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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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父、帰投する

 その後、警察の現場指揮者と少し話し、概要を伝える。加えて包囲の礼と、後始末の依頼も。

 現代においても、日本の警察は存外に優秀だ。特に現場の兵や下士官クラスは。

 指示一つで、文句なく統率的に動いてくれるのが素晴らしい。たまに何を勘違いしたのか、威圧的な指揮官もいるにはいるが。諸外国に比べれば可愛いものだ。


 ローマに赴いた際に、警邏中のヒラ警官が堂々と歩き煙草をしていたのには、呆れを通り越した文化の垣根を感じた。まぁ、戦争中にパスタが食いたいと駄々をこねる国だからな。

 それは流石にネタだが、そんなジョークが罷り通るような国民性であるのも確かなのだろう。シャルロも彼の国での研修には辟易していたようだ。


「彼らには、まず職務中に女性を口説いてはいけないということを教えてほしいものです」


 とは実感の篭った彼女の感想であった。


「そりゃお前みたいなベラドンナがいたら、口説かずにはいられなかったんだろうよ」


 と返してやると、耳まで赤くしてバシバシ叩いてきたが。愛い奴である。


 ともあれ、対象の確保が終われば後は警察のお仕事だ。あの部屋を検分する担当官には、同情を禁じ得なかったが。


 来た時と同じく、黒塗りのワゴン車に乗って本庁まで帰る。祝対に配備された専用車であるが、覆面パトカーのような反転式の赤色灯が装備されている以外、特に目立った特徴のない普通の車両だ。

 俺はボ◯ドカーを配備してくれと大臣に頼んだのだが、「アホか」の一言で却下された。あの大臣はどこか、紫月に通ずる冷たい雰囲気がある。紫月がこのまま二十年ほど歳を取れば、あんな感じに成長してしまいそうで、最近ちょっと怖い。

 もちろん、将来あんな冷血女にはならないよう、日頃から積極的なスキンシップを図ってはいる。この間の誕生日に送ったネザーランドドワーフのパンツも、たいそう喜んでくれた。はずだ。たぶん。

「…………ありがと」って言ってくれたしな。長い沈黙の意味は、深く考えてはいけない。たぶん照れ隠しだろう。


 運転手は鬼灯だ。真面目一辺倒な彼女の運転技術は信頼に値する正確さで、うちの庁舎では専らドライバーを担当することが多かった。

 聞けば、妹も都内のとある資産家の屋敷にて、専属メイド兼ドライバーというよくわからない職に就いているらしい。

 資産家令嬢のメイドライバーだったりするのだろうか。何かちょっとかっこいいな。アニメ化しそうなタイトルだ。是非ともリンカーン・リムジンに乗っていてほしい。


 あとは助手席に久々利、中列にシャルロ、後列に俺と柊といった配置だ。

 柊には、俺のシャツの上から警察に借りた毛布をぐるりと巻いてある。もうしばらくは目を覚まさないはずだが、もし何かあった時のためにすぐ対処できるよう、俺の隣に寝かせてシートベルトで固定してある。

 隣というか、スペースの都合上俺が膝枕をする形になっているが。すやすやと寝息を立てる顔はあどけなく、血に塗れていてなお、かなりの美少女であるのが見て取れた。


「ボス、女性の顔をそんなにまじまじと見るのは失礼ですよ」


 顔だけこちらに向けてそう言うシャルロは、何故だか少し不機嫌そうだ。

 俺の行動を警戒しているのだろうか。流石に俺も、これ以上のセクハラは自重するぞ?


 するとシャルロの声に反応したのか、んっ、と息を漏らして柊が身じろぐ。

 俺はその銀髪を優しく梳いて、落ち着かせるようにぽんぽんと叩いてやる。


「あ、またそんなに気安く触れて……」


「何だ、さっきから。起きちまうから少し静かにしてろって」


 そんな会話を交わす俺たちを見て、助手席の久々利が「ふふっ」と小さく笑う。


「シャルちゃんは、蒼さんをその子に取られちゃうんじゃないかって、ヤキモチ妬いてるのよね?」


「なっ、そ、そんなわけないでしょう!」


 慌てて否定の声を上げるシャルロだが、裏腹にその顔は赤い。

 ほう、そうか。そういえばこいつの家族は姉貴だけで、両親とももういないんだったな。しかし父親が恋しいとは、やはりまだまだお子様な奴だ。


「わかったわかった、後でシャルロも撫でてやるから」


「だ、だから違いますってばぁ」


 消え入りそうな声とともに、シャルロがシートに沈んでいく。どうやら羞恥が臨界点を超えたようだ。


 あとは静かなものだった。

 深夜の国道は他に走る車両もさほどなく、ワゴンの駆動音と柊の寝息だけが車内を満たす。

 ほどなくして、祝福省本庁の地下駐車場へと、俺たちは帰投した。








 祝福省本庁は、霞が関の端の方に独立して存在している。

 日本の省庁としては規模の小さいもので、総数約二千名ほどの職員が、地上六階地下二階の庁舎にて、ギフトに関連する様々な業務を執り行っている。

 その四階の一角に、俺たちギフト対策室の執務室はあった。


 現在の職員数は百三十六名。その全員がギフテッドである。とはいっても実に八割以上は、常に地方の分局に出向いているため、全員が揃うようなことはまずない。

 ギフテッドはその特性上、必要だからといって補充できるような人材ではなく、各分局の慢性的な人材不足を、本庁からの応援で賄っているのが実情であった。


 祝対は、言うなれば警察庁における特殊部隊のようなものである。主に暴走ギフテッドの捕縛、鎮圧を担っており、ことギフテッドが関わる事件に限り、かなりの裁量が与えられている。

