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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
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父、追憶する

 たまに夢を見る。

 妻の、六花の夢だ。もう随分と、話せていない彼女。

 六花が今、どういう状態にあるのかは、良くわかっていない。その魂が現世にあるのか、幽世にあるのか。彼女は曖昧なまま、その狭間を彷徨っている。


 俺の迷いに呼応して、彼女は夢に現れる。

 

「あなたは強すぎるのよ」


 そんなことを言われたのは、確か俺が二十代半ばの異例の早さで、祝対の室長に任命されたころだったか。


「そうか?」


「ええ。迷いも悩みもするけど、たいてい自己完結してすぐに進んじゃうじゃない。この前の紫月の件だって、あっさりと受け入れちゃうし」


「アレは誰だってそうするだろ?」


「しないわよ。いくら近くに身寄りがいないからって、普通即決で人様の子を預かったりはしないの」


「なんだよ、嫌だったのか?」


「そうじゃないわよ。私だってあの子は手元に置いておきたいわ。冬馬にぴったりだもの。ただ、決断が早すぎるの。それはあなたが強くて、余裕があるから、飲み込めちゃうってだけの話」


「そういうもんかね」


「そう。だから祝対の室長だって、あなたはいずれ難なくこなせるようになると思うわ」


「いや、その件はほんとに仕方なくだぞ? ヨーダさんには逆らえねぇし」


 正に鶴の一声で決まったその人事は、前代未聞の出来事であった。内外から多数の反発を招いたらしいのだが、その全てをヨーダさんは論理と賄賂と恐喝で黙らせたという。副大臣の立場にして、既に大臣をアゴで使うだけの権力を有しているという噂は、どうやら本当のようだ。


「あの人も器用というか不器用というか……まぁ、それしかなかったんでしょうけど」


「どういうことだ?」


「こっちの話。で、そんなあなたの唯一弱いところが、この私ってわけ」


「弱い? なに言ってんだお前」


「あなたに比べれば、ってことよ。あなたはこれまでも、そしてきっとこれからも、たくさんの人を救うわ。理不尽な選択を迫られても、そんなの関係なしに全部まとめて強引に。

 でもね、いつか限界が来るの。あなたにも選ばなきゃいけない時が来る。その時、あなたが選ぶのが私。私はちょっとズルをして、そうなるように仕向けたの」


「なにそれ怖い」


 衝撃の事実をさらっと告げるのはやめてほしい。道理で大学以降、他の女が寄ってこなかったはずだ。


「知ってるでしょ? 女は怖い生き物よ。これでもけっこう苦労したんだから」


「マジかよ……ああ、でも冬馬と冬華はどうなんだ? 俺はあいつらだって大事だぞ?」


「それこそなに言ってんの、よ。あの子たちはあなたよりもっと強いわよ? 特に冬馬。自分でお腹を痛めてなんだけど、あの子はおかしいわ」


「確かにな。あの歳で女の尻ばっかり追い回してるからな、あいつ」


「そういう意味じゃないんだけど……まぁ、それも含めてかしらね。あんな小学生が何処にいるって言うのよ。まったく手がかからないどころか、他人の世話までほいほい引き受けちゃうし。たぶん今ほっぽり出してもうまく生きていくわよ、あの子」


「親としてはどうかとも思うんだが、事実そうだからなぁ。「ちょっと二、三日面倒見てやりたいんだけど」とか言って猫でも拾ってきたのかと思ったら、女子高生を連れて来た時は驚いたな」


「百パーあなたの子よね。馬鹿でスケベで変態で、でもお人好しでお節介。そのうち世界でも救うんじゃないかしら?」


 さもありなん、だ。年齢一桁にして、既に冬馬は自己を確立している。方向性はどうあれ、その意識と興味は専ら外の世界へと向けられていた。


「冬華も賢いわ。ちょっと冬馬に依存しすぎなところはあるけど、あの子も全然手がかからないし。もうね、子育てってなに? って感じ」


「あいつは別の意味で心配だな。冬馬とそれ以外の奴で態度があからさまに違う。いっつも冬馬と風呂に入りたがるから、たまには父さんと入るか? って聞いたら、能面みたいな顔をされたぞ」


「私にも素っ気ないわよ。冬馬の前でだけ、一瞬で百匹ぐらい猫被るわよね」


 娘とのコミュニケーションが不足していた。父は悲しい。なんだってあんなに兄にべったりになってしまったのやら。育て方は間違えていないはずなのだが。


「んで、何故に今さらそんなことを言い出したんだ?」


「……予感があるの」


 六花の言葉は、珍しく真剣味を帯びたものだった。今にして思えば、それは確信めいた予言だった。六花はわかっていたのだ。形までは見えずとも、これから俺たちがどんな道を歩むのかを。


「あの子たちは強くて、自分のやるべきことをわかっている。だからいずれ壁にぶつかっても、その乗り越え方を自然と理解するわ。私たちと同じように――いえ、冬馬に至っては、それすら()()()()()()()、ね」


 俺たちと同じように。その意味するところは明白だ。この世界がそういうふうにできていることを、俺たちは我が身のこととして知り得ていた。


「そう。二人はギフテッドになるわ。冬華は自分の願いを叶えるために。そして冬馬は、何処かの誰かを救うために。私は恐ろしいわ。冬馬はそうするために必要なことだと理解して、躊躇いなく、適切に願いを訴えるの。世界のシステムすら掌握して、最適な祈りを捧げるの。冬馬は世界から、暴力的にギフトを奪い取る。そんなものは、もはや祝福ではないわ」


