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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
112/118

父、依然頭を悩ませる

 気を抜いていたのは認めよう。

 連日の泊まり込みの末、ようやく冬馬の件の事後処理が片づいたこともあり、俺は大いに脱力していた。具体的には、デスクの奥に隠していた秘蔵のウイスキーをこっそりと呷り、仮眠室でそのまま眠りこけていた。


 本来であれば、それは無防備極まりない状況である。祝対の室長とは、多分に恨みを買う立場にあるからだ。捕縛し、釈放した元暴走ギフテッドは言うに及ばず、他にも非合法なギフテッド集団や悪どい生業をする未登録ギフテッドからは、目の上のたんこぶのように敵視されている。稀に襲われることもあり、故にその襲名には最低限の自衛手段が必須であった。


 その点、俺の〈停滞〉は条件に充分合致しており、大臣が俺を室長に任命した理由のひとつは、正にそこにある。外出時や自宅にいる時も、俺は常に周囲の空間を僅かに〈停滞〉させており、それにより外部からの攻撃を防ぐことができるのだ。あるいは防げずとも、察知することはできるため、初撃で敢えなくやられてしまうということはそうそうない。暗殺に耐性のある指揮官とは、それだけで一定の効力を発揮する存在なのである。


 だが。

 曲がりなりにも、ここは天下の祝福省本庁舎。警備員はもちろん、防御系のギフテッドが二十四時間体制で防備を整えており、自衛隊や米軍基地を除けばおそらく日本で最も堅牢な建造物である。そういうわけで、よもやここを襲う愚か者もいまいと、俺はギフトを展開せずに芳醇なスコッチの香りに酔いしれていたのであった。


 甘かった。確かにこの庁舎は、外部からの不法侵入にはめっぽう強い。されど内部からの干渉については、全ての箇所が万全の防備を敷いているとは言い難かった。そして今の俺にとっての厄介事は、内部よりもたらされるものなのだった。


「あ、いましたいました。お疲れのようですねー。そろーり、そろーり、と」


 微睡みの中、そんな声を聞いた気がする。これが敵意や殺意であればどんなに熟睡していようと跳ね起きる自信はあるのだが、何分そんなものは欠片も感じられなかった。故に少しだけ表層に浮かぼうとしていた意識は、睡眠の続行を選んだ。致し方ない。俺は疲れていたのだ。