 警察とは度々連携するし、危険な任務も多い。日々の訓練も必須であり、ならば警察の下部組織とした方が都合がよいのではないかとも思うのだが。

 そこは自衛隊ですら危うい位置に立たされている我が国である。

 法律的に武力が云々と煩い輩が大きい声を出すため、祝福省下の、あくまでもギフトに関連する任務にのみ携わる、国家及び国民に対する特異的脅威の鎮圧を目的とした必要最低限の対抗力、という修辞が多すぎて最早何なのかわからない組織になっているのが、我々祝対であった。


 一応は、俺がそのトップたる室長であるわけだが。

 正直なところ、荷が重く感じている。

 それは実務的なことではなく、まぁ最終的には実務に繋がるのだが、構成人員の特性によるものであった。


 ギフテッドは、男性に比べ女性の数が圧倒的に多い。

 これは世界的な統計で明らかになっているデータであり、我が祝対もその例に漏れず、男性職員は俺を含めて僅かに五名という、絶対的女性上位の組織であった。


 加えて彼女たちは、名目上国家公務員であるものの、上官に恭順な軍人でもなければ厳しい国家試験をパスしたエリート、キャリアでもなく、 ましてや社会の理不尽に揉まれた一般のサラリーマンですらない。

 捕縛、鎮圧に適した能力を持つギフテッドという、ただそれだけの条件を満たした人材である。

 故にじゃじゃ馬、我が儘どんとこい。

 さらに危険を伴う暴走ギフテッドに相対するため、運動能力の高い若くて健康な少女が、なおのこと望ましく。

 その平均年齢は、驚異の二十歳であった。


 考えてもみてほしい。

 そんな百名以上の女性を部下とする、俺の苦労を。

 ギフトを発現するほどの、強い感情を発露する、彼女たちを纏め上げることを。

 ハーレムじゃないかって?

 これをハーレムだと思える奴は、是非とも俺と交換してみてほしい。

 おそらく三日と保たずに、逃げ出すか追い出されるかすることだろう。

 

 そして先代は後者であった。

 彼は公平公正で論理的、率先垂範を常とする、上長としては優れた男であった。実際、それまでの経歴は輝かしく、実績を積み重ねてきていた彼は、当時の祝対の無作法ぶりに規律を導入して秩序を保とうとした。

 それはすぐに効果を発揮するわけではなかったが、彼は鉄の忍耐でもって指導を続けた。とことん、わかるまで指導を続ければ、いつかは理解される、もしくは理解したくない者は退場することを、彼は知り得ていたのだ。

 通常の組織であれば、それで問題なく、むしろスムーズな運びとなるのだが。

 こと祝対を管理するに当たって、彼には欠けているものがあった。


 それは感情だ。

 情動を主軸に据える彼女たちには、ただ論理を振りかざすだけでは届かない。そして届かないのであれば、何もしていないのと一緒だった。

 その上、規律規律と口さがない。

 彼女たちの不満が爆発するのに、そう時間はかからなかった。


 その日の新聞の見出しはこうだ。

「祝福省本庁ギフト対策室室長、淫行の嵐」

 職員に直接的なセクハラを働く彼の写真が、ばっちりと掲載されていた。

 いつの世も、役人の不倫や淫行は、マスコミにとって格好のスキャンダルである。

 次々と現れる証拠写真に、彼はあっという間に免職を余儀なくされた。

 真相は闇の中である。というかほぼ確実に捏造であろう。

 百人のギフテッドを敵に回すということの意味を、彼はわかっていなかった。


 そうして、俺にお鉢が回ってきたのである。

 同じ轍を踏むまいとすべきだったのだが、最初から無理ゲーだと割り切っていた俺は、どうせ罷免されるのならと、性分に正直に従った。

 すなわち、セクハラしまくったのだ。

 これが何故か功を奏した。

 感情の赴くままにセクハラを繰り返す俺に、職員たちはわかりやすすぎて裏がないと思ったのか、その正直な様を現すようになった。

 そこから彼女たちの本質、思いを読み取った俺は、ひとりずつ時間をかけて、その内に抱える願いの起源を探っていった。

 願いを掴んで共感を示せば、後はこちらのものだ。


 ひとり、二人と味方を増やし、また任務だけは真面目に、可能な限り処分を控えて遂行した。

 もちろん、中には反抗的ですぐに追い出してやる、と息巻く奴もいたのだが。


「俺は構わんがな。次に来るのは脂ぎったオヤジかもしれんぞ」


 と半ば脅すように言うと、だいたい大人しくなった。

 幸い、見た目は身長も高く、まあまあ若い俺である。

 女だらけの空間に置いておくのに、まぁそれほど場違いな感じでもなかった。


 そうしてそれなりの時間をかけて、最近ではとりあえず組織の長として、それなりの信頼は得られているのではないかと思えるようになってきたのだが。


 元より、問題児だらけのクラスの担任のようなものである。

 多部署や省庁との細かな諍いは茶飯事であり、その調整に少なくない時間を取られながら、職員の訓練を行い、合間に息子の様子を見ながら、こちらの問題にも関係各所との折衝をして、さらに突発的に起こる本来の任務を遂行してと、俺は些かハードワーク気味であった。

 果たしてあと何年、俺はこの仕事を続けることができるのやら。身体が参るのが先か、胃が先かといった話だ。

 つまりは、人員の補充が目下の課題であった。

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