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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
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長束氷見、紗都美凛子3

 すっかり夜色に染まった公園は、静かなものだった。こんな時間になっては誰が訪れるでもなく、今この時に限っては、俺と氷見ちゃんだけが存在する閉ざされた空間となっていた。

 晩夏の終わりに、僅かに感じる肌寒さ。だがぶるりと身震いを覚えたのは、決して気温のせいだけではないだろう。


 答えを迫られていた。物理的にも迫られていた。

 逃げ場はなく、生半可なお茶濁しでは切り抜けられまい。

 もっともらしい、彼女が好むような嘘も良くない。俺の稚拙な詐称スキルなどすぐに見抜かれるだろうし――よしんば通じたとしても、バレた時を考えるととてもじゃないが、試そうという気にはなれなかった。


 何より、誠実ではない。正直であればいいという話でもなく、結果的に方便となるケースもあるにはある。それでも俺は、もう自分の感情を否定したくはなかった。それは星崎や氷見ちゃんだけではなく、朱里たちをも騙す行為のように思えた。例え正解でなくとも、真摯な感情は(ないがし)ろにされるべきではないのだ。


 故に。俺の答えは、既に定まっている。


「さっき言ったとおりだ。約束はできない」


「……っ、それは。聖歌先輩は、遊び。ということ、ですか……?」


「そうじゃない。ちゃんと星崎とも向き合う。でも、それが必ずしもあいつにとって幸せかどうかはわからない」


「……聞こえは、いい。ですけど……」


 冷たい声と視線が、俺を射抜かんとばかりに注がれる。それが彼女の求めている答えでないことは、問答をするまでもなくわかっていたことだ。


「……そんなのが。私に、通用すると、思っていますか……?」


「思わないさ」


 元より、言葉だけで切り抜けられるとは思っていない。互いの理想がぶつかり合うなら、それにはなんの意味もない。必要なのは力だ。思いを押し通すだけの力。それを示さなければ、氷見ちゃんを説得することなどできやしない。


 だが、星崎は死の呪いを抱えているわけではない。この場合、俺のギフトはほぼ無力だ。呪いの緩和という、朱里たちには有効だったメリットが提示できない。

 そしてギフトがなければ、俺などただの凡人だ。超常蔓延るギフテッドの前では、何もできないに等しい。ならば何をもって、力を示すというのか。

 

 答えは簡単だ。俺に力がないのなら。

 あるところから、持ってくればいい。


「はいはい、そこまでですよー」


 タイミング良く響く、幼さの残る声。誰もいないはずの公園。されど、あとひとりだけ潜んでいる者がいることを、俺は知っていた。


「……凛子、ちゃん……?」


「そうですよー。超絶美少女の凛子ちゃんですよー」


 いつもどおりのにっこりスマイルで、凛子が軽口を飛ばす。いや、本気でそう思っているのかもしれないが。

 氷見ちゃんの異常性には、凛子も気づいていた。下着屋でのアイコンタクトのみで、言わずとも備えてくれるのがわかっていた。

 そう、氷見ちゃんの関与を予想していた俺は、きちんと予防線を張っていた。無力な俺が、対抗手段もなしにギフテッドと対峙するわけがないのだ。

 

 自前でないのが少々情けなくはあるが――言うなれば、これが俺の力だ。〈デッドハーレム〉を経て、呪いを緩和した少女たちの活用。奇しくもそれは、祝福省が当初想定していた俺のギフトの運用方法であった。


「やっぱりせーか先輩も落としちゃいましたかー。そうなる気がしたんですよねー」


「いや、何故かそういう流れになってな。別に最初から狙っていたわけではないんだが」


「せんばい、その言葉説得力あると思います?」


「……ないな」


 星崎と恋仲になろうと思っていたわけではないのは確かだが、結果的にはそうなっているので、特に反論はできなかった。凛子のジト目がチクチクと刺さるが、甘んじて受けるしかあるまい。


「……凛子ちゃん。いつから……?」


「そりゃもう最初っからです。まるっと目撃どっきゅんです」


 何故か石造りらしき壁を〈具現〉し、その影から半身を出してこちらを覗き込む凛子。無駄に芸が細かいが、それは家政婦がミタ時の仕草だ。


 改めて思うに、本日のこの公園の盛況ぶりは凄まじい。

 俺と星崎<ストーカー少年<中西と前澤<氷見ちゃん<凛子と、小さな敷地が四重にも包囲されていたことになる。普段の人気を考えると、レアなポ○モンでも現れない限り、ここにこんなに人が集まることはないのではなかろうか。

……ん? 何か引っかかったな?


