黒幕は膜を破られたい
御門学園は、スポーツの面においてもそこそこに力を入れている。
夏のインターハイに向けて練習に励む部員たちは多く、十八時を回った現時刻でも、グラウンドからは野郎どもの野太い大きな声が響いてきていた。
なお、ギフテッドが一般の生徒に混じって公式な大会に出ることは禁じられている。例え矮小な能力しか発現しないギフトであっても、種目によっては多大な影響を及ぼしかねないのだ。
差別だなんだと騒ぐ人権団体もいるが、ギフトはその行使において、必ず目に見える効果を発揮するものではない。判別が不可能な以上、スポーツの舞台に彼女たちを迎え入れるのは難しいのが実情であった。
例えば、朱里をサッカーの試合に混ぜたとしよう。ゴールキーパーが適任だ。
圧勝である。少なくとも、点を取られることだけは絶対にない。
自陣のゴールに突き刺さろうとするボールは、必ず直前で破裂するのだから。
そこで朱里がギフトを使ったかどうかは、誰にも判別することができない。あり得ないことだが、「急にボールが破裂したので」が通ってしまうのだ。QBKどころではない。QBHである。
守護神ならぬ破壊神がゴールを守る試合は、誰にとっても面白味のないものになってしまうことだろう。
そのため、ギフトを発現したことによりアスリートの道を断たれてしまった者たちもいる。これは場合によっては、壮大な皮肉となる。
誰よりも速く走りたいと願った少女が、誰よりも速く走れるギフトを手に入れ、そして誰からもその速さを認められなくなってしまうのだ。
祝福とはいったい、誰が為に与えられるものなのかと、考えさせられてしまう。
無人の高等部の中庭で、遠い運動部の声を聞きながら、俺はそんなことを思っていた。
小学生までは俺も、バスケットをやっていた。そこそこ楽しくやっていた覚えはあるが、中学以降はそんな暇もなく、今さら未練もないのでまぁ構わないのだが。
ふと郷愁を感じてしまうのは、それだけ濃密な時間を歩んできたことの証であろうか。
芝生を踏む音に、目的の人物の来訪を悟る。
中西を通じて、ブツの受け渡しだと呼び出してもらったのだ。
俺の顔を見て、彼女は少し驚いた様子を見せる。
「冬馬様? どうしてこんなところに?」
「こんばんは、詩莉さん。俺はちょっと夕涼みをしてただけだよ。詩莉さんこそ、どうしたんだ?」
「あー、いえ、大した用事ではないのですが……」
きょろきょろと周囲を見回す、挙動不審な態度の詩莉さん。
「誰か探してるのか?」
「い、いえ、別にそういうわけでは……」
「しましま」
びくっ、と詩莉さんの肩が跳ねる。反応いいなぁ。
ゲス西の虚言の可能性も捨てきれていなかったのだが、どうやら間違いないようだ。
周囲を彷徨っていたその顔が、ぎぎぎ、と油を差し忘れたブリキ人形のようにこちらを向く。
俺はにっかりと笑顔で返してやった。
「えっと、冬馬様、私ちょっと急用を思いだしまして……」
「たま先輩ー、やっちゃってくださーい」
大きく声を上げる。
瞬間、側面の植栽から不可視の糸が伸び、詩莉さんの体を縛り上げた。主に胸部に集中して。
「んっ、あっ」
押し潰される果実。そこに糸が集中するのは、どうにもたま先輩の私情が含まれているように思えた。会議の時もピンポイントで狙ってたしな。
見ている分には素敵な光景なので、まぁ構わないのだが。是非尻にもやってみてほしい。
「やっぱり、しり先輩が黒幕さんだったんですか」
「そのようだね」
たま先輩とともに、同じく隠れていた凛子も姿を現す。
無骨なスタンガンは標準装備になったのだろうか。
「凛子ちゃん? 環ちゃんも。私、ちょっと状況がよくわからないのだけど」
「二人とも、しましま被害に遭ったんだ」
「あ、そういうことですか――ってなんのことでしょうか? 私は中西君たちに依頼なんかしていませんが」
顔を背けて、ひゅーひゅーと鳴らない口笛を吹く詩莉さん。
語るに落ちすぎて、もはや底なし沼にはまっているがいいのだろうか。こちらとしては話が早いが。
「しり先輩、凛子はしり先輩のせいで、大変な目に遭いました。大人しくエレエレするです」
今回大活躍のスタンさんをばちばちさせる凛子。
しかし、こと相手が詩莉さんに限っては、それは悪手であった。
「ふふ、凛子ちゃん、私を痛みで屈服させる気ですか?」
不適な笑みを漏らす詩莉さん。もう隠す気ねーなこの人。
縛られているというのにやけに自信たっぷりで、気圧されたのか凛子が一歩後ずさる。
「私の業界では、それはご褒美です!」
ドヤッと言い放つ詩莉さん。
救いようのない変態がそこにいた。
駄目だこの人、早くなんとかしないと……。
元より痛みを別の効果に<変換>できる詩莉さんには、物理攻撃でダメージを通すことはできない。その上最近では、ギフトなしでも痛痒を快楽に感じている節があるため、下手に攻撃しても逆にこちらが精神的な痛手を負うのが必至である。
