父、指導をする
香里奈たちに目を向けると、そちらも決着がついたようだった。
両手を投げ出して床に突っ伏すこよりと、その腰に馬乗りになった香里奈。何故そんな体勢になったのかは不明だが、とりあえず香里奈はそれ以上足を開くとヤバい。またぞろパーカー一枚しか着ていないので、中身が覗けてしまいそうだ。
「降参ですー」
「あたしの、はぁ、はぁ、勝ちー」
順当な結果となったようだ。
ただ、勝者となったはずの香里奈の息が荒い。苦戦したのだろうか。
「ボス! 早く! 早く解除してくださいっ!」
シャルロが煩くがなり立てるので、半ば逃避気味に逸らしていた意識を戻す。
こちらは香里奈よりもっと大変な状態だ。何しろぷりんとした丸みが全開である。
最後、シャルロに<停滞>をかけて倒れ込んだ際に、勢い余って下着ごとスカートをずり下げてしまったのだ。決して故意ではないのだが、わかってもらえるだろうか。無理な気がする。
よし。誠意を行動で示すか。
「まぁ待て。直してやるから」
「いえ、自分でやりますから! 早く解除を!」
「遠慮すんなって」
「あ、やめ、あ、あ、あ~~~~っ!」
足首まで下がったパンツをしっかりと履かせてやる。スカートも同様にだ。
うむ。いい仕事をした。
「アオさん、それはちょっと……」
「シャルには耐えられないかとー」
娘二人から非難の声が上がる。
そこで<停滞>を解除してやると、シャルロは両手で顔を隠して床をゴロゴロと転がった。羞恥が限界突破したようだ。
やりすぎたか。
「あー、シャルロ」
少しフォローしておくか。
先ほど見えた光景を思い出す。
「ちゃんと、お姉さんしてるじゃないか」
ぐっと親指を立ててやる。
薄らとだが、金色がそこには確かにあった。
こよりにはなかったしな。
「ーーーっ!」
目尻に涙を溜めて、シャルロがきっ、とこちらを見据えてくる。
振りかぶられるのは平手だ。
うん。間違えたか。
本日二度目の快音が、パァンと俺の頬に響いた。
「とりあえず座れ。指導に移るぞ」
適当なスペースに腰を下ろし、あぐらをかいて娘たちに告げる。
張られた頬がひりひりと痛むが、無視だ。香里奈の顔が吹き出すのを堪えているのも無視だ。
まだ紅葉狩りには早いはずだったが、既に俺の顔面では本日だけで季節が二巡していた。なんだ。厄日か?
「果たして祝対の所属で、まだ蒼さんに裸を見られていない人はいるのでしょうか……?」
こよりがさめざめとため息を吐く。
何を言っているのだか。俺はそんな破廉恥な星の元には生まれていない……はずだ。この三人は全員見たことがあるが、たまたまだろう。
他の部下たちの顔を思い返す。当たり前だが、その裸体を見たことがない者も……ん? あれ?
「……あー、ごほん。時間も押してるからな、サクサクいくぞ」
「うわ、アオさんマジで全員見たんですか?」
「うう、ライバルが多すぎます……」
「ボスの、ヘンタイ……」
三人娘が口々に非難? を示してくる。一部はスルー推奨だ。深く追及してはいけないものが混じっている。
こうして難聴系主人公は形成されていくのだろうか……。
「ほら、意識を切り替えろ。仕事中だぞ」
上司権限を使って無理くり黙らせる。これ以上のこの話題は危険だと、俺の危機感知能力が警鐘を鳴らしていた。伊達に女だらけの職場で長年生き残っているわけではない。
渋々と口を噤む少女たち。これはあとで賄賂が必要かもしれない。甘味的な。
「まずはシャルロの方だがな。思ったよりも使えている、というのが正直な感想だ」
「ほ、本当ですか?」
未だむくれた顔をしていたのが、言葉一つで嬉しそうに和らぐ。幻影の耳としっぽが揺れるのが見える感じだ。
今までの環境から承認欲求に飢えているのだろうが、チョロすぎて逆に心配になってくるな。
「ああ。元々基礎はしっかりしてるし、あとは応用力を付ければ大抵の相手には、勝てないまでも引き分けにはもっていけると踏んでいたが。あの上から出したり、透明にしたりするのは、最近できるようになったのか?」
「ヤー。ただ強固なだけではより強力なギフトには打ち負かされてしまうと知りましたので、ご指導のように、応用してみたつもりです」
いい傾向だ。睨んだとおり、シャルロは打てば同じ強さで響いてくれる。こちらとしても指導のしがいがあるというものだ。
その性質から、目標を定めたシャルロにとって努力は苦にならない。その実直さは余人には持ち得ない才能であると言えた。
「いい発想だ。透明にしたのは壁の奥の状況を視認するためで、薄くしたのは強度と引き換えに速度を上げるためだな?」
「ヤー、そのとおりです。ただ、ボスには突破されてしまいましたが」
「いや、けっこうギリギリだったぞ。もう少し強度があれば靴程度の質量では押し潰されていたかもしれないし、何よりお前の意表を突いたところが大きかったからな。同じことをしても次は通用しないだろ?」