「そういう氷見ちゃんは、いつから()()にいたんです? 公園に着いたあたりで消えちゃいましたよね?」


 それだ。包囲の順番。自在に姿を消せる氷見ちゃんは、いったいどのタイミングで俺に密着してきたのか。流石に少年と鬼ごっこをしていた時ではないと思うが……。


「……あの男の子が。いなくなってから、です……」


「待てコラ」


 それから星崎が去るまでに、いちばん重要なイベントがあったよな? なに、その間ずっと()()わけ?


 ほんのりと頬を赤らめる氷見ちゃん。それは俺の疑念を裏づける反応だった。


「……ちょっとだけ。ちょっとだけ、感触、戻しちゃいました……」


「おい」


「……柔らかかった、です……」


「なんてこった……」


 つまり、星崎のファーストは正確にはこの子に奪われていたと。間接キス? いや違うか。よくわからないな。


「うわぁ……氷見ちゃんも大概ですねー……」


 ほんとだよ。間違っても星崎には言えないな。付き合って早々、墓場まで持っていかねばならない事案ができてしまった。

 そしてその事実は、もうひとつ感じていた俺の疑惑にも符号する。


「……あのさ。流石に俺も空気読んで黙ってたんだが……君、なんで履いてないの?」


 ずっと膝に感じていた、柔らかすぎる感触。そう、そこにはあって然るべき薄布の存在が失われていた。

 先日のたま先輩よりも、さらにダイレクトな肉感。シリアスな場面なので思考を逸らしていたが、いい加減色々と限界である。


「……その。汚れて……」


「なんか湿り気を感じると思ったんだよ!」


「……言わないで……」


 恥ずかしそうに顔を隠す氷見ちゃん。だったら人の膝に乗ってこないでほしいのだが。


「ノーブラの後輩はノーパンってやつですか」


「そんな格言はない」


 さもありがちな真理の如く凛子が呟くが、星崎の名誉のためにもやめてあげてほしい。


「せんぱいの周りには変な子ばっかり集まりますねー」


「いや、お前の友達だろ?」


「今、顔見知りに格下げしようか悩み中です」


「……そんな。酷い……んっ」


「酷いのは君だからね? あとバレたからって堂々と擦りつけてくるのやめてね?」


 先ほどまでのシリアス待ったなしの空気は何処にいったのか。どうすりゃいいんだこの子……。


「……まぁ、全ては氷見ちゃんの対応次第です。ねぇ、氷見ちゃん?」


 珍しくも、普段騒がし役の凛子が軌道修正を図ってくれる。それだけこの子がぶっ飛んでいるからだが。


「凛子は氷見ちゃんの友達ですから、協力できることはしてあげます。でも」


「……でも……?」


「優先順位はせんぱいにあります。せんぱいの意向に背くのなら、凛子は手段を選びませんよ?」


「……どうするの……?」


「ぶち殺すって言ってるんですよ」


 瞬間、俺たちの周囲の空間に現れる真紅の刃。いつぞや虹色の世界で見た、凛子の奥の手。

 その数は十。くるくると回るそれらの切っ先は、全て氷見ちゃんに向けられていた。


 いいのか悪いのか、空気が緊張感を取り戻す。凛子の号令ひとつで、凶刃は氷見ちゃんに穿たれることだろう。

 存在を消してしまう氷見ちゃんに、果たしてどれだけ効果があるのかは定かではなかったが――少なくとも、凛子が本気であることは伝わったはずだ。


「……ちなみに、これでも凛子は優しい方です。もっと怖いお姉さんが、まだいっぱい控えてますからね?」


「……むぅ……」


「ほんとに怖いですよー。笑顔で「ちょっと調べたいから、脳みそ一グラム分けてくれないかね?」とか宣うロリマッド先輩とか、事あるごとに何もかも壊し尽くそうとする恥ずかし乳首先輩とかいますから」


