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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
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父、やはりテンプレに陥る

「で、お前いったい向こうで何してきたのよ?」


 未だボロボロと崩れ落ちる壁の破片を横目に、俺はオリガへと問いかける。新人二人との訓練を大いに楽しんでいたオリガは、そこでようやく俺の存在に気づいたようだった。


「あ、ボース! ただいまデス」


「おう、おかえり。で、質問に答えろ」


「ダー。でも何って、普通にお仕事頑張ってたデスよ? ちゃんとお手紙も書いてたデス」


「読めねぇんだよお前の暗号文は。まぁ、大事ないだろうと放っといた俺も悪いんだが……」


 確かにオリガのギフトは以前から使い勝手が良く、強力なものだった。対象が何かをする前にその圧倒的な速度で鎮圧できるので、捕縛任務には打ってつけで重宝していた。だからこそ安心して、分局への応援を任せられたのであったが。

 まさかこんな、ひとり攻城戦ができるほどの成長を遂げていようとは。流石に想定外である。


「さっきのはどうやった? 見たままを言うなら拳圧で衝撃波を飛ばしたようだったが」


「崩拳デスか? こう、ぐわっとしてぐるるっとしてぱーん、デス」


「あん?」


「デスから、くわっとしてくるりんとしてばばーん、デス」


「既に最初と違うじゃねぇかよ……」


 そうだ、こいつはそういうやつだった。本能と感覚だけで生きる脳足りん。戦闘バカで鍛錬バカでおまけにバカ。祝対の規則を教えるのにたいそう苦労したのを思い出す。


「わかった、質問を変える。いつ、何処で、ソレができるようになった?」


「オキナワで対象を追いかけてた時デスね。転移系のギフトでなかなか近づけなかったので、遠距離から攻撃できないかなー、と思ってやってみたら、できました!」


「わかった。何もわからんのがわかった」


 俺は追求を諦めた。元より、こいつに口頭での状況説明を求めるのは酷だった。得られた情報からこちらで推察するしかない。

 普通に考えれば、衝撃波を生み出すほどの高速で拳を振るえば、その腕の方が無事では済まないだろう。だが、そもそもがギフトとは、必ずしも物理法則に則った現象を引き起こすものではない。


 最も近しい表現をするならば、それは「願いの言葉」を現実化する力だ。系統の分類も、ただ似たような傾向を持つギフトをおおまかに括ったに過ぎず、厳密に言えばひとつひとつが全て別の系統である。

 オリガの場合、そのギフトは実際、彼女自身の「速度を増強させる」効能を発揮している。然して彼女は、「速度を増強したい」と願ったわけではない。オリガは、〈全部置き(スピーディー)去りにして(·ワンダラー)〉と願ったのだ。


 これを「願いの結果と本質」と呼ぶ。この前者を突き詰めたのが「論理構成」であり、後者を表したのが「イメージ構成」である。簡単に言うと、ギフトを得た結果、それを技術として論理的に組み上げていくのが論理構成。感覚的、あるいは強烈なインスピレーションにより、本来の願いに則しながらも突飛な用途を思いつくのがイメージ構成となる。