世の中の叶う願いの総数が決まっているという話は聞いたことがないが、もしそうなら真っ先に彼女のギフトを取り上げてほしい。
他の真摯な願いを持った皆さんには、申し訳ない気持ちでいっぱいである。
「むむっ、どうすればいいのですか……」
「凛子君、下がっていたまえ」
選手交替だ。
控えのたま先輩がすすっと前に出る。
「詩莉さん、どうしても認めてもらうわけにはいきませんか?」
「ふふ、環ちゃんとて同じことです。いくら私を縛ろうとも、口を割ることはありません。むしろもう少しきつめでお願いします!」
さりげに拘束の強化を頼む詩莉さんに、気持ち悪いものを見るような視線を返すたま先輩。うん、気持ちはよくわかる。
しかし臆することなく、たま先輩は毅然とした表情を作った。
「では、仕方ありませんね。とーま君、ちょっと耳を貸してくれ」
手招きされ、俺はたま先輩の身長に合わせて身を屈める。
こしょこしょと耳打ちされる。こそばゆい。
「はあ、そんなのでいいんですか?」
「うむ、それが一番効くはずだ」
少し疑問であったが、まぁとりあえず試してみるかと俺は詩莉さんを見据える。
「あー、詩莉さん」
「冬馬様がいたぶってくださるのですか!?」
期待に満ちた視線を向けてくるがスルーだ。そっちの業界に踏み込むつもりは毛頭ない。
「今後、詩莉さんとは敬語で会話するようにします」
「ごめんなさい私が犯人です許してください」
一瞬で陥落した。こうかは ばつぐんだ!
しかし俺の胸中は ふくざつだ!
「……と、冬馬様?」
俺が黙っていると、詩莉さんは捨てられた子犬のような目をよこしてきた。
俺の嗜虐心が疼く。もう少しだけいじめてやろうか。
「さて、どうしましょうかねぇ」
「――! おっぱい、おっぱい見せますから! あ、動けないんでした! 環ちゃん、早くこれ解いてください!」
「は、はい」
鬼気迫る様子の詩莉さんに、たま先輩が拘束を解除する。
おっと、これぐらいにしとくか。
いやでも楽しいな、もうちょっと。
「いやー、俺は中西とは違いますから、おっぱい出されましてもねぇ」
「膜ですかっ? わかりました、今開きますので! むしろ自分で破り」
「わかった! わかったからやめてぇ!!」
慌てて制止する。しまった、やりすぎた。
思わずラ行のセリフが出るところだった。
セルフロストなんかされた日には、どう責任を取ればいいのか見当もつかない。
スカートにかかった詩莉さんの手を押さえて、どうどう、と落ち着かせる。
いい加減、膜で解決を図ろうとするのはやめてほしい。
「ハァ……。それで、どうしてこんなことを?」
息を整え、改めて本題を問いかける。
なんだってこの人は、中高生の縞ぱんなんぞ集めていたのか。
とうとうそっちにも目覚めたのだと言われても、俺はもう驚かない気がする。
「えっと、その……冬馬様がしましまをお好みだと伺いまして」
「え? なんだって?」
話の雲行きが怪しくなってきた。
思わず、難聴系主人公を装ってしまうぐらいには。
「ですがお恥ずかしいことに、私は今までしましまを履いたことがございませんで」
相変わらず羞恥を感じるポイントがおかしい。それは膜を開くよりも恥ずかしいことなのだろうか。
「そこで私は思い立ちました。そうだ、パンツ集めようと。世の女性がどのようなしましまを履いているのか、それを知る必要がありました」
あるか? いやないだろ。少なくとも、京都に行こうと思い立つノリでパンツを集めようとは思わないでほしかった。JRもいい迷惑である。
「全ては、冬馬様に最高のしましまをお見せするため……!」
そう繋がるのか。
つまりなんだ、あれか。
「せんぱいが元凶ってことですか」
「ふむ」
「ちょ待てよ」
どこぞのアイドル俳優みたいな突っ込みをしてしまう。
「俺か? 俺が悪いのか?」
「だって、せんぱいを思っての、しり先輩の行動なわけですし。略すとせんぱいの行動なわけですし」
「大事なところを略すんじゃない。それを言うなら、情報を拡散したたま先輩にも非があるんじゃないか?」
「私かい? 私はただ、有益な情報の共有をと思ってだね」
「ほら、やっぱりせんぱいですよ」
「何故そうなる!?」
わちゃわちゃと、責任の所在を巡って言い争いが繰り広げられる。
あれ? 俺悪くないよね?
「冬馬様、皆さん、少々落ち着かれては?」
「あんたが言うなぁーーっっ!」
結局。
気疲れもあって、主犯の沙汰は後日ということに。
本日はお開きとなるのであった。
なお、何かを忘れている気がしたのだが。
思い出せない以上、たいしたことではないだろうと、俺たちは各々帰途へと着いた。
翌日、登校時。
前の席に現れた顔面ミイラに、俺はぽん、と両手を打ち。
流石に憐れんで、蓮さんに連絡をつけてやるのだった。




