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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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父、感想戦をする

「久々利とシャルロは報告書作成。あー、シャルロはその前に感想戦だな。鬼灯はすまんが、この子を風呂に入れてやってくれ」


 本庁のエレベーターに乗ったところで、それぞれに指示を出す。

 返事はやはり揃わない。統一した方がいいのだろうか。

 まぁいいか、軍でも警察でもないしな。


 四階で柊を背負った鬼灯を残して降りる。鬼灯が向かうのは六階の大浴場だ。

 広々としたスペースを誇るその施設は、祝福省に特有のものだ。

 うちの部署は元より、他部署でもギフテッドが多数在籍する祝福省では、やはり女性職員の比率が圧倒的に高い。

 ギフテッドではない職員も、そもそもの業務がギフテッドに関わること=女性に関わることのため、必然的に女性が担当するのが自然であった。

 そんな彼女たちを満足させ得る女性用の施設が、この庁舎には揃っているのだ。

 岩盤浴やエステまで備えた浴場はそのひとつで、少なくない予算とスペースを使って維持されている。

 対して男性用には、まるで建前のように狭いシャワールームがひとつ設置されているだけであり、その格差を象徴していた。


 庁舎全体での男性職員は、一割どころか一分にも満たないので、まぁ仕方ないといえば仕方ないのだが。

 シャワールームにしたところで、スクランブル後に俺が汗や血に塗れていては部下が不快だろうという、間接的に女性のための理由で設置が認められていたりする。男は非常に肩身が狭いのだ。


 僅かな男性職員は、そのほとんどが管理職である。これは能力というよりも性質的なもので、集団の女性のトップを女性にしてしまうと、どうしても軋轢が生じてしまうケースが多いための処置だ。

 大臣のような、鋼の精神を持つ女性であれば問題ないのだろうが。俺はあの女みたいなのが二人も三人もいるのなら、即刻辞表を提出する自信がある。


 うちの先代の事件もあって、それらの選定は大臣が自ら行っている。最低限、女性に嫌われない容姿や性格をしていて、既婚者であることが条件らしいが。

 その重圧は推して知るべし、重なる気苦労に二、三年で交代する者が続出するという、何だか罰ゲームのような役職になっていた。


 とにかく、女性の社会進出という点においては、かなり貢献しているといえるのが、この祝福省であった。






 執務室の扉を開き、留守番組の労いの声に手を挙げて返すと、シャルロを手招きしてパーテーションで区切られた一角に陣取る。

 久々利は自分のデスクに向かい、報告書の作成に入った。被害者は出たが、うちや警察に損害はなかったので、さほど時間はかからないであろう。

 職員の淹れてくれたコーヒーで一息ついてから、シャルロと向かい合う。


「じゃあ感想戦に入る。シャルロ、俺の突入から時系列で述べていけ」

 

 これは祝対の、というよりは俺が独自にやっていることなのだが。

 実戦ないし実戦を想定した訓練の後に、職員にその確認と質問受け付け、改善案提出を課している。

 この一連をまとめて感想戦と呼んでいるが、その目的は(ひとえ)に任務生存率の底上げにある。

 対ギフテッド戦はどうしても予測のつかないことが多く、俺が室長に就任してからはだいぶ減ったが、それでも毎年の殉職者はゼロではない。

 自己の戦術、戦力の客観的な把握が、生き延びることに繋がるというのが、俺の持論であった。

 加えて、この感想戦をきちんとできない者、戦力はあるが刹那的、退廃的な思想で任務に当たっている者を弾く意味合いもある。

 何も生き急ぐ必要はないのだ。そういった者には異動を促している。いくら人材不足だとはいえ、無闇に殉職者を増やすつもりは毛頭なかった。


 考えをまとめるように少し沈黙してから、シャルロが口を開く。


「ヤー。ボスは突入後、いきなり対象を口説いていましたが……あれは対象の動揺を誘ったものだったのでしょうか?」


「まぁ、そういう狙いもある。後は自我や意識の有無、正常性の確認といったところだな。対話で解決できるなら、それに越したことはない」


 言葉の選択は趣味だがな。月明かりに映える全裸で血塗れの美少女は、不謹慎だがなかなかに乙なものだった。


「そうですか。つまり、ボスの趣味や私情からくる言葉ではなかったと?」


 ん? 何かちょっと怒ってないか、こいつ?

