父、訓練をする
シャルロ・ホローウェイは、優秀な少女である。
典型的と思われる勤勉なドイツ人らしく、技術や知識の習得に余念がない真面目な性格をしている。少なくとも日、独、伊、英の四ヶ国語に通じるマルチリンガルであり、それは天性の素質という表現で片付けられるものではなく、真実全て、彼女の努力の賜であった。
そのまま成長していれば、世界のどこでも通用する優秀な人材になっていたことだろう。
しかし幸か不幸か、シャルロはギフトをく発現してしまった。
現代における社会問題の一つとして、ギフテッドはその就職において、選択の幅がかなり狭められる。本来であれば祝法の定義するところにより、登録ギフテッドに対する如何なる差別もあってはならないのだが、そこはそれ、実際には彼女たちを受け入れるのに難色を示す企業が大多数を占めているのが実情である。
採用後にギフトを発現した社員が、なんやかやと理由を付けられて解雇されるといったケースも、少なからず散見されていた。
中には経済活動に有用なギフテッドを採用する企業もあったのだが、これがまた問題となった。
十年ほど前、とある生産系のギフトを持ったギフテッドが、その性質をよく理解していない経営陣に酷使され、精神崩壊を起こすという事件があった。これにギフテッド団体が猛抗議を行い、社会的な制裁が加えられたのだ。
以降、ただでさえ腫れ物扱いされていたギフテッドはもはや毒物のような扱いとなり、彼女たちを採用する企業は皆無となった。
事態を重く見た祝福省により、一定以上の規模を有する企業へのギフテッド雇用を促進する法案、通称「祝福者雇用促進法」が起案され、施行されたのが八年前。これにより多少は改善が見られたのだが、未だもって隔意や偏見が完全には払拭されていないというのが現状である。
例えとしては失礼かもしれないが、障害者と同様の、いやそれ以上の不遇な目を向けられているのが、現代社会におけるギフテッドであった。
ギフト先進国を称する日本でさえこれである。法整備が五年は遅れていると言われる他国では、その扱いは推して知るべしであった。
その憂き目に会ったシャルロは、元々の意欲の高さに加えて姉の助言もあり、国際社会で活躍するギフト調停官を目指す道を選んだ。世界を股にかけ国家間の様々なギフト問題に関わる要職であり、ギフテッドの職業としては最高峰の一つである。
その一環として各国の祝福機関を渡り歩き、研修を重ねているのだ。実戦の経験は必須である。何事も現場を知らずして、上に立つことなどできないのだから。
そうして祝対で預かることとなったシャルロであったが、どうやら本国や先の研修国であるイタリアではあまりよい教育環境には置かれていなかったようである。シングルはまだしも、それ以外のギフテッドが他国では重用されていないというのは、やはり本当であるらしい。
「うちの国で持て囃されるのは、一部のシングルだけよ。貴方の部隊の実力に、私や国の上層部は舌を巻いたわ」
とは、以前共同で作戦に当たったシャルロの姉の言である。
深い嘆きの込もった思いであった。
それを機にシングル以外のギフテッドたちも活用する機運が高まったと、感謝の手紙がウイスキーと共に送られてきたのは先日のことだ。他国のことながら、不遇の扱いを受けている少女たちの救いの一端となったのであれば、喜ばしい限りだ。
……何故か、大胆なスリングショットを着た彼女のセクシーショットが同封されていたのは、謎であったが。
ともあれ、シャルロに足りないのは応用力だ。生来の真面目さにより基本はしっかりと学んでいるので、発想の間口を広げてやれば、いずれシングルと相対しても充分に対抗できる人材に育つことであろう。
「よし、どこからでもかかってこい。遠慮はいらんぞ」
「――ヤー。胸をお借りします」
言いすがら、逆手に腕を伸ばしてくるシャルロ。
揃えた指が上向くのに合わせて、俺は大きく横に跳ぶ。
瞬間、元いた場所の床から無骨な壁が迫り上がるのを横目に、更に斜め前に跳躍する。半秒遅れて背後に再び壁が現れるのを感じながら、俺は少しずつシャルロとの距離を詰めていく。
シャルロのギフト<絶対防壁>は、物理的な壁を生み出す極めてシンプルな創造系の能力だ。単純故にイメージの構成にはそれほど時間がかからず、出が速い。射程も長く、視界の範囲内であれば、効果の減衰もほとんどない。
とはいえ、起点と動作が決まっているため初見でなければ回避はそれほど難しくはない。イメージを補完強化する手抄と視線の向きを鑑みれば、少しの実戦経験がある者なら避けられてしまうだろう。
加えて、壁そのものには特に攻撃効果がなく、対象の撃破が目的なら天井に挟んで押し潰すか、囲んで動けなくした上で別の攻撃手段を用いる必要がある。
