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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
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父、部下に再会する

 我らが祝福省ギフト対策室の職務内容、および職員の業務割当について、今一度おさらいしておこう。

 最大の目的は、もちろん暴走ギフテッドへの対処である。とはいえそう毎日毎日緊急出動(スクランブル)がかかるわけでもなく、それ以外は訓練をしつつ待機しているのが基本だ。規模や範囲は異なるが、消防職員の様式に近いものがあるだろうか。


 完全かつ突発的な人災であるため、その発生はまったく予想できない。長く起こらない時もあれば、日に二回出動する時もある。それでも今まで月に二桁を超えたことはなく、月間の出動回数は平均五回といったところだ。


 なお、本庁の担当する範囲は首都圏全域。それ以外は地方の分局が担当している。最も人口が多く、ギフテッドの発生しやすい首都圏がやはり最多の出動回数であり、地方になるほど少なくなる傾向がある。暴走の脅威度も基本これに比例するが、然して人の思いは千差万別。稀に田舎特有の陰湿で村社会的な差別やイジメなどにより、強力なギフテッドが生まれ、暴走することもある。そういったケースで、分局の戦力だけでは対応しきれない際は、一時的に本庁からの応援が飛んだりもしていた。俺もこの十年余りで、日本全国津々浦々を飛び回った。


 その中で痛感したのが、分局の慢性的な人材不足である。数でも質でも劣る分局の職員たちは、酷いところでは一般対応業務と暴走対策を兼任させられていたり、ブラック企業真っ青の過密なタスクを課されていたりした。

 極めつけは、まったく交戦に適性のない職員が、ギフテッドであるというだけで暴走鎮圧に駆り出されていたケースだ。


 これにより双方に多大な被害が出たのを目の当たりにした俺は、本庁に戻るなり職員を再編成し、年単位、月単位での分局への応援体制を敷いた。もちろんその分、本庁の守りが薄くなるので、新人のスカウト業務と平行してだ。


 上司への報告? そんなものは後回しでいい。あの女に「なんとかしてくれ」などと言っても無駄だ。自ら動かない者は「使えないゴミ」と判断されるのがオチなので、まずはやるべきことを進めておく。その上で「こうするから、承認してくれ」と言えばそれで済む。長い付き合いなのでお互いのスタンスを理解しており、それだけで煩わしい確認や決済から逃れられるのは幸いだった。


 そうやって俺は、現在の交代応援体制を整えた。反発もあったが、根回しと裏工作、そして上からもぎ取った特別手当を用いて黙らせた。やはり金の力は偉大だ。札束で叩いてやれば大抵の職員はワンと鳴いた。おかげで財務室の連中からはやけに睨まれるようになったが、知ったことではない。無視だ無視。金で救える命があるのなら、どんどんばら撒いてやればいい。


 スカウトも片っ端から行った。適性さえあれば性格や年齢は二の次とばかりに、とにかく数を増やすことを目指した。こちらは少々反省している。人格面を考慮しなかったため、問題児が多数集まってしまったのだ。

 だがまぁ、こよりのように、そういう手段でしか助けられない少女がいたのも事実だ。問題があるなら教育してやればいい。久々利や鬼灯を始めとする古参職員の力を借りながら、俺はどうにかこうにか、今に至るまでの祝対を組織として運営してきたのである。


 そうして少しずつ秋の色合いが見えてきた今日は、その内のひとりが本庁勤務に戻ってくる日であった。

 半ば俺の秘書役となっている久々利から本日の連絡事項を聞いて、俺は久方ぶりに会うそいつのことを思い浮かべる。


「オリガか……あいつはもう、十九だったか? 少しは落ち着いてるといいんだがな」


「あら、報告書読んでないんですか?」


「一回だけ読んだが、文法めちゃくちゃな上に誤字脱字のオンパレードで、謎の暗号文になってたぞ」


「あー……オリガちゃん、会話と読むのは上手なのに、書くのは苦手なんでしたっけ」


 オリガ·クドリャフカ。

 元はロシアの当局から、シャルロと同様に研修に来ていた彼女は、日本が気に入ったのかそのままこちらの所属となった職員である。

 かの国も欧州諸国と同じく、一部のシングルを除いてはあまりギフテッドの活用に積極的ではない。故に移籍処理はスムーズに進んだ。


 実のところ、祝対にはオリガ以外にも国外から所属替えをした職員がそこそこ存在している。理由は様々であるが、やはりいちばん大きなものはギフテッドとしての国からの扱いであろう。

 ギフテッドの社会への受け入れや法整備において、我が国は他国より十年は進んでいると言われている。俺の感覚ではようやく「奇妙な隣人」ぐらいの認識を得られた程度なのだが、それでも他国に比べれば随分好意的であり、少なくとも都市部では歩いているだけで石を投げられるようなことは滅多にない。

 国や地域によっては冗談抜きで魔女裁判が行われていたりもするので、彼女らが安寧を求めて日本に移住してくるのも、頷ける話であった。


 ところが最近になって、祝対の活躍を耳にしたり、俺が指導に赴いたことが契機となり、ギフテッドの公的組織を強化しようという動きが国際的に広がってきた。顕在化してきたギフト問題の解決に、組織的に統制の取れたギフテッドが有用であるということを、各国が遅まきながらに理解してきたのだ。