「よいしょ、よいしょ、お邪魔しまーす。えへへー、蒼さんと添い寝ー。うわぁ、うれしみが深いですねーコレ。あ、おっぱい押しつけておきましょう」


 夢の中、柔らかな感触を右腕に感じた。幸せな夢だった。当然俺は、そのまま夢に埋没していった。


「ボス、おはようございます。僭越ながらお迎えに上がりまし――って、何をしているのですかこより?」


「シャル、しー。蒼さん起きちゃうでしょ」


「いえ、起こしに来たのですが……ほら、さっさとどいてください」


「まだいいじゃない。シャルも入ったら? そっち空いてるよ?」


「わ、私は結構です。婚前の女性がそのような不埒な真似をするわけには……」


「そう? 気持ちいいよー。いい匂いするよー」


「…………で、では、ちょっとだけ」


 左側に幸せが増えた。いい夢だった。若干ボリュームが足りない気もしたが、柔いのは柔い。そしていい匂いがした。


「こ、これは……」


「ね、安らぐでしょ? ふわぁ、なんか眠くなってきちゃったなぁ……」


「む、いけません。ここで寝てしまっては……」


「むにゃむにゃ……」


「……くー」


「アオさーん、朝ですよー。あなたの可愛い香里奈ちゃんが起こしに来ましたよー……って」


「くー」


「すぴー」


「え、なにコレ? どういう状況なの? 香里奈ちゃんちょっとわからない」


「にへへぇ……」


「にぱぁ……」


「なんつー幸せそうな顔をしてるのこの子たち……ああもう、よくわからないけどあたしも混ざっちゃえー」


 さらに下腹部に追加される弾力。ちょっと位置がヤバいが、これまた素敵な柔らかさ――を感じる夢だ。うん、夢だと言ったら夢だ。


「蒼さん、昨日はお疲れ様でした。コーヒー淹れてきましたので、よろしかったら――」


「くー」


「すぴー」


「すやぁ」


「…………ぐー」


「…………蒼さん? どういう状況ですかコレは?」


「……ぐ、ぐー」


「あ·お·い·さん? 起きてますよね? 起きてないならカラリパヤットの練習台になってもらいますが」


「おいやめろ。ヘビのポーズを取るな」


 ぱちっと目を覚まし、奇っ怪な形象拳の構えをする久々利を制する。先日のカバディといい、こいつはカレーの国に達人の知己でもいるのだろうか。

 そうして現実を見据えれば、やはり夢はリアルをそのまま反映した状況だった。娘っ子三人にがっちりと四肢を拘束され、まったく体が動かせない。


「それで? どうして三人も女の子を侍らせて悦に浸っているんです?」


「待て。不可抗力だ。気づいたらこうなってたんだよ」


 俺が聞きたいぐらいである。どうして寝て起きただけで、回避の選択肢もなしにカオスが始まっているのか。神がいるなら教えてほしい。


 まぁ、俺の油断が招いた事態ではある。このあいだの集団尋問により、俺が感情を〈停滞〉させていたことを白状させられてからというもの、こいつらはやけに接近戦を挑んでくるようになってしまった。

 それはわかっていたのに、疲労感から思考を放棄した結果がコレだ。睡眠の重要性を篤と感じる問題であった。しかし安らかに眠ることすらできないとは、もはや俺に安息の地は存在しないのか。


「……まぁ、おおかたの予想はつきます。あなたのことですから、そう簡単に若い子に手を出したりはしないでしょうし」


「信じてくれてありがとう。でも、できればゴミ箱を確認する前に言ってほしかったな」


 怪しいゴム類や紙類は入っていないので、小姑よろしく検分するのはやめてほしい。日頃の行いと言われてしまえばそれまでだが。


「おい、お前らも起きろ。はよせんと俺の手が無意識にセクハラを始めるぞ」


「そこは理性で抑えてほしいのですけどね……」


「そいつは無理な相談だな。いつ如何なる状況でもセクハラを実行するよう、俺には遺伝子レベルで情報が組み込まれている」


「絶やした方がいい気がしてきましたね、その遺伝子」


「ふはは、もう遅い。既に次代の種は発芽済みだ」


「そうでした。まったく親子揃って、破廉恥な人たちです……」


 何故か冬馬には、尻に特化した嗜好が芽生えてしまったがな。父を超えしその才能には、誇らしさ半分心配半分といったところだ。いつか美尻の悪どい女にこっぴどく騙されそうな気がする、あいつ。


「むにゃあ……あ、蒼さん、おはようございますー」


「おう、起きたなら離れてくれるか?」


「えー、おはようのキスがまだですけどー?」


「めんどくさい女みたいなこと言い出したぞこいつ……」


「酷いですー。私たちはいつでも準備おっけーですのにー。ね、香里奈先輩?」


「そだねー。減るもんじゃありませんし、さっさと覚悟決めちゃってくださいよー」


「香里奈、お前も離れろ。位置が危ない」


「えー、そういうのをお望みですか? アオさんのアオさんがその気になっちゃいますか?」


「きゃー、だいたんー」


「言うようになったなぁ、お前も……」


「これぐらい攻めていかないと、埋もれちゃいますからねー」


 少し前まではすぐに赤面していたというのに、その手の話題にも軽く乗ってくるあたり、香里奈の精神的成長が著しい。単に開き直っただけとも言うが。


「それにそーいうウブウブな反応は、そこのタヌキちゃんで間に合ってそうですし」


「あー、確かに住み分け大事ですよねー」


 香里奈とこよりの言葉に、左側でびくんと震える反応。金色の髪に隠れた顔が、みるみる赤く染まっていった。なるほど、タヌキちゃんね。


「……ぐ、ぐー」


「いやもうバレてるからな? さっさと起きろ。そして離れろ」


「ぐー! ぐー!」


「あー、コレはアレだね。衝動で行動したけど今さら恥ずかしくなってきちゃって身動きできないやつだね」


「素でこの反応が出てくるんですから、あざといですよねー」


「どうでもいいが、いい加減解放してくれ……」


 こわーいお姉さんの視線が素敵なことになっているので、そろそろ収めたいところであった。このままではインド武術で締め上げられてしまう。俺は悪くないのに。


「あ、俺は悪くないのに、とか思ってません?」


「心を読むんじゃない。的確すぎて怖いぞ」


「元はと言えば、アオさんがはっきりしないのが悪いんですからねー。さっさと答えを出してくださいよー」


「……む」


 そう言われてしまえば、返す言葉はなかった。そう、先日の尋問の結果、こいつらを含む多数の職員から、俺はごまかしようのないはっきりとした好意を伝えられているのだ。


 逃げ場はなかった。そういう時、いつもうまく場を有耶無耶にしてくれる久々利に俺は視線で助けを求めたのだが。

 にっこりと。優しげに、されど何処か艶やかさと威圧感を含んだ笑みを向けてくる久々利に、俺は生唾とともにニの句を呑んだ。その笑顔の意味がわからないほど、俺は耄碌してはいなかった。


