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デッドハーレム  作者: fumo
第1.5章 現代社会のギフテッドたち
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インビジブル·サンクチュアリ攻略戦

「お前さえいなくなれば……全部うまくいくんだ……!」


 敵意と悪意と、殺意までをも渦巻いた瞳に込めて。

 一縷の望みが如く、果たすべき使命が如く、少年は呪詛の言葉を呟いた。


 瞬間、その姿が掻き消える。影が纏うように少年を覆い尽くし、風景と同化させる。

 その直前、鈍く光る銀色が取り出されたのを、俺は見逃さなかった。


 山勘で大きく真横に跳ぶ。そこを見えない何かが通り過ぎていったのを、俺は感じた。


「星崎、お前は手を出すなよ!」


「え、でも――」


「お前が殴るとご褒美になりかねん!」


「ご褒美って……」


 辟易した様子でジト目を送ってくる星崎だが、あながち冗談でもない。世の中には対象に執着するあまり、特殊な性癖の扉を開いてしまうやべー奴もいるのだ。身近に具体例がいる身としては、アレの同族を生み出す愚挙はなるべく避けたかった。


 あとはまぁ、流石に星崎に手を上げたりはしないだろうが……一応は女子の分類に入るからな。徒に傷を負うこともあるまいと、そういった思いも少しだけある。


「避けるなあっ!」


 ご丁寧なことに、姿なけれど声だけは聞こえてくるので、また適当に当たりをつけて跳躍する。はらりと前髪が数本、宙を舞った。意外に近い――そして躊躇なくこちらの頭部を狙ってやがる。


 素人そのものの拙い運動能力なれど、刃物を持てばその脅威は格段に増す。剣道三倍段だったか。

 星崎とは違い、俺は少年の三倍の筋肉を備えているわけではない。体格の差と多少の荒事の経験はあるが、真っ向勝負でも安全に勝てるかどうかは怪しいところだった。

 加えて――


「動くなよぉっ!」


「うお、危ねっ」


 無茶な要求をしてくる少年の攻撃を、バックステップで再び回避。刃が空を切り、伸び気味だったもみあげ部分の髪が少し短くなる。

 そう、加えて少年の姿が見えないため、非常にやりにくい。今は声の出どころからある程度予測できるのと、冷静さを欠いた単調な攻撃ばかりなためなんとかなっているが、この状態も永遠に続くわけではない。ジリ貧というやつだ。


 打開策を打つ必要があった。とはいえ、こちらも素人に毛が生えたようなものである。超常たるギフテッドと渡り合えるような戦闘技術は持ち合わせていない。


 ならばどうするのか。答えは至極単純だ。

 古くからの不文律。ギフテッドに対抗するには、同じギフテッドを充てればいい。


「おいおい、もしかして散髪のサービスでも始めたのか? 痒いところをオーダーすりゃいいのかねぇ?」


「っ、舐めるなあっ!」


 挑発を重ね、少年の攻撃を誘導する。これで動線は絞れた。

 俺と見えない少年の間の空間。タイミングを計って、そこにポケットから一枚の硬貨を取り出して投擲する。そして。


「中西ッ!」


「はいよー」


 少年の後方、公園の入口付近から間延びした声が響く。瞬間、俺の投げた硬貨がぱっ、と姿を消し、代わりに人間大の物体が忽然と現れる。隠れて様子を窺っていた中西のギフト、〈置換〉による瞬間移動であった。


「なっ――うわあっ!」


 怒りのままに突進してきた少年に、それを認識できるはずもなく。現れたその白い物体に衝突し、仲良く地面を転げ回る。

 朗らかな笑顔の、白づくめの立像――無断拝借してきやがったなあの馬鹿――はまぁ、置いといて。


 砂埃が舞うのが見えた。それは即ち、少年の現状を現している。瞬時に考察。〈インビジブル·サンクチュアリ〉。姿を消すギフト。その効果範囲は、おそらく本人とその身に纏う衣服や所持する物品のみ。障害物をすり抜けることはできない。要は、単純に透明人間になるだけの能力だと断定する。


「羨ましいギフトだねー。女子更衣室とか忍び放題じゃないかー」


「まったくだな。俺のと交換してほしいぐらいだ」


 中西と、ついでに近くにいたらしき前澤も姿を現し、こちらに寄ってくる。欲望だだ漏れの感想を述べながら。


「……アレがお前らの願いじゃなくて本当に良かったと、心の底から思う」


 絶対に悪用するに決まってるからな。その点は、星崎にしか目が向かない彼のギフトで良かったのかもしれない。純朴そうだから、星崎の着替えや風呂を覗いたりもしてないだろうし。

 

