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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
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父、同僚に遭遇する

 ひとしきりの騒ぎが収まるには、およそ半時間ほどを要した。気分はさながら、小学校の朝礼の壇上に登る校長先生であった。 

 ここはひとつ、皮肉を込めて「皆さんが静かになるまでに三十分がかかりました」とでも言ってやろうかと思ったが。またぞろ騒ぎが再開するのは目に見えていたので、俺は黙って置き物のように立ち尽くしていた。最終的に大人しくなる分、小学生の方がマシかもしれないのが悲しいところだ。


 その間ヒマを持て余していたので、俺は少女たちをつぶさに眺めていた。オリガ、シャルロ、こより、香里奈。傍から見ている分には、こいつらは本当に文句のつけどころのない美少女だ。こんなおっさんにかまけてないで、年頃のイケメンと青春を謳歌すればいいだろうにと思ってしまう。まぁ、ギフテッドであるが故に、一般人との恋愛には多少の問題が付き纏ってはくるのだが。


 ひと昔前に比べればだいぶ落ち着いてはきたものの、未だにギフテッドに対する偏見は根深い。若い世代同士の一時的な恋愛関係ならまだしも、結婚となると親世代が口を出してくることは往々にしてあった。

 その結果起こるのが駆け落ちだ。そして通常のそれと同様、その後の二人の生活が順風になる確率はそれほど高くはない。後ろ盾のない若者の生活は困窮し、いずれ後悔に至る。どうしてこんなことに、こんなはずじゃなかったのに、と考えるようになればもう末期だ。男はその根本原因たる存在――愛していたはずのギフテッドに憎悪を抱く。


 そうなればもう、残る道は破滅のみだ。お前のせいで。お前がいるから。この化物が。悲劇は何処にでも転がっている。

 最悪の場合、絶望したギフテッドが暴走し――あとは言わずもがなだ。俺たちの出動と相成り、不幸な事件として処理される。マスコミが必要以上に大げさな報道をする。またもや残虐なギフテッドによる犯行。身勝手な感情の爆発。評論家気取りのコメンテーターが、鬼の首を取ったように無責任な批判をする。やはり彼女たちはね、我々とは違うんですよ。いっそのこと、全員隔離してしまった方が世のためなんじゃないですかね。

 そうしてそれを見た一般人が、さらにギフテッドへの偏見を強める。未だ断ち切れない、社会の悪循環であった。


 こいつらにそんな思いをしてほしくはない。なればそれこそ、俺が貰ってしまうのが最善であるといえばそうなのだが。

 どうにもその感情は、父性に近いもののような気がしてならない。いずれ変わっていくのかもしれないが、とりあえず現状は曖昧なままにしておきたいというのが、俺のおおよその本音であった。

 




 正午の時報が鳴ったのをこれ良しとして、俺は半ば強制的に昼休憩を宣言した。「まだ話は終わってないデス」と犬系鳥頭が食い下がってきたが、「オリガ、お前の復帰祝いだ。ついでにみんな奢ってやる」と言えば喧騒はピタリと止んだ。まったく、現金な奴らである。


 職員の昼食事情については、恵まれていると言っていい。端も端の方とはいえ、一応は東京、霞ヶ関に連なるいち省庁。徒歩圏内には充分な数の飲食店が揃っている。

 加えて庁舎自体、地下のフードコートを始めに各階にカフェが設置されているという、デパートのような造りをしている。マーメイドの看板から午後ティー専門、古き良きメイド服着用の純喫茶、果ては一定期間ごとにテナントが入れ替わるイベントスペースまで。至れり尽くせりで、職員からは大変好評である。


 久しかろうとオリガに選択権を与えてやると、彼女は抹茶の専門店を選んだ。席配置でまたひと悶着ありながらも、俺はハヤシライスのセットを頼み、ほうじ茶を啜ってようやくひと心地をつけた。


 少女たちはもれなく食後のパフェまで頼んだ。なかなかにいいお値段であったが、必要経費と割り切る。長年その生態を観察してきてわかったのだが、彼女たちは甘味を与えておけばしばらく大人しくなるのだ。故に執務室の冷凍庫には、常にアイスクリームが備蓄してある。

 しかし百円程度の安いものだと、記名していようがいまいがたまになくなってしまうことがあった。犯人探しは難航を極めた。誰が怪しいかと言われれば、全員が怪しかった。

 レディ·○ーデンにすると、盗難率は半分にまで下がった。そしてハー○ンさんともなれば、その威光に手を出す者はほとんどいなくなった。流石はアイス界のカウンタック、おいそれと触れることを許さぬ王者の風格であった。二つ名は適当に付けた。


「おや、四条室長。お主も休憩かの?」


 そんなことを考えていると、不意に横合いから声をかけられる。振り向けば、そこには見知った幼女の顔があった。


来栖(くるす)か。珍しいな、ひとりか?」


「うむうむ、たまにはガラシャもひとりの時間が恋しくての。お主の方は相変わらずハーレムしとるようだのう?」


 ニタリとした笑みを向けてくる幼女――にしか見えない彼女は、一応は俺の同僚という形になるのか。細く長い金糸を腰まで伸ばし、頭頂には赤い大きなリボンをウサ耳に見立てて結わえた髪型。平坦な体に小さな顔。冗談のように似合う、フリルエプロン付きの水色のワンピース。