 何か気に障ったんだろうか……年頃の娘の思考はやはりよくわからん。


「如何なる時も、ユーモアを忘れないのは大事なことだぞ」


「む……まぁいいでしょう。

 その後はすぐに交戦に移りましたね。初手の回避は、予備動作によるものでしょうか」


「ああ、よく見てるな」


 特に今回は、ギフトに目覚めて間もない上、戦闘のプロでも何でもないただの学生が相手だった。

 乗せるイメージと視線だけでも狙いはわかるが、手を伸ばす動作まであったので回避はそう困難ではなかった。


「そこで対象のギフトが判明。ボスは間断ない投擲で対象の動作を誘導しましたが——捨て身でボス自身を攻撃する可能性もあったのでは?」


「ゼロではないが、所詮素人だしな。そこまで考えが回ることはないと踏んだ。あとは最初の回避の際、俺の影に隠れていた机が巻き込まれただろ? つまりは自動追尾ではなく、指定の空間を対象としていることがわかる。速度もさほどではないし、だったら直接狙われても直撃はしないだろうと判断した」


 なるほど、と頷くシャルロ。

 熱心にメモを取る姿は、意欲が見て取れて好ましい。

 うちのギャル勢にも見習わせたいものだ。特に「あたし、褒められて伸びるタイプなんですよねー」とか宣うあのツインテールには。


「後は私の<絶対防壁>で四方を囲み、対象が正面の壁を捻じ曲げている間にボスが背後に回りましたが——すみません、あの瞬発的な跳躍だけは、原理がまったくわかりませんでした」


「ああ、アレはまぁ、切り札のひとつみたいなもんだ」


 謝るシャルロだが、アレは初見での理解は難しいだろう。


「俺のギフト、発動型<停滞(ステイシス)>だが、どう理解している?」


「指定した対象の動作や運動、または精神活動などを止めるものかと。最後に対象の意識を刈り取ったのも、その作用だと思われます」


「そうだな。つまりはその逆を行ったんだ。鬼灯のギフトも聞いているだろう?」


「ヤー。<暴風域(テンペスト・ロード)>、強烈な風を巻き起こすギフトです——あっ」


 気づくのが早いな。パズルとか解くの得意なタイプだろう。


「鬼灯さんの風を予め受け、それを<停滞>させておき、あの場面で解除して推進力にした——!」


「正解だ。ほら、頭出せ、撫でてやろう」


「け、結構ですっ。子供じゃないんですから!」


 伸ばした腕はシャルロにガードされた。

 何だ、撫でてほしいんじゃなかったのか?


「でも、凄いです。シングルのギフトとは、そこまでの応用性があるものなんですね」


 シャルロの視線に、敬意らしきものが混じる。

 お、ちょっとは好感度が上がったか?

 セクハラで下がった分が元に戻っただけかもしれんが。


 ちなみに、最初からその切り札を切っていればよかったのではないかと言われそうだが、そのとおりだ。

 真正面からでも、柊はあの速度に対応できなかったであろう。

 ただ今回は、相手がシングル故に念には念を入れたのと、シャルロの初陣でもあったので、少し見せ場を作ってやろうと思ってのことだ。


「そうだな。シングルはその解釈次第で、如何様にも効果を変える。だから今回も、もういくらか通報が遅れていれば、鎮圧は難しくなっていたかもしれん。逃げ出せた警備員はファインプレーだな」


 そう思うと、下半身の機能を喪失した彼には同情が湧くな。ある程度意識を操作されていたようだし、調べて今日が初めて巻き込まれたのだったら、治療系のギフテッドを紹介してやるとするか。


「そう頻繁にあることでもないが、もし今後、シングルに遭遇することがあったなら、可能な限り情報を集めつつも、逃げることを優先しろ。初見では、場合によっては俺ですらやられかねないのがシングルだ。わかったか?」


「ヤー!」


「オーケー、まぁこんなところか。感想戦は以上だ。後日、実戦想定訓練でお前のギフトの活用を詰めていくので、案を練っておくように」


「ヤー、ありがとうございました!」


 さて、これで一息つけるかね。

 後はあの子が目を覚ましてからの処理だが——。


「室長、失礼します」


 と、そこで鬼灯が執務室に入ってくる。

 

「おう、お疲れ。綺麗にしてやったか?」


「はい、隅々まで」


 短く答える鬼灯。無駄な情報を伝えないこいつのことだから、本当にむき卵のようにつるつるに仕上げてくれたことだろう。


「それで、今しがた覚醒しましたが。如何致しましょうか?」


 おっと。

 どうやら休む前に、もう一仕事あるようだな。

 残ったコーヒーを流し込んで、俺は眠気を吹き飛ばすのであった。

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