第92話 報いるために
結構な日数を、この氷の聖殿で過ごす事になっちゃった。 ほら、一回、死んじゃったからね。 まぁ、ほんとに死んじゃってた訳だけど……。 【闇の精霊神様】がご提案してくださった方法って、私の魂と、私の身体の中に生まれて来てた、妖魔の魂を、” まじぇまじぇ ” するって事だったんだよ。
つまりは、一回、【魂】抜くよって事だったんだね。
あの短い時間では、はっきりくっきりな「説明」なんてしては下さらなかったから、私も大王妃陛下も、こんな事になるなんて、思ってもみなかったんだ。
と、言う訳で、生き返った私が、不調の出ない様にって、ほんと、過保護なくらい丁寧に扱って下さったの。
大王妃陛下だけじゃなく、大王陛下までお見舞いに来て下さったほどなんだよ。 マジあり得ないよね。
【闇の精霊神様】の仰ってた通り、身体の方はすこぶる好調になった。 ちゃんと息も出来るようになったし、表情だって苦労せずに作れるようになった。 肩の傷は、若干後遺症が残ってるけれど、可動域はめちゃめちゃ増えた。 剣だって扱えるようになったと思うよ。
何にも増して、魔法関連の能力が、大幅に向上した感じなんだ。
ユキーラ姫にお願いして、聖殿のバルコニーに連れていってもらったの。 そこで、物は試しと、魔方陣を展開してみたんだ。 そしたら、綺麗に歪みなく描けるの。 さらに、今まで、ちょっと大変だった、別種の魔方陣が、苦も無く同時展開出来るようになっていたの。
それでお礼も兼ねて、【霧雨】と、【冷却】を重ねて起動したんだ。 真昼間の晴れ上がった青空の下でね。 ちょっと、【旋風】も混ぜたの。
「うわぁぁぁ…… 綺麗……」
ユキーラ姫には、ご満足いただけたようね。 ダイヤモンドダストが、旋毛風に乗ってね、大きな木みたいに見えたの。 お日様の光を乱反射させて、キラキラ、キラキラ 輝いてね。
「……美しいです……。 お嬢様……」
その光景に、ミャーも目を奪われて居たんだ。 よかった、すこしでも、お礼になったかな?
そうそう、ミャーと言えば、あれ以来、ずっと侍女の制服を脱がないの。 そう、あの時着てた、ミャーの制服。 私が借りて、襲撃を切り抜けた時に着てた奴。 わたしがどんなに説得しても、ユキーラ姫の御下がりの、綺麗なドレスには袖に手を通さないのよ。
「私は、コレがいいです。 これ以外は着たくありませんから」
真顔の侍女モードで、低く唸りながら、私に言うのよ。 困った。 ユキーラ姫も、気を悪くする事無く、その事に一切なにも、仰らなかった。 でも、寒いよ? それだけじゃぁ……ねぇ。
「ミャー、せめてコートと帽子と、マフは着てよ。 ほら…… 私とお揃いに成るんだから!」
「……お揃いですか……。 わかりました……」
やっとこ、あのユキーラ姫から貰った、真っ白なコート類だけは着て貰えたよ。 なんで、そんなに頑ななんだ? って、思ってた。 その理由を教えてくれたのは、やっぱりユキーラ姫だったよ。
「ミャーは……、 貴女が、あの死の淵から目覚める前に、貴女の前で呟いていたの。 あの子が、ドレスを着る度に、ソフィアが遠くに行ってしまうって。 侍女で居る間は、近いのに、そうじゃ無くなった途端、貴女は居なくなってしまうって。 その言葉を聴いてしまった、わたくしは、もう、あの子にドレスを渡す事が出来なくなったわ。 彼女の決心の一つだと思うの」
「……そう、なんですね。 ユキーラ、ごめんなさい……。 せっかくのご厚意なのに……」
「いいのよ。 わたくしだって、朋が遠くに行ってしまう事に比べれば、そんな事、些細な事だもの。 ミャーも、わたくしも、貴女の事が……大好きなんですよ」
「……勿体なく……思います」
そんな感じで、ミャーは私に付きっ切りになっているのよ。 エルガンルース王国に居た時と同じ様にね。
――――――
この頃ね、なんだかとても、ご飯が美味しくてね。 私、割と小食だったんだけど、この聖殿で……と云うより、あの事があった後から、沢山食べるようになったんだよ。 苦手だった「お肉」も、美味しく、大量に頂けちゃうのよね。 そしたらさ、ここ最近、足とか腕とかの関節がめっちゃ痛いの……。
食べて、寝て、ユキーラ姫様とか、サラーム大王妃陛下と、御茶会したり、お話してたり、ミャーと二人で、お祈りしてたんだよ。 静かに暮らしてたのに、なんで、身体が痛いんだ?