 中には人材の返還を要求してくるような恥知らずの国もあったが、それを見越してガチガチの契約を結んであるので、全て門前で突っぱねてやった。費用負担もせずに教育だけさせておいて、虫のいい話である。何より、本人たちがそれを望んでいない。


 オリガにもこの類の要請が来た。要請というか、あちらの担当の口ぶりは既に決定事項であるかのような物言いだった。当然返す気などなかったので、上を巻き込んでモメてやろうかとも思ったのだが。


 なるべく穏便に済ませてくれ、との上層部の弱腰な態度に、俺は仕方なく次善策を用いることにした。即ち、現在国家機密に関わる「特別任務」に従事しているため、移籍は不可能であると返してやったのだ。


 その「特別任務」が今回の応援であり、もちろんさして特別でも重要でもないので、調べようと思えばすぐにわかる。要は建前であり、時間稼ぎだ。実際に本庁にはいないので、嘘は言っていない。

 この応対の意図を端的に意訳すると、「返すわけねぇだろばーか」である。それでも突っ込んでくるようであれば、正面からの対峙も辞さない覚悟であった。が、流石に相手側もそこまで道理のわからない馬鹿ではなく、以降の連絡は途絶えたのであった。


「ちょうど一年ぐらいは経ったか? 特に向こうから苦情が来るでもなかったし、うまくやってたんだろ?」


「結果的に、の枕詞は付きますけどね。蒼さんに上げるほどでもなかったのですが、こまごまとした苦情……というか愚痴は色々と」


「ならいいだろ。どうせ誰を送ってもそんなもんだ」


 職員の大半は、じゃじゃ馬だったりクセがあったりと問題を抱えている。だが、応援に出すからには実務はしっかりとこなせるよう、指導は充分にしているので、よほど規格外のシングルでも出てこない限りは大丈夫だったはずだ。

 

「で、いつ来るんだあいつは?」


「もう来てますよ? さっそく下でシャルちゃんたちと模擬戦してます」


「なんだと?」


「誰かさんが遅刻するものですから」


「誰かさんに強制的に遅刻させられたんだがな……まぁいい、じゃあ行くか」


 そう言って、職員の訓練に使っている地下の多目的ルームに向かうために席を立つ。しかし、帰ってきて即模擬戦とはな。

 脳筋――もとい考えるより先に体が動くところは、相変わらずのようだ。











「あ、アオさん。やっと来ましたね」


「おう、どうだ?」


 多目的ルームに入った先で、香里奈の出迎えを受ける。部屋の中央では、残る三人の少女が忙しなく駆け回っていた。

 シャルロとこより――それに赤い巻き毛のスレンダーな少女、オリガだ。


「やー、変わんないですねーオーリャ。自己紹介もそこそこに、「まとめてかかってくるといいデス」とか言って始めちゃいましたよ」


「そのようだな」


 オリガの爛々と輝く唐紅の虹彩は、一年前となんら違わぬ彼女の活発さを表していた。とにかく動くのと競うの、そして戦うのが大好きなオリガは、ヒマさえあれば誰かと訓練をしていた。挨拶と称して新人が来る度に強制連行されるのも、祝対における一種の通過儀礼となっていた。


「シャル、そっち行ったよ!」


「わかっています――って、えっ?」


「遅いデス遅いデスよー!」


 高速で接近するオリガの動きを止めようと、シャルロが一帯を横断する透明の壁を生成する。速度重視の薄い壁は、耐久に難はあれどオリガを一瞬止まらせるには充分に思えた。が、そこからオリガはさらに加速する。

 ちょうど生えてくる壁の上端に手をかけ、オリガはくるりと回転。次いで壁の上昇する勢いも利用して、壁面を足場にシャルロに向かって跳躍する。身軽というか、何処の雑技団だろうかこいつは。ああ、でも髪色と合わせているのはなかなかにポイントが高いな。


「もらったデス!」


「――こより!」

 

「えーい」


「ほわっ!?」


 速度の乗ったオリガの突貫は、しかし直前でシャルロの壁によって阻まれる。新たに生み出した物ではない。先ほどの薄い壁を、こよりが〈歪曲〉で屈折させて利用したのだ。

 なるほど、いい連携である。こよりの〈歪曲〉は非常に強力だが、発動する対象によっては「溜め」が必要になる。空間そのものを曲げるには時間が足りず、かといって直接オリガを狙うにしても、すばしっこい彼女はなかなか捉えられない。その点、シャルロの薄い壁であれば容易に曲げることができる。

 さらに。


「このまま閉じ込めるよー」


「おー、そうきましたかー!」


 さながら巻き寿司の海苔のように、こよりが壁の両端を曲げてオリガを閉じ込めにかかる。ふむ、これは最初から狙っていたな。鍛錬の成果というやつだ。

 最重要の任務である暴走ギフテッドの捕縛を前提とした、殺傷力の低い無力化コンボ。壁の材質も、曲げやすいタイプに設定したのだろう。薄くて柔らかい壁。うん、他意はないが、さぞイメージしやすかったに違いない。

