第84話 ノルデン大王国の困惑と矜持
エルガンルース王国の宮殿群とは違って、このノルデン王国は、本当に ” 御城 ”だったんだね。 あんまり意識してなかったけど、全部の施設が一つの巨大な御城の中に存在してた。
ちょっと、ビックリ。
まぁ、日本での知識があるから、そんな物だと思えば、そんなモノだったけど、馬車移動なしで、別の施設に行くには……、遠いんだよ……。 歩くと。
テケテケ侍従さんの後をついて行くんだけど、ちょ、ちょっと待った! ちょっと、無理!! 息上がって来た。 脚がもつれて…… ダメだ……。
「お嬢様!!」
崩れ落ちた私。 支えようとしたミャーを巻き込んでぶっ倒れた。 ゴメン、ミャー。 慌てたのが、侍従さん。 まさか、其処まで弱ってるって、知らなかったらしいのよ。 医務官とか、侍従さんとか、侍女さんとか、わらわらと出て来たんだ。
その人達に向かって、ミャーが威嚇音出してるのよ……。 だからね……。 ミャー、ちょっと冷静になろうよ。 私、疲れて、足がもつれただけだから……。 へたり込んでる私の側に、ミャーが近寄って、心配そうに私を見詰めている。 少し、疲れたよ。 表情を作る事に失敗した私。 変顔に成ってるんじゃない?
「ソフィア…… 何処か痛い? 胸が苦しい? 無理してたの知ってるよ。 どうしたい?」
「大丈夫よ、ちょっと休めば、歩けるから」
何とか笑顔になるのには成功したの。 ちょっと、胸が苦しいかな? そんな一生懸命の笑顔をミャーが見詰め、ポツリと言ったの。
「ソフィア……帰ろう……。 レーベンシュタインの本宅に帰ろうよ……」
「やる事、やった後にね。 それに冬場に移動は難しいよ」
そうやって、侍従さん以下の衆人環視の中、ミャーとコソコソ話してるの。 大きな影が近寄って来た。 えっ? だれ? つかつかと大股で私達の方へ、一直線にやって来た。 デカいな! おっさん、誰だ? 王家の紋章付きの、いいもの着てるね……って、大王陛下?!?!
「ソフィアと言ったな。 すまん。 無理をさせている。 ミャー、お前も、そう怒るな。 もうちょっとで、来てもらう筈の部屋だ。 俺が運ぶ。 良いな」
ふわりとお姫様抱っこされちゃったよ。 ミャーも目を白黒させている。 この国の一番偉い人なんだから、当たり前。 下手こきゃ、お手討ちにされちゃうことも有るんだ。 冷静に、冷静に……。
なれるか!!!
「も、申し訳ござ……」
「謝るのは俺の方だ。 すまん。 奴等何を勘違いしたのか……。 ダーから聴いたぞ。 そなたが、ユキーラの脱出作戦の根幹を担っていたと。 平行して、襲撃するであろう勢力の炙り出しの実施も進言していたそうだな。 エルガンルースには、軍を動かすわけにいかない事も、表立って南の奴等を牽制する事が出来ないのも、良く理解していたな。 その上での、ユキーラの身の安全を最優先にした作戦案……。 今回の最大の功労者である、そなたに対し、我が国の仕打ちは、どれだけ謝罪しようと、足りぬ」
真っ直ぐに見つめられると、圧迫感あるね。 デカい男の人って、それだけでなんか怖いよ。 戦闘力皆無の今、特にそう思う。 眼の中には、慈愛の光が読み取れるんだけどね、それでも、恐れ多いとか、不敬であるとか、色々とグルグルしちゃうんだよ。 で、出た言葉はコレだよ……。
「も、勿体のうございます……」
呆れられたね。 完全に。
「かように申すな。 彼方では、ユキーラの心も取り戻してくれたそうだな。 戦場の惨禍の中ではよくある話なのだが……それが、アレに降りかかるとはな。 国への報告だけが、拠り所だったアレに、別の拠り所を作って呉れた。 有難い事なのだ。 アレに死なれては……アレの母親に申し訳が立たんのだ。 ……生きてさえいてくれれば……そう思って居ったのだ」
「ど、どなたが、そのような事を……」
