父、仕事を押し付けられる
「事の発端は、さっきも言ったようにひとりの少女での。隠密系のかなり強力なギフテッドで、前々からウチにスカウトしようと目をつけておった」
そう言って、来栖がまた一冊ギフトで本を作り出す。パラパラとページがめくれたそこには、件のギフテッドらしき少女に関する情報が、顔写真付きで掲載されていた。アメジストを思わせる瞳が印象的な、中学生ぐらいの少女。話の流れからして、第三の連中がこの子を拐かしたんだろうが……ん?
「長束、氷見……?」
プロフィール欄に記載された名前は、何処かで聞き覚えのあるものだった。そう遠くはない過去。このところの記憶をほじくり返す。
「ボス、まさか……」
「既に手を出しているのデスか? それもこんな幼気な子に」
「違ぇよ。お前ら俺のことなんだと思ってんだよ」
心外を露わにすると、半分に細められた視線が四対、即座に俺を貫いてきた。
「空前絶後のすけこまし」
「セクハラ大魔王」
「フルオープンスケベ」
「ゆりかごから墓場まで」
「…………」
部下たちの評価が酷い。完全に身から出た錆なので、何も言い返せないのだが。いや、でも最後のは違う。意味も用法も違うし、そういう意味に捉えたとしても俺には当てはまらない。如何な俺とて、そこまで無節操なストライクゾーンを構えてはいないぞ。指摘するとまたややこしい追求が来るだろうから、スルーするけど。つまりは話題の軌道修正がベストな選択である。
「あ、思い出したわ。こないだ冬馬に接触してきた子だ」
例の紫月からの報告書に、この子の名前が載っていた。早くも新たなやっかいごとに巻き込まれているウチの息子、そのエンカウント率は犬も歩けばかくの如しである。いや、歩かなくても棒の方から寄ってくるか。それを災難と取るか幸運と取るかは本人次第だが、どちらにせよあいつに、長く心休まる時は訪れないようだ。
「あー、息子さんのハーレムメンバーなんです?」
「それがちと複雑でな。現時点では違うようだが、将来的にはそうなるやも、といったところか」
新たに冬馬のハーレムに加わった少女、星崎聖歌ちゃん。その聖歌ちゃんに執着している氷見ちゃんの立ち位置は、なんとも微妙なところだ。予想するだに、紆余曲折を経て最終的にはなし崩しにハーレムに加わる気がするのだが。
「まぁ、冬馬の関係者には違いない――ああ、そうか。それで俺のところに持ってきたわけか」
「そういうことだの」
したり顔をする来栖、ようやくその意図が掴めた。冬馬と関係のある少女、氷見ちゃんがよろしくない状況に巻き込まれたので、間接的に彼女に関連する俺に託そうと思ったわけだ。息子の状況を把握しておきたい俺にとっての、それは確かな来栖の配慮であった。
尤も、単に面倒な仕事を押し付けにきた、という部分も大きいのだろうが。
「ガラシャの優しさに感謝すると良いぞ?」
「よく言うぜ、ったく……」
こちらが断れないのをわかった上での来栖の言葉に、呆れの視線で続きを促す。大臣に比べれば驚異の度合いはまだマシだが、室長クラスの女どもはどいつもこいつも、彼女と似たりよったりのいい性格をしている。癖があるどころか癖しかなく、祝福省が他省庁から「魔女の巣窟」と揶揄されるのも、致し方ない話であった。
「是非ともウチに欲しい人材だもんで、何度か勧誘したのだが、すげなく断られての。そうこうしている内に、何処かから彼女の存在を知ったヨスガ第三の連中に、横からかっ攫われてしまったわけよ」
「なるほどな、それでこの子を取り返したいと」
おおかた、予想どおりの顛末である。
「え、でもそれって、単にスカウト合戦に負けただけじゃないんです? 何処に所属するかは、個人の自由な気がするんですけど」
「そういう見方も確かにあるがな」
疑問を呈する香里奈、その感覚は尤もではある。実際、祝福省の勧誘を蹴って、より待遇の良い一般企業を選ぶギフテッドは普通にいる。それ自体にはなんら問題も違法性もないし、祝福省としてもそれ以上食い下がることはない。むしろギフテッドの雇用という面では、一般人同様に人材獲得における自由競争原理が働いている証であり、喜ばしいことである。
ただし、ことヨスガの幸が相手となるに至っては、その前提が崩れる場合もままあった。
「奴らは基本未登録だ。ギフトの行使には一切の躊躇いがない。故にその勧誘活動においても、真っ当な方法によるものだとは限らないんだ」
「あー、なるほど……」
「厄介なことに、彼奴らは精神干渉系のギフテッドも抱えとるからの。酷いケースでは、粛清に出向いた職員がそのまま信者にされてしもうた、なんてのまである」
「うわぁ……なるべく関わりたくないですねー」
「ワタシ知ってます。ネトラレデスね!」
「違うけどまぁそうだな」
日本のサブカルチャーを、変に誤解した外国人みたいなことを言うオリガ。大筋は合っているし、訂正が面倒なのでもう放置だ。
「なんていうか、言い方は悪いかもですけど無敵の人みたいなもんですかね」
「近いものはあるな」
元々、意図的に未登録であるギフテッドには少なからずそういう性質がある。失うものがないからこそ、法に縛られない生き方を選んだわけであり、中には後先を考えずに凶悪な犯罪に手を染める者もいた。もちろん、そのように度が過ぎれば俺たち祝対による粛清が待っているのだが。