 そうして瞬く間に、オリガ巻きの一丁上がりだ。


「あちゃー、これは一本取られたデス」


「やった、うまくいったねシャル!」


「ええ、間に合うかは賭けでしたが、なんとかなりましたね」


 喜ぶこよりと、安堵のため息を漏らすシャルロ。実際、大したものだとは思う。並のギフテッドでは初見でこの包囲から逃れるのは不可能に近い。――だが。


 オリガは曲がりなりにも、俺が単騎で鎮圧、捕縛任務をこなせると太鼓判を押したギフテッドである。加えて一年間の実戦経験を積んだ彼女を前にして。

 二人が警戒を解くのは、あまりにも早すぎた。


「では、今度はワタシの番デスね」


「え?」


「はい?」


「ふっ!」


 疑問顔の二人を他所に、オリガが狭い範囲で高速回転を始める。同時にガガガガッ! という打撃音が響いたのも束の間、彼女を捕えていたはずの円柱は、見る影もなく砕け散っていた。


「えっ!」


「なっ!」


「驚いているヒマはないデスよー」


 そう言うオリガの影は、その時にはもうこよりの背後へと回っていた。転移と見紛うほどの高速移動。振り向きさえできないこよりの首筋に、瞬速の手刀が振り下ろされる。


「あうっ――」


「ひとーつ、デス」


 何ひとつ反応できずに、あえなく昏倒するこより。オリガのギフト、その本領発揮であった。

 しかしかっけーな、こいつ。全国男子憧れの技を容易く実行するあたり、イケメン度が半端ない。俺じゃなきゃ見惚れちゃうね。


全部置き(スピーディー)去りにして(·ワンダラー)〉――身体強化系に属するオリガのそれは、同系統の例に漏れず単純かつ強力な効果を発揮するギフトである。

 オリガの場合は、肉体動作のあらゆる「速度」を強化する。転移系を除けば実質最速であり、正に目にも止まらぬスピードで走り回る彼女を捕えるのは、俺たちでさえ非常な困難を伴う。


 加えて鍛錬バカのオリガは、何処ぞの発祥とも知れぬ怪しげな武術を修めている。それも多数。凄まじいスピードで放たれるそれらは時に本家の性能を超え、彼女オリジナルの技へと昇華を果たしていた。シングルといえども、まだ経験の浅いこよりでは対応できないのも仕方あるまい。

 つまりは、残るシャルロの運命も同じである。


「くっ、ならば――これでどうです!?」


 あっさりとやられたこよりを尻目に、シャルロは自身を囲むように重厚な壁を作り出す。二重、三重、四重。その有様は、壁というよりもはや要塞であった。当然自分も動けなくなるので、引き分けに持ち込む算段なのだろうが。


 対するオリガは、にひっ、と好戦的な笑みを深くする。

 急激に嫌な予感が募った。


「おい香里奈、あいつ止めてこい」


「いやいや、無理ですって。アレだいぶヤバいの出しますよ? 直撃したら死んじゃいますから」


「それ、シャルロ死ぬんじゃね?」


「あー……まぁ、流石にオーリャも新人相手には加減するんじゃないですかね?」


「ってか、そもそもこの部屋が耐えられるのか?」


「あ、それは保証できないですね。逃げた方がいいかも」


 主に職員の訓練に使うこの多目的ルームは、攻撃的なギフトにもある程度耐えられる造りになっているはずなのだが。

 なんか腰だめに妙な構えを取るオリガを見ると、どうにも不安が拭えない。この一年、応援先から無意味な人死にを出したという報告はないので、香里奈の言うように加減はするのだろうが。


「んー、六割ぐらいデスかねー?」


 あ、もう無理だわ。攻撃寸前。仕方ない、ここは部下の成長を信じるとしよう。


「いくデスよー――崩拳(ほうけん)っ!」


 瞬間。

 轟音が鳴り響く。

 それは真っ直ぐに突き出したオリガの右ストレートが、大気を震わせる音と。

 その直線上で、四重の防壁の左半分が砕け散った音だった。


 壁の隙間から覗く、シャルロの呆けた顔。その頬から、つつー、と赤いものが流れる。……ギリッギリじゃねぇか。


「ひゃー、ちょっと強すぎたデスねー」


 そう言うオリガの視線の先。そこにあるべき本来の、五番目の壁。

 大穴が空いたそのさらに奥に、六番目の壁が見えていた。


「おいおい……」


 成長しすぎだろ。少なくとも一年前は、こんな攻城兵器のようなことはできなかったはずだ。これは応援先で何をしてきたのか、詳しく聞かねばなるまい。


 ガラガラと崩れる壁の瓦礫を眺めながら、俺は盛大にため息を漏らす。

 とりあえず、ひとつ確かなことは。


 また一枚……あるいは二枚か三枚。

 始末書を書かないといけないということだ。


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