「その自信はあります」
実際、靴で止められるかは半ば賭けに近かった。あのまま閉じ込められていた可能性も充分にあったのだ。
まぁ、他にも手段がないわけではないが。
「とはいえ、俺たちの任務では初見の相手と対峙することも珍しくないからな。引き出しが多いに越したことはない」
「攻撃のバリエーションを増やした方がよい、ということでしょうか?」
「そうだな。一つのイメージを強固にしていくのももちろん大事だが、予備策はいくつか用意しておくべきだな。
ただ、ギフトの本質は忘れないことだ。シャルロの場合、どうしても攻撃よりも防御の方がイメージしやすいだろ? それはお前の思いが「守ること」を根本としているからに他ならない。それがお前の本質で、最たる願いなんだろう。最終的にそういった根源の思いが明暗を分けることもままある。
ちょっと矛盾しているかもしれないが、理解できるか?」
「ヤー。個人で戦う術を応用的に用意しながらも、本分たる防御を疎かにしない、という認識で合ってますか?」
「充分だ。精進しろ」
「ヤー、ご指導ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げるシャルロ。やはりいい生徒だ。そこのギャルっちいのとは違って。
シャルロの指導は、こんなところか。
「じゃあ次、こよりは香里奈と相対してみてどうだった?」
「けっこういいところまではいったと思うんですけどね。シャルがお邪魔でした」
ああ、そういやシャルロの出した長い壁に気を取られてたな。
「あ……すみません、こより」
「いいけどね。たぶんあれがなくても、流石に勝てはしなかっただろうし」
「その辺どうなんだ、香里奈?」
終わった直後は肩で息をしていたようだったが。
「そですね。強いですよ、こよりん。まだ交戦に慣れてないんで粗はいっぱいありますけど、対応力というか、咄嗟の発想がちょっとおかしいです」
「ほう」
香里奈は祝対の中でも上位に位置するギフテッドだ。その香里奈をして、そう言いしめるとはな。
この場合、おかしいというのは誉め言葉だ。なまじ相手のギフトを知っているだけに、どんなことをしてくるかはある程度予想がつき、それに沿った対策を考えてしまうわけだが。
こよりはその予測を裏切るような発想でもって、香里奈に切り返したのだろう。それも瞬時に。
「例えば?」
「透明になって忍び足で後ろから襲ったんですけど、急に景色が歪んでこっちからもこよりんの位置が捕捉できなくなったり。それが収まったかと思うと、今度はこよりん自身があたしみたいに見えなくなったり」
なるほど。空間を<歪曲>させての認識妨害と、香里奈が光の透過率を弄って透明になるのを参考に、光を<歪曲>させて同じようなことをしたのか。
「足音で捕捉しても、下手に捕まえようとすると捻られちゃいますし。なんか歪んだ空間があるなーと思ってたら、いつの間にか吹っ飛ばされてたり。アレは何したの?」
「私もよくわかってないんですが、空間そのものを捻ってから解除すると、その元に戻ろうとする時に運動エネルギーの余波みたいなものが出るみたいですね」
ふむ。これはアレだな、自分のギフトを理解して行使しているわけではなく、感覚で使っている感じだな。所謂天才肌ってやつか。
「最後はシャルシャルの壁にぶつかりそうになったところを、床を少し<透過>して下から足を掴んで張っ倒しましたけど。歪んだ空間を避けるのに走り回ったんで、すんごい疲れました」
香里奈は直接攻撃タイプではないからな。単体だと攻撃手段が限られるので、こよりみたいな現象系の手数が多いタイプとはやりにくいのだろう。
「ちなみに勝敗はおっぱい揉んだら勝ち、にしました」
「揉まれましたー」
何その条件。俺もそれがよかったわ。
ああ、でもシャルロが相手じゃ揉むものがないか。
「ボス? 何か変なこと考えてませんか?」
「なんでもないぞ」
また平手を喰らうのは嫌なので、思考は即座に打ち消しておいた。くわばらくわばら。
「まぁ、いい鍛練にはなったようだな。こよりの場合は基礎を集中して訓練していけばいいだろう。攻撃手段は多彩なようだし」
「はい、わかりました」
さて、では組み合わせを交代するか。と思ったんだがな。
周囲を見渡す。
あちらこちらに乱立したシャルロの壁が邪魔で、室内はすぐに訓練を再開できるような状況ではなくなっていた。
「……まずは片づけだな。こより、悪いが曲げて片しやすいようにしてくれるか?」
「はーい」
「うう、すみません……」
そうして。
全ての壁を瓦礫にして纏めた頃には、既に予定していた時間は大幅に過ぎてしまっていたのであった。
ちょっと、シャルロの訓練をする時は何か対策を考えねばならんな……。




