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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
33/118

父、観察を続ける

「次は……あ、この子は大丈夫だわ。パスだな」


「いいんですか?」


 コインパーキングに戻り、車内で報告書を捲った次の少女。

 その名前は、以前から俺の知り得ていたものだった。


「ああ、この子は前に会ったことがある。それにちょうど今日は、冬馬とデートしてるみたいだからな」


「毎日違う女の子とデートとか、超絶リア充ですね」


「傍目にはな。本人は戦々恐々としてるみたいだが」


 余計なフラグを立てないよう、ヘイト管理が重要だとか言ってたな。かわいそうにモンスター扱いである。

 ああでも最近は、何か吹っ切れたような感じがしてたな。心境の変化でもあったのだろうか。


 なお、少女たちの本日の予定は、事前に報告を貰っている。調査報告を含め苦労をかけて悪いが、毎度のことなので慣れたものだと言っていた。


「一応見とくか? この子もまた凄いぞ」


 エンジンをかけながら、香里奈に資料を渡してやる。

 煙草を咥え、ついでに香里奈の口にも押し込んでおく。

 ちなみにこの車は、俺の通勤用に用意してもらったものなので喫煙可だ。スクランブル用のワゴンは、他の職員も使うので当然禁煙である。

 同行者に香里奈を選んだのには、その点を気にしなくていいという理由もあった。


「ぷはー。ほんとだ、凄いですねこの子」



 御門 環

 高等部二年

 薄青色の髪と瞳、身長百五十センチほど

 発動型<束縛(バインド)>

 保有精神力:やや多

 射程:中

 危険度:小

 頭脳明晰。研究者肌。ロリ先輩枠。冷静沈着。ユーモラス。

 国際祝福連盟主体の学術論文雑誌「GIFT」に論文を掲載した、若き才媛。また御門学園理事長の姪で、学園内では教師陣を越えた絶大な権力を有する。

 通常の授業は全て免除されており、学園外の企業や研究機関と連携してギフトに関する様々な研究を行っている。ギフト研究会の会長でもあり、登校時は専らその部屋に籠っていることが多い。

 現象系に属するギフト<束縛>を使いこなしており、主に不可視の糸を出して相手の行動を縛る用途に用いている。推測だが、ギフトの理論に精通しているため、精神系統への利用も可能だと思われる。

 発現経緯ははっきりとはしていないが、家系と能力から「自分を縛りつける精神的な死の状態に反発し、逆に束縛してやろう」と願ったものと考察する。

 対象へのアプローチは積極的だが、理性のある性格故か、あるいはギフトの効力故か、良識の範囲内に収まっている節がある。暴走の危険性は最も低いと思われる。

 

 

「研究成果の活用や実験、検証の関係で、ウチと組んで仕事したりもしてるんだよ。年齢にそぐわず理路整然としてて、正に研究者って感じだったな」


「へー。あたしとタメなのに大違いですねー」


「香里奈に限らず、だな。ありゃ規格外だ。まだ若すぎるから学会での発言力がないのが惜しまれるよ。彼女を主軸にギフトの研究を進めれば、うちの国は向こう数十年は他国の追随を許さないだろうに」