「ダーから聴いたぞ。 ユキーラに生きる気力を思い出させてくれたらしいな。 なかなかに苛烈な方法をもって……。 責めているのではないぞ。 感謝しているのだ。 嫁に行く前の……、 あのお転婆姫が、戻って来てくれたのだ……。 何も言う事はない。 アレが待っている。 顔を見せてやってくれ……。 俺が恨まれるのでな」
ダーって、ダーストラ卿の事だね、きっと。 謁見の間の大王さまは威厳に満ちた、偉大な人って感じだったけれど……。 良く喋るおっさんだなぁ……。 なんて、不敬な事を思ってしまったよ。 お姫様抱っこして、移動してくれている、今は……気さくな、おっさん……。 王様家業って、表と裏じゃ、かなり印象変わるもんね……。 だいたい、威厳に満ちた、偉そうな表情を取り繕ってるエルガンルースの国王陛下だって、裏に回ったら、桃色恋愛脳だったもんね……。
いいや、為されるがままで。 拒絶したって……、 どうせ、無視されるんだから。
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もうちょっとって言う割には、かなりの距離を移動したよね。 この国の人のちょって、当てに成らないよね。 周囲の雰囲気が変わってるのよ。 衛兵さんが護っている扉を二つほど抜けたと思う。
その度に、目を剥かれて、驚かれたもん……。 きっと、普段はこんな事しないんだろうね。
エルガンルース王国で云えば、【処女宮】みたいなところなんだろうね。 いつの間にか、男の人居なくなってたよ。 男子禁制って、たぶん、後宮なんだろうね。 柔らかい感じの壁紙に、調度品なんかも凝った作りのモノが多いね。 女性的って言うか、まぁ、ノルデン大王国らしく無いんだよね、此処って。
とある、扉の前に立たれた大王陛下。 胸に抱く私の方を見て、御口を開かれたんだよ。
「さて、お転婆娘の部屋がココだ。 ソフィア、そなたは、ユキーラに名を呼べと言われてるらしいな。 だったら、何時でも、此処に来て良いからな。 申し伝えて置くから、遠慮せずに来い」
めっちゃいい笑顔だ。 息を吸い込んでから、デカい声で扉の方に声を掛けられたんだ。
「ユキーラ! 来てもらったぞ。 少し支障がある。 寝台を使うぞ」
扉がサッと開かれて、豪華な装飾がされて居る部屋に、突入されたよ。 ノックも無し。 先触れも無し。 流石は、後宮の主。 傍若無人だ……。 そんで、部屋の主の許可も得る前に、私は、豪華なベットの住人に成ったんだよ。
部屋の主が、手早く色々と整えてくれた。 ベットの横に、椅子が三脚。 ……なんかお話があったんだね。
「ソフィア! ごめんなさい!! 何度も、ミャーにはお伺いを立てたんだけど……。 御兄さまにも、お願いしたのよ……。 無理言って、本当にごめんなさい……」
心配そうに、苦しそうに、私を見るユキーラ姫。 頭の上のケモミミがペタンってなってるよ。 ……心苦しいったら、ありゃしない。 貴女の方が、苦しい筈なのよ。 せっかく嫌な記憶があいまいになったのに、私の事を思い出すのと一緒に、全部、全部、思い出しちゃったんだから……。
「ユキーラ…… 不幸な出来事が重なったんですよ。 ユキーラの方こそ、もう大丈夫なの? 」
「ええ……大丈夫。 思い出したわ。 悪い事も……いいことも。 ソフィア、貴女のことも、全部」
「……」
「本当に、わたくしは、大丈夫よ。 貴方のお陰で、一番大切な人の面影をしっかり思い出せるんだから。 ミャーも座って。 今は、大事な、お話があるの」
そう言って、その場に居る人たちを、皆、着席させたのよ。 なぜか、大王様に対して、ぞんざいなの、ユキーラ姫様……。 でも、大王様、ニヨニヨしてるし…。 いいか。
「謁見の間に、私も居たの。 大王陛下と共に下がったのよ。 本当はあの場で云いたかったの。 でも、ソフィアは礼典則を護り抜いた……。 大王陛下の異例の御言葉かけにすら、礼典則通りの言葉をもってね。 周囲の文官共が言葉を失っていたのは確かよ」
