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デッドハーレム  作者: fumo
第1章 願いと狂いと迷いと呪い
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父、交戦する。ついでに、セクハラする

 初めに反応したのは嗅覚。

 嗅ぎ慣れた鉄錆の匂いが、開け放った扉から流れ出て俺の鼻腔を刺激する。

 次いで月明かりに照らされた室内を見渡すと、複数の奇怪な形をした前衛的なオブジェが目に入る。

 その中心、やや奥まった場所にぺたんと座る、銀色の髪をした少女。同色の瞳は虚ろな様相で視点が定まっておらず、俺の侵入にも気づいた様子はなかった。

 

 月光に映える少女——柊こよみは、惜しげもなくその裸身を晒していた。

 その身を彩るのは、病的なまでに白い肌と、それを覆い尽くすほどの濁った赤色。

 周囲にはびりびりに破られた服と下着、机と椅子の残骸、そして腕と足らしきものに、わかりにくいが苦悶の表情を浮かべる頭部のオブジェ。


 踏み出した足に、びちゃり、と不快な水音が返る。

 夥しい量の赤色が広がる様は、何度見ても慣れたいものではなかった。


 凄惨たる赤い世界に、少しの違和感を覚える。

 これだけの光景を作るのに、材料が少なすぎやしないか、と。

 答えは転がるオブジェ群にあった。

 捻じ曲げ、絞られている……?


「誰——?」


 か細く、消え入りそうな声に、少女の視線がこちらを向いているのに気づく。

 赤と白の入り混じった裸体は、どこか退廃的な美しさを感じさせていた。


「こんばんは、お嬢さん。月が綺麗ですね」


 とりあえず愛を囁いてみるが、反応はない。

 やはりおっさんだからだろうか。見た目は二十代後半のはずなんだがなぁ。


「……あなたも……私に酷いことをするの?」


 少しの沈黙を挟み、そう問いかけてくる少女。

 そこに怯えの色はない。あるのは——願望者の冷たい決意だ。


「まさか。俺は君を助けにきたんだ。さぁ、まずは温かいシャワーを浴びて、少し眠って、それから話をしよう。大丈夫、俺は君の味方だよ」


「そう……でも男の人はそう言って、やっぱり私に酷いことをするの。みんな同じ」


 できるだけ柔らかい笑顔と声を作ったつもりだったが、少女が返してきたのは冷えきった視線だ。

 その虚ろな銀色が、全てを拒否するように俺を射抜く。


 あ、まずいなこれ、説得無理だわ。

 早々に諦め、俺はピンマイクをトトトン、と素早く三回叩く。

 交戦開始、の合図だ。


 腕を伸ばす少女の動作に、俺はタイミングを見計らって真横に跳ぶ。

 

「<歪曲>しなさい(ディストート)


 少女の声に合わせ、その正面——一瞬前まで俺がいた空間が渦を巻く。

 その渦に、俺の影に隠れていた机が巻き込まれ、ミシミシと嫌な音を立てて螺旋状に捻じ曲がっていく。

 さながら飴細工のように、鉄製の机は螺旋を描いて一本の棒となった。


 歪曲——マジか、シングルじゃねーか!


 攻撃を外した少女がこちらを向く前に、俺は周囲に散らばる机や椅子の残骸を掴み、片っ端から少女に向かって投げ飛ばす。中には被害者の頭部らしきものも混じっていたが、気にしている場合ではない。

 それらは全て、少女に届く前に渦に絡め取られて捻じ曲がっていく。


 幸いなのは、少女がまだ目覚めたばかりのギフテッドだということだ。

 単純に物体を曲げる以外に、そのギフトを使おうとはしてこない。

 これが時間が経つと、シングルはその最強の汎用性から、様々な応用、解釈を駆使して相対してくる。

 そうなればいくら俺でも、確実な鎮圧は難しくなってしまう。


 鎮圧——すなわち無力化を目的としないのであれば、実は対処は簡単であった。

 例えシングルといえど、覚醒間もないギフテッドなど物の数ではない。

 しかし、職務上なるべく対象の処分は避けるべきであったし、何より幼気な少女を害するのは性分ではない。

 息子とてこう言うことだろう。

 その尻は、守られるべきである、と。


「シャルロ、囲め!」


 投擲する物が途絶えた瞬間、扉の外でこちらを窺っているはずのシャルロに、大声で指示を飛ばす。

 そして最後に投げた残骸を少女が捻じ曲げたところで、少女の周囲、前後左右の四方の床から、分厚い壁が迫り上がる。


 シャルロのギフト、<絶対防壁(ベルリン)>の顕現である。

 その防御は物理的な突破は不可能に近く、如何にシングルといえど、瞬時の排除は能わないはずであった。


「——こ、のっ! 曲がれ! 曲がれ!」


 それでも少女はギフトの行使を止めない。

 巨大な質量に対し、こちらも巨大な渦を展開し、前面の壁を力任せに捻じ曲げていく。

 それが巨大な棒キャンディーになると同時に、少女の背後側の壁に回り込んだ俺は、体勢を整えてギフトをひとつ解除(・・)する。


 瞬間、背後からかかる衝撃に俺の体が跳ね上がり、放物線を描いて分厚い壁を飛び越える。

 そしてまだ前を向いている少女の後ろに着地すると、その頭をがしっと掴み込んだ。


「<停滞>せよ(ステイシス)!」


「——っ!」


 意識を止めるイメージ。

 それを少女に頭から叩き込み、手を離すと。

 ようやく少女は膝から崩れ落ち、俺の(かいな)に収まるのだった。








「状況完了、集合」


 無線で部下たちに終わりを伝え、集合をかける。

 とはいえ、この血溜まりスケッチな部屋に集まるわけにもいかないだろう。意識のない少女を抱えて、俺は扉の外に出る。


「あ、ボス……お疲れ様です……」


「ああ」


 出迎えてくれたシャルロだが、その様子はどこか沈んでいるように見えた。

 何落ち込んでんだ、こいつは?