 とりあえずその場は、「すぐには考えられない」と逃げの一手を打ったのだった。「前向きに善処する」とも言ったかもしれない。そうしてずるずると先延ばしにした果てが、ご覧の有様である。まったく、これでは息子のことをどうこう言えないではないか。


「……一応な、真面目に考えてはみたんだ」


「あら、意外。また煙に巻くつもりかと思ってましたのに」


「お前なぁ……」


 ジト目とともに、久々利の辛辣な意見がぐさりと刺さる。辛辣だが、半分は正解なので特に反論はできない。付き合いの長いこいつには、俺の思惑などお見通しのようだ。

 実際、今回の冬馬の件がなければ、俺は感情を戻すこともなく、こんなこと考えもしなかっただろう。


「こうなった以上、俺もただ〈停滞〉を続けるつもりはない。だがな、どうするにせよケジメをつけにゃならんことがある」


「六花さんのことですよね?」


「そうだ」


 隠しても無駄なので、正直に告げる。ああなる以前、妻は祝対の臨時職員という扱いだった。当然、久々利とも面識がある。


「それって、結局六花さんの蘇生を待つってことですか? あえて厳しいことを言いますけど、その可能性は限りなく低いですよ?」


「そこまでは求めていない。俺とて、一度は今を生きる者たちのために、あいつの蘇生を諦めた。だが、ギフトの可能性は無限大だ。だから最低限の条件として、俺はもう一度だけでも、あいつと話がしたい」


 事実、死者の蘇生は叶わないまでも、死者と意思疎通を図ったというギフトは記録に存在している。あいにくと六花は完全な死者ではなく、その状態を定義するには魂の領域の話をしなければならないのだが。そんな曖昧な存在である妻と対話できるギフテッドだって、きっと何処かにはいるはずだ。

 六花との対話。それが俺の提示できる、最大限の譲歩であった。


「ふーん。つまり、奥さんにハーレムを認めてもらうってことですか?」


「わー、本物のすけこましですねー」


「……いやまぁ、そういう道もあるやもしれんのだがな」


 言葉にすると身も蓋もねぇな。ほんとに冬馬のことを笑えない。名実ともに、祝対のハーレム野郎を名乗らねばならないわけだ。


「じゃ、それまでに好感度稼いでおきませんとね。ぎゅー」


 そう言って、こよりがさらに体を密着させてくる。何故だ。


「おいコラ、今の話聞いてたか?」


「ただのスキンシップですよー。蒼さんがいつも言ってるやつです」


「くっそ、反論できねぇ」


「それに蒼さんも、まんざらじゃないですよね?」


「まぁな」


 柔らかいのは正義だ。その真理は如何ともし難い。


「あ、ずるーい。あたしもー」


「ぐ、ぐー!」


「おいやめろ。あとシャルロはちょっと痛い」


「絶壁ですからねー」


「なっ、し、失礼な! 私とて少しぐらいはあります!」


「あ、起きた」


「やっと起きましたねー」


「あっ、あ、あ、いえ、違います。今、たった今起きたのです!」


「そんな真っ赤な顔で言われてもねー」


「よっ、ツンデレ枠っ」


「〜〜〜〜っ!」


「やっぱりこうなるわけですか……では、私は私の役割を果たすとしますかね」


「待て。なんだその構えは。それ絶対に秘孔とか突くやつだよな!?」


「アオさんは少し煩悩とか削いだ方がいいですからねー」


「それには同意です。ボスのセクハラは矯正すべきかと」


「私は別にいいですけどー。あ、でもこれ以上増えても困りますもんねー」


 三人娘の意向が即座に一致して、俺の体ががっしりと固定される。うお、マジで動けねぇ。


「お覚悟を」


「完全に殺る時のセリフじゃねぇか!」


「一度言ってみたかったんですっ」


「楽しそうだなおいいぃぃぃ!」


 妙に鋭く構えられた、久々利の貫手が迫る中。

 諦めとともに、俺はひとつ、教訓を得る。

 今度からは何処で眠るにしても、絶対にギフトを展開しておこうと。



 睡眠は重要だと、しみじみ思う。

 その影響を軽視していると、こうして強制的な二度寝を敢行するハメになるのだから。

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