第91話 姉妹の絆
ゆらゆら……ゆらゆらと……、 私が私で無くなって……。でも、私は、私のままで……、意識の混濁は続くのよ。 このままじゃ、ダメだって判ってるんだけど、どうにも、こうにも、重くって……。 金色に広がる視界の中……たゆとう海原のその中で……、意識が拡散し、集合し……、異質な物が交じり合い……。
眩しい光が集中して、
意識が統合されていくのが判る。
それは、まるで……、
あの白い世界から、生まれ落ちたその時に似ていて……、
余りの眩しさに、目をギュって閉じたら、急に真っ暗になった。
怖くなって……、 心細くなって……、 温かい何かを探して……、
必死に手を動かしてたら……、 見つけた。
近くにあった、それを。
” 暖かくて、柔らかいモノ”
わたしはそれを、しっかりと……しっかりと抱き締めた。
^^^^^^
ふわりと、意識が水面に浮かび上がる様に、覚醒した。 うっすらと瞼が持ち上がる。 ボンヤリとして、焦点が合わないんだけど、何となく青白いね。 寝かされてるのは判る。 うん、判るよ。 じゃぁ、アレが天井? 青白い天井って? どういう事?
“ウー ウー”
そっか、ココは、氷の宮殿だったもんね……。 でも、寒く無いよね……。 なんでだろう? 身体を動かそうとして、妙に重い事に気が付いたんだ‥‥。 顔以外、なんかめっちゃ、掛けられてる。 身体の下もフワフワしてる……。 手で撫でてみると、指になんか絡んだ……。
ん?
いま、たしか、左手で撫でたよね……?
それに、なんで、感覚が有るんだ?
たしか、ズタボロになってたはずじゃん……。
段々と焦点が合って来る視界。 自分の置かれている状況が判るようになって来た。 えっと、えっと……。 なんだ、ココ?
めちゃんこ高い天井に、氷の柱が何本も、その天井を支えているんだ。 全体的に青白い、魔法灯の光すらない……。 頭を巡らすと、自分の状態が良く判った。 そうだね、う~ん、なんていうのかな……。 毛皮で出来たミイラ? みたいな。
ピッチリと巻き込まれていたよ。
そんで、ちょっとだけ、動けるの。 ほら、頭だけとかね。
まだ、声も出せないんだけど……それでも、何とかなりそうな気がしてた。 ズタボロになっていた手はもちろんの事、呼吸も楽にできる。 その上、あれほど乱れていた、体内魔力回路が……前と比べてもすっきり整ってるの。 今なら、どんな大魔法でも、完璧に制御できそうな気がするのよ。 そんで、肩の痛みも無いの。
半妖かぁ……。 それでかな? 私……ニンゲンじゃ無くなっちゃたのかも……ね。
コツンコツンって固い足音が聞こえるのよ。
遠くから、忍ばせているのか、それとも、ただ、静かに歩いているのか、それは判らない。 ただ、力なく、歩いてくるのは判った。
あの金の繭に閉じ込められてから、どうなったのか誰か知らないかな? 教えて欲しいけれど、この部屋の中には、誰もいない。 そう……誰も居ないんだよ。
ミャー……、
逢いたいよぅ……。
そんな時に、また、聞こえる足音……。 コツン、コツンってね。 ちょっと期待しちゃったよ。 あの特徴ある足音は、疲れ切ってダラダラ歩くミャーの足音に似てたから。
“キィ”
小さく、扉が開く音? みたいなものが耳に届いたんだ。 頭を巡らせると、音のした方に、暖かそうな光が見えた。 サッと影が入って来たんだ。 見えるんだよね、その影が。 ゆっくりと近寄って来る影。 で、足音は、やっぱり聞き覚えのある、ミャーのダラダラ歩きの音。
視界にその人物が入った。
真っ黒なケープを着込んだうえ、真っ黒のベールまで付けてるんだよ……。 その姿は、まるで、葬送に列席する人の様。
忍び足というか、力が抜けたように、その人物は、私の側まで来たんだ。 跪拝している。 ほら、私が横になってるのってさ、結構高い位置に居たらしいんだ。 だから、その人物から私は見えないんだよ。
すすり泣く声が、その人物から漏れだしたんだ。
聞き覚えのある泣き声だ。 あの懐かしい、孤児院でさ、仲間の子とか、入って来たお姐さんが死んじゃった時に、隣で泣いてたミャ―の声なんだよ。 身も世も無く、嘆き悲しむ彼女の声。 梁からぶら下がった、優しくしてくれたお姐さんの埋葬の時とかに、彼女の口から漏れだした……、 そんな嗚咽なんだよ。
大きく息を吸ってみる。
吸えるね。
で、今度は、ゆっくり吐き出すの。 うん、出来る。 出来るよ。 次は…そう、喉を震わす! 出来るかな。
あ”~~~
よし、いけた、じゃぁ、声出して行こう!!
