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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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父、紫煙を燻らせる

 煙草の旨さというのは、環境に依存するものだと思う。

 時と場所。状況とタイミング。ひとりか大勢か。

 それらの組み合わせによって、均一化されているはずの紙巻きは様々な味わいの変化を見せてくれる。

 もちろん、旨いに越したことはないのだが、苦味や渋味はそれはそれでエッセンスとなって日常にちょっとした違いをもたらすものだ。

 吐き出す煙は己の心情の具現化だ。それを楽しめばいい。


 問題なのは、年々楽しむ場所が減ってきていることだ。それは(ひとえ)に、ルールやマナーを守らない馬鹿者どものせいだ。

 奴らの身勝手な行動により、我々喫煙者はいつも肩身の狭い思いをしている。俺の大学時代の後輩もその馬鹿のひとりで、奴は常々「吸殻は捨ててもいい。誰かが掃除する。ただし、火は消しておけ」とアホなことを宣っていた。「地球は大きな灰皿だ」とも言っていたな。

 その度に鉄拳制裁をしてやったものだが、もういい大人になった今では良識を覚えたのだろうか。いや、たぶん直ってないな。嘆かわしいことである。


 祝福省本庁においても、待遇は同様だ。ただ、女性職員にも僅かに喫煙を嗜む者がいるため、庁舎内に一ヶ所だけ、喫煙所が設置されていた。

 それがここ、最上階大浴場横の小さなスペースである。

 こじんまりとしてはいるが、設備自体はなかなかで、分煙機を始めソファー、灰皿付きサイドテーブル、洒落た名前のドリンクが並ぶカップの自販機と、一通りのものは揃っている。

 また、出入口には無香タイプの消臭スプレーが置かれており、部署に戻る前にこれで全身を清めるのが、ここの習わしであった。匂いが残っていようものなら職員からギルティ判定を受け、入室を拒まれてしまうのだ。


 スモハラという概念らしい。セクハラ、パワハラとなんでもかんでもハラハラ付ける風潮には苦言を呈したかったが、この女社会たる祝福省において下手なことを言えば、ヴァルハラ送りにされかねないため、俺は貝のように口を噤んだ。世知辛い世の中である。


 ならば止めればいいのではないかと言われそうだが、生活習慣の一部はそうそう簡単に断ち切れるものではない。当然、健康には悪いので、俺も禁煙を試みたことはある。


 その最たる例は、妻が身籠った時であろうか。

 さんざんやめろやめろと言われていた俺は、子供が産まれたらやめる、と妻に約束した。やってやれないことはないだろうと、軽く考えていた。

 そして冬馬が産まれ、俺は土下座した。無理だった。三日と持たなかった。

 こう、咥えて火を点けるところまでの動作が自動化されていたのだ。気づけば煙を吐き出していた。


 同じことが、冬馬の妹が産まれる際にも繰り返された。

 今度こそはと書面に(したた)めた上で、やはり三日目に華麗なジャンピング土下座を決めた覚えがある。


「人は過ちを繰り返す。その積み重ねが歴史と呼ばれるのだ」


 そう(うそぶ)いた俺は小遣いを減らされた。結果的に本数は少し減った。

 人間、できない約束はするものではないということを、俺は学んだのであった。






「もーらい」


 不意に響くのは、どこか悪戯じみた声。

 視線を向けると、いつの間にか隣にもさっとしたツインテールの少女が現れていた。

 その控えめに紅を塗った唇に、俺の口から奪った煙草を咥えて。


「出たな、不良少女」


「別に不良じゃないですー。ちょっと煙を嗜むだけですー」


 間延びした声で頬を膨らませる少女は、御堂香里奈(みどうかりな)

 祝対に属する俺の部下のひとりで、辛うじて校則には引っかからないかと思われるギャルっちいメイクをした、現役の女子高生である。

 目が眩むようなショッキングピンクの髪を、藁箒(わらぼうき)のようなツインテールに纏め上げた、黄緑色の瞳を持つ少女で、確か学年はこよりや冬馬よりも一つ上だったと思う。