思い余って、ミャーに聴いてみたの。
「お嬢様、お召し物……きつく無いですか? あんなにお痩せになっていたお嬢様、随分と丸く御成りに成られましたよ?」
マズい!!! 太った??? と云うより……、サイズが何もかも……大きくなってる!!!
「お判り頂けましたか? お胸の周りも、戻ったと云うより、成長されましたね」
うぇ? そ、そうかな? ミャーの言葉に思わず、胸に手を当ててみると……、 確かに大きくなってるよね。 ぶかぶかだった胸周り……しっかりと丘に成ってるよ……。 でも、腰回りは……きつく無いよ? ニヤリって、ミャーが笑って、侍女モードから、姉妹モードに変わったの。
「羨ましい……。 ミャーは、まだ、ソフィアみたいな体形に成ってないのに……。 売れっ子のお姐さんみたいだ……。 ぶー」
おい! 何てこと云うんだよ! ……でも、ちょっと、ニヨって笑ってしまった。 そっか……、 女性的な身体つきになって来たんだ。 ……私…… 身体つきまで変化してる。 でも、急じゃない? そう云うのも……やっぱり、アレのせいなのかなぁ……?
「ミャー…… 私…… 変わってちゃうのかな?」
「ミャーはいいと思うよ? ドンドン綺麗になって、無茶しないようになったら、ミャーは嬉しいよ」
「ミャー……」
いつもコレだ……。 不安に思う事があっても、ミャーは何時も前向きに捉えてくれる。 嬉しいなぁ……。 半妖に成っても、姿形が変わっても……。 私を、私として見てくれる。 いつも、側に居ようとしてくれる。 そんなミャーに……感謝だよ。
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王家の方々と、聖殿のダイニングで、晩餐会。 と、いうより、ちょっと豪華な、晩御飯を一緒に食べてた時のことなのよ。 わたしは、遠慮もせずにバクバク食べてたんだけどね。 ふと、私の顔を見て、何かに気が付かれたは、大王陛下。
「ソフィア、お前、《目》はどうしたんだ」
「はい? 《目》で御座いますか?」
「あぁ……、 その瞳の紅き輝きは、何と言うか……。 一度、サラームに調べて貰うがいい。 ちと厄介かもしれぬ」
「……仰せのままに」
何なんだ? どうしたんだんだ? 今、私は、お肉美味しく食べてるんだけど……。 隣に座ってるミャーが私の顔を覗き込んで、息を飲んだの。
「お嬢様!!」
「どうしたの、ミャー?」
ジッと私の目を覗き込むミャーの金銀眼が、驚愕の色を浮かべる。 なにが起こっているのか判らないんですけど……? そっと、手鏡を手渡されたの。 ちょっと、ためらいがちにね。 鏡を覗き込むと……、 私もビビった。
元々、紅い瞳だったんだけど、鏡に映った私の瞳は深紅。 その上、ちょっと変な印が浮かび上がってるの。 これって……なんだったけ……。 大王妃陛下が、私の隣に滑るようにやって来て、私の瞳を覗き込んだの……。
「確かに陛下の仰る通り、ちょっと、厄介な ” モノ ”ね。 ……【闇の精霊神様】の加護の特徴が、目に出てしまいましたか……」
私の変化については、サラーム大王妃殿下は御存じなのよね。 だって、ほぼ、当事者だし、妃殿下の「お願い」から、こんな私に、なっちゃったんだしね。 当然、エスタブレッド大王陛下にも、” その旨 ” は、伝えられている。
だから、私は王都グレトノルトに戻らず、この氷の聖殿、パゴノ=パラディに留められて居るの。 ほら、だって、半妖だから……。 いくら一級国賓扱いでも、対処に困るでしょ? なにか支障があるかも知れないってね。
で、その支障が、私の瞳に出たんだ。 私の深紅に染まった瞳。 そして、その中に有る ” 印 ”。 【闇の精霊神様】の加護の特徴の、闇紋印って奴が、瞳に浮かんでいるんだよね……。
「獣肉を食した後、顕れたか……。 やはりな」
その様子を見詰めていた、エスタブレッド大王陛下、何かをお考えになってるね。 私はそれどころじゃ無かったんだけどね。 この「闇紋印」……ちと、厄介な特性があったんだ。 強く【闇の精霊様】の加護を受け取る人に稀に出るんだけど、この印……精神系の魔法を自ら発するんだよ。 そんで、周囲に影響を及ぼすんだ。
