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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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父、勧誘する。そして、息子を憂う

 祝福省本庁ギフト対策室室長。

 その最大の使命は、暴走ギフテッドの速やかな鎮圧である。

 ただそのためだけに、組織を維持していると言ってもいい。


 使命遂行のために、室長たる俺には様々な権限が付与されている。

 その最たる例は、暴走対象の鎮圧可否判断権であろうか。

 彼女たちの生殺与奪は、実質俺が握っている。俺の判断一つで、法の下殺人が行われるのだ。

 暴走しているとはいえ、年儚い少女の命を散らすようなことは避けたかったため、可能な限り救ってはきたが。


 被害が甚大になるようであれば、俺は躊躇うわけにはいかなかった。

 少女を見逃せば、また別の少女が犠牲になる。それもより多くの。

 個ではなく、数の話をしなければならない。それがこの仕事の、最も辛いところであった。


 反対に嬉しいのは、もちろん彼女たちを救えた時である。

 だから鎮圧に成功した場合、俺は持てる権限の全てを使って、彼女たちが本来享受するはずだった輝かしい時間を少しでも取り戻してやる。そう決めていた。

 そこで使うのが、俺の持つもう一つの強権、人事任命権である。


「柊こより。俺は君に、可能な限り今までと同じ待遇を約束する。もちろん、全く同じというわけにはいかないし、危険な義務も発生する。ただそれでも、周囲の無責任な誹謗中傷に晒されるのは避けられるはずだ。

 だから——祝対(うち)に、来ないか?」


 万年人手不足の祝対にとって、有力なギフテッドの確保は常に最優先の課題である。そのスピーディーな意思決定のために、俺にはあらゆる審査や試験を素通りして、職員の登用を決定する権限が与えられていた。

 過去は不問。経緯も不問。多少の問題であれば握り潰す。そうして、俺は何人かの少女を直接、この祝対にスカウトしてきた。

 これに乗ってくれるのなら、こよりの身柄は俺預かりとなり、諸般の事情は全て無視できる。今回は多少調整が必要であろうが、御誂(おあつら)え向きにギフテッドの女生徒が関わっていたため、最悪彼女に全て押し付けてしまえばいい。

 死人に口なし、である。


「はい、お世話になりますっ」


 こよりの返事は、ほぼ即答であった。

 正直、決断にはもう少し時間がかかると思っていた俺は拍子抜けである。


「えっと……提案した俺が何だが、いいのか? そんなにあっさり決めて」


「ええ。むしろ好都合です」


 何がだろうか。気になったが、なんとなく、謀るように微笑むこよりには、それ以上聞いてはいけないような予感がした。


「ボス、私は反対です」


 はっきりとそう主張するのはシャルロだ。

 さっき弄られたことへの報復だろうか。

 判断理由を問いたいところだが、尤もらしい理由を隠れ蓑にしてくるのが予想できる。

 かと言って、頭ごなしに否定するのも反発心が残るか……。

 よし、ならばシャルロ自身に否定させてしまおう。


「論理的に述べられるのなら、一考しよう。感情を主体とした意見なら、悪いが俺の意見を優先する。どうだ?」


「む……。すみません、撤回します」


 正直な奴である。ある程度の論理武装はしているだろうに、起因となる意思に感情の存在を否定できず、そのことを隠そうともしない。

 それを清廉と取るか愚直と取るかは、判断する者によるだろう。

 ただこよりには、好意的に捉えられたようだ。


「ありがとう、ぺたりん」


「変な愛称をつけないでください!」


 何だかんだいって、この二人はうまくやっていけそうな予感がした。


「オーケー、じゃあそういうことで。さしあたって、こよりの住居だが……こっちに越してくるか?」


「はい。蒼さんのお家、楽しみです」


「は?」


「え?」


 何故に、俺の家に住むのが前提になってるんだ?


