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第87話 氷の聖殿 バゴノ=パラディ 

 




 ハハハ! 残念だったな! エルネスト法務長官様。 ユキーラ姫は、ちょっとお怒りだったんだよ。 せっかく、連れ出した私を、朝から晩まで、法務院の一室に留め置いた事……! 根に持ってるよ、絶対、アレ……。


 エルネスト法務官様の御願いは、にこやかな笑顔のユキーラ姫様に、キッパリと拒絶されてやんの。 《ノルデン大王国》の素晴らしい所を見せたいって、そう仰ってたのに、結構むさくるし男達の間で、ずっとお話してたからね。


 確かに素晴らしい所だったけど、ユキーラ姫が望んだような、感じじゃ無かったよね。


 晩餐が終わって、” また、明日、お伺いしますわ ” って、お別れしてね、お部屋に戻ったの。 廊下では、沈黙を貫き通していたミャーがね、お部屋に一歩入った途端、もう、プンプン顔で、私に詰め寄って来るのよ。





「もう、ミャーを一人にしないで!!!」





 ってさ。 私も、同じ事思ってたよ。 めっちゃ不安だったよ。 そんで、続けて云うのよ。





「ユキーラ姫は、色んな所を見せたかったんだって。 でも、法務官がやらかした事の償いに、どうしてもって、あの法務長官が強引に捻じ込んだんだって。 ソフィアが、法典に興味が有るそうだからってね。 それで、ユキーラ姫も、きっと謝罪するもんだと思ってたんだって……。 それが、この有様……。 ミャーだけじゃ無くて、ユキーラ姫、物凄く怒ってたよ。 あの笑顔の下に修羅が居たよ……」


「……何となく判ってた。 でも、放してくれないんだよ? ホントだよ? いくら話の腰折っても、次々と案件持ち出してくるんだよ……。 最後には、エルネスト大公様も加わっちゃってね……。 マジ、疲れたよ、ミャー……」


「ソフィア……。 ユキーラ姫、明日も来るって」


「さっき言ってたね」


「傍から離しちゃ嫌だよ?」


「ミャーと離れない様に、ユキーラ姫様の側、離れないようにする……」






 ^^^^^^





 次の日、約束通りユキーラ姫様が、昨日と同じく、朝からお部屋にいらっしゃったんだ。 準備はしたよ。 失礼の無い様に。 そんでもね、ユキーラ姫様付の侍女さんが、真っ白なコートと、マフを私達に着せてくれた。





「これは?」


「今日は、邪魔の入らないように、馬車で移動します。 法務の者共が、ソフィアを狙っているのです。 ソフィアはわたくしの朋。 そして、今日は、美しい《ノルデン大王国》をご覧に入れる日とします。邪魔はさせません。 ……いささか寒いので、その準備を致しました。 ……良く似合っていますよ、ソフィア」


「ユキーラ様、ご厚意有難うございます」





 丁寧に頭を下げてお礼を言ったのよ。 ハンドサインで、礼は受け取ったって、仰ってくれたの。 ちょっと、頬を赤らめたユキーラ姫様は、明らかに照れてたよね。





 ―――――






 王家の紋章付きの馬車が用意されてた。 外は粉雪が舞い散ってて、白く街路がかすんでいたの。 馬車の中は温石で、めっちゃあったか。 ガラスの嵌った大きな窓なのに、寒さなんか、全く感じないの。 王城を出て、街路を進むの馬車のなかでね、ユキーラ姫様が、色々とお話してくれたの。


 冬のこの季節。 ノルデン大王国は雪と氷に包まれているんだ。 北側から吹き込む季節風は、恐ろしい位冷たい。 身を持って実感してるよ。 でも、積雪量は其処まで多くないの。 唯々、寒いのよ。 でもね、そんな中での楽しみも有るんだって。


 今向かっているのは、その中の一つなんだって。 王家の人専用の、この時期だけの特別な場所だって、教えて下さったけど、詳細は見てのお楽しみっだってさ。 楽しみ~~~。


