第97話 ノルデン大王国での日々 その4
部屋の端っこで、壁と同化しようと努力してたんだ。 なんか、出来なくてね。 いつもは、バッチリ気配消して、居る事すら忘れられてるんだけどねぇ。 今日は、遠巻きに見詰められてる感じなんだよ。 特に御令嬢様達から。
ゾワゾワ変な感じなんだよ。
ミャーを見てるんだろうって思ってたら、どうも様子が変なんだ。 お嬢様方が、扇で半分顔を隠して、視線をわたしに向けたまま、あっちで三人、こっちで四人って、固まってるんだよ。 悪口の類かな? そう、思ってたんだけど、向けられる視線がねぇ……。 妙に、生甘いと言うか、熱持ってるって言うか……。
ダグラス第二王子を見てる、エルガンルースの高位貴族のお嬢様方と被るんだよ……。
その視線の持つ意味合い的に……
変な気分だよ。 ミャーも居心地悪そうに、立ってるね。 珍しくモゾモゾしてるよ。 そんな中、その人物が、異様にご機嫌な表情で、やって来たんだ。
ナイデン大公閣下。
壁の花を見つけるの上手な人だよね。 以前にも、こんな事があったような気がするよね。 あの時は、誰にも注目されてなかったよね。 でも、今回…… 有る意味、熱視線の中、ズンズン近寄って来るのって、相当な人だよね。 あぁ、獣人族かぁ……。
「ソフィア殿、本日はお疲れ様でございました。 いい仕事ぶりでしたね」
「お恥ずかしい限りで御座います。 気分的には、お部屋に下がらしてもらいたいと、思っております」
「まぁ、そう言わずに。 一曲、踊りませんか? 公爵として、お誘い申し上げますよ。 ほら、サリュート殿下の御許可も頂いている」
そう言って、別の壁際に立ってる、サリュート殿下と、エルヴィンの方に視線を向けるナイデン公爵。 その視線に気が付いたサリュート殿下は、軽く頷いて、エルヴィンに何やら耳打ちしとる。 エルヴィン、目を丸くして、サリュート殿下と私を交互に見て…… がっくり肩を落としてやんの。
サリュート殿下、何、言いやがった……。 その上、ハンドサイン送って来て云うには……。
” ナイデン大公と誼を通じ、国益と成せ。 三大国との繋ぎを付け、無垢なる人々の安寧を護ってくれ ”
だって……。 あのね、殿下。 一介の男爵家の娘に頼む事じゃ無いでしょ? いくらなんでも、それは無いよね…。 ないよね……。 ない………。
本気かぁ!!!
仕方ねぇなぁ!! 知らんぞ、本当に知らんぞ!!! 誼を通じるのは、私だから、国益に叶うかどうか、判らんぞ!! そんでも良いんだな!! って、ハンドサイン送り返したら、
”行け!! 仲良くなって来い!!”
ってさ…… どういう意味なのかは、知らん! まぁ、私もちょっと、ナイデン大公閣下には、聴きたい事有ったんだよね。 この際だから、聞いとくことにしようと思う。
「僭越では御座いますが、どうぞよしなに」
差出された手にそっと手を載せるの。 さて、お勉強したダンスが何処まで通用するか、見ものだね。 ミャー、スマン。 ちょっと行って来る。 貴女の相手は……、 おや? ユキーラ姫? なじぇに、貴女がミャーにご挨拶してんの?
盛大に頭に ”?” マークを飛ばしながら、ナイデン大公閣下にリードされて、ホールの中央へ……。 って、ナニコレ めっちゃ目立つじゃん!!!
リズムに合わせて、ナイデン大公閣下のリードで、踊り出したのよ。
滑り出しは、上々。 大公閣下もちょっと驚いてる感じ。 小娘だと思ってたのか? はははは! 残念だったな、こちとら、【処女宮】で、さんざん教育を受けてたんだ。 その上、半妖になってから妙に体の切れがいいんだ。 たいていのステップは踏めるぞ?
どや~~~~!!!!