「恥ずかし乳首?」


「あ、それはオフレコでした。忘れてください」


 やけに気になるワードが出てきたが……たぶん忘れた方がいいのだと、本能で悟る。下手な突っ込みは身を滅ぼすからな。


 氷見ちゃんは迷いを見せていたが、やがてゆっくりと口を開いた。なお、その間ずっと前後運動が続いていたのはもう、スルーしよう。ほんとヤバいこの子。

 欲望をまったく抑えないあたり、たぶん詩莉さんの同類だ。おしおき隊を呼んだところで、翌日には隊員が増えていましたというオチが付くだけだろう。


「……わかりました、です。ふぅ……」


「……わかってもらえて何よりです」


 安全だと判断したのか、凛子が刃を自分の近くに戻し、回収する。アレ、持って帰るのか? 確かに放置するわけにもいかないが、途中でお巡りさんに捕まらないかが心配だ。


 そしてそれよりももっと心配なことが、俺の膝上で行われていた。いや、終わったと言うべきか。


「なぁ、喋り疲れたんだよな? それで吐息が漏れたんだよな? 満足げにぷるぷる震えてるけど決してそういうことじゃないよなそうだと言ってくれ」


 びくんびくんと小刻みに跳ねる氷見ちゃんから、返事は返ってこない。なんだろう、性的に興奮しても仕方ない状況だのに、全然そういう気にならない。どちらかというと、犬にマウンティングされている感じだ。

 あれ? つまりそれは、俺が下に見られてるってことか?


「せんぱい、ちょっとうるさいです」


「じゃあ凛子が責任取ってくれよ。俺のズボンが大変なことになってるよ!」


「……そのことについては、凛子は考えないことにしました」


「思いっきりドン引きしてるじゃねぇか」


「……あの、冬馬先輩。ひとつ、条件が、あります……」


「この状況で条件とか言える君は馬鹿なのか大物なのか」


 しかし氷見ちゃんの顔は至って真面目に戻っていた。フリーダムすぎんだろこの子。


「……約束、です。聖歌先輩の、こと。絶対に、泣かせないで、ください……」


「……善処はしよう」


「……むぅ。しょうがない、から。納得して、あげます……」


 少し不満そうだったが、そう言ってようやく俺の膝から降りてくれる氷見ちゃん。重さはないに等しかったが……うん、やはりというか、どこぞの大陸の地図がそこには描かれていた。

 最早何も言うまい。変態に関わると、関わった側がダメージを受けるのだ。


「……じゃあ。私は、帰ります……」


「はーい。ばいばいですー」


「……ばいばい……」


 小さく手を振って、氷見ちゃんがゆっくりと公園を立ち去る。

 安堵感が凄い。もう少し続いていれば、心労で倒れていたに違いなかった。


「……あ。忘れて、ました……」


 と、ちょうど出口のところで氷見ちゃんが振り返る。なんだろうか、嫌な予感しかしない。


「……冬馬先輩の、お膝。私史上、二番目に、良かったです……」


「…………」


「……もちろん、いちばんは。聖歌先輩の、お膝……」


「スルーしただろうがぁぁ! なんで続けるんだよぉぉ!」


「……大丈夫、です。お風呂の時、なので。バレてない……」


「これ以上秘密を増やすんじゃねぇよぉぉ!」



 そうして。

 なんとも締まらないながらも、どうにか事態は終息を迎えたのだった。

 

……締まりは凄かっただろうって?

 やかましいわ。























 どっと疲れが押し寄せてきた気がして、俺はベンチに体を投げ出し、空を見上げる。とっくのとうに宵の時分。

 肺の奥底から、長い、長いため息が押し出された。そのまま魂まで出てきてしまいそうなほどに。


「せんぱい、お疲れさまですっ」


「……ああ。お疲れ……」


 ちょこん、と俺の右隣りに腰かける凛子に、労いを返す。本当に疲れた。主に正気度を削られる方向で。

 なお、同行者が一名の場合、紫月以外の彼女たちは皆右側に陣取る。特に言い含められているわけではないようだが、あいつに気を遣ってのことだろう。俺自身、なんかしっくりこない感もある。名実共に、そこは紫月の指定席となっていた。


 長い一日であった。だがまぁ、前回のことを思えばたった一日で事態を解決できたのだから、良しとするか。少年はいいとして、氷見ちゃんという不安要素が残ってはいるが、牽制はできたのであとはなんとかなるだろう。

