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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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父、訓練に向かう

 風呂は命の洗濯だと、どこかの誰かが言っていた。

 俺も概ね同意である。仕事で疲れた身を洗い流し、同時に心を整理するのに、湯船に浸かるのは大事な儀式のように思えた。

 そのため俺は、度重なる転居の際にも風呂の設備には拘ってきた。具体的には長身の俺や冬馬が足を伸ばせるぐらいの広さは、必ず確保していた。流石に二人がゆったりと入れるほどの広さはないが、現在の我が家には幼い子供も存在していないため、問題はなかった。


 風呂に入る順番も、我が家では厳密に決められていた。

 一番最初が紫月で、次に冬馬、最後に俺の順だ。終わり次第、次に声をかけることになっており、それぞれがゆったりと思い思いの時間を過ごしていた。

 ただ、時にはそれが崩れることもある。


 昨夜は紫月が友達と遅くまで出かけており、冬馬が一番風呂となった。冬馬の声かけに俺も入ろうかと思ったのだが、俺は俺で古い知人から送られてきたジョニーウォーカーの青ラベルを楽しんでいた。どうせ紫月もそろそろ帰ってくるだろうと待っている内に、酒は好きだがあまり強くはないことも手伝って、いつの間にやら書斎で眠りこけてしまっていたのだ。

 目覚めれば、酒瓶を抱えた発育のよい等身大の少女の人形が、何を言うでもなく隣に座っていた。戯れに酌をするような格好をさせていたのであった。


 そうして、今朝は朝風呂と洒落込むこととなり。

 今のこの状況に繋がるわけである。


「……何か、言うことはあるかしら?」


 脱衣所の扉を開けた先、デフォルメされたロップイヤーのイラストがプリントされたパンツだけを身に着けた紫月の、凍るような視線が俺を貫いていた。

 未だ微かに燻っていたスコッチの残滓が、一瞬で吹き飛ばされていく。

 髪と同色の雪色の肌は透き通るようで、腕に隠された膨らみは大きくはないものの、きちんと存在を主張できるぐらいには実っていた。

 最後に一緒に風呂に入ったのはいつのことだったか。うん、成長したものだ。

 そう言いかけて、踏み留まる。違う。言葉を間違えるな。

 命の洗濯に来たのだが、これはたぶん命の選択だ。この後の一言で、俺の命運は決まる。今日からしばらくの、食卓に並ぶメニューの内容も。

 表情の分かりづらい紫月ではあるが、十年近くを共に過ごしてきた俺には、そこに羞恥の感情が多分に含まれているのが見て取れた。そして紫月の機嫌を損ねると、その報復に食事のグレードが数段落とされるのも常であった。

 うまい言い訳をしなければ。言葉を探る俺に、悪魔的な閃きが舞い降りる。


「……新作か。可愛いパンツじゃないか」


「……どうして蒼さんが、あたしの持ってるパンツの柄を把握してるわけ? たまに箪笥の中の配置が少し変わってるのと関係ある?」


「あ、いや、違うんだ。ちょっとある筋から聞いた覚えがあってな」


 少しわざとらしく(おど)ける。ある筋も何も、この家においてそんなことができる奴はあとひとりしかいない。プレゼントが被ると困るので、定期的に調査しているというあいつから情報を得ていたのだ。