例えばさ、精神系の魔法である、【魅惑】、【魅了】、【傀儡】とかの……ヤバ目の奴。 詠唱も、魔方陣も、魔法具さえ用いることなく、意識の向いた対象にガッツリかかるんだよ……。 サラーム大王妃陛下と、この聖殿での御茶会の時にね、お話する機会があってね、その時に、色々と教えて貰ってたんだ。
ほら、妃陛下は【闇の精霊神様】の「愛し子」でしょ? だから、妃陛下、【闇の精霊神様】の強い影響下にあるのよ。 妃陛下も色々支障があって、調べて、調べて、対策を練ったんだって。 そんで、彼女が知ってるうちで、一番厄介なのが、この「闇紋印」なんだと。 精神系魔法を常時展開しているようなもんなんだと……。
ただ、この闇紋印は、一か所だけに顕れるらしいから、その部分を重点的に対処する事によって、なんとかなるんだとか……。
妃陛下にも浮かんでる所は有るんだけど、人目につくような処じゃ無かったから、対処は出来てるし、特別製のお召し物で、その力を遮っているから問題はごく限られているんだって。 でも、やっぱり多少は、外に影響が出るから、それが表舞台にあまり出ない理由の一つなんだって。
良く聞いてみたら、妃陛下の「闇紋印」は、大王陛下しか見る事が出来ない場所に有るんだと……。 へぇ……、そうなんだ。
で、それが、私の場合、……瞳に来ちゃたんだと……。
「眼を隠す事は出来ませんしね……。 どうしましょう?」
「……あの、それは……眼鏡などでは……隠せないものですか?」
ユキーラ姫が、そう仰ったのよ。 暗かった妃殿下の表情が急に明るくなったの。 特殊な魔法を使えば、闇紋印の効力は限りなくゼロに抑えられるから、眼鏡にその魔法を付与出来れば、いけるかもしれないってさっ!
眼鏡かぁ……。 なんか、懐かしいね。
―――――――
翌日、早速、王都グレトノルトから、大量の眼鏡が送られて来たんだ。 ユキーラ姫と、ミャーと、妃殿下……なんか、私で遊んでません? とっかえひっかえ、色んな眼鏡を掛けさせられた。 ……ちょっと、お堅い文官風の眼鏡が、私のお気に入り。 フレームが下に有る奴。
まだ、日本に居た頃に使ってた奴に似てるんだ、それ。 コンタクトがつらい時に、かけてたんだよ。 みんなも、結構、気に入ってくれた。 似合ってるってさ。 雰囲気は、お堅い官僚みたいに見えるってね。
二、三本、よく似たフレームが選ばれて、特殊なレンズを装着して…… 妃殿下が魔法を付与してくれた。 これで、周囲に気付かれなくなるって。 ふう……、良かったよ……。
「法衣を着て、その眼鏡をかけると、法務官に見えますね。 ……そうそう、そう言えば、法務長官のエルネストから、お願いが来ていましたね」
指を頬に当てて、ちょっと考える感じで、妃陛下がその美しくも、愛らしいお顔をコトリと傾けたの。
……嫌な予感しかしない……。
「エルネストったら、ソフィアの事、大層気に入ったみたいね。 法務院大学へ、招聘したいって言ってたわ。 学生の身分じゃ無くて、講師としてよ。 それも、大協約関連の。 ソフィアは正規の「証人官」だし、神代言語も、理解されてるから、当然なんですけれどね。 どう? そのお話、受けてみる気、ありません? わたくしとしては、お願いしたい所よ。 我が国《ノルデン大王国》には、正規の「証人官」が居ませんからね」
「……卑賎なる我が身なれど……、 ご厚意と、ご期待が有るのであれば……、その……、承ります……」
やっぱり、厄介ごとが、お着きになったよね。 あぁ、一つだけ条件が有るんだ。 それは、ミャーと一緒ならって事。 それさえ認めて下されば、どう扱って頂いても、構わない。 第一、これ以上お客様対応されても、私が心苦しいしね。
一応、私の意向は聞いて貰えるらしい。 ユキーラ姫もそろそろ公務を勤めなければならないし、何時までも私の相手をしている訳には行かないしね。 条件付き了承ってことで!
―――――――
こうやって、私は、暫く間、法務院大学に、大協約関連の講師として、お邪魔させて頂く事が決定したんだ。
――イメージ的には――
企業内セミナーの講師って所かな?
なんとか、形になる様に……。
皆様の温情に報いる事が出来るように……。
ちっとは、役に立って見ましょうか!!!
中の人の、趣味全開!




