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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
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緊急会議

「では、皆さん集まったようですので」


 私の対面――議長席に座った朱里君が、周囲を見回してそう呟く。時は放課後、場所はいつもの研究室。月が替わって神様たちがそば処に集まる時分を迎え、最近はようやく冷房を強めずとも済む日々になってきた。


 集まったのはいつものハーレムメンバー、プラス紫月君。彼女が今日参加するという話は聞いていなかったが、その気怠げで興味のなさそうな雰囲気から察するに、朱里君に半ば無理矢理連れてこられたのだろう。うむ、私にもいくらか、紫月君の薄い表情の差異がわかるようになってきたね。


「ただ今より、緊急の冬馬君問題対策会議を始めます」


 高らかに宣言する朱里君は、凛とした優等生の佇まいに見えた。その内面さえ知らなければ、同性でも思わず見惚れてしまうぐらいには。

 ただ前回の恥態を目の当たりにしている私たちとしては、幾分空々しい。ああ、そうか。きっと議長復帰の立場とあって、なんとか威厳を取り戻したいと奮起しているのだろう。ならばここは先輩として、その健気さを温かく見守ろうではないか。まとめ役を買って出てくれるならありがたいしね。


 だが、どこの場にも空気の読めない子というのはいるようで。


「あれ? でもまだ、しり先輩が来てませんよ?」


「……」


 邪気のない凛子君の発言に、途端に周囲の空気が固まり、朱里君がたらりと冷や汗を流す。

 うん、そう。いつものメンバーと言ったが、確かにここには詩莉さんはいない。もちろんそんなことは私も皆もわかっているし、わかっていて何も言わないのはその方が都合がいいからという、暗黙の了解によるものだ。あの人がいても建設的な意見など出てこないばかりか、会議が混乱するだけだからね。誰かがうまく彼女を蚊帳の外に置いてくれたのなら、それに越したことはないのだ。

 そして詩莉さんに影響を与えられる人物など、ここにはひとりしかいなかった。


「……詩莉さんは、ちょっと急用があるとのことで」


「えー、しり先輩にせんぱいとしゅり先輩のこと以外で、優先することなんてないと思うんですけどー」


 ニヤニヤとした顔で追求を重ねる凛子君。おっと、これは早計だった。あるね。無邪気の皮を被った邪気があるね。未だ朱里君に失禁させられた時の恨みが残っているのだろうか。


「あ、もしかしてー、しゅり先輩が何かしたんですかー?」


 あ、違うねこれ。単に朱里君をイジるのが楽しいだけだね。まぁ、その気持ちはわからないでもない。人を追い詰めたり問い詰めたりするのは、とても楽しい行為だ。


「……その……冬馬君の筆跡を真似た手紙を、詩莉さんの下駄箱に入れて……」


「へー、なんて書いたんです?」


「……今すぐラブちゅっちゅしたい、って」


「え、うわ、ひどっ」


 ひどっ。言語センスはともかく、その所業は本当に酷い。あの性欲の権化にそんなことを言えばどうなるかは、火を見るより明らかだった。悪魔だ。ここに悪魔がいる。


「しゅり先輩って、やっぱり頭のネジがニ、三本ぶっ壊れてますよね」


「で、でも、話し合いを円滑に進めるためには仕方なくて……」


「だからって、しり先輩にラブちゅっちゅされたらもう干物になっちゃうじゃないですか。凛子たちの分が残らないじゃないですか」


「あの、そういう問題ではないと思いますが……」


「だって……だって仕方なかったの!」


 と、突然朱里君が大声を上げて、机をドンと叩く。衝撃に表面に亀裂が入り、それは対面の私のところにまで届いた。

 相変わらず恐ろしい威力のギフトだが、真に恐るべくはその破壊力ではない。緻密な制御を誇る朱里君が、そのギフトの無意識の発動を抑えられていない。それはそのまま、彼女の精神が均衡を失いかけていることを意味していた。


「あの人、本当にどこにでも現れるの。ふと気づいたらそこにいるの。そして事ある毎に殴ってくれ、罵ってくれ、って言うの。殴っても喜ぶし、無視してもそれはそれでひとりで悶えてるし。試しにトイレの中で名前を呼んでみたら、こう、上の隙間からにゅるっと……」


「それは確かに恐怖以外の何物でもないねぇ……」


「このあいだなんか、都心のヤクザ屋さんのところにストレス解消を兼ねてお掃除に行ったら、その中に混じってたの。ぐっちゃした中に埋もれてピクピクしながらよだれを垂らしてて……とにかくもう、限界だったの! 私にはもう、耐えられなかったの!」


「いえあの、怖いは怖いですけど、凛子的にはさも日常のいち場面のようにカルネージしてるしゅり先輩にドン引きなんですが」


 まったくである。いくら反社会的勢力といえど、そんな気分転換のついでにぐっちゃされてはたまったものではないだろう。

 


そしてやはりというか、朱里君の破壊衝動は全然治まってなどいなかった。私たちにそれが向かないだけマシになったのかもしれないが、ひとたび敵対すればどうなるかわかったものではない。努々警戒は怠らない方が良さそうだ。


「まぁまぁ、とりあえず詩莉さんのことは置いておこう。きっととーま君ならうまくやってくれるはずさ。彼の犠牲に報いるためにも、我々は有意義な議論を進めようではないか」


