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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
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震える肩

 朝食は大切である。

 それは一日の始まりを迎えるための儀式であると、母さんは常々言っていた。活力、栄養うんぬんも然ることながら、食卓に一家全員が揃うことこそが、最も大事なのであると。


 だからというわけではないだろうが、その内容はとてもフリーダムであった。きちんと一汁三菜が揃っていることもあれば、思いつくままの具材が入れられたおにぎりが、できたそばから次々と並べられることもあった。


 時にはリッ○パーティーが開催されることさえあった。朝からである。ノンアルのシャンパンまで用意されていた。どうやら母さんには、食事内容に対する適切な時間の感覚が欠けていたようで、他にも似たようなことは度々あった。もちろん不満を述べる権利などないので、俺は親父と嘆息を交わしながらパリピの一員となった。


 そして現在、その理念は紫月へと受け継がれた。幸い、母さんのように時節を無視したメニューが並ぶことはなく、我が家にもごく一般的な食卓が約束されたのだが。

 今度は紫月の使い込みにより、時たま質素倹約を強制されるという事態が起こるようになった。平穏は遠かった。どちらの方がマシなのかはよくわからない。


 当然、文句は言えない。あいつの機嫌を損ねると、さらにグレードを落とされたり、わざわざ嫌いな料理を作ってくるという報復が待っていた。食物の趣味嗜好を把握されているというのは、実は恐ろしいことなのだ。


 食べなければいい? 残せばいい? それはいちばんやってはいけないことだ。止むを得ない場合を除き、そんなことをすればどうなるかは怖くて想像もできない。平和な生活を勝ち取った今も、食卓の支配者は健在であった。

 

 つまりは。

 現在、俺が最も注意を払わなければならないのが、紫月の機嫌バロメーターなのである。


「ま、予想はしてたわ」


 星崎の依頼を解決した翌日、その朝。

 食卓に朝食を並べる紫月に、俺は真っ先に事の次第を報告した。ご飯、味噌汁、卵焼きと、ひとつずつ揃っていくそれらを、恐る恐る眺めながら。

 親父の姿はない。また泊まり込みのようだ。俺のことに関する事後処理は終わったはずだが、相変わらず忙しくしているらしい。


「いただきます」


「いただきます」


 紫月に合わせて合掌する。ちらりとテーブルの上を窺えば、配膳された品数に差はないようであった。そのことに俺は内心で安堵を覚える。自ずからの報告が功を奏したのか、紫月の機嫌は保たれたままであった。


 何しろ、こいつには隠しごとができない。俺の心の機微などあっさりと見抜いてくるし、もし隠し通せたとしても、最終的には直接思考を読んでくる。

 比喩ではない。ただ俺だけを対象とするギフトを発現した紫月は、本当に俺の心を白日の下に晒してしまう。そうなれば、また相談もせずにうだうだと悩んでいたことを明らかにされ、紫月の機嫌が悪くなる。故にならばと、先んじて告解を行ったわけだ。


「予想してたって……俺と星崎がこうなることをか?」


「ええ。あんたが主体的に女の子と関わると、だいたいそうなるじゃない」


 そうだったか? というか、今まではほとんど受け身から始まっていた気がするが。

 

「でも、あいつには死に関する思いはないぞ?」


「それを気に揉んでるわけね?」


「む……」


 見事に胸中を言い当てられ、押し黙る。やはりこいつには、心を読まれずともあっさりと見抜かれてしまう。


「別にいいんじゃない? あんたの好きにすれば」


「そうは言ってもな……」


「ハーレム王になるんじゃなかったの?」


「別に積極的に目指しているわけじゃない。それに――」

 

「朱里たちになんて言えばいいのかわからない」


「……」


 ニの句が継げないとは、正にこのことだ。やっぱりエスパーなんじゃないだろうか、こいつ。いや、俺限定のエスパーであるのは確かなんだが……ほんとに読んでないよな?


「読んでないわよ」


「読んでるじゃん。俺の心の声と会話しちゃってるじゃん」


「あほぅ、あんたが単純なだけよ。言っとくけど、これぐらいあたしじゃなくてもわかるわよ?」


 呆れた紫月のジト目に、そういえばそうだったと思い直す。もう少しクール系で通していきたいものだが、俺の心中など彼女たちにはいつだって筒抜けだった。

 さっさと白状したのは、本当に正解だったようだ。あとになればなるほど、そんなわかりきったことでと、紫月の機嫌が悪くなるに違いないのだから。


「あいつら、怒らないかな?」


「怒りはしないでしょ。呆れと嫉妬は出てくるでしょうけど。それも表面上、あんたにはわからないように」


「それはそれで怖いんだが……」


 また感情を滞留させて、狂気を再発されてはたまったものではない。凛子の氷見ちゃんへの対応を見るに、完治というよりは寛解、あるいは一時的な小康状態なのだろう。どうにも不安が拭えない。

 古代や中世ならいざ知らず、やはりこの現代社会においてハーレムは無理があるか?


「さっさと全員、手込めにしちゃえばいいのよ」


「手込めって……人聞きが悪いな」


「それがいちばん効果的なのは事実よ。あんたって、変態のくせにそういうところヘタレよね」


「いや、あのな。こう、ムードとか流れってもんがあるだろ?」


「なに女の子みたいなこと言ってるのよ。ただあんたの経験が少なくて尻込みしてるだけでしょうに」


「ズバズバと的確に本心突いてくるのやめてもらえますかねぇ?」


 ライフの減りが著しい。俺のガラスハートは砕け散る寸前だ。

 元よりこの毒舌ウサギに口で勝てるとは思っていないが、それにしてももう少し配慮してほしい。

 くっそ、どうにかしてこいつに一泡吹かせてやれないものか……と、ひとつくだらない案を思いつく。


「……じゃあ、お前が練習相手になってくれよ」


「…………はぁ?」


 ゲロ以下の匂いがプンプンするかのような、蔑みの視線が返ってきた。ヤバい。即座に後悔する。


「……あんた、それ本気で言ってるの?」


「俺はいつだって本気だ」


 しかし一度吐いた言葉は覆せなかった! 

