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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
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父、宗教の説明をする

「ヨスガの(さち)、は知っとるよの?」


 来栖が口にしたのは、想定していた中では三、四番目ぐらいに面倒な名前だった。ウチに話を持ってくる時点である程度面倒な案件であるのはわかりきっていたので、予測の範疇に収まってくれたのは幸いと言っていいだろう。もちろんハナから引き受けないという選択肢もあるのだが、そこはこの小さな悪魔のことだ。どうあっても最終的には断れないよう、外堀を埋めてあるに違いない。抗うだけ時間の無駄だ。ならば仕事はスムーズに進めよう。釈然とはしないが、これも組織に身を置く定めというやつである。


 然して、俺にとっても来栖にとっても、ひとつ予想外のことがあった。ゆめゆめ忘れがちではあるが、概して仕事とは、互いのレベルが一定以上でなければ成立しないものなのである。


「寡聞にして知らないですねー」


「右に同じデス」


「同じですー」


「…………」


 俺と来栖の思いをよそに、三馬鹿娘の発した返答がこれである。寡聞というか、もはやそれは無聞とでも表すべき領域で話にならない有様であった。知らないことはほとんどないと豪語する来栖をして、その口をあんぐりと開いたまま固めてしまうぐらいには。


「のう、四条室長。お主んとこ、大丈夫かの? 他人事(ひとごと)ながら心配になってきたの」


「素で憐れむのはやめてくれるか? こう、思った以上に立つ瀬がない」


「いやの、ガラシャもまさか出だしのひと言で会話が止まるとは思わんでの」


「教育って大事だよな……いや、悪い。返す言葉もない」


「むむっ。良くわかりませんが馬鹿にされてるのはわかるデス」


「馬鹿にしてんじゃねぇわ。呆れに呆れて思わず素直に謝っちまってんだわ」


 確かに我らが祝対は暴走ギフテッドへの対処を専らの実務としているが、それにしても社会情勢の基礎中の基礎さえ覚えていないのは流石に問題である。職員の中でも特に学力の低いこいつらに限定した話であれば良いのだが……場合によっては、訓練における座学の割合を見直す必用があるかもしれない。

 残る一名が俺たちと同じく、信じられないものを見るような目をしているのは幸いであったが。研修生かつ留学生で、最も我が国の事情に疎いはずのシャルロが、最も常識を弁えているというのもなんとも複雑な気持ちであった。


「まったく……シャルロ、説明してやれ」


「ヤ、ヤー。ヨスガの幸は、日本で四十年ほど前に設立された宗教団体です。数ある新興宗教の中でも、ギフテッドを総裁に据えた団体の走りとされています。その基礎的な理念は、「神に選ばれしギフテッドの主導による世界と人類の救済」と定義されており、着々と布教を進めてきた結果、現在では他のギフト系宗教を大きく引き離し、確固たる基盤と信者数を誇る団体となっています」


 模範解答をそのまま諳んじるようなシャルロの言に、深く頷きを返す。やはりこいつは優秀だ。なおもぽけっとした顔をする他の三人には、是非とも爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


「あー、アレのこと? なんかやたら豪勢な教会みたいなの建ってるよね」


「いわゆるカルトってやつデスか」


「そういった側面があるのは確かですね」


 ことが宗教であるだけに、オリガのような感想を抱く者は大勢いる。特に無神論者が多く、過去にカルト教団による大きな事件を経験している日本ではなおさらだ。どうしても胡散臭い、狂気じみた、というイメージが付き纏ってしまう。だがその中でも、ヨスガの幸は堅実に時間をかけて勢力を広げ、ある程度の成功を収めてきたほとんど唯一の団体である。


 宗教とギフトの関係は、現代に至るまで複雑な歴史を紡いできた。黎明期――ギフテッドの存在が公になった時代、世界は大いに混乱した。突然、なんの前触れもなく不可思議な力を持った人間が現れたことは、人々に何か超常的な存在、短絡的には神の御業を想像させた。

 折しも世界は多くの国々を巻き込んだ戦争の真っ只中であり、そこに現れたギフテッドたちは、人類の愚かな行為を嘆いた神の御使いだの、代弁者だの、あるいは極まった悪意の体現だのと呼ばれた。一説によれば、戦争が早期に終結に向かったのも、彼女たちの存在があったからだと言う。それが全て真実かどうかはわからないが、看過できない要素であったのは確かだろう。新たな人類の出現に、世界は戦争どころではなくなってしまったのだ。