「思いっきり犠牲って言ってますけど」


「なぁに、骨ぐらいは残っているだろう」


「骨までしゃぶり尽くされてる気がするです」


「さもありなん、だねぇ。ただほら、そろそろ先に進めないと」


 約一名、ヒマそうに欠伸を噛み殺している少女に視線を向ける。先ほどから我関せずとばかりにスマホを弄っている、白髪の彼女。そのやる気スイッチがどこに隠れているのかは、未だ知れていない。


「え、なに? 終わったの? 帰っていい?」


「まだだよ。まだ始まってもいないから、帰っちゃダメ」


「早くしなさいよ。さっさと終わらせてアイス食べに行くわよ。もちろん、朱里の奢りで」


「わかってるよぅ」


 どうやら、甘味による贈賄が行われているようであった。二人の力関係が如実にわかる一幕である。


「えー、では改めまして。本日の議題は、星崎聖歌さんについてです」


 ようやく本第に入る。そう、今日私たちが集まったのは、かの新規ハーレムメンバーについて話し合うためであった。

 星崎聖歌君。死の思いを抱えていない彼女。イレギュラーな立場にある彼女について、どう接していくのか、その方向性を定める必要があるのだ。


「一応、私と紫月ちゃんは面識があるよ。クラスメイトだから」


「表面上はね」


「紫月ちゃんはそうかもしれないけど、私はもう少し付き合いがあるよ。友達一歩手前と言っても過言ではないかな」


「嘘おっしゃい。あなたに友達がいるわけないでしょうに」


「そんなことないよ。今までに四回も話したことあるんだから!」


「わかったかしら? その程度の付き合いよ」


 良くわかった。つまりただのクラスメイトだ。朱里君との認識の齟齬に、思わず憐れみの視線を向けてしまう。人のことを言えた立場ではないが、この子ほんとに仮面ぼっちなんだなぁ。


「えーと、つまり凛子がいちばん親しい感じですかね?」


「そのようだね」


 先の事件で聖歌君と接触し、連絡先まで交換している凛子君。そのコミュ力をどうかこの二人にも分けてあげてほしい。藪蛇なので言わないけど。


「じゃあ、凛子の所感をお話ししますね。確かにせーか先輩には「死の思い」はないです。でも、決してせんぱいへの思いが軽いとか、一時の気の迷いだとか、そういう感じではないと思います」


「ほう、その心は?」


「なんとなくですけど、せんぱいとの距離感が最初から近かった気がするんですよね。ほら、普通の女の子って、せんぱいみたいな変態さんとは距離を置こうとするじゃないですか」


「悲しい現実だね」


 とーま君にとっても、私たちにとっても。傍から見ると変態尻フェチ男と物好きな女たち、といったところか。いずれ是正せねばなるまいが……無理かもしれないねぇ。


「そういう人の噂とか評価よりも、直接会って感じた印象を優先する性格、っていうのはあると思います。でもそれにしたって、警戒も嫌悪感も全然見えなかったんですよねー」


「ふむ、それは少々不可解だねぇ」


 単に惚れっぽいタチというわけではなさそうだ。いくらひと目惚れだったとしても、あのお尻への執着を見せられれば、普通は百年の恋も冷める。何がしか、まだ明らかになっていない要素があると考えるべきであろう。


「少なくとも、祝福省からのスパイという線ではなさそうかね」


「あ、そっか。そういう可能性もあるんだね」


「朱里、あなた元スパイだったくせに考えが足りないわよ」


「べ、別に私はそういうつもりじゃ……って、紫月ちゃんこそ黒幕の二重スパイだったじゃない」


「学園の峰不○子と呼んでくれてもいいわよ?」


「え、それにはちょっとお胸が……あ、嘘です嘘です。冗談だから無言で誰かに電話をかけようとしないでぇ!」


 そうやってじゃれつき始める一年生コンビ。うーん、相変わらず話が進まない……。


「ああなると長いですからねー。あ、どうぞれん先輩、粗茶ですが。お茶請けはスコーンで良かったですか?」


「あらあら、ありがとう凛子ちゃん。二人とも仲良しねぇ」


 その光景を尻目に、残る二人はゆったりとお茶会を始めた。止める気はさらさらないようで、完全に傍観者の装いだ。

 あれ? おかしいな、結局私が進行しないといけないじゃないか。困ったものである。


「はいはい、そのぐらいにしておかないと日が暮れるよ。で、結論としては聖歌君に危険性はない、ってことで良いね?」 


「はーい」


「問題ないと思います」


「うん、そうだね」


「むしろここにいる誰よりも危険度が低いわ」


 各々の意見が揃った。紫月君に至っては、先日とーま君に語った私の認識と一致している。そうなんだよね、実情は聖歌君がいちばん真っ当で、イレギュラーなのは私たちの方っていう。


「ふむ、ではそういうことで。あとは本人にそのあたりを伝えておけばいいかねぇ」


「あ、実はもうそこに呼んでるです」


 扉の外を指し、そう言う凛子君。


「え、そうなのかい?」


「はい、せっかくですから早めに顔合わせした方がいいと思いまして」


 なんと、これがリア充の行動力というやつか。私たちぼっち予備軍にはない前向きさだね。


「呼んでもいいです?」


「うむ、頼むよ」


「あ、待って凛子ちゃん。ちょっと心の準備が……」


「今さら猫被ってどうするのよ。普通にしてなさい普通に。あなたの恥ずかしい乳首を晒すわけでもあるまいし」


「乳首の話はしないでぇ……!」


「あの、お下品な話題は控えましょうね……?」


「じゃ、開けまーす。せーか先輩、いいですよー」


「ああっ……」


 そうして、約一名の心情は無視されながら、扉が開け放たれる。変人の集団だと思われないといいんだがねぇ……。


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