「ミャー……?ミャー……? そこに居るの?」
跪拝してた影がビクッって、跳ね上がる。
「ミャーでしょ? そこに居るの?」
「…… そ…… そふぃ……? ソフィア?」
「そうよ、私。 そこに居るの、ミャーよね。 ミャー」
なんか、ガタガタ震えてるよ……。 それでも、伸び上がって、私の方に近寄って来た。 ほら、やっぱり、ミャーだ。 目をパチクリさせて、ミャーを見詰めてたんだ。
「ミャー、おはよう。 ちょっと、無理しちゃったよ。 困ってる人見たら、ほっとけない、病に罹ってるんだよね、私ってっさ!」
依然、ミャーに云われた事、言ってみた。 黒いベールの向こう側に、ミャーの顔が有ったんだよ。 そうね、酷い顔してる。 もう、ボロボロ……。 可愛くて、綺麗な顔してんのに、お手入れしないと! ダメじゃん!!
突然、ミャーが黒いベールをかなぐり捨てた。
なんか……めっちゃ、怒ってる。 私、今、毛皮でぐるぐる巻きだから、何にも出来ないんだよ、そんで、ミャーの奴、私の目にしっかりと、彼女の金銀眼の視線を合わせて来てね、言うの。
「ソフィア……生きてるの? 心臓も止まって……、 呼吸もして無くって……、 【鑑定】しても……ライフがゼロだったんだよ……。 なんで…… ミャーの心……壊したんだよ……! ゴメンで済ませないでよ!!! いつも、いつも、何時だって……。 心配するのは、私。 無茶ばっかりして……。 大王妃陛下がソフィアを抱いて、戻って来て……。 動かないソフィアを見て………………」
「ミャー……」
「こ、この……、 この、大馬鹿野郎!!!!!!」
「ゴメンって!! ごめんなさい!!! ミャー、ミャー!!! ごめんなさい!!!!」
二人して、大騒ぎしてたら、ミャーがそっと入って来た扉が大きく開いて、何人もの人が、なだれ込んで来たんだ。
そっからは、もう、なにがなんだか……。 みんなが絶叫してるんだ。 おい、君達、みんな王族関係者だろ? 恥も外聞も無いのかね?
無いんだね……。
判りました。 まだ、身体には力入んないけど、これって、まぁ、体力がゼロ近くだからだろうね。 でも、ほら、魔力回復回路は全力で廻ってるし、こないだみたいに阻害するモノ無いから、順調に溜まってるよ? ね? だから、だから……。
そんなに耳元で、絶叫しないで!!!!!
^^^^^^
まぁ、そっからは、きちんと部屋に移されたんだ。 体力は落ち込んでるけど、心配はないレベルだし、その内回復するよ。 喰って寝てたら。 それは、なんか自信もって言える。 そんで、不思議なんだけど、あれほど痛んでた身体が、なんか、治癒されてるのよ。
矢で射抜かれた肩だって、上手くうごくしさっ! 呼吸だって、ちゃんと出来る。 これなら、剣も持てるよ。 まぁ、ミャーが許してくれそうも無いけど。
ほんと、心配かけたね。 ミャーにはガッツリ怒られて、そんで、殴られた。 ミャーの渾身のグーパン。 久しぶりに、本気で殴られた。 お腹だけどね。 身体が浮いて、吹っ飛んだよ。
そのあと、ミャーが回復魔法かけてくれたんだけど、効いたなぁ~~~~。 怒ってんのは判ってたし、そうでもしないと、彼女の怒りは収まらないからね。 まぁ、怒りの矛先は、大王妃陛下にも向いてたけれど……。 そっちに矛先向けたら、マジでヤバい事は、辛うじて理解してくれてたみたいね。
ふう、良かった。 いや、良くは無いんだけど、まぁ、国際問題にならずに済んだから良かったと、言っとこうかね。 そんで、私が寝かされていた場所が、まさかの霊安室。 もう少し、起きるのが遅かったら、確実に火葬されて、荼毘に付されてたって……。
猶予は、起きた日のお昼だったんだって……。
ふぅぅぅ……、ギリギリだったんだ……。
その日から、また、ミャーが以前にもまして、べったりになったんだ。 寝る時はベッドも一緒。孤児院以来、久方ぶりだけどね。 私も落ち着いたし、そうそう、此方の人の迷惑になってもいけないしね……。
で、やっぱり、大事な事言っとかないとね……
「ミャー、お話があるの」
「ソフィア。 なに?」