 それでね、馬車はドンドン進んでいくのよ。 まぁ、快適な馬車の行道だけど、お尻が痛くなるわよね。 お喋りして、ちょっと微睡んで、お昼前に城壁みたいな長い長い建物に到着したの。 雪は止んでいたけど、お空はどんよりとした、雪雲に覆われていたわね。 寒々とした、景色にちょっと、憂鬱になっちゃったのは、内緒。





「此処で、馬車を乗り換えますの。 馬車は建物の中に入るから、寒くは無いわ」





 ユキーラ姫はなんてことなく、そう仰ったけど、物凄く長い、城壁みたいな建物の中に、馬車ごと入るって……! あぜんとしてたんだ。 馬車は進んで、城門を通り抜けて、本当に建物の中に入って行ったの。 錬石造りの建物の中は、魔法灯でとても明るい。 その上、温石つかっててとても、暖かいの……。 真冬のノルデンでよ? マジか! 流石、王族は違う……。





「昼餐は無いの。 早めに此処を出立しないと、夕暮れまでに、目的地に着かないの。 夜間は、走れないから……。 ごめんなさい。 あっ、でも、乗り物の中で、軽い昼食を頂けますからね」





 そう、ユキーラ姫は、歌うように語ってくれた。 彼女を先頭に、私達は乗って来た馬車を降り、どこかに向かうの。 紅い色の、毛足の長い毛皮の絨毯。 どんだけ、豪華なのよ……。 ミャーも目を丸くしてる。





「此処は、基本的には、王族しかこれませんの。 王族と、その許可を受けた者しかね。 だから、王族専用なの。 この城壁も、長い期間掛かって作り上げたものだそうですのよ。 たしか……数百年と聞いておりますわ。 此処は、ノルデンの中でも、特に重要な禁足地を護る為の、城壁なのですよ」





 にこやかに笑いながら、とっても無茶な事を仰るね、このお姫様は。 禁足地って……。 常は絶対に入っちゃいけない場所じゃんか! なんで、また、私なんかを?





「ソフィアと、ミャーは、わたくしの朋であり、第一級国賓待遇を、大王陛下から下賜されましたもの。 反対に言えば、大王陛下が、ここに連れて来なさいって、仰ったも同然ね。 ここへ来る事の御許可を頂きに行ったら、快く御承諾くださったわ」





 とんでもない言葉ばかり仰る、お姫様だ事。 頷くしかないじゃん! そう言ってたら、なんか、大きな扉の前に来たんだ。 ちょっと、寒いね。





「この扉の向こうに乗り物があります。 行きましょうか」





 そう言うと、扉の前に詰めていらした衛兵さんが、扉を開けて下さったのよ。 豪華な部屋があったんだ。 ちょっと薄暗いけどね。 でも、不思議な事に、扉以外の壁が、ガラス張りになっててね、ガラスの向こう側に連石が見えるのよ……。 変な部屋ね……。


 扉が閉じられると、かなりしっかりと、施錠された。 なんか閉じ込められたみたいね。 ユキーラ姫が、ゆったりとしたソファーに私達を誘ったの。 多分、軽い食事なんだと思うけど、良いのかな? 時間が無いのよね。 早く馬車に乗り換えないといけないって、御自分でそう仰ってたんだけど……






 ソファーに腰を下ろしたと同時に、部屋が動いたの。 壁がね……横に……。






 声も出なかったのよ。






 滑るように、滑らかに、振動も無く、そしてね……。 目の前の光景に……心だけじゃなくって、身体まで、震えたの。







    私の目に飛び込んで来たのは……、






          氷の平原 だったの……。







 何処までも続く、城壁の内側は……まっ平らな、氷の平原だったのよ。 入って来たお部屋自体が、ユキーラ姫の言ってた、”乗り物”だった……。 王族、恐るべし……。


 橇かなんかだと思う。 まっ平らな氷の平原を、お部屋ごと、滑って行くの……。 ガラス張りになった、壁と天井……。 前と後ろは、ちゃんと壁に成ってるんだけど……。 余りの驚きに、茫然としていたら、鈴を転がすような、ユキーラ姫の声が、誇らしげに響いたの。 