「んで、どうやって捕まえんだ、あいつ?」


「検証はおおかた済んだ。だいぶ挑発しといたから、たぶんもう逃げないとは思う。三人で撹乱して、中西でトドメが理想だな」


「二回目は流石に通じないんじゃない? 向こうも警戒してるだろうしさー」


「任せろ、動きを止める策は考えてある。とりあえずは……鬼ごっこだな」


 ガッ、と白い老紳士像が蹴飛ばされ、少年の起き上がる気配。酷いことをする。よし、賠償を請求されたらこいつに押し付けてしまおう。


「もっと老人を労れよな。それに彼は、日本のレシピの再現性にいたく感心してくれてたんだぞ?」


「くそっ……! なんなんだよ……関係ない奴らは引っ込んでろよぉ……!」


 とうとう軽口にすら反応してくれなくなった。少し寂しいじゃないか。

 なので、目線で前澤と中西に意図を伝える。もっと煽れ、と。こういうのはこいつらの得意分野だ。


「大アリだ。俺は彼氏二号だからな」


「三号だよー」


「ちょっと。なに勝手に増やしてるのよ」


「良かったな星崎。よりどり見取りだぞ」


「全部ハズレなのが問題なのよ……」


 深い嘆きが聞こえてきた気がするが、スルーだ。勝ち気でお人好しで気風がいいと、確かに男運が悪そうな気質ではある。

 こう、アレだ。将来うだつの上がらないミュージシャンとか養ってそうな感じだ。お決まりの酒乱からの浮気、蒸発までの未来が幻視できた。


「お前さ、やっぱり助ける相手は選んだ方がいいんじゃねぇの?」


「……今回のことで、ちょっとそう思ってるわ」


 そう言いながらも、たぶん星崎は行動を改めたりはしないのだろう。俺が彼女たちを見捨てられないように、星崎もまた目の前で困っている人を放ってはおけないのだ。


 それは最早、彼女という存在に根づいた呪いであった。世にも優しき、人を救わずにはいられない呪い。

 いずれ限界が来る気がした。確かに星崎は強いが、それでも無敵のロボットではない。豊かな感情を宿した、普通のひとりの少女だ。人の傷に触れれば、その心は擦り減っていく。だから。


 彼女には誰か、それを支える存在が必要だと思った。


「うがあああああっっ!!」


 思考を打ち消すように、少年の唸りが響く。どうやらあほぅ二人が、さんざんに言葉責めをしてくれたようだ。傍目には少年の姿は見えないため、なんともシュールな光景ではあったが。


「うわ、キレたぞこいつ」


「それはほら、前澤君が童貞童貞言うからだよー」


「いや、お前の「ストーカーとか、もう遺伝子欠陥だよね。キミが後世にそれを残せるとは思わないけどさ、念のためにママの子宮に戻って精子からやり直した方がいいんじゃない?」の方が酷いだろ」


「そうかなー? ねぇキミ、どう思う?」


「黙れ黙れ黙れえええぇぇぇっっ!!」


 今までで最大の、甲高い怒号が空気を引き裂く。見えないが、きっと血管が千切れそうなほどの真っ赤な顔をしているに違いない。


「もう……全員だ……! 全員殺してやる……!!」


 危なっかしいセリフを吐く少年から、濃密な殺意が漏れ出る気配を感じる。ほんとこいつらは、人を怒らせることに関しては無類の才能を発揮するな。若干やりすぎな気がしないでもないが。

 ともあれ、これできちんとヘイトは三等分できたであろう。


「よし、タイミングは指示するから手筈どおりにいくぞ。散れっ!」


「おう」


「へーい。……四条君さ、それちょっと言ってみたかったんでしょ?」


 俺の中二心を的確に突いてくる中西もスルーだ。しょうがないだろ、こんな時しか言う機会がなさそうなんだから。


 横たわるフードチェーン世界三位の始祖――もといその近くにいると覚しき少年を中心に、俺たちはその円周上にバラけて位置取りをする。


「ほら、こっちだこっち」


「鬼さんこちらってかァ?」


「僕でもいいけどあんまりオススメしないよー?」


「……ひとりずつ仕留めてやるよっ!」


 吐き捨てる言葉とともに、聞こえる靴音。その狙いは――やはり俺だ。

 だんだん目が慣れてきた。よく見れば、周囲の空間との僅かな違和感を感じる。それは足音だったり、踏み均される土砂利だったり、風の揺らぎだったり、そういった小さな要素が集まったものだ。それらが虚像を結び、少年の姿を朧げに映し出してくれる。完全な隠蔽にはほど遠い。


 たぶん朱里あたりなら、完璧に位置を把握できるのだろう。いや、そもそも前方一帯を〈破壊〉すればそれで済む話か。凛子やたま先輩でも対処できるだろうし、蓮さんや詩莉さんなら最悪刺し違えても問題ない。つくづく規格外な彼女たちである。


