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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
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御門環2

 高等部棟を出てたまには歩くのもいいかと、学園周りをランニング中の陸上部員たちを眺めながら、目的地に向かう。

 スポーツはいい文化だと、しみじみ思う。別段観戦の趣味は持ち合わせていないが、秋でも冬でも薄着で練習に励む少女たちは、等しく素晴らしいものだ。俺も負けじと脳内シャッターを起動し、脳内画像コレクションの拡充に励む。


 上気した頰と細かな息遣い。流れる汗。そしてショートパンツにくっきりと現れる尻のライン。

 そこには物語があった。大会に向けて努力を重ねる少女たち。走るリズムに合わせて躍動する尻。一瞬の加速に備えて、きりりと引き締まる尻。合図に合わせて、震えを帯びて放たれる尻。その先の勝利を得て、歓喜に綻ぶ尻。あるいは敗北に打ちひしがれ、悔恨に項垂れる尻。総じて素晴らしい。感涙必至である。


 そんなことを考えていると、特別活動棟まではすぐだった。ホールからいつもの部屋――ではなく、何故か一階の別の場所を指定されたため、エレベーターを素通りしてそちらへと向かう。


「ここだよな……?」


 奥まった場所に位置するその部屋の前で、疑問符を掲げて立ち竦む。頭上の標識には「アルティメット·タック·ボール同好会」と銘打たれているが……合ってるよな?


 一抹の不安を胸に扉をノックをするが、返事はない。よもや室内で電流棒をバチバチさせてはいないだろうと、恐る恐る引き戸を開けると。


「……うお」


 そこにはカオスが広がっていた。間違いない、ここは彼女の部屋だ。

 視界を覆い尽くすのは、一面の本の山。様々な種類の書物が雑多に、規則性なく積み重なっており、今にも雪崩を起こしそうな有様であった。

 そこに埋もれるようにして、よくわからない数式の書かれた紙束や空のペットボトル、ゼリー飲料の空き容器が混じっている。足の踏み場もないとは、正にこのことだ。


「んん……」


 そのさらに奥で、身じろぎの気配があった。視界を埋め尽くす立体構造物の先に、僅かに覗く違う色。やはり書物に侵食されていたが、目を凝らすと辛うじてそれが小さなベッドだということがわかった。

 そして俺の鋭敏な知覚が、それに反応する。青と白の縞模様。そこに押し込まれた小ぶりながらもなだらかなベジェ曲線は、見間違えようはずもない。


 たま先輩だ。先ほど俺を呼び出したこの部屋の主は、文字の集積に埋もれながらそこで眠っていた。


「ん……くぅ……」


 起き上がる様子はない。いつもは理知的な印象の強いたま先輩だが、細い寝息を立てる寝顔は年相応に、いやそれ以下にあどけない。思わず柔らかそうなほっぺたをつんつんしたい衝動に駆られてしまう。

 なお、その着衣は白衣の下に縞ぱんとニーソックスのみという、やたら扇情的なものだ。尻を突き出したスフィンクススタイルから見るに、俺を待っている間に寝落ちしてしまったものと思われる。


「たませ――」


 声をかけようとして、気づく。これはチャンスだと。

 すらりと伸びた細い二本の足。その付け根を守るしましまは、最早彼女の標準装備になったのだろうか。未だ誤解が解けていないようだが、似合っているので問題はないか。世界広しといえども、ここまで縞ぱんが似合う女学生は彼女と凛子ぐらいのものだろう。うむ、素晴らしい。是非今後ともその合法ロリ路線を貫いていってほしい。

 そう、チャンスだ。そして俺は、チャンスを逃さない男。


 手始めに能内シャッターを十六連写して、あらゆる角度から画像を撮影。ロックをかけて「縞ぱん」フォルダへと保存する。タイトルは「スフィンクス·ストライプ」にしておこう。

 このコレクションもなかなかに充実してきた。容量は無限大なので、そこは気にせずとも問題ない。例え十年前のものであろうと、鮮明に思い出すことができる。検索に少々時間がかかるのが難点といえば難点か。


 目覚めの予兆はない。ならばと続いて実食、ならぬ実触に入る。ゆっくりと、ゆっくりと構えた人差し指を尻に近づけ、たま先輩の呼吸のリズムに合わせて肌色の山脈に触れる。


 つん。

 つんつん。


 至高の感触が返ってきた。詩莉さんや蓮さんのようなボリュームこそないが、指を押し返す反発力は少女の張りを見事に感じさせるそれだ。巨尻はもちろん素晴らしいが、小尻にも小尻の良さがある。そのことを俺は改めて感じ取った。