 そんなに際どいセクハラはしていないと思うが……。


「その……すみません、あまりお役に立てず」


「ん? ああ、そっちか」


 少女によってあえなく無力化された自分のギフトに、自信が揺らいでいるのだろう。

 ちょいとメンタル面の強化訓練が必要だな、こいつは。


「気にすんな、俺も見通しが甘かった。まさかシングルだとはな」


 ギフトとはすなわち、強い願いの昇華。

 その願いは当然、言葉を介して思い形作られる。

 願いが言葉に引っ張られる、とでも言えばいいか。

 ギフトが言葉の魔法とも呼ばれる所以だ。


 その中でも単一の語句によって表されるものが、シングルワード、もしくは単にシングルと呼ばれる、強力な類である。

 ただひとつの純粋な思いが、固有の具体性を持たずに概念として捉えられた、それは極致の願い。

 統括的な思いであるため、大概の事象に干渉し得る上、解釈次第で様々な適用ができる、最強の汎用性を持ったギフトだ。

 

 なお、その性質上、シングルのギフトは時として礎となった願いを超える。

 例えばこの少女、柊こよりの願いは<歪曲>。

 俺との交戦では、まだ目覚めて間もないため、物理的に物体を捻じ曲げることにしか使っていなかったが。

 想像するだに、人の認識を<歪曲>させての認識阻害や、事象そのものを歪めての事実隠蔽などが可能だと思われる。


 対してシャルロのギフトは<絶対防壁>。

 壁を生み出すという、単純で使いやすい能力であり、これを物理的に突発するには、それこそロケット弾級の重火力が本来ならば必要である。

 ただし今回は相手が悪かった。

 概念として事物を<歪曲>させる柊は、それが可能だとイメージできる物であれば何でも捻じ曲げてしまう。

 鉄製の机や椅子に比べ、多少は「固そう」に思えるシャルロの防壁だが、絶対に「曲げられない」ほどの印象を与えるものではなかった。

 故に時間はかかりつつも、結局は棒キャンディーにされてしまったのだ。


「ですが……こうも簡単に私の思いが砕かれてしまうとは……」


 かなりの自信を持っていたであろうギフトが通用せず、暗い顔で項垂れるシャルロ。

 うむ。ちょっとめんどくさくなってきたな。

 まぁまだ子供だしな、仕方ない。


「あー、対策はできないでもない。こと戦闘においては、シングルを相手に圧倒できる奴だってうちにはいるしな。その辺は、訓練とお前の努力次第だ」


「ほ、本当ですか、ボス?」


 途端に目を輝かせ、食いついてくるシャルロ。

 頑固で融通が利かないところもあるが、勤勉で向上意欲の高い、やはりドイツ人らしい性格をしている。


「ああ、お前の姉さんにも頼まれてるしな。とりあえずその辺は、本庁で報告を上げてからだ。

 それよりも先に、確認しなきゃならんことがある」


 そう言って、俺は抱えている柊の裸体を廊下にそっと降ろす。

 そして両膝をくの字に曲げると。


「ボス? 確認って何を——って」


 シャルロの疑問を他所に、開いて、開いた。

 大事なことだからな、きちんと確認しなければ。


「オーケー、無事だな。よかったよかった」


「ななな、何してるんですかっ! 変態ですかっ!」


「何を言うんだシャルロ、年頃の女の子にとっては大事なことだろう? この後のメンタルケアのためにも、きちんと把握しておかなければな」


「だったら私がやればいいでしょう!」


 まぁそうなんだがな。

 職務の上とはいえ、一応は殺されそうになったわけだし、これぐらいの役得はあってもいいだろう。


「そうがなるなっての。減るもんでもないし、お前が黙ってればバレないから」


「そういう問題ではありません! 乙女の純情を何だと思っているんですか!」


 激おこプンプンであった。

 うーむ、やはりめんどいな、この子。

 トラ◯る的には風紀委員みたいなタイプだな。


「そうだな、その純情を守るためにもだ。

 シャルロ、脱げ」


「へ?」


 急に勢いを失い、素っ頓狂な声を上げるシャルロ。

 間合いが取れたので、畳みかけてしまおう。


「ほら、いつまで彼女を裸にしておくつもりだ? さっさとブラウスとスカートを脱いで、彼女に着せてやるんだ」


 当然だろう、といった流れでシャルロを促す。

 勢いとタイミングは、いつだって大事なことだ。


「いえ、あの、その……私、この下は下着しか着けていないんですが……」


「下着があるなら充分だろう、この子は裸なんだぞ」


「うう……わ、わかりましたよぅ……」


 顔を真っ赤に染めて、シャルロがブラウスのボタンをゆっくりと外していく。よし。押し切ったな。

 慎ましやかな双丘を包むのは、ライトグリーンのブラだ。トリ◯プか? ドイツだしな。

 続いてタイトスカートに手をかけたところで、シャルロははっ、として胸を隠し、俺を睨めつけてくる。


「って、ボスが脱いで着せればいいじゃないですか!」


 ちっ、気づいたか……。

 仕方あるまいな。

 もう少しセクハラを続けたかったが、まぁそこそこ楽しんだので良しとするか。


 脱いだシャツをシャルロに渡し、柊に着せてやるよう指示する。

 小柄な少女なので、これだけで充分隠れるだろう。

 いわゆる裸ワイシャツになってしまうが、素っ裸よりはマシなはずだ。


 ああ、ちなみに。

 草ひとつない、完全な無毛地帯であったとだけ、言っておこう。

 

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