 そこまではいかずとも、ある程度当たりがつけられれば対応はできる。なんせ、こちらにも規格外たるシングルのギフテッドがいるのだから。


「中西、こっちだ!」


「ほーい」


 充分引きつけてから、中西に指示を飛ばす。即座に中西が少年の後方に手中のメダルを投げ――次の瞬間には、俺の視界が移り変わる。


「なっ――!」


 驚愕の声。つい先ほどと同じ展開だというのに、学習しない奴だ。まぁ、学習したとて無駄だが。表情が見えないのがたいへん残念である。

 そう、希少な転移系のギフト〈置換(リプレイス)〉を持つ中西を前にして、ただ姿を消すだけのギフトなど通用するはずもないのだ。


 おそらく、中西ひとりでも時間をかければ圧倒できる。ただ逃げられると面倒なのと、万が一を考えてこの連携を取った。右往左往する内に、少年は気力と体力を消耗していくという算段だ。前澤はぶっちゃけいらなかったりする。


「くそおっ!」


 悪態を吐き、前澤に狙いを変える少年だが、結果は同じだ。多少危なげながらも、寸前で中西がメダルを投げ、誰もいない空間に少年が刃を振るう。

 ならば大元たる中西を――と考えても、もちろん無駄だ。


「さぁ、どっちでしょー?」


 少年の接近を察した中西が、左右それぞれの手で二枚のメダルを別方向に投げる。中西がそのどちらに転移するのかを、少年に知る術はない。これだけでも十二分に効果があるのだが――中西の選択肢は、さらに増える余地がある。


 俺はおもむろにポケットに手を突っ込み、そこから十数枚の硬貨を掴み出して、まとめて宙空に投げ放った。


「〜〜〜〜っ!」


 声にならない声が聞こえた気がした。そう、中西の選択肢はいくらでも増やせるのだ。遠距離、広範囲の攻撃手段を持たない少年には、最初から俺たちを捕らえることなど不可能であった。


……ここいらでいいだろう。少年の心は折った。あとは彼の動きを完全に止める、駄目押しの一手を放つ。


 透明人間を捕まえるには、どうすればいいのか? 

 答えはいくつかあるが、今回はその中でも古典的な方法を用いることにする。かの国民的な人気を誇る、七つの玉を追う物語でも使われた、由緒正しき手法だ。


「おい、こっちを見ろ!」


「え、ちょっと、なに?」


 所定の位置――星崎の後ろに回り込んで、俺は大声を上げる。ぽかんとした顔をする星崎。そこに全員の視線が集中するのを確認して。


「前澤、やれ!」


 一拍置いて、俺の意図を察した前澤がギフトを行使する。そよ風を起こすギフト、〈悪戯な風神(ナーリー·ゼッファー)〉。その唯一にして本質たる機能が効果を表す。即ち。


「「〜〜〜〜〜〜っっ!!」」


 今度こそ、声にならない声が確かに聞こえた。ただし、二重に重なって。

 ぶわっ、と捲れ上がり、衆目に晒される星崎のスカートの中身。オレンジ色の神秘。

 そう――ギャルのパンティーである。


「中西、今だ!」


 流石に甲羅を背負った仙人のような鼻血は吹き出さなかったが、狼狽してたたらを踏む少年の位置は丸わかりだ。この素敵な光景を前に、思春期の男子が動けるはずもない。


「よいしょおー」


 少年の真上に、中西が連続してメダルを投げ。

 次の瞬間、そこに出現する公園のベンチ。二つ。三つ。四つ。


「う、うわああああっっ!!」


 大質量に押し潰される少年の悲鳴。さらにトドメとばかりに、フライドチキンの化身がなかなかの高所に現れ。

 ドスン、といい音を立てて着地すれば。

 もうそこから、声が聞こえてくることはなかった。


「よし」


 完璧な連携であった。半分はお遊びだったのだが、思いの外綺麗にコンボが決まってしまった。

 意識を失ったらしき少年のギフトが効力を失い、砂まみれになった無残な姿が現れる。


 憐れなものだ。せめて後日、この積み重なった青いベンチを見て、後悔とともに思い出してほしい。

 ああ、君に好きと言えば良かったと。

 これにて一件落着である。


「……よし、じゃないわよ」


 直後、むんずと後頭部を鷲掴みにされる感覚。

 そのままぐりん、と首が回され、体ごと強制的に半回転させられる。

 悪魔が如き笑顔の筋肉少女が、そこにはいた。


………………。


 うん、わかっていた。

 どうなるかはわかっていた。

 でも思いついたからやりたかったんだ。仕方ないだろ?


「……必殺技。なんだったかしら?」


「……マジカル☆大胸筋バスター」


「そ。光栄に思いなさい?」


「悪かった。俺が悪かったから」


「今から再現してあげるわ」




 そうして。

 当然、俺の謝罪の言葉は受け入れられず。


 筋肉少女による筋肉魔法が、轟音とともに炸裂するのであった。



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