「んむ……」


 外部刺激による微かな反応。違和を察知したかのように、たま先輩の小さな尻がふりふりと揺れる。

 ここで下手に動くのは素人だ。俺は瞬時に意識を無我の境地へと押しやり、存在を限りなく希薄にする。空気と同化するイメージ。


「くぅ……すぅ……」


……よし、まだ大丈夫だろう。たま先輩の呼吸が落ち着いたのに胸を撫で下ろし、俺は再び意識を活発にする。イケる。まだイケるぞ。

 犯罪臭が半端ないというか普通に犯罪で絵面も非常に犯罪的だが、バレなければそれは犯罪ではないのだ。よって続行。


 構える手掌は釈迦如来の如く。菩薩を心に宿しながら、俺は両手を双丘へと伸ばす。

 浮かべるイメージはシルクのシーツだ。羽根のような軽さの優しい感触を、そっと赤子を包むように落とす。


 感動がそこにはあった。尻。縞ぱん。俺の掌。それらはその瞬間重なり合い、ひとつに溶け合った。柔らかい、ただその情報のみが俺の脳髄を支配した。

 心に広がる大草原の風景。一面、見渡す限りの新緑。ふわりと、平穏の風が凪いだ。


 何故人は争うのだろうか? 武器を手に、あるいは辛辣な言葉を携えて互いに傷つけ合うのか。

 きっとそこには尻が足りないのだ。この柔らかさを知れば、誰しも争いなど忘れて手を取り合うに違いない。尻を触れ合うに違いない。


 俺は理解した。これが、この感覚こそが悟りの境地だと。過去の覚者たちと同じ道を、俺は歩んでいる。伝えたい思い、そこから宗教が生まれ、そして世界は平和になった。神は尻にいまし、全て世はこともなし。めでたしめでたし、である。


……さて。

 流石にこの辺で止めておくか。充分に堪能したので、そろそろ指を離し、何食わぬ顔でたま先輩を起こそう。

 そう思って、しかし俺の手はずるりと縞ぱんを脱がせていた。

 駄目だった。体が言うことを聞かなかった。そうして白磁の尻が白日の下に晒されれば、あとはもう本能に従う他なかった。ぷりんがぷるんでずばばんでずぎゅーんしていた。ヤバい、語彙が崩壊してきた。


「うーん……流石にそれ以上は恥ずかしいかねぇ……」


 瞬間、時が凍りついた気がした。重くなった首をギリギリと動かせば、ぱっちりと目を開いたたま先輩とばっちり視線が合った。馬鹿な――何故バレた?


「……えっと……いつから……?」


「とーま君が「エィメン! エィメン!」とか言い出したあたりかねぇ」


 どうやら祈りの聖句が漏れ出ていたようだ。無意識に唱えているあたり、俺の尻への信仰は極致に達していると言っても過言ではない。開祖となるにも不思議ではない敬虔さであった。

 とまれ、開宗する前にまずはうまい言い訳を考えなければ。


「えー、本日はお日柄も良く――」


「ああ、そういうのはいいよ、省略して。そも状況証拠だけで立証できる状態だし」


「…………」


 おっしゃるとおりであった。凛子あたりならともかく、たま先輩を相手に俺の口八丁が通じるはずもなかった。


「まぁ、呼び出しておいて寝てしまった私にも責はあるからね。行為自体は不問としよう。それを踏まえた上で、とーま君なら今私が欲しい言葉がわかると思うんだがねぇ?」


「蜜蜂を誘う花の如き妖艶さに、思わず全てをかなぐり捨てて吸いついてしまいました!」


「うむ、よろしい」


 即座に正直な感想を吐露した俺のセリフに、ニタリと口角を上げるたま先輩。ご満悦の様子である。


「それで? 続きをするのかい? 私としては一向に構わないのだが」


「…………一度体勢を改めさせていただければと」


「ふむ、そうかい。残念だねぇ」


 一瞬、このまま流されてしまうのもアリかと思ったが、すんでのところで留まる。外堀は着実に埋められているが、全てお膳立てされてというのも立つ瀬がない。俺にだって僅かな挟持くらいあるのだ。ひと風吹けば消え去ってしまうほどの、小さな灯火だが。

 

 ようやく意思に従うようになった指を手繰り、決意を鈍らせる蠱惑の曲線を縞模様の内にしまい込む。きちんと微調整を施すのも忘れずに。仕上げにひと張りしたいところだったが、また展開が堂々巡りをするだけなので我慢しておいた。


「……むぅ。履かせてもらう、というのもむず痒い感覚だねぇ」


「覚えがあったとして、童心すら定まらないころの記憶でしょうからね」


「あるいは、仕着せすら使用人に任せる貴族の如しかね」


「お望みとあらば、毎朝馳せ参じますが?」


「はは、それも悪くないかもね。でもそうすると、キミの朝は毎日女の子に下着を履かせるだけで終わりそうだ」


「……確かに」


 誰かひとりだけ、というわけにもいかないだろうしな。朝からたくさんの尻を拝めるので本望といえば本望だが、各家庭をそれだけのために走り回る様はあまりにシュールすぎる。


 そんな冗談の応酬を交わしてから、たま先輩はぐっ、と体を伸ばして欠伸を零す。下着と白衣だけの超絶ラフな格好は、不思議と本に埋もれたこの部屋にマッチしていた。安らいで、違和感なくリラックスしている。つまりは、そういうことなのだろう。


