意識調査
正面の自動ドアを開き、横手の壁に掲げられた案内板で目的地を確認する。カンファレンスルームD、だったな。
三階か。エレベーターは……こっちか。
おそらくはどの庁舎も似たようなものであろう、味気ない通路を進む。商業施設ではないので、実用一辺倒な造りをしているのに何も問題はないのだろうが、病院にせよ学校にせよ、同じような通路と部屋が続く様は、初来訪の人間にはどうぞ迷ってくださいと言っているように思えてしまう。
一つ、他の施設と異なることといえば、すれ違う職員や利用者が全員女性であることか。
ギフトとはそのほとんどが女性に発現するものであり、なればギフトに関連した業務を取り扱う祝福省の職員がほとんど女性で占められているのは、自然の摂理だと言えた。
故に俺のような存在は、ここでは少しばかり奇異の視線で見られてしまう。
ただでさえ男のギフテッドは数が少ないというのに、髪も瞳も黒一色である俺は、端から見ると一般人にしか見えない。
もちろん、外部の人間が打ち合わせに訪れることもあるのだろうが、珍しいことに変わりはなく、何処か居心地の悪さを感じてしまうのであった。
三階に降り立ち、目的の部屋を見つけて扉を開ける。
三人掛けの長机が並んだ室内はそこそこに広く、きっちり詰めれば百人は入れそうな大きさであった。
俺たちの他に人の姿はない。指定の時間までまだ十五分ほど余裕があるので、前方中央にセットされた席に座って待つことにした。
「それで、意識調査ってどんなこと聞かれるの?」
「ああ、これだ」
俺は尻ポケットから四つに折り畳んだコピー紙の束を取り出し、一枚ずつ紫月と蓮さんに渡してやる。
そこには今日のバイト、「学生ギフテッドに対する意識調査」についての詳細――というか台本が書かれていた。
用紙をざっと眺めた紫月が、怪訝な表情を返してくる。
「何これ。出来レースってこと?」
「レースはしてないが、まぁそんな感じだ」
概要をまとめるとこうだ。
祝福省の業務というか理念の一つに、ギフテッドと一般人の調和というものがある。現代日本ではある程度社会に受け入れられているギフテッドではあるが、一般人からしてみればまだまだ遠い存在であり、忌避の目で見られることも少なくはない。
その溝を埋めるために祝福省が行っている活動の一つが、テレビや雑誌と提携した今回のような意識調査である。一般人にとっての奇妙な隣人という認識のギフテッドが、普段どのようなことを考えているのかを露にし、その距離感を近づけようという試みだ。
しかし問題が一つある。ギフトとは願いの昇華であり、その発現の経緯を事細かに露にするのは、有名人ならいざ知らず市井のギフテッドにとっては赤裸々に過ぎるものであった。ここでギフテッドの団体や人権団体から横槍が入ったのだ。
故に、マスコミが本当に知りたい個人のストーリーは封殺され、先方からの質問は祝福省の検閲が入った、当たり障りのないものに限定されることとなった。活動は早くも形骸化したのだ。
「つまりは、ここに書かれていることを読み上げるだけの、簡単なお仕事というわけだ。これでひとり頭三万、おいしいだろ?」
「そうだけど、なんともやりがいのない仕事ね。これ、意味あるの?」
「そこはお役所の定めというやつだな」
端的に言って、意味はない。しかし如何な祝福省といえども官公の枠組みから大きく逸脱することはできず、様々な利権や立場が絡み合った結果の、いわゆるお役所仕事が存在してしまうのは避けられない宿命であった。
なお、本来であるならばギフテッド団体などを通じて、中抜きが行われた上での選出がされるのだが。今回は親父のコネを使って直接選んでもらい、満額を受け取れるようにした次第だ。
「日本の行末が心配になるお話ですね」
「いち学生には関係ないことさ。将来はともかく、今はやりがいなんてものは犬にでも食わせておけばいい」
別に祝福省に勤める予定もないしな。楽に稼げるのなら、それに越したことはない。
と、そこで前方の扉ががちゃりと開く。
入ってきたのは二人の女性だ。
その内、黄緑色のストレートヘアーの方は知った顔だった。久々利さん、だったか。親父の部下で、秘書のようなことをしているらしく、ここや家で何度か顔を合わせたことがあった。
俺と視線が合うと、小さく微笑んできたので、軽く会釈を返しておく。
もうひとりの黒髪の女性とは初めて会う。こちらが例の、マスコミの人なのだと思われる。
「皆さんお揃いのようですね。それでは定刻には少々早いですが、始めようかと思います」
