お悩み相談室
その赤い煙が、なんらかのギフトによるものであるのは明確だった。
俺と同じ、黒い髪をした彼女。群青さん。俺たちは全員、油断をしていた。
色彩がギフテッドの条件となるのは、確実ではないということを、俺は我が身のこととして知っていたはずなのに。
偽装は容易い。
それを証明するように、群青さんは己の頭に手をやると、ばさっと黒髪のウィッグを投げ捨てた。
浮かぶ煙と同色の、 真っ赤な髪が現れる。
「さあ、答えてくれないかな? 私とて、あまり手荒なことはしたくないんだよ」
手荒なことをされた久々利さんは、大変なことになっている。主に表情が。
酷い。あの醜態を晒すのは、確かに勘弁してほしいところであった。
しかし目的が見えない。突然豹変した群青さん。考えをまとめるためにも、少し時間を稼ぐ必要があった。
「質問してもいいか?」
「質問に質問で返してはいけないと、習わなかったのかい?」
「いいじゃないか、一つぐらい」
にやりと笑って、意趣返しをしてやる。
一瞬、虚を衝かれたような顔をする彼女だったが、すぐに同じように笑みを返してくれた。
「いいね。そういうの、嫌いじゃないよ。そこの堅物さんと違って心の広い私は、一つだけ答えてあげよう」
その隙に思考をまとめる。
雑誌社の記者を名乗った彼女は、いったい何者なのか。
わざわざ一般人の偽装をしてまで俺たちとの接触を図ってきた、その目的は何か。
わからない。が、それほど大それたことを考えているわけではないように思う。
ギフテッドに対して敵対的な思想を持つ組織や団体は、少なからず存在する。彼らの内、過激派と呼ばれる者たちが時にニュースになるような事件を起こすこともままあった。
だが、市井のいちギフテッドに過ぎない俺たちを相手取ったところで、社会に変革をもたらすような事態を引き起こすのは難しいだろう。そういった組織立った行動ではないように思えた。
ならば本当に、ただ言葉のまま、ギフテッドと会話を交えたかっただけなのか。祝福省の体制に異を唱えに来たというよりは、まだそのほうがしっくりくる感じがした。
少なくとも、彼女が個人で動いているのは間違いないはずだ。ならば無駄に騒がず、とりあえずは大人しく従った方が得策か。物理的に危害を加える素振りもないようだし。
一つだけわかっているのは、彼女の所属が名乗りのとおりではないということだ。
「あんたの名前は?」
言外に意図を込めて、そう問いかける。そこまではわかっているぞ、と。
「おや、回転が早いねぇキミ。探偵とか向いてるんじゃないかい?」
「そりゃどーも。それで、心の広いあんたは答えてくれるのか?」
やはり彼女は、マスコミの人間ではないようだ。いち出版社が表立って祝福省と事を構えたところで、得られるメリットなどたかが知れている。本当に、ただの世間話を目的とした個人なのかもしれない。
「察しのとおり、私はただの一般市民だよ。ただ、本名で手配をかけられると少しばかり動きづらくなるものでね、名乗りは勘弁してほしい。いや本当に、今日は話をしにきただけなんだ。ちょっと機会があったもので、私の個人的なお悩み相談みたいなものさ」
「それが真実だとして、証明できるのか?」
「それは悪魔の証明というやつだよ。あれ、誤用だったかな? まぁいいや、信用を得るためにも、他の情報は公開しよう。それでどうかな?」
肩を竦めて答える。幸い、先の質問に対して答えに窮する者はこちらにはいない。ただのお遊びなら付き合ってやってもいいだろう。
下手に逃げようとすると、少なくとも俺はア○顔を晒すことになりそうだしな。紫月は<短距離転移>で逃げられるだろうし、蓮さんは<再生>の効力で無効化できるだろうが、俺だけ対抗手段がないのだ。
なお、紫月は先ほどからいつでも逃げ出せるように身構えていたので、視線で留めている。危なくなったらひとりだけ脱出する心積もりなのだろう。その薄情さはゲス西といい勝負であった。
もちろん、視線に込めた意図は「専用ウサギ取ってやるから」である。
「じゃあ、私の簡単な経緯についてだけど。ギフトが発現したのは、ほんの三ヶ月ほど前のことなんだ。その時付き合っていた彼女に別れを切り出されてね、それが契機になったんだ」
痴情の縺れによる感情の発露ってとこか。まぁ、有り得る話ではあるな――ってちょっと待て、一部聞き捨てならない単語が混じっているぞ。
「えっと、そっちの趣味の人?」
「そっちというか、どっちもかな」
両手で拳銃の意匠を象り、バンバンと撃ち鳴らす仕草をする群青さん(偽)。
二丁の使い手がここにいた。
「……ちょっと引きすぎじゃないかなぁ?」
思わず三人して、数メートルほど後ずさってしまった。
「そんなに身構えないでよ。大丈夫、貴方たちは私の好みじゃないから」
喜んでいいのかどうかは微妙なところだ。
「……わかった、続けてくれ」
「うん。それで、その時の私はこう、もて余していてね。半年だよ? 半年付き合って、キスまでしか許してくれなかったんだ。溢れ出るのも仕方ないだろう?」
「……まぁ、わからないでもないが」
大人が未成年に性的な衝動の同意を求めるのはやめてほしかった。
「そうだろう? だってのに、別れるとか言い出すんだ。もうさ、積もりに積もってて、どうでもいいから滅茶苦茶にしてやりたいと思っちゃってさ」
「それで、そのギフトを発現したと」
「そうなんだよ」
ふわふわと漂う煙の玉を、手抄で操る偽群青さん。ある程度、任意で操作することもできるようだ。
「<エロ同人みたいに>と名付けたんだ」
「また見も蓋もない名前だな……」
「わかりやすいだろう? 効果は見てのとおり、煙に触れた対象の性的感度を引き上げる。その職員さんには、二十倍にしてみた」
ある意味、恐ろしいギフトだ。詩莉さんといい、前澤といい、何故神はこんな変態たちの願いを聞き届けるのだろうか。神も変態なのか? 新たな哲学が生まれそうだな。
「もちろん、最初は楽しんでたんだ。ただ、困ったことが起きてね」
楽しまれたその彼女には、同情の念が浮かぶな。
「飽きちゃったんだよ、その子に」
ほんとに浮かばれねーなおい!