 それをリークする。分かりやすい生贄を捧げて、怒りの矛先を逸らそうという腹づもりであった。


「……そう」


 短く答える紫月の、赤い瞳が深い彩りを帯びる。

 あ、やばいな。すんごい怒ってる時の顔だわ。


「とりあえず――避けないでね」


 振りかぶられる平手。

 その振り幅から、かなりの痛みが想像できたが。

 まぁ、それぐらいは甘んじて受けておこう。








 赤く紅葉の跡が残った頬を擦りながら、定位置に座して熱いコーヒーを啜る。

 朝食を待つこの時間は、忙しない朝においてもどこか安らぎを覚える、俺の気に入っているひと時だ。今朝はとんだハプニングが混ざってしまったが。

 キッチンから漂う味噌の香りに腹を鳴らしていると、リビングの扉が開いて冬馬が入ってきた。

 その顔を余すことなく、ボコボコに腫らして。


「……裏切ったにゃ、親父」


 恨みがましい視線を向けてきながら、俺の対面に座る冬馬。

 上手く言葉が発音できないのか、語尾が萌えキャラになっていた。

 グーだな。しかも連打。鼻に詰まった血混じりのティッシュから見るに、無防備に寝ていたところを制裁されたのであろう。


「すまんな。今日は朝から体を動かすから、しっかり飯は食っておきたかった」


「くしょっ、後で覚えてろにょ……」


 三下のような捨てゼリフを吐く冬馬。

 悪いな、お前の犠牲は忘れないぞ。あと一時間ぐらいは。


「はい。早く食べちゃってね」


 そこに調理の終わった紫月が朝食を並べてくる。

 自分と俺の前には白飯、味噌汁、目玉焼き、鯖塩のオーソドックスなメニューを。

 冬馬の前には白飯と、どんっという音とともに壺漬けされた自家製の梅干しを。


「……おい」


「何?」


「……にゃんでもにゃい」


 飯の友があるだけありがたいように思えるが、実のところ冬馬は梅干しが大の苦手であった。

 そして傷付いた口内に、その酸味は酷く堪えることであろう。完全な嫌がらせであった。

 しかしそれらを残すことは許されない。食卓の支配者たる紫月に逆らえば、以降の食生活がもっと凄惨なものになるのを、俺たちは身に染みて理解していた。


「いただきます」


 手を合わせる紫月の音頭に従って、食事を開始する。

 俺は流石に憐れみを感じながらも、飛び火を恐れて何も言わずに、黙々と箸を口に運ぶのであった。








 


 


 本庁地下一階に三部屋ある多目的ルーム。

 その内の一つの扉を開けると、既に訓練対象の二人は揃っていた。


「おはよう、二人とも」


「おはようございますっ」


「おはようございます、ボス」


 こよりとシャルロ、それぞれと挨拶を交わす。

 本日午前の予定は、二人の実戦想定訓練である。


「あとはあの寝ぼすけだけか。あいつちゃんと来るだろうな?」


「久々利さんではないのですか?」


 疑問顔で、本来の指導教官役の名前を告げるシャルロ。


「久々利はな、ちょっと旅に出ている」


 実際には自室に引き込もっているが。彼女の名誉のためにも、他の職員には詳細は(ぼか)して伝えてあった。

 昨夜ちらっと様子を見に行ったところ、部屋の隅で体育座りをして陰鬱な顔で何かをぶつぶつと呟いていた。たぶん呪いの呪詛かなんかだ。

 俺は差し入れだけ置いてそっと扉を閉めた。復帰にはもうしばらくかかることだろう。


「ごめんなさーい。遅くなりましたー」


 定刻五分後に、香里奈が現れた。いつも少しだけ遅れてくるなこいつは。


「香里奈先輩が教官役ですか?」


「うん。そだよー」


「こより? 何故香里奈には敬語を使うのですか?」


「え、だって先輩だし」


「私も年上なのですが……」


「シャルはなんか、同級生みたいだし」


「そだねー。おっぱい的にも」


「む、胸は関係ないでしょう!」


 相変わらずシャルロが弄られて、涙目になっている。

 気持ちはよくわかる。反応がいいので、ついついからかってしまうのだろう。

 そして胸囲的な意味において、シャルロに一切の勝ち目は存在しなかった。


「揉むと大きくなるって言うじゃん? 揉んであげよっか?」


「では私が右おっぱいを。香里奈先輩が左おっぱいを担当しましょう」


「それは俗説でしょう! 結構ですっ」


「あ、アオさんの方がいい?」


「よし、任せろ」


「ボ、ボスはセクハラですっ!」


 うむ。やはり楽しい。

 すぐ赤くなるから、とても嗜虐心を刺激されるんだよな。

 っと、いかんいかん。仕事中だのに、ついシャルロ弄りに加担してしまった。


「よし、それぐらいにしておけ。訓練を開始するぞ」


 なおも姦しい少女たちを押し止める。

 このまま放っておくと際限なく騒いでいそうだからな。さながら気分は女子高の先生だ。

 まぁ、祝対の室長というのも、似たような職なのかもしれないが。

 

「とりあえずはフリーで実戦だ。俺とシャルロ、香里奈とこより

で相対。そのあと、指導を入れてからペアを変えてもう一度だな」


「判定はどーします?」


「流石にひよっこどもには負けないだろ? 好きにしろ」


「はぁい。おいで、こよりん」


 香里奈と二人して、少し挑発してやる。

 狙いどおり、シャルロとこよりは些かむっとした顔になる。

 まずはちょいとばかり、へし折ってやるとしよう。

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