第85話 法典の国
ノルデン大公国での、第一級国賓待遇ってね……、基本放置なんだよ。 こっちが希望した事を、全部、丸っと受け入れるって事なのかね? ちょっと、拍子抜け。 もっと、ほら、色々と干渉が有るのかもなぁって、思ってたんだよ。 そんな事、全くなかったよ。
ミャーが許してくれたから、ノルデン大王国の薬師さんも、医務官さんも、お部屋に来て、色々と面倒見てくれたんだ。 まぁ、あんまり役には立たなかったけどな。 ハハッ! 手遅れな事が幾つもあってな! 難しい顔してたよ。 知ってた……。
国事犯対応の土牢に、一番厳しい季節に一ヶ月以上放り込まれててた上、襲撃の時の傷を癒す事、治療する事すら許可されて居なかったんだから、当たり前っちゃ、当たり前。 びっくりするほど、痩せちゃったし、傷から黴菌が入っちゃって、ボロボロになっちゃってたし、牢結石の手錠のお陰で、体内魔力回路が無茶苦茶に掻き乱されていたもんね……。
そんなのだから、牢から出された時には、満足に立つ事も、歩く事も出来なかったよ。 魔法なんて、魔力すら練れない状態だったもんね。 今は……まぁ、人並みにには、動けるかな? 戦闘は無理だし、魔力は練れるようになったけど、まだ起動魔方陣に魔力を注げるような状態じゃないしね。
厳めしい顔した、薬師さんも、医務官さんも、眉を下げて、痛々しそうに私を見るんだよ。 そんな目で見ないでくれよ。 いいから、大丈夫だから。 まだ、ちゃんと生きてるから!!!
ゆっくりと、身体の方は ” 自分で ” 治しますから…… それでもさ、錬金関連の魔方陣は上手く起動出来るようになったから、そっちは、良かったよ。 魔力を使う魔法っていっても、別系列だから、魔力を練る事が出来れば、問題なく使えたもの。 南の思惑もあるだろうなって思ってたらか、こっそり、獣人族さん用の抗サルタン剤なるモノを錬成してたんだ。
麻薬成分とか解析してね、体内に入った場合、化合して無害化するそんなモノ。 暇っちゃぁ、暇だから、そんな事ばっかり、お部屋でしてた。 あぁ、ミャーと一緒にね。 手伝ってくれた。 獣人特有の症状だから、対抗薬の効果も、副作用も、彼女に聴きながらね。 とにかく、かなりいい感じのモノが出来たんだよ。 薬師さんに渡したら、めっちゃ感謝されたよ。
「複製の御許可を頂けますかな?」
「その為にお作り致しました。 構造式、錬成魔方陣はこちらに。 銀級錬成士で有れば、錬成出来ます故、どうぞ、お使い下さい」
「何から、何まで……。 誠に痛み入る。 此方でも手を付けていたが、なにせ、良く判らない症状であった。 礼を言う。 解析させてもらっても?」
「どうぞ、よくお調べください。 なにか、支障があるやもしれませぬ故。 よろしくお願い申し上げます」
「確かに申し受けました」
薬師さんに全部渡してあげたのよ。 まぁ、ミャーの分はきっちり残したけどね。 これで、二度と、昏倒しないよ。 弱点を克服できるって事だね。
お部屋も、特別室に移れって言われた。 この部屋も十分広いし、凄く綺麗だけど、此処はあくまで、ミャーに用意した部屋。 第一級国賓待遇を受けた者には、相応しくないから、移動してほしいって、侍従長さんに言われたんだ。 けど、このままで十分だし、ミャーとも離れたくないから、居座ったんだ。
我儘、かましたのは、この位。 後は、言うがままにされてたのよ。
いや、実際、この御城の侍従さんに、「何かされたい事とか、見たい物とかは、御座いますか?」って、聞かれたけど、よそ者が、城内をウロウロするのはまずいじゃん。だから、「いまだ、療養中なれば」って、断っといた。 ほら、いくら大王陛下の御許可が有るってたってねぇ。
でも、なんだか、収まりが悪いんだよ。 侍従長さんが、なんかしょんぼりしてるし。 一級国賓が、全く《ノルデン大王国》に興味を示してないって、思われそうでね。 いや、マズいって。 それはそれで、外交的には、とってもマズイよ……。
そこで、思い出したのが、サリュート殿下からのもう一つの指令。
そう、動けないないなら、お勉強しよう。 侍従さんに、ノルデン大王国の法典関連、法規関連の資料を見せて貰えないかって、お願いしたのよ。 もちろん、体系的に理解する為にね。 お勉強の時間って訳なんだ。 体動かないし、暇だし、指令もあるし、全部丸く収まるよね、そうだよね……。
なんか、その申し出に、侍従長さん驚いてらっしゃったよ。 でも、本場の本場ならではの、貴重な判例とか資料とかあるじゃんか。 特に、難しい判断を要求される事件とか、そういったものの判例集とか有ったら嬉しいなぁって…… 言ってみたら、部屋の中に膨大な数の法典、判例集、調書、裁判記録が届けられたよ…。
一覧に、ノルデン大王国の重大事件の件名がズラ~~って並んでてさ……。 わかった、どんな風に、法典が運用されているのか、調べ上げるよ……。
^^^^^^
「お嬢様、根を詰められるのも、程々に……」
ミャーに叱られるまで、夢中になってたね。 いや、勉強になるよ。 マジで。 色んな判例があるなぁ……。 で、何年か後には、きちんと法体系の中に組み入れられてんだよ、矛盾の無い方法でね。
いうなれば、無限のアップデート見てるみたいだ。 基本OSが不具合とか、外的要因で、不具合を生じたら、パッチが出るじゃん。 あんな感じ。 更新プログラムが、穴を塞いでいく? みたいな。
それが、また、絶妙…… いやぁ……この国の法務官って、凄い。 マジ凄いよ……! どこぞの緩々法律とは、根本から違うね!