「こう、ヤれたから満足、みたいな? ただフラストレーションが溜まってて、それ故の執着だったみたいでさ」
「性別とか置いといて、普通にゲスいなあんた」
「愛とは移ろうものなのさ」
※なセリフを吐く群青さんもどき。もうめんどいから、ゲス城さんでいいか。
「それで、すぐに次の彼氏が見つかったのはいいんだけどさ。彼は欲に忠実で、特に問題なく性活は続いたんだ。でも、ギフトは消えたりしないだろう? なら私の思いとは、それを祝福とした願いとはいったいなんだったのか。そんなことばかり考えるようになってしまってね」
ギフトの存在が異質すぎる故の、アイデンティティーの喪失ってとこか。どうやら本当にお悩み相談室に用事だったみたいだな。
「カウンセリングってほどでもないんだけど、妙にモヤモヤするというかね。そんな折に、今の彼女から今日の意識調査の話を聞いたんだ」
あー、その人が記者の真・群青さんってわけか。
「そんで、高校生と話にきたと」
「うん、そういうこと。気軽に話すにはちょうどいいかなと。だから話してくれないかな? 人助けだと思って」
なるほど、概要は掴めた。確かに他意はないようだ。
ただ同時に、三ヶ月の短期間で最低二回、交際相手を乗り換えている奔放な性格もわかってしまったわけだが。
「どうするよ? 俺は話ぐらいなら構わんが」
両隣の紫月と蓮さんに確認する。
「まぁ、別にいいけど」
「私も構いません」
「だそうだ、よかったな」
「感謝するよ」
まぁ、バイトの一部だと思えばいいか。予定した仕事自体は終わっているし、被害を受けた久々利さんには申し訳ないが、その醜態は俺たちの胸の内にしまっておくということで溜飲を下げてもらおう。
下がらなかった場合は親父に丸投げだ。
「では、私からお話しします」
蓮さんが口火を切ってくれる。俺から話すとややこしくなるので、配慮してくれたのだろう。
「とはいえ、あまり参考にはならないかもしれませんが。私の<再生>は、単に交通事故からの生還を望んだだけですので」
「おや、そうなのかい」
直接聞いたのは初めてだったが、やはり想定どおりのギフト発現経緯を話す蓮さん。
願いとギフトが直接的に関連した、とてもわかりやすい例であった。
「ええ。死にたくないと願って、死なないようになった。こうして、不自由なく生活できているんです。迷いなく、私にとっては祝福であると思えます」
「そっか。そうだね」
自分のギフトを受け入れている蓮さんの意見は、ゲス城さんには響かないだろう。それでも特に何を言うでもなく、彼女は視線で次を促してきた。
順番としては紫月が先の方がいいか、と左を見やり、引き継がせる。
「癪だけど、引きこもりになったあほぅを部屋から連れ出すために、<短距離転移>を発現したわ」
はい。お世話になりましたあほぅです。
「おっ、じゃあ、それ以降の状況は私と似た感じなのかな?」
「そうね」
ただの一度、状態を打開するために願ったが、大枠から見ればさほど大した事態ではないという点では、二人は共通している。
命の危機に瀕していたり、崇高な決意を秘めていたりといった、より純粋そうな思いに比べて、自分の思いは刹那的な、取るに足らないものなのではないか、と考えてしまうのかもしれない。実際端から見れば、なんでその程度の思いでギフトを? って奴もいるしな。
要は、受け止め方次第なんじゃないか。その点、紫月はあっさりと割り切っているように思えた。
「あたしは、便利に使ってるわ。そう頻繁に機会があるわけでもないけど。特に後ろめたい気持ちはないし、気の持ちようによるんじゃないの?」
「うーん、そうなんだけどね。やっぱりギフトがこんなだからかなぁ、どうにもありのままには受け入れ難くて」
その割には、久々利さんにはためらいなくギフトを使ってた気がするが。もしかして好みだったのか?
まぁ、それはともかく。ゲス城さんの、だいたいの心持ちは把握できた。二丁を自在に操る特異な世界の住人ではあるが、やはり分類としては女性に入るようだ。
よって、必要なのは解決ではない。共感だ。
「あとは俺だな。あまり大きな声では言いたくないんだが、俺のは<デッドハーレム>というやつでな」