「好き」の二文字はなかなか言えなかったのに、こんな時だけスラスラと言葉が浮かんでくる。


「確かにお前が言うように、それは効果的だ。だがそれには練習が必須だ。彼女たちに幻滅されないためにも、お前が相手をしてくれ」


「なんであたしがそんなことしなくちゃならないのよ」


「協力してくれるんだろ?」


「できるわけないでしょ。常識で考えなさい」


「――ああ、そうか。()()()()()()()、尻込みしてるんだな?」


「なっ――」


 ただの意地である。すぐに謝れ、土下座しろと本能は訴えてくるが、妙な意固地さがそれを許さない。訪れる未来はわかっているのに、どうにもできない。こういうところがダメなんだよな、うん、わかってはいるんだ。


「安心しろ。ちゃんと優しくするつもりはなきにしもあらざらんべからず」


「全然安心できないセリフでドヤらないで」


「衝動は時に理性を覆い隠すからな」


「百パーじゃないのよ。あんたの理性が打ち勝ったことなんて、今まで一度もなかったわよ」


「全部尻のせいだ」


「この変態……。そ、それに、そういうのは好き同士でやることであって――」


「問題ない。俺はお前(の性格はともかく尻)が好きだからな」


「……妙な間があったわ」


「気のせいだ。さあ!」


 勢いのままに畳みかけ、紫月の肩に手を伸ばす。こういう適当なことを言って場を押し切るのは、けっこう得意だったりする。あまり自慢できない特技のひとつだ。

 とはいえ、紫月相手にはこのあたりが限界だ。あとはお決まりの流れ。俺の手は空振り、何がしかの暴力が振るわれ――


「…………」


「…………」


 ぽん、と。

 その左右の肩に、俺の手が置かれる。阻まれることなく、触れてしまう。僅かな震えが伝わるのがわかった。

 そして触れてしまえば、それは小さな肩だった。細く柔らかな、少女の感触。白い首筋。鼻孔をくすぐる仄かに甘い香り。


「………………」


「………………」


――あれ? え、なにこの間? 

 ビンタでも飛んでくるかと身構えていたのに、漂う言わんともし難い空気。困惑の気配。それは両者から放たれるもの。

 病的なまでに白い紫月の肌は、俺にあの白い病室を思い起こさせた。あの日抱き締めた、壊れてしまいそうなほどに華奢な身体。時間が止まってしまったかのような感覚。そのまま俺は、吸い込まれるように――。


 や、違う。これはなんか違う。違うといったら違う。おい紫月、なんとか言ってくれ。もしくは殴ってくれ。ほら、今ならノーガードだから!


 そんな焦りを含んだ願いは、どうにか紫月に伝わったようで。

 ゆっくりと。名残りを惜しむように、紫月が身を捩る。時間が動き出す。


「……あほぅ。冗談は顔だけにしなさいよね」


「お、おう。すまん。……って酷いな」


 いつもの毒舌。良かった。空気が正常に戻った。うん、今のはなかったことにしよう。紫月の白い顔がほんのり桜色に見えたのも気のせいだ。そうに違いない。そういうことにしておこう。


「……ねぇ」


「な、なんだ?」


「今日、バスクチーズケーキが食べたい気分だわ。具体的には三個ぐらい」


「買ってこよう」


 即答した。月末で財布は厳しいが致し方ない。


「あと」


「……ま、まだ何かあるのか?」


「……さっきの。普通に最低な発言よ?」


「ア、ハイ。スミマセンデシタ」


 そうやって。

 時間は少しずつ、前に進む。

 今日も平和な一日が始まる。


















 





「あ、四条。お、おはよ」


「ん、お、おう」


 学園にて。

 星崎とは、若干ぎこちないながらも普通に接することができた。彼女としては俺たちの関係を別段隠すつもりはないが、殊さら言い触らすこともしない、というスタンスを取るらしく。

 無難な選択なので、俺もそれに乗っかることにした。何もせずとも、少しすれば勝手に広まっていることだろう。人の口に戸は建てられない。


 その証左に、着席時に前澤は気づいた素振りもなく大あくびを噛み殺していたが、中西はニヤニヤと意味ありげな視線をよこしてきた。一発叩いてやりたかったが、どうせ〈置換〉で避けられるので、恨めしげに睨めつけるだけにしておいた。


 それ以降は、特に何事もなく日常が過ぎた。

 馬鹿二人と益体のない会話を交わし、柔らかな日差しに微睡みを覚えながら、座学特有の睡魔と戦い。それを目ざとく見咎めた遠峰女史の指名回答をどうにか躱し、昼にはいつもの卵焼きが入った弁当を食べた。


……梅干しが三個も入っていたのは、朝の件に対する紫月の報復だろう。食べないわけにはいかないので、我慢して種を除き嚥下した。まぁ、これくらいならまだマシな方だ。酷い時には逆日の丸弁当にされたりするからな。アレは流石に辛かった。


 そうして放課後を迎え、さて今日はどうするかと思っていると。


「――お?」


 ポケットのスマホが振動で着信を伝えてくる。画面に表示された名前を見て、俺は本日の予定が決まったことを悟るのだった。


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