「煙草を嗜む女子高生って時点で、不良のカテゴリーに入ると思うんだがな」


「えー。アオさんだって、初めて吸ったのは高校生の頃だって言ってたじゃないですか」


「それを言われると返す言葉がねぇな」


 きっかけは当時バイトしていたファーストフードで、休憩中に新人の後輩がおもむろに煙草を吸い始めたことに端を発する。

 呆けた顔をする俺に、奴は(こな)れた仕草で煙を吐き出し、「あ、先輩も吸います?」と皺の寄ったソフトのセブンスターを差し出してきた。

 俺は呆気に取られながらも、辛うじて「いや、今はいい」と答え、バイト後に即座に自販機に走った。

 このままでは嘗められると思ったためであり、その時から俺の喫煙ライフは幕を開けたのであった。しばらくの間、煙を肺に入れるということを知らなかったのは内緒の話だ。

 ちなみに、「地球は灰皿」発言をしたあいつのことである。


 香里奈も、似たような理由であろう。あるいはかっこいいとかそんな感じの。

 俺が言えた義理ではないが、女性の場合は胎児への影響がなぁ。

 今はいいが、その時のリスクだけは覚えていてほしいものである。完全にブーメランなので言わないが。


「しかしお前、いくら夏とはいえその格好はどうよ?」


「しゃーなしですよー。さっきまでお仕事だったんですから」


 香里奈が身に着けているのは、膝上までを覆うだぼっとした薄手のパーカーが一枚だけ。本当にそれだけで、その下には下着も何も着けていない。

 前開きのファスナーは胸元まで降ろされており、もう少し近づけばその中身が窺い知れてしまいそうであった。


「確かに緊急時の一手は重要だがな。年頃の娘がそれってのもなぁ」


 香里奈のギフトは<透過(ペネトレイト)>。

 自身を含めた対象に物体を擦り抜けさせたり、光の透過率を変えることでそのものを透明にしたりできる、強力なシングルワードだ。

 この喫煙所に入ってくる時も、自身に透明化を施した上で、壁を擦り抜けてきたのだろう。匂いや気配といった目に見えない感覚でしか捉えられないので、相対する側にとっては非常にやっかいな能力である。

 ただし透明化の際には、認識する衣服のそれぞれに処理をしなければならないのが、少々面倒なところであった。故に香里奈は、交戦の可能性がある業務の際にはいつも服を一枚しか着ない。即応性が求められる場面では、ギフト行使の一瞬が命取りになりかねないからだ。


「ある程度同時処理ができるようになって、だいぶ速くなったんですけどね。あ、そうだ。褒めてくださいよ。今日はなんと、無傷で対象を確保できました」


 ふふん、とドヤ顔を見せる香里奈。

 ほう。そりゃ凄いな。

 相手との組み合わせにもよるが、暴走ギフテッドを確保する際には、基本幾らかの攻撃を加えて抵抗する意思を奪う必要がある。

 俺の<停滞>のように意識を奪えるなら比較的楽なのだが、そう都合のよいギフトを持った職員ばかりではないので、ある程度のダメージを与えてしまうのは止むを得ないところであった。

 あれだ、ポ○モンを弱らせてからボールを投げる感じに近い。体力満タンだと捕まえられないからな。


 香里奈は<透過>を駆使して、うまくやったのだろう。もちろん随伴した職員の協力あっての成果であろうが、充分に褒められた結果であった。

 褒められて伸びるタイプだとか宣っていたが、なかなかどうしてやるようになったものだ。


「よくやったじゃないか。成長したな」


 そう言って、わしわしと頭を撫でてやる。


「え、うわ、なんですか。いっつもそんなことしてくれないのに」


「そんなことないぞ? 俺は部下の努力にはちゃんと応える男だ」


 そのまま撫で続けていると、香里奈の頬が赤みを増してくる。


「あぅ、ちょっと、恥ずいんですけど。もう、<透過>せよ(ペネトレイト)!」


 羞恥に耐えかねたのか、ギフトで姿を消そうとする香里奈。

 しかし慌てていたためか、順番が違う。その結果は更なる羞恥を呼び起こすものだ。

 先に服を消してしまえば、残るのは一糸纏わぬ肌色だけだった。


「……成長したな」


「ぎゃーーー!」


 耳まで染めてわたわたと手を振る香里奈だが、混乱した思考ではギフトの行使は難しい。核となるイメージが描けなければ、どんなに強力なギフトでも効果を発揮することはできないのだ。