 そう思えば、今回凛子を充てられたのは僥倖だった。他の子たちだとやりすぎになる可能性があったからな。


「ほんと、助かったよ、凛子」

「いえいえー、お安い御用ですよ。それで、お疲れのところすみませんが」

 

 にっこり凛子が、上目遣いで見上げてくる。その笑顔の意味を考える。少女たちは、いとも容易く複数の笑顔を使い分ける。


「何か、凛子に言うこと、ありますよね?」


「……ああ」


 わかっていた。凛子は求めている。それはもちろん、俺の言葉だ。

 今日のことは、ただの契機だ。準備期間も充分に貰った。俺の事情で凛子を都合良く使っておいて、はいさよならだなんて、そんな人でなしなことはできるはずもない。


 それでも、言い淀む。言葉にすれば、もう戻れなくなるから。

 腹は決まっているのに、踏ん切りがつかない。

 節操なし。最低ヒモ野郎。空前絶後のすけこまし。全て甘んじて受けねばならない、俺の蔑称だ。既に周囲の認識はそうで、俺が認めるかどうかの違いのみだが。

 

「……もう。せんぱいって、肝心なところでヘタレですよねー」


 そんな俺の葛藤を察してか、凛子が口を尖らせる。


「……返す言葉もない」


「まぁ、せーか先輩に先に言わなかったのは、評価してあげますけどー」


「ぬぐ……」


 完全に見抜かれていた。そう、星崎には気恥ずかしいだのなんだのと言ったが、本当のところは凛子たちに申し訳が立たないという理由であった。ずっと待ってくれている彼女たちを差し置いては、最低限の挟持すら失われてしまう。


 だから、これ以上喋らせてはいけないと思った。優しい彼女たちに、()()()()()言葉ではいけないのだ。


 思い返す。凛子と出会ってから、今までのこと。

 そうすれば、思いは自然と編まれていった。


「……最初はさ、お馬鹿な子だなって思ってたんだよ」


「いきなりディスられました!?」


「元気で明るくて、ちょっとウザいぐらいテンション高くて、色々足りてない子だなぁ、って」


「あの、そこまで言うことあります?」


「だけど、ここで凛子とデートをして」


 そう、ちょうどこの公園で。

 凛子の抱えた思いを――呪いを知って。


「うわ、この子めっちゃ危ないわー、って思った」


「……下げ止まらないんですけど? え、凛子フられるんです?」


「でも同時に、その思いが本物なんだってわかった。気づいたのはもう少しあとだったけど……たぶんその時から、俺は凛子に惹かれていたんだ」


「あ、ようやくいい感じになってきましたね」


 合いの手が少しウザい……と、見れば凛子の目が忙しなく泳いでいるのに気づいた。それで、これが一種の照れ隠しなのだとわかった。

 ならば、今が行動で示す時だろう。


 そっと、凛子の頰に手を添える。

 その翡翠色を、まっすぐに見つめる。


「ふえっ? せ、せ、せ、せんばい?」


「全部終わってさ。ちゃんと考えたよ。元気で、可愛くて、お馬鹿で、危なっかしいところもある凛子。俺は凛子とどうしたいのか。そしたら、簡単だった」


 真っ赤になった凛子に、告げる。

 シンプルな思いを。


「あの時は嘘を言った。ごめん。でも、今度は本当だ。凛子、俺は凛子が好きだ。ずっと一緒にいてほしい」


「うあ、うわわわわっ……」


 震えを帯びる、凛子の声。それは処理しきれない感情が、少しずつ現実に重なっているかのようであった。


「や、や、や……」


 そして、ほろりとひと雫が流れれば。


「やっと……やっと言ってくれましたぁぁぁぁ〜〜」


 あとはもう、堰を切ったように溢れ出た。


「凛子もぉぉ……凛子もせんぱいのこと、大好きですぅぅ〜〜」


「ああ。悪い、遅くなって」


「ほんとですよぉぉ……どれだけ待たせるんですかぁぁ〜〜」


 ぐちゃぐちゃになった顔で、ぽかぽかと俺の胸を叩く凛子。その仕草に、愛らしさが込み上げてくる。


 思いは伝えた。伝わった。

 なら、あとは。

 そこにはもう、言葉はいらない。



 上向いた凛子の顔。小さく白い、人形のような顔。

 その瞳を閉じさせて。

 涙の跡を、そっと拭って。


 俺はそこに、ゆっくりと口づけを落とした。


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