 いつしか六花の瞳には、螺旋が渦巻いていた。その時既に、彼女はギリギリだったのだ。己の未来を感じ取り、精神の均衡を保つので精一杯だった。もし俺がそれに気づけていたとしても、未来は変わらなかっただろうが。


「そうなっても、あなたと冬華は耐えられるわ。変わらず冬馬の傍にいられる。でも私は、たぶん駄目。きっと冬馬に呑まれてしまう。愛しいはずの息子が恐ろしいものになるのに、私の心は耐えられない。

 ねぇ、あなた。私はいったい、何を産み出してしまったというの?」


「落ち着け。大丈夫だ、そんなことにはならない。それにもし何かが起こったとしても、俺が守る。お前も冬馬も冬華も、全部俺が守る」


「ええ、わかってるわ。もちろん、あなたは私たちを守ってくれる。理不尽なんて打ち壊してくれる。でもね、どうしても予感が消えないの。だから――」


 俺が間違えたのかどうか、その結果はまだわからない。だが少なくとも、俺はまだ六花を忘れてはいない。幸運も重なってだが、諦めてはいない。


 だからこうして、追憶のような夢を見る。

 六花の言葉を思い出す。

 人によっては、それを呪いと呼ぶのかもしれない。


「だから、もし私に何かがあったら。冬馬が恐ろしいものになってしまったら。私のことは忘れてもいいわ。なんなら新しい奥さんを捕まえたっていい。でも、あなただけは。この世界であなただけは、ずっと冬馬の味方でいてあげて」


 呪いでも良かった。それで俺が、六花を忘れずにいられるのなら。思い続けられるのなら。

 ああ、六花。お前の策略はうまくいっているよ。確かにお前は、俺の弱さだ。その弱さを抱えているからこそ。


 今も俺は、冬馬の父親でいられるんだ。















 二度目の微睡みから覚めると、当然もうそこには六花の姿はなかった。薄れゆく感覚を忘れないうちに、もう一度目を閉じる。暗示のような、戒めのような夢。それに意味があると思いたくて、俺はしっかりと六花の言葉を脳裏に刻み込む。


 結果的に、六花の予感は半分だけ当たった。ギフテッドとなった冬馬に六花は呑まれ、しかし冬馬の人間性は保たれた。否、むしろ冬馬からは以前のような神性が失われた。その記憶とともに。


 たぶんそこに、元凶となった存在が関わっている。環ちゃんの言う、「イレイズ」なるギフテッドが。

 冬馬は「イレイズ」を救おうとして、ギフテッドになった。それが当時の、あいつにとっての壁だった。六花の予感していたように、それを越えるためにはギフテッドになる必用があった。


 そうして事もなげに、冬馬は「イレイズ」を救えるギフトを発現した。だがそれは、「イレイズ」にとっては都合の悪いことであった。故に冬馬の記憶と、もうひとつ――あの異常な万能性に関わる何かを、失わせた。その果ての姿が、今の冬馬だ。馬鹿でスケベでお人好しでお節介なところは変わっていないが、一般人の延長に収まる性能へと落ち着いた。


 冬馬にとって、それが良かったのかどうかはわからない。六花の危惧していた、世界すら救いかねない「恐ろしいもの」への変貌を阻止できたと喜ぶべきなのか。あるいは、本来辿るはずだった未来を排除されたと憤るべきなのか。


 おそらく「イレイズ」は、冬馬との邂逅を経てその危険性を感じ取った。六花と同じように。だが、単純な敵対関係にあったわけでもないのだろう。それならばもっと簡単に、冬馬の存在そのものを消してしまえば良かった。そうしなかったあたり、両者には複雑な感情の交錯があったことが窺える。


 どうあれ、真相は本人に聞いてみなければわからないだろう。こちらでも「イレイズ」の調査は進めているが――いずれ冬馬はまた、彼女に再会する気がした。三年の時を経て、ひとつの大きな事態を乗り越えて、冬馬は前を向いた。つまづきながらも、いつかその歩みは彼女に重なると思えた。


 だからもう、過剰な心配はせずに。

 少し後ろから、あいつを見守ってやれと。

 そう、夢の中の六花は俺に伝えたかったのではないだろうか。


 加えて俺自身にも、自分のことを省みろと。あるがままの感情を受け入れ、今の人生を生きろと。

 そう、言われている気がした。


「わかっちゃいるんだがな」


 言葉に出したそれは、俺の弱さだった。迷いと恐れ。子供のためなら命だって投げ出せるが、自分のためとなると案外、踏ん切りがつかないものだ。

 故にあんな条件を出した。六花との対話。まずはそこを目指していくということで、香里奈たちにはなんとか、猶予を貰いたいところである。


 時計を見れば、始業時間はとうに過ぎていた。管理職たる俺には時間給の概念は適用されないため、さしたる問題はないのだが。

 無駄に部下を待たせるわけにもいかないだろう。そもそもの原因が部下にあることは、気にしてはいけない。どうせなんやかやと封殺されるに決まっている。シャルロや久々利にどやされない内に、さっさと出勤するとしよう。


「ま、なんとかやってるよ。お前の言うようにな」


 もう一度だけ、六花の顔を思い浮かべて。

 冷めたコーヒーを飲み干してから、俺は仮眠室を後にした。


 さぁ、今日も仕事の時間だ。

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