「うん、私の事……」
「うん、そうだね。 やっと言ってくれるんだ」
「うん…… ミャーに嫌われたくなかったから、言いたく無かったんだけど……やっぱりそれは、ダメな事だよね。 だって、姉妹だもの」
「そう言ってくれると思って、今まで、黙ってた」
「……ミャー 今、【鑑定】の魔法使える?」
ベットの暖かい布団の中で、ミャーにそう言ったの。 ほら、だって、多分、私、ニンゲンじゃ無くなっちゃた筈だから……。こんな私に、ミャーが付いて来る事無いモノ。 だから……、 真実を教えて、ナイデン王国に保護してもらおうって思ったのよ。
「使えるよ……それで、ソフィアを見ればいいんだよね」
「うん……そう」
「始めるね」
ミャーはそっと【鑑定】の魔方陣を展開して、そこに立ち上がる、私の情報を読み取っているの。もちろん私にも、見えてる。 以前と比べて、魔力が増大してて……使える魔法の種類も増えてて……、 筋力増加とか、暗視の技能も使えるようになってて……、
本来なら、あんまり気にしない場所に、有るんだよ……。
「なんか、全体的に強くなってるね…… 前よりも」
「ミャー違う……そこじゃないんだ。 見て欲しいのは……、 わたし……、 人じゃ無くなっちゃったんだ……」
ミャーの顔に困惑が広がる。 素通りしてた部分らしいんだ。 私の人種……、 人族だったんだけど……。 今は……半妖……って、表示されてんのよ……。 判ってくれた? わたし、もう、ニンゲンじゃ無いの……。
「ふ~ん、半妖なんだ……。 それで?」
困惑した表情が、普通に戻るんだよ。 そんで、めっちゃいい笑顔で私に言い切ったんだ。
「ソフィアは、ソフィアだよ。 別に、人種がどうとか、強くなったとか、闇の魔力を吸収してるとか……。 そんな些細な事、どうだっていいじゃん。 ミャーは、ソフィアが生きていてくれてるってだけで、満足だよ。 ソフィア、ちょくちょく、嘘つくじゃん。 この間も、ミャーから離れないって言ったくせに、一人で行っちゃうんだもん。 私が怒ったのは、そこだよ? 判ってる?」
「え、……そ……そうなの?」
「当たり前じゃん。 ” 嘘は吐かない ” って、二人で約束したじゃん。 前言撤回は、許さないからね!」
「そ……そっ……そうだったよね……。 私が……半妖でも……、側に居てくれるんだ……」
「そうだよ、当たり前じゃん。 ミャーはソフィアの姉妹だし、ソフィアも、ミャーの姉妹でしょ? たとえ、血は繋がって無くってもさ。そう決めたじゃん、二人で!」
「う、うん……そうだね」
考え過ぎていたかもしれない……。 もし、ミャーに同じ状況が訪れて……、 ミャーが半獣人族から、半妖に成っちゃったとしても……、私は手を取るよね……。 それがどうしたって言ってね……。
「でも、他の人に言う事無いよ? かなり高度な【鑑定】使わない限り、判んないし。よしんば、見られたって、そんな所に気が回る訳ないじゃん。 よっぽどの事が無い限りね。 それに……」
「それに?」
「ソフィアなら、【隠匿】出来るんじゃないの? それで、いいじゃん」
「う、うん……そうかも……ね」
「その事は、ミャーとソフィアの秘密って事にしとこう? それで万事問題ない。 どうしてそうなったかは、必要だったからでしょ? だったら、いいから。 ソフィアは、ソフィアだよ!」
布団の中で……、 ミャーの顔が涙で歪んだ。 身も蓋も無く、泣いてる私を。 ミャーは優しく抱き締めてくれた。
「ほんとに、もう! ソフィアの悪い癖だよ。 いつも、一人で背負うのは。 重荷は二人で背負ったら、半分に成るんだよ。 私の重荷も背負ってもらうからね!」
コクコク頷きながらも、涙は止まらないんだ……。
ホントにもう!!!
ミャーたら!!!!
ほんとに、ほんとに……、
大好きなんだから!!!!
ギュって抱き締めたミャーの身体は、
目覚める前の、真っ暗な所で、
必死に抱き締めた、
あの心安らぐ、優しい手触りの、
” 暖かくて、柔らかいモノ ” に……、
そっくりだったの……。
爆誕!!