 どの分野でも、古い考えを頑なに崩さない老人どもが若人の台頭を阻んでいるのは、社会の常であった。


「じゃあそれこそ、息子さんと結婚させてアオさんの親族にしちゃえばいいんじゃないですか? 祝福省の後押しがあれば、学会も無下にはできないでしょうし」


「む。そうか。アリだな」


 凛子ちゃんとはまた違った意味で、たいへん意義のある婚姻になるな。もちろん強制するつもりなどないが、冬馬の嫁候補たちが優秀すぎるぞ。

 どうするにせよ、<デッドハーレム>の特性を明らかにしなければ始まらないだろうが。


「アオさんは、その……再婚とか、しないんですか?」


「俺か?」


 その辺は、ちょっと複雑なところである。

 ああなってしまった妻。あの事件が起きた日。

 気づけばもう、三年の時間が過ぎていた。俺はあの時、何かを成し得たのだろうか。いや、これから、どうしたいのだろうか。

 後悔はある。が無論、冬馬を恨むつもりなど微塵もない。

 あいつは俺の息子だ。愛情以外に注ぐものなどあろうはずもない。

 実際、望みを捨てたわけではないが、決めかねているというのが正直な気持ちだった。


「んー、とりあえずは息子の件をなんとかせんといかんしな。相手もいないことだし」


「あ、相手がいれば、いいんですか?」


 ぐいっと助手席から身を乗り出してくる香里奈。

 なんだ? やけにぐいぐい来るな。こんなおっさんの結婚事情なぞどうでもいいだろうに。


「そうだな、でかいコブ付きでもいいって奇特な人がいるなら、考えてみるのもいいかもしれんな」


「そですか……うん、望みはあるかも」


 何ごとかぶつぶつと呟き、ぐっと拳を握る香里奈。よくわからんが、そろそろ灰が落ちるぞー。


「まぁ、俺のことはどうでもいい。そんなわけで、この環ちゃんの調査は不要だ。……そろそろ、次の子のいる場所に着くぞ」


 灰皿をトントンと叩いて香里奈に促しながら、カーブを大きく曲がる。

 そのまま少し直進すると、遠目に目的の建物が見えてきた。


「やっぱり、休日は混んでるな」


 ほど近くなり、入場待ちをしている列の最後尾に付ける。

 国内有数のショッピングセンターは、旗日とあって盛況しているようだった。














 ラインでリアルタイムに連絡を取り、目標の現在位置を教えてもらう。四階のビタースイートフールズ……あれか。


「甘くほろ苦い愚者たち? 変な名前ですね」


「ふむ。意訳だが、「甘い誘惑に乗る愚かな私。その苦味も知っているはずなのに」ってところか」


 本意は違うかもしれんが。まぁ、どんな店かはわかりやすいな。

 入口の案内板を見ると、やはり甘味を中心としたビュッフェスタイルのレストランのようだ。スィー○ラみたいな感じだろう。

 

「アオさんアオさん、期間限定マンゴーフェアですって!」


 目をキラキラさせて、早くも愚者の一員と化した香里奈が囃し立てる。限定、今だけ、お得、といった文句にはほんと弱いよな、女どもは。


「わかったわかった。うまい具合に席があるか、ちょっと中見てこい」


「いえっさー!」


 喜び勇んで、香里奈が席の確認に向かう。相手に気づかれないよう観察できる位置が空いてるといいんだが。


 その間に、俺はもう一度報告書を確認する。



 三枝蓮

 高等部三年

 濃緑の髪に青色の瞳、身長百六十台後半

 常駐型<再生(リジェネレイト)>

 保有精神力:実質無限

 射程:極短

 危険度:中

 温厚。柔和。ほんわかお姉さん枠。健啖。家庭的。色々凄い。

 常に穏やかな物腰の美人。学園内にファンクラブあり。極めて最高位の治療系のギフト<再生>により、自身の受ける物理的な傷は瞬時かつ自動的に治癒してしまう。手を触れた対象にも効果が及び、本人が「傷」や「異常」と認識している症状を治療できる。

 精神的な症状にも対応しており、精神病や記憶喪失なども回復可能。また、ギフト行使の際に消費した精神力すら即時回復するため、一種の永久機関と化している。そのため、不死に限りなく近い。

 ギフト発現の決め手は、交通事故による致命的な死の匂いから「生きたい」と願ったこと。

 非常な健啖家でもあり、その許容量には(つい)ぞ底が見えない。



 またもや驚異的な人材である。よくもまぁこれだけの有能な少女が一同に揃ったものだ。

 かねてから懸念してはいたが、やはり誰かの意図が透けて見える。おそらくはウチの大臣と、御門学園の方にも何か計画があるのだろう。それがうまく合致して、そこに冬馬を関与させようとしている。