……これは前言撤回だろうか? やはりまだまだな部分もあるようだ。


「とりあえず解除しろ。込めた意識を手放せ」


「うぅ……見られたぁ……」


 ようやくギフトを解除して、パーカー姿に戻る香里奈。しゃがみ込み、目の端に涙を浮かべて恨みがましくこちらを見上げてくる。


「アオさんのスケベぇ……責任取ってくださいよぉ……」


「いや、お前が勝手に見せてきただけだしな。でもほら、初めて会った時はBカップだったのに、幾らか大きくなったじゃないか」


「なんで知ってるんですかぁ!?」


 もちろん、意識のない間に揉んだからだ。

 香里奈を確保した時は大変だったので、そのぐらいは手間賃として頂いておいた。


「それはそうと。香里奈お前、訓練する時に服から先に消してるだろ? その方がイメージしやすいんだろうが、それだといざって時に今みたいな失敗をするぞ。ちゃんと実戦を想定した手順に慣れておけ」


「純情を汚されて傷心の女の子に、更にお説教とか、やっぱりアオさんは鬼です……」


「純情は知らんぞ純情は。ほら、煙草やるから機嫌直せ」


「うぅ……」


 拗ねた目をする香里奈の口に煙草を咥えさせ、火を点けてやる。

 ぷふー、と煙を吹き出せば、それに乗って不満は幾らか流れ出たようだった。


「もう今日は上がりだろ? 送ってやるから着替えてこい」


「はぁい」


 俺も今日の事務処理はほぼほぼ終えたところであった。後は明日の詳細を詰めるだけだったが……。


「そうだ。香里奈、お前明日は暇か?」


「暇ですけど。デートのお誘いですか?」


「ちょっと頼まれてくれたらどこか連れてってやるよ。明日シャルロたちの訓練があるんだが、相手してやってくれないか?」


「シャルシャルですか? 担当教官は久々利さんだったんじゃ?」


 俺は遠い目をした。

 先日、冬馬たちのバイト終わりに合わせて飯でも食おうかと思った俺は、開けた扉の先に見てはいけないものを見てしまった。


「久々利はな……ちょっと、旅に出た」


 砕け散った、己の心を拾い直す旅だ。

 あまりの惨状に、俺は久々利にしばらくの特別休暇を与えたのだった。


「……なんか、聞いちゃいけなかったです?」


「しばらく放っておいてやってくれ。で、どうだ?」


「いいですよ。軽く揉んであげます」


 快諾してくれたようだ。香里奈は若手の中でもギフトの応用が

上手い方なので、いい訓練になるだろう。


「じゃ、着替えてきます。あ、残りあげます」


 半ばほどまで吸った煙草を、香里奈がすれ違い様に俺の口に押し付けてくる。


「おっと。危ないだろーが」


「へへっ。駐車場で待ってますね」


 そう言い残して、香里奈はスプレーで全身を清めてから喫煙所を出ていった。


「まったく、悪戯好きは昔から変わらんな」


 香里奈をスカウトしてから、もう二年は経つだろうか。最初期に比べて、彼女はずいぶん明るくなったように思う。

 俺や他の職員に悪戯を仕掛けてくるのはあいつの悪癖だったが、まぁ暗い顔をされているよりは何倍もマシだろう。


 煙を吐き出す。心を乗せて。

 (うっす)らと、紅色の着いた煙草。

 同じはずの味は、どこか少しだけ、甘く感じられた。


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