お茶を飲みつつ、要点を羊皮紙に書いて行く作業は、深夜まで続くの。 取っ散らかった、お部屋のど真ん中に、執務机みたいな、ちょっと大きめの机があってね、その上に書きかけの考察が幾つも乗っかってるのよ。
あっちをウロウロ、こっちをウロウロしながら、必要な文献を漁ってね。 真剣に法典の成り立ちから、経緯とかを書き連ねて行ってたのよ。 ミャーが深夜のお茶を入れてくれた。 隣に座って、頬杖を突いて、私を見てるミャー。
「楽しそうだね、ソフィア」
「楽しいよ? 最高に。 好奇心が満たされるって、こういう事なのよねぇ」
取っ散らかってる、お部屋の中を見回して、ミャーが嘆息と共に、言葉を吐き出してくるの。
「お部屋、こんなにして、怒られない?」
「大丈夫じゃない? 一応、此処の人達に、なんにも言われて無いんだし」
「……言われてると思うよ? あぁ、そうだ。」
「なに?」
「ユキーラ姫様が、来るんだった」
「そう……って、マズい!!! 散らかりまくってる!! 片付けなきゃ!!」
「何でも、法務長官連れて来るって」
「うっ! 重鎮中の重鎮じゃん!!!」
「そんで、もう直ぐ来るよ? 真夜中にお邪魔するって言ってたから」
「な、なんですと!!!!」
驚愕の事実を、直前に知らされて、大慌てに成ってる私を他所に、ミャーは、フフフって笑ってたね。 ” ちゃんと、人の話、聞いてないからだよ ” って、口の中で云ってた。 えぇぇぇ、言ってたっけ? 聞いてたっけ? マジか!! 焦りまくっているその時に、密やかなノックの音が……
キタ――――――――!!
止める間もなく、ミャーがお客様を招き入れやがり下さりました!!! 部屋の中、本やら報告書やら、判例集やら、法典やらが、あちこちに開いたままに成ってる上に、ベッドの上にまで、書き散らした羊皮紙がばら撒かれてるんだ!!
ど、ど、どうしよう!!
「お話には聞いてましたが、聞きしに勝る状態ですね…… ソフィア?」
「ゆ、ユキーラ姫様には、ご、ご機嫌、ご機嫌麗しく……」
「まぁ……、 そんなに慌てて……。 お身体の具合も大分良くなってきたと、聴いておりますのに、全く此方には来られないものですから、痺れを切らしてしまいましたわ」
にこやかに、空いている椅子に腰を下ろされた。 背後に、壮年の男性が、眉を顰め、周囲に部屋の惨状を見回していたのよ……。 うわぁ……。 ご、ごめんなさい……。
「こちら、我が国の法務長官、エルネスト=デル=ベックマン公爵。 大王様の外戚に当たる方よ」
どひゃ~~~~
「そ、ソフィア=レーベンシュタインに御座います…… どうぞよしなに?」
「なぜ、疑問形かな? 私は、エルネスト=デル=ベックマン。 ……ご紹介通り、法務長官を拝命している。 しかし……、大変な読書量だね……」
そのおっさん、厳しい表情のまま、ユキーラ姫様の背後に立ってるよ。 そんで、テーブルの上に放置してある、羊皮紙に目をやって……お手に取られたんだ。 マズいよね……? 疑問に思ったところとか、色んな気になった事、その考察を、書き出した羊皮紙だから……。 おっさんの片眉がキュゥゥゥって吊り上がったのよ。 やっぱマズかった?