祝対の基本職務となる対象の捕縛にはたいそう適した能力なのだが、強力な攻撃手段を持つギフテッドには突破されてしまうこともあり、いま一つの工夫が欲しいところであった。
対する俺の<停滞>は、対象の動作を問答無用で滞らせる強力な効果を持つ。ただし射程が極端に短い。厳密に言えば遠距離でも可能は可能なのだが、特に対象が意思を持って動く存在である場合、効果が著しく減衰し、消費も跳ね上がる。
現在の間合いでシャルロに<停滞>を行使した場合、一秒が限度で、六割は精神力を持っていかれるといったところだ。対象に直接触れていれば、より少ない消費で完全に動きを止められる。
その理屈は未だ判明してはいないが、意思のある生物の動きを止めるには、思ったよりも大きな出力が必要であるらしい。長年の試行と研鑽により把握するに至った、俺のギフトの制限である。
つまるところ、接近してシャルロに触れてしまえば俺の勝ち。自力で脱出できないよう、壁で俺を囲んでしまえばシャルロの勝ち、といった具合だ。
間合いを詰める俺に、シャルロは後退しながら、俺の進路を妨害するよう角度を変えて壁を生み出していく。その発生地点を読みながら、タイミングを合わせて避けていく。
シャルロのギフトは創造系の特性に漏れず、不可逆的だ。一度生み出した壁は、消えることなくその場に留まる。
広い多目的ルームではあるが、いずれ乱立した壁に俺の回避するスペースはなくなってしまうだろう。時間が経つと不利なのは、どちらかというと俺の方だった。
あと、壁の数だけ後片付けが大変になる。このメンバーだとこよりの担当になるな。
仕方ない、少し積極的に攻めるか。
俺の側面から移動を阻害しようと生えてくる壁に、敢えて反応を遅らせる。回避が間に合わなかったように見せ――そのまま壁の上に乗り、迫り上がるそれを蹴ってシャルロに向かって跳躍する。
「――っ!」
しかし既のところで、床を転がったシャルロには触れられなかった。少し距離が遠かったか。
追撃を加えようとするが、シャルロの立て直しも速い。片膝立ちの体勢で、再び壁を出現させてくる。
避けながら、シャルロの足の付け根を凝視する。ミニスカートなので、ライトブルーのパンツがちらりと見えていた。
先日プレゼントしてやったものだ。受け取った時は真っ赤な顔をしていたが、どうやら気に入ってくれたようだ。
なお、動きやすいからという理由でシャルロにはミニスカ着用を義務づけている。理がないでもないが、本音はもちろん俺の趣味だからだ。
シャルロは脚がいいんだよ、脚が。今度また適当な理由を付けて、ニーソックスを履かせようと画策している。
「どこ見てるんですかっ!」
視線に気づいたシャルロが、怒りの声を上げながらギフトを行使してくる。
おっと、感情が乗ったせいか、速度が増しているな。
ギフトとはイメージを現実に反映する作用だ。故にその効果は、行使する者の精神状態に大きく左右される傾向があった。
二辺を囲まれ、三角形で閉じ込められる直前で壁を蹴って逃れる。回避がギリギリだ。この調子で連発されたら、いずれ囲まれてしまうだろう。
まぁ、ならば回避しなければいいだけか。
「よっと」
「あっ!」
両脇から迫り上がる壁を途中で<停滞>させる。意思のない物体であれば、多少の距離は問題なく動作を止められるのだ。
そうして回避と<停滞>を使い分けながら、もう一度シャルロに近づいていく。
そこで一拍の間が空いた。
シャルロが「溜め」に入った。何か大技を使うようだ。
背後に感じる大きな気配。
「ひゃあっ!」
少し離れた場所から聞こえる悲鳴は、こよりのものか。振り返らずに推測する。
広い部屋を横断するほどの、長大な壁ってところか。後方へは回避できなくなるが、止めるには消費が大きい。接近した方が早いだろう。そう当たりを付けて、大技の隙を逃さぬようシャルロに肉薄する。
そこに待ち構えていたかのように、俺の前方頭上から高速で薄い半透明の壁が降りてくる。こちらも部屋を横断するほどの長さだ。
――上からもできるようになったのか。そちらには注意を向けていなかった。間に合うか? 駄目だな、閉じ込められる。これも止めるには割に合わない。止めたところで同じものを作られてしまう。
咄嗟に靴を脱ぎ、投げつける。それがちょうど降りてきた壁と重なる位置で、靴の方を<停滞>させた。
「えっ!?」
シャルロの顔が驚愕に塗れる。
空中で停滞した靴にぶつかって、壁はその下降を留められていた。
その隙に壁の下を潜り、前のめりにヘッドスライディング。
シャルロの腰を捕まえ、<停滞>をかける。
時計の針をまとめて掴んで、無理矢理止めるイメージ。
ゲームセットだ。
「きゃああああっっ!!」
そのまま倒れこんだところで、甲高い悲鳴が響く。
左手には何か、布らしきものを掴んだ感触があった。
……おっと。
決して意図したわけではないということは、弁明しておこう。