「いったい、いつの間に引っ越したんです?」


「んー、先週ぐらいだったかね。正確には別荘みたいなものだが、確かに最近はこっちに入り浸っているねぇ」


「表札が明らかに違っていた気がするんですが」


「ああ、そういえば変えていなかったね。少し「お話」したら、とても好意的に譲ってくれたのだよ」


 ニコニコと宣うたま先輩だが、絶対に嘘だ。この人のことだから、持てる権力を総動員して奪い取ったに違いない。それも通学が面倒だからとか、そんな程度の理由で。


「なんだいなんだい、その疑惑の眼差しは。私はちゃんと正規の手続きに則って交渉したまでだよ。それにこの部屋だって、奇っ怪なマイナースポーツに使われるよりは、私の寝床にした方が百倍有意義ってものさ」


「……まぁ、いいんですけどね」


 どの道、この御門学園において彼女に逆らう術などない。目をつけられた元の住人たちには気の毒だが、社会の理不尽に巻き込まれたと思って、諦めてもらう他ないだろう。


 横暴は横暴なのだが、実際それは彼女が築いてきた実績に基づく力だ。もちろん理事長のコネもあってのことだが、無理無茶を通すに足るだけの貢献を、彼女は学園に、もしくは社会そのものに対して行ってきた。一見飄々として見えるたま先輩の、それは不断の努力の証であった。


 そういうところは、素直に尊敬してしまう。――と、彼女の視線がじっと俺を見据えていることに気づいた。

 まるで俺の、心の奥を見透かすかのように。


「呆れから疑念を通しての諦観……いや、敬意も少し混じっているかね。おや、存外に私の評価が高いようだ」


「……たま先輩? なに的確に俺の心情を言い当ててるんです?」


「なにって、ただの読心術だよ。ギフトの研究はどうあっても感情とは切り離せないからね、人心の機微には敏くなるのさ」


 まるでも何も、そのまま見通されていた。俺の心はガラス張りに透けているとでもいうのか。


「そういうのは紫月だけにしてほしかった……」


「はは、何を今さら。「とーま君が今考えていること」なんて、読心術でも初心者用の問題だよ」


 酷い言われようだった。人の感情を練習問題扱いするのは如何なものかと思ったが、しかし特に反論は浮かんでこなかった。悲しい現実である。


 したり顔のたま先輩。小さな体とは裏腹に、彼女はいつだって余裕しゃくしゃくだ。とても俺とひとつしか年が違わないとは思えない。

 ふと、そんな彼女の慌てふためく様を見てみたいと思ってしまう。それは俺の、生来のからかい気質からなる感情だろうか。ほら、好きな子はいじめたくなるって言うしな。


 そう、唯一俺が彼女に勝っている要素があるとすれば、それだ。感情のやり取りにおいては、俺は同年代の誰よりも経験があると自負している。失敗もまた多いが。

 ここはひとつ、朝のリベンジといこうか。


「や、お見それしました。流石はたま先輩、感服の至りです」


「ふふん? まぁ、それほどでもあるがね」


「ええ。あなたはいつだって前を見ていて、その揺るがない自己で俺を導いてくれる。だからこそ、俺はあなたの在り方に憧れて――そして、あなたを好きになったんです」


「うんうん、そうだね――って、うえぇ?」


 俺の予想外の言葉に、目を丸くして驚くたま先輩。だが、それは俺も同じだった。

 少しだけ茶化してやろうとしていた思いは、しかし言葉にしてみると真摯な感情の吐露となっていた。自分の吐いたセリフを反芻する。これではまるで――愛の告白ではないか。


「え、ええと、その、私の聞き間違いかな? うん、そうだね、そうに決まって――」


「俺は、たま先輩が、好きです」


「〜〜〜〜っ!」


 混乱した思考の中、されど言葉はするりと出てきた。ならばもう、それは俺の本心なのだろう。そう、引っ張られるように理解する。

 対するたま先輩はもう、言葉を紡げずにいた。あたふたと手を振り、見る見るうちにその顔が真っ赤に染まっていく。意図していた展開とは異なるが、結果的に当初の目的は達せられていた。


「うあ、あ、わかった。わかったよ。パンツだね? パンツが見たいんだね?」


「さっきたっぷり見ましたし、現在進行形で見えてます」


「あ、そうか、じゃあ、その、それ以上ということだね?」


「たま先輩って、案外押しに弱いんですね」


「う、うう〜〜」


 可愛らしい呻きを上げながら、じりじりとベッドの上を後退するたま先輩。だがすぐに、本の山にぶつかって動きを止める。逃げ場はなかった。

 

「では、そういうことで」


「な、なにがそういうことなのかねぇ? ち、近い、顔が近いよ!」


「そりゃ、近づけないとできませんので」


「ななな、なにをす、んっ――」


 慌てふためくたま先輩を、追い詰めて。

 片手は顎に、もう片方の手は壁に添え。

 そうしてゆっくりと、俺は彼女に、自分の影を重ねた。



 甘い香りと、溶けるような柔らかさを感じながら。

 その奥で、ばたばたと本の山が崩れる音が、聞こえた。

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