう見ても、特殊なプレイの最中であった。
「ハァ、ハァ、腕を上げましたね、亜衣里」
「は、恐縮です。ですがやはり、四条様には敵いませんで」
「それは致し方ないことです。私は冬馬様には触れていただくだけで、達しそうになってしまいますので」
「……ご命令とあらば、お連れしますが?」
ヤバい。うちの息子ヤバい。めっちゃロックオンされてる。
「いけませんよ、あくまでも冬馬様の意思を尊重しなければなりません」
「は、もちろんです。平和的かつ合意的に――お越しいただけばよいのです」
「ふふ、そうですか……では、お願いしましょうかね」
「はっ」
逃げてぇーーっ! 息子逃げてぇーーっ!
なんだこの二人は。詩莉ちゃんは報告書のとおり、真性の危ない子だが、鬼灯妹も大概だぞ。恐ろしいまでの忠誠心で、有言実行しそうな気配がありありと感じられる。
見てくれは二人ともたいそう整っているのだが、言動が全てを台無しにしていた。残念すぎる美人たち、ここに極まれりである。
「アオさん、あたしもう帰りたいです……」
「……俺もだよ」
部屋の端で深くため息を吐きながら、俺たちはまたしても思いを同じくするのであった。