めっちゃ、笑顔になった。 会心の笑みって奴さね。 なんか、目を丸くして、私を見てるんだ、ナイデン大公閣下。 そんじゃ、尋問始めようか。
「閣下。 ミャーの事についてです」
「ソフィア殿、今、それを言うのか?」
「ええ、ココならば、他の方に聴かれません。 ……わたくしも独自で調べました。 ミャーは、閣下の仰る通り、やんごとなき血筋の姫で御座います」
「……ツナイデン王が、あの席でミャーを見詰めていたのは?」
「知っております。 よほどご関心が在られると、感じておりました。 しかし、申し上げます。 ミャーはわたくしには無くてはならない姉妹。 ミャーの意思を尊重したく、存じます。 ミャーが望まないならば、全力を持って、阻止いたしますわよ」
「……一度、ツナイデン王とお話されてみれば如何か?」
「今宵に致しません事? わたくし……、 本心で言えば、ミャーの幸せを祈っておりますの。 わたくしと共に居ても、心配ばかりかける事になるやもしれない。 あの子には幸せになってもらいたいのです」
「姉妹として、育ったが故にですか?」
「ええ。 その通りです。 幸い、今宵、ミャーはナイデン王国の正装に近い装いをしております。 こんな機会はありません事よ? ツナイデン王に置かれましても、侍女服に身を包んだミャーでは、差しさわりが御座いましょ?」
「……なるほど。 左様、左様……。 しかし、ソフィア殿、貴方は何時も先を見られておられるな。 その瞳には、どの様な未来が映っておるのやら」
「買被りで御座いますわ。 わたくしの視界は狭く、手の届く距離も短い。 精一杯、その中に居る方々の、「安寧」と「平穏」に心を砕いて行きたいと、そう思っております」
「……世界の半分に届く視界と、その向こう側に届く手の範囲ですか。 貴女はまさしく、貴族の御令嬢に御座いますな。 判りました。 暫しお時間を。 もう直ぐ、ワルツは終わります」
楽器が最後の音を出し、ワルツは終わった。 拍手に包まれて、壁際に下がる。 ミャーも、何故か、ユキーラ姫のお相手を終えて、戻って来た。
「ミャーなんで、ユキーラ姫と踊ってたの?」
頬を膨らませたミャーが、ぶっきらぼうに答えるんだ。
「だって、ソフィア、ナイデン大公閣下と踊るんだもん……。 ユキーラ姫の次点だよ、ミャーは。 ホントはその姿のソフィアと踊りたかったって、何度も言われた」
「ミャーも素敵だったじゃない」
「そう言うソフィア……笑って踊ってた。 めっちゃイイ笑顔だったよね」
「……アレは……」
「楽しかったんだ」
「……うん。 まぁ、ちょっとした自慢したかったのもあるんだ。 ミャーが一緒に練習してくれた、成果が出たんだもの、嬉しかったんだよ」
「えっ…… そ、そうなの?」
「わたしの笑顔は、大体がミャーのお陰。 それで、ちょっと尋問して来た」
「誰に! 何を!」
「もう直ぐ結果がでる。 ……ほら、来た。 静かにしててね。 傍から離れちゃダメよ」
「う、うん。 ソフィア……。 なんか、悪い笑顔になってるよ? ミャーなんか怖いよ」
「大丈夫よ。 大丈夫」
そう、大丈夫。 ミャーがどんな事を思っても、どんな決断を下しても……。 それを、受け入れる、心の準備は出来てる。 悩んで、悩んで、悩んで……、 決めたもん。 ミャーがしたいようにする。 ミャーの心を一番大切にする。 私のせいで壊し掛けた、ミャーの心を、一番大切にするからって……、 決めたもん。
ナイデン大公閣下が戻ってこられた。 小部屋を用意したって。 付いて来てほしいって。 うん、行くよ。 私達、姉妹のこれからの為に。 ミャーのこれからの為にね。
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広間では、新たな曲が流れ出して、また、ホールがお花畑に成ってるのを、横目で見ながら、私達はナイデン大公閣下に連れられて、ホールに隣接する小部屋の一つに入って行ったの。 扉の前には、ミャーと同じような姿をした衛士さんが立っておられた。
扉が開けられ、中に入る。 五歩歩んだ所で、膝を折り、胸に手を当てて、深々と頭を下げる。
