Dランキング2
「では、残るベストスリーの発表といこうか」
淹れたてのコーヒーで喉を潤してから、たま先輩がそう告げる。足を組んでベッドに座り、カップを掲げるその姿は、今さらながらにとても様になっていると感じるものだ。
自信に満ち溢れた悠然さと――あとは、小悪魔的なエロティックさ。後者は主に、チラチラと覗く縞模様のせいだ。彼女が足を組み変えるたびに、どうしても視線が吸い寄せられてしまう。
「おやおや、さっきから視線が忙しないねぇ? あんなに好き放題揉んだのに、まだ足りないのかい?」
「そりゃもう。なんなら今すぐ押し倒したいところですが、俺にもなけなしの意地があるんで。理性を総動員して留めてます」
ニヤニヤ笑いのたま先輩に、そう茶化し返す。うまくいったようで、彼女はほんのりと頬を染めた。
「……そ、そう返してくるかい。とーま君も言うようになったねぇ」
「ええ、お陰様で」
「むむむ……」
視線を外し、困り顔になるたま先輩。自分の唇にそっと触れるのは、先ほどの感触を思い出しているのか。うわ、めっちゃ可愛いなこの人。
「さ、続きをお願いします」
「あ、うん。そうだね」
もう少しからかっていたかったが、これ以上続けると俺の方が保たなそうなので、助け舟を出す。我ながら凄まじい忍耐力だ。伊達に長年、少女たちの誘惑に耐えきってきたわけではない。
かの〈ポルノワークス〉都筑氏であれば、即座にル○ンダイブしていることだろう。据え膳を置かれた日には、膳ごと食い散らかすようなタイプだからな、あの性欲魔人は。
気を取り直すように、たま先輩がごほんと咳を払う。
「では、第三位。ここには凛子君が当てはまるかね」
「ですね」
これは予想どおりだ。といっても、一位と二位がわかっているからこその、ただの消去法だが。
「彼女もだいぶ落ち着いてきたようには思うが……先の一件を見てもわかるとおり、まだ危うい部分が残っている。普段は大丈夫だろうが、幾らか注意しておく必要はあるね。それでこの位置にさせてもらった」
昨日の氷見ちゃんとの対峙のことを言っているのだろう。あの時はあくまでも牽制の意味合いが大きかったはずだが、躊躇なく人を殺せるギフトを行使したあたりに、狂いの残滓が見て取れる。また俺に敵対するギフテッドが現れれば、凛子が容赦をしないのは明らかだった。
凛子にはきちんと俺の思いを伝えた。このまま同じ時間をともに過ごせば、その物騒な振る舞いも緩やかに収束していくのだろうか。あるいは一度獲得した性質として、根底にこびりついたままになるのか。
どちらにせよ、必要なのは時間だ。たま先輩に習って言うならば、実験と検証。俺の本来の願いを探すと同時に、見極めていくしかない。
「なるたけバイオレンスな展開は避けたいんですがねぇ……」
「そりゃ私とてそうさ。しかし降りかかる火の粉は払わねばなるまい。……そうさね、一度整理しておこうか。
いいかい、今後キミに関わってくるギフテッドは、おおまかに二つに分類できる。すなわち、「死の思い」を抱えているか否かだ」
急に教師モードに入ったたま先輩が、そう言って二本の指を立てる。突然の授業開始だったが、いつものことなのでもう慣れた。
有益なのは間違いないので、こちらも熱心な生徒モードに入ろう。ロリ女教師の個人指導だし。
「今回の聖歌君を取り巻く状況のように、後者ならさして問題はない。何せこちらには、我々五人のシングルを始め充分な戦力が揃っているからね。まず遅れは取らないだろう。
対して、一筋縄ではいかないのが前者だ。〈デッドハーレム〉に囚われた相手の場合、下手に私たちが介入するとより状況が混乱する恐れがある」
「つまり、「死の呪い」持ちには俺がひとりで当たった方がいいってことですか?」
「そこはケースバイケースだね。相性の良い子もいるかもしれないし、ある程度嫉妬心を煽るのが効果的な場面もあるだろう。ただ、初手朱里君で制圧、みたいなのはやめておいた方がいいかな」
「あー……そうですね」
名実ともに最強を誇る、我らが朱里さん。彼女を前線に出せば、危機自体は解決するものの、紡ぐはずだった物語まで一瞬で終わってしまう。
「現状維持のスタンスなら、それでも良いんだけどねぇ?」
「それは……でも、駄目です。俺は、関わった少女は絶対に救うと決めました。たま先輩たちには危険や苦労を強いることになりますが……それでも俺は、もう誰も見捨てたりはしない」
甘い理想論だってことは百も承知だ。結局は俺のために動いてくれるたま先輩たちを、利用する形になることも。だが、それは俺が俺であるために必要な決意だった。
「うん、わかってる。ごめんよ、ちょっと意地悪なことを言ったね」
「いえ、たま先輩がそうやって、俺に発破をかけてくれているのはわかってますから」
「うむ、感情の客観把握ができているようで何よりだよ。それで気づいたんだけど、とーま君の目指すべきスタンスは、父君に近いものなのかもしれないね」
「……はい?」
急に親父のことを持ち出され、困惑する。なんだって? 俺のあるべき姿が親父に近しいだって?