 もっとわかりやすく、最大限噛み砕いて例えるならば、修行によって培った能力と、強敵との戦いの最中に閃いた能力。これならオリガにも伝わるだろうか。

 これまた個人差が大きく、場合によっては双方の要素が絡んだ「複合構成」が成されることなどもあり、一概にまとめるのは難しいのだが。


 つまるところ、今回オリガが放った「崩拳」はイメージ構成による産物だ。というかこいつの場合は全部そうだ。オリガに論理思考による組み立てなど望むべくもない。

 捕えられない転移能力のギフテッドを前に、その捕縛を可能とする手段をなんとなく思いついて、やってみたらできた、というのが事の真相だろう。


 故に原理や作用は一切不明だ。何しろ本人にもわかっていない。説明できない、されど現実に作用する願いの力。

 まぁ、これはオリガに限った話ではない。イメージ構成に偏ったギフテッドは他にもけっこういる。ここまで極端な例は珍しいが、こよりなんかは確実にオリガ寄りだ。

 直感や閃きでギフトを行使しているため、事例の水平展開ができないのが悔やまれる。こいつらはある意味、天才の類と言えなくもない。


「なるべく部下の性能は把握しておきたいんだがな……こりゃ俺じゃ難しい。研究室に投げるか」


「えー、あの人たちデスか? ワタシ、あんまり好きじゃありません」


「あー、あたしも。なんか無駄におっぱい揉まれたりするし」


 研究室の名前を出した途端、口を尖らせるオリガと香里奈。気持ちはわからんでもない。ギフトの解明を命題とする研究室の連中は、揃いも揃って実験狂いのマッドな奴らである。感情の高揚によるギフトの変化を観察するという名目で、絵面の危ないことをしでかすのは日常茶飯事であった。中には趣味と実益を兼ねているような奴もいるしな。


「まぁ、そう言ってやるなよ。彼女たちの研究成果を元に、効率的な鍛錬方法を構築できたり、ギフトの体系化が進んでいたりもするんだ。仕事に託けてセクハラまがいのことをしてくるって点は、確かにけしからんがな」


「……あの、アオさんがそれ言います? 言っときますけど、アオさんにセクハラされた回数の方が圧倒的に多いですからね?」


「馬鹿を言え。俺は仕事など関係なく、ただ純粋にセクハラを楽しんでいるだけだ」


「なお悪いじゃないですか!」


「ボースは相変わらずえっちデスねー。ワタシの慎ましい胸で良かったら、モミモミします?」


「ほう、殊勝な心がけだな。良し、成長の具合を確かめてやろう」


 見た感じあまり変化はないようだが。久々利以上、香里奈未満といったところか。大きくはないが、細く身長の高いオリガには似合いのちょうど良いサイズだ。


「ちょっとアオさん、朝からエロいことしないでください」


「どの口が言うんだどの口が」


「そうでした。さっき朝チュンを迎えたばっかりでした」


「迎えてないからな?」


「むむっ。なんでしょう、このボースとカリーナの間に流れる親密な雰囲気は……まさか」


「あ、ごめんねオーリャ。そう、そういうことなの」


「おいコラ。誤解を招くようなことを言うんじゃない」


「ボース酷いデス! 浮気デス浮気デス! ワタシというものがありながら!」


「お前もわけわからんことを言い出すな」


「帰ってきたら結婚してくれるって言ったデス!」


「え、そうなんです?」


「んなわけねぇだろ」


 まったく記憶にない。おバカがとうとう現実と妄想を混同して、区別できなくなったか?


「オーリャの勘違いじゃないの?」


「ニェットニェット。この一年、ちゃんと文通で愛を育んだデス!」


「文通じゃねぇよ。報告書だよ。あー……そういうことか」


 それこそ本国の諜報部で通用するんじゃないかと思えるほどの、オリガの芸術的な暗号文。当然読めないので、メールを開いて即適当に返事をしていた。やけにハートマークが散らばってるとは思ってたんだよ。


「オリガ。さっきも言ったが、お前の書いた文章は読めん。返事は全部適当だ」


「そ、そんな……」


 その場に崩折れ、ほろほろと涙まで流すオリガ。自業自得とはいえ、流石にかわいそうになってきたな……。


「あー、アオさんが泣かしたー」


「俺か? 俺が悪いのか?」


「ロシアより愛を込めましたデスのに……」


「沖縄在住のロシア人から、だろうが」


 大事なところを省略するのはやめてほしい。それだと俺が暗殺されてしまうではないか。


「そうデスか。そうやってボースは、ワタシの純情を弄びながらカリーナたちとイチャコラしてたのデスね?」


「うわー、酷い男ですねー」


「俺悪くないと思うんだがなぁ……」


 事実だけ記録して述べると、何故か俺が最低の浮気男になってしまうのだから不思議だ。そこに理論の入り込む隙はない。世論は総じて、女性の感情にだけエコ贔屓をする。特に極度の女社会たる、この祝福省においては。