「そこに組織的な後ろ盾が付随するから、奴らとの対峙はややこしい。個人なら捕縛して終わりなんだが、あれやこれやとそれらしい建前を付けてクレームを入れてくる。面倒なことこの上ない」
「じゃあ、こっちからは何もできないってことです?」
「もちろんそんなことはない。見過ごせないレベルの事案になれば、こっちも遠慮なく動く。ただそれだと泥沼になるからな、落としどころが必要になるわけだ」
奴らもただの馬鹿の集まりではない。組織である以上、その維持と統率を図る機能は備えている。それを言外に問いかけると、膝上の来栖はゆっくりと頷きを返してきた。
「うむ、例の支部長との折衝は済んでおる。長束氷見の処遇に関しては、現場レベルで判断してしまって良い。最終的には、一部の信者の暴走、という形に収まる予定だの」
「妥当なところだな」
「? よくわからないのデスが」
だろうな。鳥頭のオリガにも理解できるように、最大限噛み砕いてやるとだ。
「なぁに、簡単なことだ。つまりは――」
溜めを作り、少女たちを見回す。会心の笑みを添えて。見えないが、気配から来栖もドヤ顔を晒しているのがわかった。ほんとこういうところは、ノリがいい。
「適度に暴れてこいってことだ」
社用車のワンボックスを走らせること半時間。午後の首都高はそれほど混み合っているわけでもなく、目的地まではスムーズに到着することができた。
「到着だ」
「はえー、なかなか大きいデスねー」
「ですねー」
来客用の適当な位置に車を停め、連れ沿い二人と共に白を基調とした建造物を眺める。風化の色合いを感じさせない白塗りの壁面。中央屋上に備えられた大きな鐘。前庭から正面玄関に至るまでの植込みも丁寧に揃えられており、相変わらず潤沢な運営をしているのが窺える。
ヨスガの幸、第三東京支部。直接訪れるのは三、四回目だっただろうか。西洋の教会を模したであろうその外観は、建築様式に明るくない者にも、ひと目で宗教関係の施設であることを強引に主張してくる。有り体に言ってしまえば見栄でありハッタリなのだが、「宗教」というイメージ戦略においては、その見栄こそが重要な意味を持つ。神仏に縋ろうとしている迷える子羊たちには、わかりやすい象徴が必要なのだ。由緒正しき、ブランディングを取り入れた手法であった。
「それで蒼さん、今回はどういう作戦で行くんですか?」
「作戦?」
「はい。私はいつもどおり後方支援ですか? そろそろ少しぐらいは、単独行動もできると思うのですが……」
「ふむ」
思案顔のこよりは、どうやら少し勘違いをしているらしい。今までの現場研修が実戦ばかりだったので、仕方ないといえば仕方ないか。
「そんなものはない」
「え?」
「今回は暴走ギフテッドを相手にするわけじゃないからな。交戦はほぼ確実に起こるが、命のやり取りまではしない。そうだな、模擬戦の延長とでも思っておけばいい」
「あ、そういうことですか。なるほどです」
そしてそれは、あちらにしても同じことだ。血の気の多い第三の連中にとっては、良いガス抜きの機会となる。もちろん双方とも氷見ちゃんを確保できるに越したことはないが、そうでなくとも一定の目的は達成できるというわけだ。
「さっきも言ったが、俺たちの目的は適当に暴れることだ。その上で可能なら、氷見ちゃんを連れ帰る。わかりやすいだろ?」
「得意分野デス!」
だろうな、と脳筋が宣うのに冷ややかな目線を投げる。そも、複雑な作戦や隠密性が問われる案件なら、こいつを連れてきたりはしていない。
そう、今回の人選に至るまでも、やはりひと悶着があった。またぞろじゃんけん大会を開催しても良かったのだが、少し確かめておきたいこともあったので、今回は上司権限を行使した次第である。
大まかな目的は二つ。何やら怪しげな成長を遂げたロシアン単細胞沖縄風味、もといオリガの能力の把握と、伸び悩みの見えるこよりへの、刺激投与によるインスピレーションの誘発だ。この内、前者は必須。きちんと効果や射程範囲を把握しておかないと、いずれ混戦になった時に、(何故か俺が)巻き込まれて吹き飛ばされる未来が透けて見える。
後者はそこまで緊急性はないのだが、シングルの割にこよりのギフトはその性能が大人しい。それには良き友人となった、常識人たるシャルロの影響が大きく、それ自体は好ましい変化でもあるのだが。
可能性という点においては、部下のそれを十全に伸ばしてやるのもまた、上司としての務めであった。先の模擬戦でも、こよりの本来のスペックを鑑みれば、もっと善戦ができたと俺は踏んでいる。クレバーに理性を保ちつつも、戦局を支配できるパワーと大胆さを兼ね備えた現場指揮官――そんな存在になってくれればというのが、俺の願いの一端であった。
「うし、じゃあ行くぞ。基本好きに動いて構わんが、指示がある時は適宜出す」
「はーい」
「ダー」
揃わない返事を聞きながら、胸元のピンマイクをオンにする。位置を細かに確かめて。
僅かな高揚が昇ってくるのを感じる。任務に託けた指導と、互いのストレス発散。押し付けられた仕事ではあるが、またとない機会。
そう。
俺もたまには、好きに暴れ回ったっていいだろう?