 絵本の世界からそのまま切り取ってきたかの如き、幻想的な童女の出で立ち。その中で、碧色の瞳だけが容姿とはかけ離れた精神の成熟を窺わせていた。


 祝福省情報室室長、来栖グレイシア。相変わらず、実年齢にそぐわぬロリロリっぷりである。


「人のこと言えた義理じゃねぇだろ。あんたの方こそ、四六時中取り巻きに囲まれてるだろうに」


「それは仕方ないの。ウチの子たちはみんなガラシャの可愛さにメロメロだからの」


 臆面もなく、そう言い放つ来栖。自分の容姿を憚ることなく誇る彼女は、情報室の職員をニ、三名侍らせているのが常であった。それが今日に限ってひとりきりとは、珍しいこともあったものだ。


「ほれほれ、いつまでガラシャを立たせておくつもりかの? さっさと席を用意せんか」


「え、ここ座るのか?」


「え、じゃないの。この美貌を間近で眺めさせてやろうというのだから、感謝してほしいぐらいだぞ」


「あのー、ガラさん? 悪いんですけど、ここはもう満席ですんで」


「そうデスそうデス。あっち行くデス」


 席を要求する来栖に、面識のある香里奈とオリガが心底嫌そうに半眼を送る。それというのも、この二人は「調査」と称した来栖の肉体的、及び精神的セクハラに晒された経験があるためだ。何を隠そう、情報室のガチレズロリータとはこの女のことである。


「つれないのう、香里奈嬢に――オリガ嬢は久しぶりだの。三百四十三日ぶりか」


「そんな細かいことはどうでもいいのデス。できればアナタには会いたくなかったのデス」


「そだねー。話すこともないしねー」


「嫌われたものだのう。まぁ良い。四条室長、ガラシャの席を用意せい」


「いや、この流れでまだ諦めないのかよあんた」


 メンタルの強い奴である。普段から女王様気質なので、気にしていないだけなのかもしれないが。


「別に俺は構わんが、見てのとおりここにもうひとりは厳しいぞ?」


 壁際の四人席に俺の椅子をくっつけた状態なので、いくら来栖が小さくともこれ以上の席の追加は難しい。土曜日の店内はさほど混んではいないので、大人しく別の席に座ってほしいものだ。


 と、思っていると。


「ふむ、そうか。では仕方ない、ここで我慢するかの」


 おもむろにそう言って、流れるような動作で来栖が着席する。席がないというのに着席する。


「あっ」


「わわっ」


「……おい」


 そう、即ち――俺の膝の上に。


「相変わらずお主はデカいのう。ガラシャがぴったり収まってしまうぞ」


 俺の胸にぽふん、と頭を預けながら、来栖が上目遣いの視線をよこしてくる。なるほど彼女の素性を知らなければ、それはどんなに頑固な老人でも破顔せざるを得ない魅力を備えた仕草だと思えた。俺には効かないが。もちろん効かないが。


「あんたが小さいだけだと思うんだがな」


「それもあるの。うむ、こうしていると昔を思い出さんか?」


「アオさん?」


「聞き捨てならないセリフが聞こえてきたデス」


「おいやめろ。意味ありげな過去を捏造するんじゃない」


 そこそこ長い付き合いではあるが、そんな過去は微塵もなかった。そも、こいつには協力してやれど返してもらった覚えなどほとんどない。いつも俺の方が貧乏クジを引かされていた。