 酷く混迷した時代だったと、俺も祖父から伝え聞いたことがある。戦後復興もままならぬ内から、社会はギフテッドという異質な存在への対応も余儀なくされた。その過渡期にあって、一部のギフテッドは迫害され、また一部は自暴自棄となり、いくつかの事件を起こした。目ざとく、そしてあくどいものたちは彼女たちを利用することを思いつき、戦後のごたごたに混じって非合法に(といっても、当時はその法すらなかったのだが)彼女たちを酷使し、使い潰した。祝福省の設立はまだ先の話であり、彼女たちの権利と尊厳を守るものは何もなかった。


 そんな中生まれたのが、力あるギフテッドを旗頭に据えたギフテッドによる組織である。初めは迫害された少女たちの保護を目的とした、互助組織のようなものだったという。それが時間を経るにつれ、構成員たるギフテッドが増え、いつしか宗教性を帯びるようになった。他国でも似たような状況は起こったが、日本のそれは圧倒的なスピードでその数を増やし、また強固になっていった。何しろ敗戦国たる我が国には、そこら中に悲劇が転がっていた。

 そうして旗頭は神格を持ち、女神や聖女と称されるようになった。ギフトをわかりやすい「神の奇跡」としてプロパガンダに用い、ギフテッド以外の信者も受け入れるようになった。組織はどんどん拡大していった。ヨスガの幸、その前身の誕生である。


 これに困ったのが、既存の宗教である。なんたって、それぞれの信ずるところには現れなかった、「目に見えて実際に奇跡を起こす」存在が降臨してしまったのだ。もちろん、そんなぽっと出の存在を認められるわけもなく、各宗教はヨスガの幸を偽物、異端だと断じた。しかし物証に勝るものはなく、正に神の如き奇跡をこともなげに振るう彼女たちに、有効な反論をぶつけられる者は何処にもいなかった。

 ことの起こりが日本であったのも、他の宗教にとっては逆風であった。これが欧米や中東であれば、最大派閥の宗教に少数のギフテッドなどすぐに黙らせられ、あるいは飲み込まれていたことだろう。地盤にも恵まれたヨスガの幸は、戦後の混乱が収まったころには無視できない巨大組織へと成長を遂げていた。


 ギフトの研究が進み、情報社会となった現在でこそ、その神秘性は薄れつつあるのだが。その信仰を根本から否定することは誰にもできず、今や小規模なれど国外にまで支部を持つ、世界最大の新興宗教としてその名を轟かせているのであった。


「で、そのカルト宗教がどうかしたんですか?」


「全てがカルトというわけではないんだがの。むしろ健全な活動をしとる者の方が多い。だがまぁ、今回の件はお主たちの思っとるとおりだの」


 含んだような言い方をする来栖に、俺はおおよその事情を察する。つまりは、その健全ではない方が問題を起こしているというわけだ。


「もしかして、第三東京の奴らか?」


「話が早いの。そのとおり、ウチと彼奴らとで、ある少女の処遇を巡って争いになっておる」


「うわ、帰りたくなってきたな……」


「え、なになに? 全然わからないよ。教えてシャルえもん」


「変な名前で呼ばないでくださいっ。……ヨスガの幸は東京だけでも、七つの支部を持っています。その中でも第三支部には、タカ派の信者が多く所属しているらしく、たびたび祝福省や他の宗教団体と諍いを起こしているのです」


 シャルロの解説に、ふむふむと頷く三馬鹿娘。頷いてはいるが、わかっているのやらいないのやら。少なくとも、オリガは確実に後者だろう。その顔には、「良くわからないけどとりあえず周りに合わせるデス」と書かれていた。

 非常に不安である。よくこんなのに単独での応援任務がこなせたものだ。太鼓判を押して送り出した奴の顔が見てみたい。鏡が必要だった。


「実際、俺も奴らとは何度かやり合ったことがある。市井のギフテッドを半ば強制的に信者にしようとしたり、厄介な奴らでな」


「え、それガチのやつじゃないですか。法的に拘束うんぬんしちゃいましょうよ」


「もちろんそうしたいんだがな」


「基本、ヨスガの幸の信者は全員未登録での」


「「え」」


「? ……はっ。え、ええーーっ」


 俺のセリフを継いだ来栖の言葉に、香里奈とこよりが目を丸くして。次いできょろきょろと周囲を見回したオリガが、わざとらしく驚嘆する。うん、やっぱりこのロシアン駄犬がいちばんのお馬鹿だな。前二人は学力が足りないだけだが、こいつは本格的にヤバい。