「なに言ってるんですか、たま先輩。俺とあのセクハラ親父を一緒にしないでください。隙あらば淫行に勤しむ生粋の変態ですよ?」
「ここにも隙あらばお尻を揉んでくる、生粋の変態がいるねぇ」
「ぬぐ……ですが俺は、きちんとケジメはつけていますし」
「とーま君、五十歩百歩という言葉を知っているかい?」
「もちろんです。五十歩も走れば四十メートルは違います」
「私の主観だと、とーま君の方が百歩だね」
「馬鹿な……」
たま先輩の中の、俺の評価が存外に低い。あのあほぅ親父よりも酷いと言われると、こう、心に刺さるものがあるぞ……。
「ま、それは冗談としてもだ。複数のギフテッドを統括するという点で、キミと祝対の室長たる父君は類似していると思わないかい?」
「……そう言われると確かに」
やっていることはほぼほぼ同じだ。異なるのは呪いの有無のみ。とすると、親父の仕事に習うというのも理に適っている。
そう考えると、さらにその先の展望が見えてくる。
「個人で民間のギフテッド事務所を設立する……」
「うん、それもひとつの選択肢だと思うよ」
未だ市場には数少ない、祝福省を通さずにギフト問題を取り扱う個人事務所。職業としての歴史が浅く、されど昨今増え続けるギフテッドに需要は高まりつつある、ニッチな業種だ。
少女たちとそれを開業すれば、食いっぱぐれる心配はなくなるのではないか。
「あれ、でもそれって傍目に見ると、色恋管理してるヒモ野郎になりません?」
「それはとーま君の手腕次第かねぇ」
脳裏に浮かぶのは、どこぞのアイドルをプロデュースしたり、お船の艦隊を指揮する提督さんになる俺の姿だ。世間様に白い目で見られる気もしたが、学生という身分を卒業したのちも俺たちが一緒にいられる方法としては、悪くないように思えた。薄い本の展開にはならぬよう、努々気をつけなければなるまい。
「なに、幸いまだ時間はあるからね。色々な道を模索してみるといいさ」
「……そうですね」
「と、話が逸れたね。そろそろ本題に戻るとしよう」
そう言って、たま先輩が話と足を組み変える。その付け根に生まれるデルタゾーンを激写しながら、俺は次の言葉を待った。いい角度だった。
「第二位は、朱里君だ」
「え? 朱里ですか?」
予想外の名前に、意識が縞ぱんから逸れる。その反応を予想していたのか、たま先輩はしてやったりといったニヤけ顔だ。
「詳しくはあとで話そう。とりあえずは朱里君の評定だが、彼女は非常に危うい。表面上、呪いが薄まって私たちとも友好的に接しているが、中身はほとんど変わっていない。ふとしたきっかけがあれば、あの生来の破壊願望はすぐに鎌首を擡げるだろうね」
それはなんとなくわかっている。朱里の剥き出しの衝動に接した身としては、アレの根底からの治療は望むべくもないと思えてしまう。
完治は無理。寛解を目指すか、透析治療のように定期的な処置が必要になるのだろう。
「例えばの話、私がとーま君の殺害を仄めかしたとしよう。断言できるが、朱里君は一切の躊躇いなく私を壊すよ」
「え、流石に勧告ぐらいはするのでは」
「それが許される状況ならね。一度危機が回避できないと判じれば、彼女の行動はとても早いよ。それは彼女の中に、明確な基準があるからに他ならない」
「優先順位、ってことですか?」
「そうだね。私の勝手な分類だけど、朱里君は他者を二つのカテゴリーに大別している。すなわち、「壊したいけど壊したくない」か、「壊してもいい」かだ」
なるほど、言い得て妙だ。朱里の呪いを的確に表している。今はある程度理性で抑えられているが、本質的には朱里は、目に映る全てを壊さずにはいられない。