「御前に伺候いたします。 エルガンルース王国、ブロイ=ホップ=レーベンシュタイン男爵が娘。 ソフィア=レーベンシュタインに御座います。 足下に伺候いたしました事、お許しください。 さらに、此方におわす方は、ミャー=ブヨ=ドロワマーノ。 現在は、わたくしの専属侍女にして、第四王女様、ヘリエンラール=エステン=ナイデン王女殿下の忘れ形見。 その証が此処に御座います。 お受け取り下さい」
法衣のポケットに、紫紺の袱紗に包んで持って来たレッドローゼスの ” おかあさん ”から預かっていた、ミャーのおかあさんの耳輪。 とうとう、ミャーには渡せなかったんだ。
近くに居た、侍従さんに手渡した。 視線は、ずっと床に向けてるんだ。 頭、上がらないよね。 お言葉だって、貰ってないし、跪拝したままの状態を取り続けているんだよ。 ザワって、その部屋の中に、動揺の、漣が輪を広げたんだ。
「「証人官」ソフィア殿。 面を上げて欲しい」
渋い、渋い、お声。 ナイデン王国が国主、獣王、ツナイデン国王陛下の御声だ。 ゆっくりと跪拝を解く。 立ち上がる。 前を見る。 豹頭獣王、ツナイデン国王陛下の何とも言えない表情が、視界を埋めたの。
「ムリュから、聞いていた。 ヘリエンラールの忘れ形見かも知れぬと。 妹には……辛い想いをさせてしまった。 私が継承した、王座は、妹の禍事の上にある。 ミャーと言ったな……。 ヘリエンラールと同じ、良い目をしている。」
ツナイデン陛下が、ミャーと同じ金銀眼に優しく、そして悲し気な光を載せて、ミャーを見詰めていた。 そっかぁ、ミャーの事、ずっと今まで猫人族だと思っていたけど、豹人族だったのかぁ……。 力強い訳だ……。
ミャーは何も言わない。 わたしと同じく、スッと立ち上がって、前を…… 陛下を見詰めていた。 ちらりって、ミャーを見ると、彼女の顔から表情は伺えない。 感情を無にしているのが判ったの。
どうしたの?
私の耳に、ミャーの声が聞こえるの。
「ナイデン王国、獣王ツナイデン国王陛下に奏上いたします。 奏上の件、お許しを」
「許す」
「有り難き幸せに御座います。 獣王ツナイデン国王陛下に置かれましては、ご機嫌麗しゅう御座います。 我が主、ソフィア=レーベンシュタインよりご紹介に預かりました、専属侍女の、ミャー=ブヨ=ドロワマーノに御座います。 只今、主人より、初めて我が出自についての《お話》を頂きました。 また、我が母の形見の品も初めて目に致しました」
「左様か。 深く秘匿されていたと……いう事か。 苦労を掛けた」
「いえ、そうでは御座いません。 これ等の事から考え得るに、ミャー=ブヨ=ドロワマーノは、ナイデン王国の、第四王女様、ヘリエンラール=エステン=ナイデン王女殿下の忘れ形見として、生きていてはいけないモノであったと、そう愚考いたします」
「な!」
「その上で、奏上申し上げます。 今、わたくしが、表に出た場合、獣王ツナイデン陛下の威に些少でも傷をつけるのではないかと。 獣王国は他国と違い、王座は権能を持って保持され、些少なりとも傷持つ者は、その階に上がれぬと、聞き及びます。 よって、わたくしの事が公になりますれば、陛下の威に、傷が付き、良からぬ輩が策動を始めるともかぎりません」
「グッ!」
「よって、ミャー=ブヨ=ドロワマーノは、現状のまま、我が主、ソフィア=レーベンシュタイン様の専属侍女として、生きて行く所存に御座います。 何卒、お許しの程を」
み、ミャー……? あ、貴女…何言ってるの! そ、そんな……。
「陛下…… わたくしが申し上げた通りに御座いましたな。 ……陰ながら、見守る方が良いと。 ミャーは、誰よりも、ナイデン王国の、「王座の事」を、” 知って ” おりましたな」
静かな……重い……そして、切ない声が、ナイデン大公殿下の口から漏れた。 凛として、しっかりと前を見詰めるミャー。 その姿に、目を釘付けにされて居る、獣王ツナイデン国王陛下。 二人の間に…… その視線の中に、どんなやり取りが有ったのかは、判らない。
でも、確かな事が一つだけ有るの。
これからも…… ずっと…… ミャーと一緒に居られるってこと。
御前で無きゃ、抱きついて、ワンワン泣いてたと思う。 だって……今だって……、
涙が止まんないんだもの……。
ミャーが私のそんな顔を見て、
フワッと微笑んでくれた。
耳元で、彼女の声が聞こえた様な気がした。
” 離れないよ? ミャーはずっと、ソフィアの側がいいの ”
ミャーとの絆は深し…… ずっと、一緒。