「でもそれ、思いっきり反社会勢力ですよね。それこそ問答無用で排除できないんです?」


「できるかできないかで言えば、無論できる。未登録のギフテッドがどうなろうと、法的にはなんら問題はないからな」


「じゃあ」


「問題なのは数だの。歴史的にはこちらよりも古く、祝福省を除けば最も多くのギフテッドを抱えているのが彼奴らよ。加えてその結束力は、文字どおり狂信的なまでに強い」


「第三の強硬派以外は、そこまで目立った動きをすることは少ないんだがな。ひとたび信者に危害が加えられたり、ギフテッドであることを理由に差別を受けたりすれば、奴らはその数に物を言わせてくる。例えばある企業で、ギフトの知識が薄くギフテッドに偏見を持った採用担当が、応募してきた信者を不採用にした。そして食い下がる信者にポロッと、「ギフテッドを採用できるわけない」と言ってしまったわけだ。するとその翌日、百人の信者が本社の前に集まって抗議デモを行ったんだ」


「うわ、タチ悪いですねー」


「もちろん未登録だから、採用担当が迂闊だったにせよ、企業の対応としては何も問題はない。だが、数は力だ。「差別反対」「人権無視を許さない」といったプラカードを掲げた団体に、毎日毎日朝から晩まで拡声器で騒がれると、どうしても風聞が悪い。加えて別の信者たちからは抗議の電話がひっきりなしに相次いで、回線はパンク。まともな業務ができなくなるまでに追い込まれた」


 奴らの常套手段である。数による暴力を用いない暴力。他国なら問答無用で排除されてもおかしくはないのだが、我が国では例え未登録であっても、それを公的権力が黙らせるのを良しとはしない風潮がある。社会情勢を鑑みた戦略としては、見事と言う他なかった。


「結局、その採用担当は心を病んで退職。示談金という名目で、企業も少なくない慰謝料を払わされた。ゴネ得がまかり通ってしまったわけだ」


「あー、なるほど。最初からお金が目的だったわけですか」


 合点がいったように頷くこより。この子は地頭は決して悪くないので、是非ともその興味を勉学にも向けてほしいものだ。その隣りで同じく首肯する駄犬は以下略。無駄にドヤ顔なので無性にイラッとくる。


「正確には、どう転んでも利益になる仕組みだな。金が取れるならそれで良し、大元の問題に戻って信者を採用するようなら、それはそれでいくらでも利用できる。企業側にとっては、簡単には解雇できない厄介な社員が居座ることになるからな」


 実は後者の方が、よりデメリットが大きい。その点、その企業はまだ賢明な判断をしたと言える。一度未登録のギフテッドを採用したからには、二人目三人目が現れた時に断るのが難しくなるし、些細な問題――例えば業務上の然るべき指導――すらパワハラと取られかねない。そうなればもう、あとはやりたい放題だ。またデモを起こされるのではないかとの恐怖に、経営陣は及び腰になり、最悪次々と送り込まれる信者に会社が乗っ取られるまである。

 対してヨスガの幸からしてみれば、もし何処かの段階で失敗したとしても、失うものは何もない。個人ではなく集団として機能する奴らは、また次の標的を狙えばいいだけだ。社会的弱者であるはずの奴らの、それは法の隙間を突いた狡猾な生存戦略であった。


「はー、なんとなくわかりましたけど。つまりウチらも、下手に干渉しない方がいいってことですよね?」


「そうなるな。よほど事件性がない限りは、ウチとヨスガの幸には相互不干渉の暗黙の了解が成り立っている」


 祝福省の設立当初から、両者は数多の小競り合いを繰り返してきた。ギフテッドを尊重するという点では相通ずるところもあるのだが、片や法に則った管理を主体とする一般社会との融和を目指し、片や選民思想にも似た法に縛られぬ人類の先導者を標榜する故、その相性はすこぶる悪い。不倶戴天、とまでは言わないが、蛇蝎の如く嫌っている者は少なくない。

 それでも時代が下るにつれ、両者は少しずつ距離を置くようになった。単純にギフテッドの数が増え、国内のみならず国際的に様々な集団が発生したことで、環境を取り巻くパワーバランスが変化したのだ。どちらにしても、希少かつ優秀なギフテッドを、いち組織との抗争で消耗するのは避けたかった。そして非公式の会合が組まれ、ある程度の不可侵、不干渉の合意に至ったのである。


「んで、そんな危ないトコ相手に、ガラさんは何させようって言うんです?」


 訝しげな視線をよこす香里奈に、俺の膝上の来栖はふふん、と不敵な笑みを返す。ようやく娘っ子たちの理解が追いついたので、本題に入る流れのようだ。

 ああ、もちろん。約一名は、除いての話だが。


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