「……此の考察は、ソフィア殿が?」
「え、ええ……。 法典規範が順守されている、《ノルデン大王国》ですので、出来る限り、その知恵を頂きたく思いましたので……」
「……なかなかに、鋭い視点が、散見されますな。 法務院の連中でも、この視点は無い。 他国から見れば……、 そう捉えられるのだな……」
私の書いたモノを、目で追いつつ、そんな事を仰ったの。 沈黙が怖いよ……。 項垂れて、お叱りを受ける準備してたんだ。 ふぅぅ やらかしたね。 ちらちら、ユキーラ姫を盗み見ると、物凄くいい笑顔で、こっちを見てるの。 お、怒ってんのかな……? おっさん、なんか、思考の深みに嵌り込んでるし……。
「ちょっと、怒ってましてよ? 気にしないって、仰って下さいましたのに、まだ、朋と呼んでいいと、仰って下さいましたのに、一向に姿をお見せくださいませんもの。 大王様が珍しく、気落ちされて居られるというのに、お部屋も変えずに、一向に出て来られない。 どうされているのか心配しておりましたわ……。 本当にお身体は大丈夫?」
「はい、申し訳なく。 毒の方は……なんとか抜けて参りました。 体調も……。 まだ、激しい運動などは出来かねますが、普段の行動は問題なく……。 ジッとしているのも、その、何ですので……、 出来る事を……と、思いまして……」
「いいの。 ソフィアの行動には掣肘を加えるなとの思し召しも有ります。 でも、ずっと籠りっきりは、頂けないわ。 ……そうね、良かったら、わたくしがご案内いたしますわよ、ノルデンの良い所を」
「あ、有難き幸せ…… お、お忙しいんですよね?」
「ふふふ、本気。 引きずり回す予定。 それに、貴女の部屋に運び込まれたモノに、エルネストが興味をひかれちゃって、わたくしに紹介を頼んで来たのよ。 そうよね、エルネスト」
おっさんが、羊皮紙から、目を上げた。 厳しい表情は崩さずに、ユキーラ姫にその視線を合わせて、渋~~い声で、言い放つのよ。
「そうで御座いましたね。 何やらお調べと言う事で、侍従たちが法務院まで、資料の貸し出しを要求された。 大王陛下よりの勅までもって。 おかげで、法務院、記録司書が、大慌てに成りましたよ。 何をされて居るのかと……。 大学寮の者でも、なかなかと閲覧できない資料まで……。この羊皮紙の記載事項から、何となく理解いたしました。 ソフィア殿……我が国の法典は、いかがですかな?」
いや、その、何と言うか……。
「時々の重大案件から、法の抜け穴を見事に塞ぎ、量刑を整え、整合させる知恵。 誠に感服いたしております。 資料から読み解けますように、同様の案件は再発し得ない……いえ、たとえしたとしても、重大案件に成る前に、浅い芽の内に処理できるように、考慮されて居られます……。 流石は法典の国と……」
「いや、痛み入る。 国の民が等しく、平穏に暮らせるように、誰もが見えざる脅威に慄かなくてもよいようにとの、歴代の大王様の思し召しであります故」
「その御意思を、具現化されて居られる、官吏の方々の不断の努力に、頭が下がります」
「そう言っていただけると、あ奴等も励みになる事でしょう……。 面白き御方だ……。 流石はユキーラ姫様が朋と呼ぶ御方なだけはある……」
ニヤリって、素敵なおじさまが、微笑まれるのよ。 もうね、なんて言うか、怖いね、この笑顔。 ユキーラ姫もニコニコされてるの。 ポンって手を叩いて、良い事思いついたって顔されたのよ。
「ねぇ、ソフィア。 軽い運動がてら、明日エルネストに法務院を見学させて貰いましょう。 あそこは、いわば、《ノルデン大王国》の心臓部分。 ソフィアも興味が有るのでは、なくて? 貴女にとっては、舞踏会や、社交よりも、そっちの方が居心地よさそうなんだもの」
「え、ええ…… 宜しいのですか? エルネスト様?」
「この状態を見れば、ご招待申し上げるのは、本筋。 よく勉強されている。 我等も、他の国の目線での、法典への意見を頂けるのであれば、これを幸いとしますな。 外交は、難しい。 ダーも良く零しておる。 ダーも同席させるが、よろしいか?」
「勿論に御座います……。 あの……」
「なんですか? ソフィア、要望が有るのならば、言って下さい」
「はい、ユキーラ様。 ミャーの同行をお許しいただければ、幸いです」
「勿論よ。 彼女は今も、わたくしの国外の近習、いえ、朋として、周囲に認識されておりますの。 当然、その様に振る舞っては頂きますが、御一緒するのは、此方からもお願いするわ」
確定したね。
うん、確定した。
ミャーもほぼ一級国賓として遇されている。 そうじゃないかなぁ~って思ってたけど、やっぱりね。 それじゃ、ミャーも侍女服じゃ無く、ドレス着用ね。 さぁ、用意しなくちゃね。 ユキーラ姫の要望だし、今まで、好き勝手させて貰ったんだもの、ちょっとは、故国のお手伝いしなきゃね。
ユキーラ姫、エルネスト様はお部屋を出て行かれた。
にこやかに、明日を楽しみにしてるって、そう言いながら。
わたしも、楽しみにしておくよ。
ミャーも付いてきてくれるし。
なんの心配もせずに。
まぁ、なんだ……。
出たとこ任せだよ!!!
読んで下さっている方々に、最高の感謝を。