「そう言う割には、満更でもないように見えるがの」


「ボース?」


「アオさん、そっちの趣味ありましたっけ?」


「ねぇよ。違ぇよ。んなわけないだろうが」


 誤解も甚だしい。確かに俺の好みは美人系よりは可愛い系だが、ここまで幼い容姿に食指は動かん。……まぁ、愛でるなら別だが。


「ふん、安心せい。こやつの反応から察するに、ガラシャに対しては情欲や恋慕ではなく、庇護欲を感じておる。遺憾だがの」


「あ、そっちですか」


「おいやめろよ。俺の心情を的確に分析すんのやめろよ」


 仕方ないだろ、ウチの娘は一度たりとて俺の膝に座ってくれなかったんだから。娘との甘い触れ合いを待望していた父は寂しいのだ。


「あのあの、蒼さん? それでそちらのお嬢さんは、いったいどなたなんです?」


「見た目どおりの年齢ではないようですが……」


「ああ、悪い。お前らは初対面だったか。こいつは――」


 膝上でちゅるちゅると抹茶ミルクを啜る来栖を紹介しようとして、言葉に詰まる。なんと言えばいいものか、簡潔に説明するにはこの女は個性が強すぎる。


「なんだの。はよう紹介せんか、この超絶天才美少女ガラシャちゃんを」


「二つ名は確かにたくさんあるな。「情報室の小さな悪魔」「社会死の象徴(ソーシャル·デス)」「情報概念」「薬なし灰○哀」「ガチレズロリババア」……」


「ただの悪口が混ざっとるの!」


「ま、いちばんわかりやすいのは、やはり「大図書館」だろうな」


「大図書館?」


「ああ。情報室室長、その象徴たるギフト、〈グレイシア(ライブラリ·)大図書館(グレイシア)〉だ」


 最も有名な代名詞を告げてやると、来栖はふふん、と満足げに鼻を鳴らした。曰く、シンプルで剛健な響きが気に入っているらしい。


「ガラシャの室長たる所以だの。そも、情報室自体がガラシャの存在を前提として設立されておる」


「はー、すごいお人なんですね」


「うむ。もっと褒めて良いぞ?」


「それで、そのお姿はギフトが関係してるんです?」


「いや、それは関係ない」


「それは関係ないの」


「そ、そうですか……」


 こよりの疑問は尤もだが、来栖のロリロリしさは単に来栖の生来の性質によるものだ。そこにギフトは一切関与していない。その分余計に不思議の国的な現象であるのだが。


「基本的な能力は、情報の蔵書としての「記録」と「参照」だの。それとは別に、国内外のギフトに関する情報は全てガラシャのところに集まるようになっておる。それらを適切に活用して国のギフト問題に対処するのが、情報室の役目よの。正に祝福省の縁の下の力持ち、というわけだの」


 ドヤ顔で話す来栖が少しウザいが、実際彼女たちの活躍なくして、祝福省は組織として機能することはできない。水面下の敵や対処しなければならない事案が多く、目まぐるしく変化するそれらの情報は、我々の業務に必要不可欠であった。


「なるほど。私の国の諜報部のようなものですか」


「そうだの、シャルロ嬢。ま、ウチはお主やオリガ嬢の祖国ほど殺伐とはしとらんがの。暗殺も拷問も懲罰もなし。平和でアットホームな職場よの」


「シャーリー、ああ言ってますが、騙されてはいけないデス。この女は、部下を全員従順なわんこに洗脳してるデス。油断してるとお仲間にされちゃうデスよ?」


「そ、そうなのですか……?」


「人聞きが悪いのう。ウチの子たちはただガラシャが大好きなだけよの。それで自発的に色々と動いてくれるだけぞ? 何も強制などしとらん」


「ほら、そういうとこデス」


「あの子たち、ガラさんが関わると目がイっちゃってるもんねぇ」


「ああ、なんとなくわかりました……」


 情報室の実態を聞かされ、うなだれるように頷くシャルロ。まぁ、洗脳は言い過ぎにしても、彼女たちが来栖に心酔しているのは間違いない。故に他部署との折り合いが悪い部分もあり、それは省内の小さな問題ともなっていた。


「酷い言われようだのう。だがの、それを言うならお主たちの方こそ問題ではないかの? 室長が色恋管理をしとるなど、世間にバレればスキャンダル必至ぞ?」


「うっ、それを言われると返す言葉がないデス……」


「いや返せよ。そこは全力で否定してくれよ」


「アオさんアオさん、無理ですって。それ否定してるのアオさんだけですから」


「というわけで、ガラシャとしてはお主たちと仲良くやりたいんだがのう?」


 首を傾け両手を合わせ、「お願い」のポーズを取る来栖。だがそれは、どう控えめに見ても脅迫の佇まいであった。


「むむ、わかっていても頷きたくないジレンマデス……」


「ふむ。時にオリガ嬢よ、お主は沖縄でもずいぶん活躍したようだのう?」


「はえ? そうデスね、八面六臂の大活躍でしたが……」


「うむうむ。オリガ嬢、沖縄文局で検索、と」


 そう言って来栖が掌を宙空に掲げると、そこに豪奢な装丁の一冊の本が現れる。パラパラとひとりでにページが捲れていき、それはある一点を開いて止まった。


 これぞ来栖のギフト、〈グレイシア大図書館〉の顕現である。蓄積、記録した情報を、来栖は瞬時に検索、参照することができる。「記憶」ではなく「記録」であるため、その情報は基本的に失われたり、色褪せたりすることはない。言わば来栖自体は、膨大な蔵書を誇る〈大図書館〉の司書のようなものである。


 加えて情報室には、彼女のためにせっせと情報収集をする忠実な部下が何人もいる。その結果、来栖の下には数えきれないほどの情報が集積することとなった。

 今もなお増え続けるその蔵書は、本人曰く十万三千冊は下らないとのことだ。情報室が別名、書架室とも呼ばれる所以である。


 そしてその、恐るべき活用方法はと言えば。


「ほう、確かに大活躍だの。器物破損七件、命令違反十三件、過剰防衛六件――」


「ワタシも仲良くしたいと思っていたところデス!」


 来栖の言葉を遮り、がしっとその手を本ごと握るオリガ。たらたらと流れる汗は、その報告が真実であることを物語っていた。

 これは今一度、久々利に詳細を確認した方が良さそうだな……。


「おや、そうかの? ではな、ひとつ頼みたいことがあるのだがの」


 そう言って、ニヤリと笑う来栖。

 どうやらそれこそが、彼女がここに現れた本題であるようだった。

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