そう言って、久々利さんが一歩後ろに下がる。この活動の進行、及び監査といった役割なのだろう。
久々利さんの言葉を継いで、黒髪の女性が俺たちの対面の席に腰を下ろす。
「はじめまして、週間ミライの群青と申します。今日はよろしくお願いしますね」
ハキハキとよく通る声で喋る、記者らしき群青さん。細身の長身で、パンツスーツのよく似合うお姉さんといった感じだ。歳は二十代の半ばくらいだろうか。
「穂村さんと三枝さんと――四条君? 君もギフテッドなの?」
「ええ、まあ。そういうことらしいです」
「ふぅん。男の子、だよね?」
「俺が女の子に見えるなら、眼科の受診をおすすめしますが」
「あはは、ごめんね。男の子のギフテッドに会ったのは初めてだったからさ」
屈託なく笑う群青さんだが、そう疑うのもある意味仕方ない。それほど男のギフテッドとは数が少なく、珍しい存在なのだ。三毛猫の雄よりは流石に多いと思うが、人間のクラインフェルター症候群の患者より多いかは怪しいところだ。
「じゃあさっそくだけど、質問をしていきますね」
そのあとは、定型に沿った質問が続いていく。
俺たちはチラチラとカンニングペーパーを見ながら答えを返し、滞りなく質問を消化していく。
まったくの茶番であったが、群青さんにそれを気にしている様子や、無気力な態度は見られない。僅かに上げた口角を保ったまま質問を続けていくのは、取材のプロたる精神が為せる業であろうか。
ものの三十分ほどで、予定された行程は終わりに近づいた。時給換算すると恐ろしく割のいいバイトである。是非今後とも任せてもらいたいのだが、そう何度も続けると親父の職権乱用と取られかねないので、ほどほどにしておくべきか。
「では、最後の質問です」
締めるような群青さんの言葉に、俺は用紙に目を落とす。
なになに、「あなたにとってギフトとは?」「あくまでも人生の一部、ですかね。それに驕ることなく、精一杯努力を続けていきたいです」。
なんだこの情○大陸みたいな結びは。もう職員も遊んでるだろ、これ。
弛緩した空気を感じながら、群青さんを見やる。
しかし放たれたのは、予定とは異なる言葉であった。
「あなたのそれは、本当に祝福だと思えますか?」
――ん? どういうことだ?
「群青さん? 予定にない質問はお控えください」
突然の台本破りに、久々利さんが非難を示す。やはり職員側の記載ミスではないようだ。
「まぁまぁ、いいじゃないですか一つぐらい」
「なりません」
「どうしても?」
「……それ以上は、貴社への厳重抗議をさせていただきますよ?」
険呑な目つきをして、久々利さんがそう告げる。激おこ一分前だなこりゃ。
「そうですか、じゃあしょうがないですね」
ふう、と一つ息を吐き、しおらしい顔で立ち上がる群青さん。
手を前に組み、久々利さんに近づくと、そのまま深く頭を下げる。
「すみません」
「……次はありませんよ?」
「――と、先に謝っておきます」
その手が上を向く。
「――!」
そこからむわっと赤い煙のようなものが広がったかと思うと、瞬時に久々利さんの頭を包みこんだ。
「けほっ! ――これはっ?」
「失礼」
「むぐっ!」
咄嗟に逃げようとする久々利さんの頭を掴むと、群青さんはあろうことか、自分の唇を相手のそれに押し付けた。
「んぐっ、ん、ん、ん、ん~~~~っ!」
「んちゅっ、ちゅる、じゅる、ちゅぷっ」
漏れ出る音がヤバい。ちゅっとかではない。もっと深くてディープなアレだ。
どう見ても入ってます。本当にありがとうございました!
「んふ――ん、あ……くふっ」
「ちゅるん――ご馳走さま」
支えを失い、膝からくずおれる久々利さん。その体を受け止めた群青さんが、彼女を仰向けに寝かせる。
ピクピクと小刻みに震える久々利さんに、意識はある。あるが――だらしなく口元を開き、涎を垂らすその顔は、いつぞやの詩莉さんのように、これ以上は見せられない類になっていた。
突然の事態に、俺たちは立ち上がりながらも、それ以上の行動に移れない。
長い接吻の間も、群青さんの視線は外れることなくこちらを見据えていた。
「できれば、大人しくしてくれると助かるな」
口元の液体を拭い、こちらも少し火照った顔で、群青さんがそう告げる。
「もう一度言うよ? 大事なことだからね」
その手が何かを生み出すように上向けになると、先ほどと同じ赤い煙の塊が複数、ふわりと宙に浮かんで現れた。
「君たちのそれは、本当に祝福と呼べるものなのかい?」