 問い質した方がいいのだが、今のところ大臣にはのらりくらりと(かわ)されている。あの女狐がなかなか尻尾を出さないのは、いつものことであった。

 それでいていざ出てくると、九本ぐらいあったりするのでやっかいなことこの上ないのだ。そろそろ実力行使も考えねばなるまい。


「アオさーん、確保しましたー」


 香里奈が戻ってきたので、思考を打ち切る。ちょうど席があったようだ。

 ないようなら、香里奈の<透過>でこっそり近づくつもりだった。俺は構わないのだが、そうなると香里奈がブーたれることになるだろうで、まぁ良かった良かっただ。


 シックな給仕服を着たおねーちゃんの案内で、席に着く。

 仕切りを挟んだ隣の席に、蓮ちゃんは陣取っていた――テーブルに溢れんばかりの料理やデザートを並べて。

 もちろん、お一人様である。おかしい。どう見ても、物理的に少女ひとりの胃に収まる量ではない。四人、いや五人でも無理だろう。健啖家と書いてあったが、この量を平らげられるなら職業フードファイターを名乗れるはずだ。


 山の如きそれらを、蓮ちゃんはゆっくりと、しかし確実に胃の中に収めていく。味わっているのがよくわかる、なんとも幸福そうな顔をして。


「……どういうことですか、あれ」


 デザートを中心に取ってきた香里奈が、信じられないものを見たかのような表情をする。気持ちはまったく同じだ。


「……食べるんだろうよ」


「ひとりでですか? 無理に決まってるじゃないですか。あ、わかりました。きっと色んな種類が食べたいからって、ちょっとずつ食べて残すつもりですよ。綺麗な顔して、マナーのない人ですね」


 しかしそんな香里奈の邪推を他所に、料理は次々と蓮ちゃんの口に運ばれていく。ほくほく顔が可愛らしく、至福の時を楽しんでいることをありありと物語っていた。


「当たりです。今回のビタスィーは大当たりですっ」


 そんな呟きが聞こえてくる。蓮ちゃんの手と口は止まらない。

 ひとつ目のコーヒーゼリーで、俺はもう腹いっぱいな気分だった。


「――うそ」


 しばらくののち。

 マンゴープリンを掬う香里奈の手が止まる。

 あれほどあった料理の山は、その全てが蓮ちゃんの胃の中へと消えていた。

 そして続く言葉に、俺たちは戦慄に身を震わせることになる。


「では、デザートにしましょうかね」


「なん……だと……?」


 ○ャドの霊圧が消えたときの気分だ。消え去ったのは俺の中の常識という概念だが。

 いつから、先ほどの食事にデザートが含まれていると錯覚していた……?

 驚愕に打ち震える俺たちの胸中など知らぬとばかりに、蓮ちゃんは紙ナプキンで口元を拭うと、テーブルに置かれた小さなベルをチリン、と鳴らす。そんな装備はこちらにはないんだが……。


 ほどなくして現れたのは、俺と同年代と(おぼ)しき店長らしき男だ。


「お呼びでしょうか、三枝様?」


「店長さん、今回は全体的にレベルが高いですね。特にコンポートとタルトが素晴らしいです。レギュラー入りも(やぶさ)かではないかと」


「は、ありがとうございます。それではその二種を多めにご用意させていただきます」


「はい、お願いします」


 一礼し、店長が席を後にする。なんかめっちゃ常連さんだった。

通常、ビュッフェスタイルのレストランとは手ずから料理を取りに行くのが普通だが、なるほど彼女の場合はその量が尋常ではないので、スタッフが用意してくれるのだろう。

 この店では、蓮ちゃん専用の呼び鈴というわけだ。


 そして次々と運ばれてくるデザートたち。店長とのやりとりを見ても思ったが、蓮ちゃんは細かい要望を伝えていない。もはや阿吽で意図が伝わるような間柄になっているのだろう。


「アオさん、あれ、ギフトだと思います?」


「そう思いたいところだが……おそらく違うだろう」


 香里奈の疑問は尤もだったが、俺はその可能性を否定しておく。

 不可解な事象が起きた場合は、まずギフトであることを疑え。そう職員たちには教えているので、香里奈の思考は正しい。

 ただ、満腹という状態が「異常」と見なされる可能性は低いはずだ。何より彼女には余裕があり、ただただ食事を楽しんでいたのは明らかだった。


「素で、大食らいなんだろうよ」


「マジですか……」


 そうして蓮ちゃんのテーブルは、またもやデザートの山にところ狭しと埋め尽くされて。

 俺たちを含めた周囲の視線にも、何も憚ることなく。

 蓮ちゃんは手近なパンナコッタに、スプーンを突き立てるのだった。







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