「あー、こよりさん。うちに来るつもりだったのか?」


「ええ。だって、その……」


 もじもじと、忙しなく手を擦り合わせるこより。

 妙に赤い顔で、上目遣いを寄越してくる。


「愛の言葉を、いただきましたので……」


 ぶふっ、とシャルロが紅茶を噴き出す。

 あー、そうか。ずっと意識あったんだったな。

 校舎での自分の言動を思い返す。はい、確かに言いましたね。

 あれ? それって、まずくね?


「それに……大事なところも、見られちゃいましたし……」


 誰だ、そんな破廉恥なセクハラをした奴は。

 俺だ。ばっちり開いてから開いた。

 ノリの行動なので、決して立てはしなかったが、フラグが立っていたのか。

 やべぇな。どうするよ?


「あー、すまなかった。じゃあ、俺も見せるから、おあいこということで」


「アホですかっ! 何でセクハラを重ねるんですかっ!」


「わかった、じゃあシャルロのも開くから」


「開かないでください!」


 後悔先に立たず。

 やはり軽率なセクハラは控えるべきだろうか。

 でもなぁ、楽しいんだよなぁ。

 とりあえず、この場をどうやって収めたもんだか。

 妙案が降ってくるギフトとか、ないもんだろうかね……。











 その後。

 後日必ず埋め合わせはするからということで、こよりには何とか納得してもらった。

 時間も時間なので、とりあえず今日は庁舎の仮眠室へとシャルロに案内させると、俺は静かになった応接ソファーにもたれ、一つため息を吐く。

 さて、明日からどう対応したもんだか。


「蒼さん、モテモテねぇ」


 柔らかな笑顔を浮かべて寄ってきたのは、報告書を書き終わったらしい久々利だ。

 自分と、俺の分のお代わりのコーヒーをテーブルに置いて、対面のソファーに腰を下ろす。

 久々利美緒(くくりみお)。黄緑色のストレートヘアーに薄い茶色の瞳を持つ彼女は、俺がここの室長に就く前から祝対に属している、そこそこ古参の職員である。

 年の頃は、確か二十代の半ばほどだったか。おっとりとした雰囲気の美人で、事務も実務も卒なくこなすので重宝していたが、どうやら先代の退陣にも深く関わっていたらしく、少し油断のならない性格をしている、というのが俺の印象であった。