「ソフィア、ミャー。 ようこそ、ノルデン大王国、禁足地、” パゴノ湖” へ。 水と氷の精霊の依代を祀る、ノルデン王家の神聖な湖へ」






 ガラスの壁の向こう側の景色に……、


                 心を奪われ……、


 呆然と見ている事しか……、



           出来なかったよ……。 





 ようやくお日様が、雲間から出て来てたんだ……。 夕暮れ時の赤い夕陽に照らし出された氷の平原の真ん中あたりに、青白い御城が忽然と現れてね。 それが、魔法灯の光をボンヤリと発してるの。 幻想的な風景なのよ。 もう、ミャーと二人して、声も出なくて……見詰めちゃったよ。  


 二人して、馬鹿みたいにね。 その風景を見入っていたの。





「浅い湖なんですの、パゴノ湖は。 入る川も無ければ、出る川も無い。 湖底からの湧き水だけで、この湖を満々と満たして居るの。 ご覧になっている様に、冬のこの時期は、湖面が完全凍結するのよ。 だから、湖底に沈む、精霊様の依代はこの時期にしか来れないの」


「あの、氷の御城が、そうですの?」


「ええ、我が国の秘宝でもある、氷の聖殿 ” バゴノ=パラディ ” ですわ。 良くご覧になってね。 あの氷の聖殿に、他国の方がみえらるのは、本当に数世紀ぶりなのですから!」





 い、いや……、 そのね、圧倒されちゃうよね。 そんな、神聖な場所に御呼ばれしたなんて……! いや、なんていうかな、畏れ多いとか、恐縮しちゃうとか……。 一般人が皇居に御呼ばれしちゃったみたいなモノよね……。 身の置き場が無いよ……。


 そうこうする内に、御城は大きくなり、やがて、城門の中にそれこそ滑るように入って行ったのよ。



 総氷造りの巨大な氷の聖殿、《バゴノ=パラディ》。 ノルデン大王国の秘宝中の秘宝。 冬の間だけ出現する、壮麗な宮殿。 春が訪れると同時に溶けてなくなってしまう、豪奢で儚い宮殿なんですって! 毎年、数々の意匠を凝らして、パゴノ湖が完全凍結して後に建設され、ひとシーズンをもって、水に戻るんだって。




 なんて……凄い。




 全ては、精霊様への畏怖と感謝を表すために為しているそうなの。 流石は、大協約を遵守する《ノルデン大王国》ね。 ほんと、頭が下がるわ。 ミャーと一緒にユキーラ姫の後に続き、聖殿内を歩くの。 シンと静まった聖殿には、最低限の人しかいないのよ。 此処に伺候できるのは、相応の家格と、身元のしっかりした、精霊様への信仰厚い人しか来れないんだって……。



 いいのか、私が来ても?



 ユキーラ姫の説明に、ちょっと眉を顰めたのを見たからかしら、彼女が爆弾を落としたんだよ。





「ソフィアは、証人官でしょ? 十分な資格はある筈よ?」





 悪戯っぽく、ウインクして来るユキーラ姫……。 なんで、その事をしってるのだ!!! ……想像は付くけどね。 あの腹黒王子(サリュート殿下)めぇ……。 一体何を、吹き込みやがったんだ? クソッ! まぁ、いいや。 青白く光る天井、毛皮の絨毯で覆われた回廊。 目にするモノの全てが、素敵で心に浮かんできた黒い想いを、きれいさっぱり押し流してくれたんだよ……。





 静々と歩みを進めていくユキーラ姫。 



 その後を、黙々とついて行くの。



 突然、ユキーラ姫の歩みが止まったの。



 身体を固くして、見てはいけないモノを見てしまったかのように。






「……大王妃陛下……。 いらしてらっしゃたのですか……」






 ユキーラ姫の口らか、何とも言えない不安げな音が、



 紡ぎ出されたのよ。



 彼女の視線の先に……、





 長い白銀の髪の、

 深紅の双眸を持つ、

 近寄りがたい威厳を持った、

 怖い位に美しい一人の女性が、



 立って、凄みの有る笑顔と共に、








      此方を見ていたの……。







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