「私の見立てでは、確実に前者に入っているのがとーま君。境界線上にいるのが紫月君で、あとは全員後者だね。故にとーま君に危害を加えたり、もしくは命令されれば、あっけなく壊されてしまうだろう」
「つまり、俺が核のボタンを握っているということですか」
「そう捉えて差し支えないと思うよ。下手すると本当に世界が滅ぶから、キミの存在はとても重要な位置にあると言えるね」
知らぬ間に世界の命運を託されていた。まぁ、実際にそんなことになれば、流石に世界中の祝福機関や軍隊が物量作戦で鎮圧するとは思うが。それまでに少なくない被害が出るのは確かだ。
「朱里の危険性についてはわかりました。でも、蓮さんがそれを上回るとは思えないんですがね」
「うむ、説明しよう。栄えある――かどうかは置いておいて、第一位。蓮さんについてだ」
そう前置くたま先輩の表情が、俄に真剣味を帯びる。その様から、きっとこれから語られることが、今日彼女が本当に伝えたかったことなのだと悟る。
「蓮さんと朱里君の関係性は、把握しているかい?」
「朧げには。なんか水面下でマウント取ってますよね、蓮さん」
紫月から聞いた話だが、あの朱里が蓮さんの前では蛇に睨まれたカエルのように固まってしまうらしい。最近の学説では、アレは動けないのではなく、如何にして難を逃れようかと、相手の隙を窺って動かないのだという論も聞くが。どちらにせよ、大変な脅威と見做しているには違いない。
「私も仔細まではわからないがね。そこにはやはり、ギフトが密接に関係している。二人のギフトを鑑みるに、本来の性能では蓮さんの方が上にあるものと推測できるんだ」
「え、でも朱里の全力で、蓮さんの分体は完全に消滅してましたよ?」
一切合切、全てを蹂躙した、朱里の最後の一撃。あの暴虐を前にしては、如何なる存在も消滅を免れ得るとは思えなかった。
「それは単に、蓮さんがひとりしか分体を作らなかったからだよ。想像してみるといい、彼女が十人集まったとしたらどうなる? いくら朱里君でも、そのレベルの攻撃を連続で放つことはできまい」
「……そうか」
蓮さんの〈再生〉は、その行使により失われた精神力すら回復してしまう。自動的かつ無尽蔵。ひとり物量作戦が可能なわけだ。
「つまり、もし両者が本気で対峙すれば、必ず蓮さんが勝つ。朱里君にとっての蓮さんは、「壊してもいい」側に属しながらも、唯一「壊しきれない」存在なんだ。だからこそ朱里君は、蓮さんに対して強く出れない」
「なるほど……え、蓮さん強すぎません? ひとりで世界征服できちゃいません?」
「正にそれだよ、蓮さんが一位の理由は。もし彼女が世界に敵意を持てば、朱里君以上にその排除は困難を極める。最悪、無限に増え続ける蓮さんに人類が淘汰されてもおかしくはない。〈再生〉による〈破壊〉がもたらされるんだ」
それはもはや、人の手による破滅的終焉の訪れであった。恐ろしいと言う他ない。なんと俺の手には、核の発射ボタンが二つも握られていた。
「当然、祝福省も蓮さんの危険性は察知している。ただ今のところは本人にその意図がないのと、朱里君に対するカウンターになるから、静観している次第だ。だからね、とーま君。キミには本当に自分のことを大切にしてほしい。朱里君や蓮さんだけじゃない、私だって、キミに何かあれば冷静でいられる自身はないんだよ?」
「……わかりました。肝に銘じておきます」
まだ見ぬ、新たな呪いを抱えたギフテッドとの邂逅。それに至れば、俺はどうしたって彼女たちを救いたいと思ってしまう。
されど安易に自分を犠牲にすれば、取り返しのつかない悲劇が起こってしまうということを、俺は胸に深く刻み込むのであった。