「報告書、ご苦労さん。いや、息子の同級生にモテてもなぁ……」


 流石に、娘のような年齢の少女に手を出す気はない俺である。


「そもそも、蒼さんが誰彼構わずセクハラするからでしょう?」


「誰彼は構ってるぞ、ちゃんと。スキンシップだよ、スキンシップ」


「はぁ……。まぁ、ほんとに嫌がる子にはしないから、そのつもりなんでしょうけど」


 その辺は弁えているつもりだ。イエスタッチ、ノークライムといったところか。


「あ、そういやあの子、こよりの処遇なんだが——」


「わかってます。申請は上げておきました」


 流石久々利、できる女は仕事が早い。


「でも、最近ちょっと多いんじゃないですか? 犬猫じゃないんですから、そうぽんぽん拾ってこられましてもね」


「犬猫じゃないから、俺たちがちゃんと人として扱ってやらなきゃいけないんだろ。お前たちには手をかけて悪いが、そこは曲げるつもりはないぞ」


「はぁ……そうでした、貴方はそういう人でしたね」


 嘆息しながらも、そう言ってくれる久々利。

 諦めも混じっているだろうが、俺の方針を理解して協力してくれている、大事な職員であった。

 仕事を増やしているのは事実なので、今度何らかの形で慰安はしてやらんとな。


「蒼さんって、そういうところ主人公体質ですよね。ハーレムの資質があると言いますか」


「何言ってんだ、うちの息子じゃあるまいし。俺はただ、救える範囲にいる子に手を差し伸べているだけだ。そんなもんを目指しているわけじゃない」


「そこなんですけどね、その無自覚なところ。まぁ、だからこそみんな、貴方に付き従っているんですが」


 うんうん、と深く首肯する久々利。ひとりで納得してないで、ちゃんと説明してほしいのだがな。


「ああ、そうそう。その息子さんの調書、さっき今回の分が上がってきましたよ。見ますか?」


「おう、そうか。頼む。今回はちょっと時間がかかったみたいだな」


「はい、じゃあここに受領印を押してくださいね」


「ああ——っておい」


 受け取った用紙に捺印しようとして、俺は寸前で手を止める。

 そこには二つの氏名が書かれていた。

 四条蒼と、久々利美緒。


「婚姻届じゃねーか!」


「あら、惜しい」


 惜しいじゃねぇよ。そして筆跡が見事に俺のものなんだが、どういうことだ。


「ギフトでやってみました。てへっ」


 舌を出すな舌を。ちょっと可愛らしいが。

 しかし、そういうことか。

 久々利のギフトは、<模倣犯(コピーキャット)>。対象の動作をそのまま自分の体で再現できる、なかなかに便利な能力だ。

 捕縛任務の際には、これでプロのアスリートや武芸の達人の動きを再現し、鎮圧に用いたりしている。

 これにより、俺の署名する動作を再現したのだ。

 正に、ギフトの無駄遣いであると言えた。


「お前これ、もしかして他にも悪用してたりしないだろうな?」


「まさか、そんなわけないじゃないですか。ちょっとした冗談です」


 にっこりと微笑む久々利の表情からは、真意は読み取れない。張り付けたような笑顔だ。

 あ、こいつ、これもギフトだな?

 まぁ、署名だけで認可できる案件はたかが知れてるので、そう大したことにはならないだろうが。


「まったく、ほどほどにしとけよ……ほら、本物を寄越せ」


 そう言って、今度こそ久々利から、十枚ほどの印刷された紙束を受け取る。

 とある筋に頼んである、息子——冬馬の周辺についての調査報告書だ。

 冬馬はそのやっかいな体質、おそらくは何らかのギフトの影響によって、日常生活に支障を(きた)している。

 複数の異性から強烈な好意を抱かれるという、それだけ聞けばたいそう羨ましい状態ではあるが、リ◯さんとは異なり、その好意がいずれは嫉妬へと変貌し、互いを害し合うまでになるとなれば、たまったものではない。

 それ故に冬馬は、長くひと所に留まれない。その根本原因は未だわかっておらず、対処療法として転校を繰り返させているのが現状だ。

 その度に新しい女の子たちをひっかけてくるので、こちらとしても万一に備えて、秘密裏に彼女たちの調査を行っている。

 転校や転居も含めて室長権限の乱用であったが、希少なギフトの研究という名目で、何とか祝福省から予算を捻出させている次第だ。

 それでも、今回で八回目ということもあり、そろそろ何か目立った成果がほしいところであった。


「今回は五人か、過去最多じゃないか。——って、んん?」


 ひとり、二人と読み進め、五人の概要を流し見た俺は、自分の目を疑う。

 コーヒーを流し込み、もう一度しっかりと目を通して——やはり変わらぬ記述に、潤したはずの喉が再び水分を要求してくる。

 何だ、これは。


「全員、シングルだと?」


 馬鹿を言え。確かに今までも、複数の中にひとり混じっていることはあったが。

 これが偶然だというのか?

 否、何か——作為的なものを感じる。


 特に、この子。やばいなんてもんじゃない。

 未だかつて、ここまで直接的なギフトを発現した例はない。どれだけの思いを込めれば、こんなものができあがるっていうんだ。


 冬馬はこの事態を、正しく認識しているのだろうか。

 今度ばかりは、本当にまずいぞ。

 手を出したいところだが、ギフトの研究という名目を掲げた手前、俺が表立って介入するわけにはいかなかった。

 それでも最悪は、辞職覚悟で動くしかないだろう。


 シャルロのこと、こよりのこと、そして冬馬のこと。

 やることが山積みだな。

 気分は陰鬱だったが、しかしここで<停滞>するわけには、俺はいかなかった。

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