 まぁ、つまりはいつものことである。そして腐っても祝対の長たる俺は、その効果的な対処法を嫌というほど知り得ていた。


「わかったわかった。オリガ、ちゃんと指導をしなかった俺が悪かった。埋め合わせはする」


 するとピタリと泣き止み、真面目な顔をしてこちらを見据えてくるオリガ。……ったく、まただよ。どういう訳かウチの職員の大半が会得しているスキル、涙腺操作である。

 女はみんな女優、とは良く言ったものだ。それにしたってウチの奴らは練度が高く、そのまま情報室に移籍させても問題ないんじゃないかと思えてしまう。


「結婚デスか? 家は庭付き一戸建ての百平米以上で、子供は二人。ペットはサモエドとシベリアンハスキー。お妾さんは三人までなら認めるデス」


「怖いわ。将来設計が細かすぎて怖いわ」


 さり気に限定的な浮気を容認しているあたり、俺の事情を慮って譲歩している感じが見えてさらに怖い。時間をかけて練り込まれ、現実味を帯びた妄想であった。


「ちょっとオーリャ、あたしを差し置いて勝手に話進めないでよね。それにペットはヨークシャー·テリアに決まってるでしょ」


「お前もかい」


「カリーナなら二号さんにしてあげないこともないデス」


「むっ。あたしもオーリャなら側室にしてあげてもいいよ?」


「ここに正妻戦争が勃発するのであったデス」


「おいやめろ。これ以上始末書を増やそうとするんじゃない」


「蒼さん蒼さん、私は何番目でもいいですよ?」


「あ、コヨーリたちが復活したデス」


「へー、いいの? そんなこと言ってたら埋もれちゃうと思うけど」


「はい。そうして妻たちの争いに疲れた蒼さんは、最終的に癒やしを求めて私のところに戻ってくるのです」


「あざとい、コヨーリあざといデス」


「こよりん、恐ろしい子……!」


「ふふ……癒やしとバブみを備えた私に抜かりはありません」


「お前ら俺の話を……聞いてねぇな。駄目だこりゃ」


「ほら、シャルもアピールしないと置いていかれちゃうよー?」


「い、いえ、私はその……」


「おや、シャーリーは不戦敗デスか?」


「油断しちゃ駄目だよオーリャ。シャルシャルはね、ああやって一歩引いたフリをして結果的にアオさんのイジりを誘発するという、高度な戦略を使うの。言わば天然受け身系ツンデレ」


「なんと。今年の新人はなかなかやるデスね……!」


「あー、シャルってそういうところありますよねー」


「ち、違います! そんなつもりはありません。ボス、ボスからも言ってあげてください」


「ほらきた」


「自然な流れでボースの注意を引いたデス! これはツッコまずにはいられないデスね……!」


「ここからさらに口ごもって赤面のコンボまで決めてきますよー」


「だ、だから違いますってばぁ……」


 テンプレであった。わちゃわちゃとやかましい少女たち、残念ながら今の俺にこれを収束させる手立てはなかった。彼女たちの気が済むまでやらせるしかない。

 最低限の目標である、オリガの意識逸らしは成功したので、まぁ良しとするか。これだけ拗れれば、もはや最初の目的など覚えてはいまい。犬っぽい名前と言動の割に、鳥頭な奴である。


「ワタシが」


「あたしが」


「私がー」


「わ、私は……」



 姦しい諍いを、呆れ半ばに眺めながら。

 それでも俺は、ひとつだけこいつらに感謝を覚えていたりする。なんといっても。


 六花がいなくなってのちも。

 こうして、俺が寂寥に埋もれることはなかったのだから。

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