まぁね。 だって、弱み見せられないじゃん。 雰囲気的には、なんか要求があれば、聴くぞって言われてる様な物だからね……。 調子に乗って、なんか言おうものなら、それこそ、外交的に袋叩きに合ってたよ……。
「あの馬鹿共、貴女の評判を、あの……なんて言ったかしら、留学資格で来た男……まぁいいわ、その馬鹿に聴いたらしいのよ。 それとなく。 あちらの状況も知らないくせにね。 ダーストラが居なかったのも、それに拍車をかけた。 彼が、貴女の進言を受けて、襲撃の背後関係を調べる為に、子飼いである、彼方の騎士達を連れて行ってしまったから、貴女の情報が、極めて少なかったのよ。 此方に運ばれた者は、獣人族の血を強く残した者達だったから……。 ミャーのお薬を頂くまでは、碌に事情も話せなかった……」
事情説明? まぁ……大切って言ったら、大切な事だけど、概ね予想してた通りね。
「サリュート殿下からの、安否確認にも、貴女の事は書かれなかった。 ミャーに関しては、ナイデン大公様よりの書状があったうえ、昏倒されていたから……、 サリュート殿下の御懸念を、ミャーの事だと思い込んでいたらしいの」
ミャーが俯くんだよ。 いや、ミャーのせいじゃ無いって。 貴女は意識を飛ばしていたんだよ。 どうしようも無かったんだよ。 ベッドの上で、オトナシク、ユキーラ姫のお話を聴いてたんだけど、もういいや。 事情は想像通り。
「お話は承りました。 不幸な事実誤認が重なっただけですのよ、お気になさいません様に」
上手く表情が作れないから、能面みたいな顔だろうね。 ゴメンよ。 本来なら、柔らかな微笑って奴を作らないといけないんだけどねぇ……。
「お怒りは……判ります……。 わたくしは、まだ、貴女の事を、朋と呼んでも、よろしいのでしょうか?」
ゴメン、一生懸命、笑顔になろうとしてけど、失敗した。 ……相変わらずの能面顔だよ……。 寂しそうなユキーラ姫。 私の顔をみて、明らかにガッカリしてる……。 ほら、やっぱり、誤解した……。 気にしてないって。 ユキーラ姫のせいじゃ無いんだよ。 だから、気にしてないって。 お国柄、国法を杓子定規に遂行するのは判ってたしね。 私から許可するなんて、勿体なくも、恐れ多いしねぇ……。 沈黙してしまったんだよ。
「……微笑んでは頂けませんよね……」
そんな事、言われたって……、無理っす。 表情が、いう事、効かないんですよ。 溜息でそう。 なんか、ユキーラ姫、打ちひしがれているよ……。 ケモミミがペタンって成って、細かく震えてるよ……。 うわぁぁぁ、ど、どうしよう!!! み、ミャー、ふぉ、フォロー よろしく!
「ユキーラ姫。 ソフィアお嬢様は、お許しになっております。 肩を射抜いた、毒矢の毒が……毒が……。 ソフィアお嬢様の表情を奪って居られるのです……。 い、今しばらく、御猶予頂ければ、幸いです」
ミャーも心を痛めているんだ、心もち、声が震えてるよ。 ユキーラの気持ちとか、私の症状とか、自分が、何も出来なかったって言う後悔とかでね。 ミャーの言葉を受けて、ハッとした表情のユキーラ。 まじまじと私の顔を見るそのつぶらな瞳に、涙が溢れて……、 零れて落ちた。
くっそ重い沈黙を破ったのは、渋い、渋い、大人の男の人の声。 同席されている、大王陛下の声だったよ。
「強者だな、ソフィアは。 牢の中での振舞も、報告に上がって来ておった。 司法官が首を捻って居った。 激昂するでなし、無実を訴えるでなし、事実を述べた後は、あくまで、沙汰を待つ姿勢にな……。 強固な信念を持たぬ者ならば、醜態をさらす、あの場所で、そちはあくまで、気高かったと」
深く頷く大王陛下。 いや、あのね、そんなんじゃないよ。 孤児院での習性だよ。 折檻部屋に連れてかれたら、オトナシク従順にしとかないと、酷い目に合うから……。 慣れ親しんだ、習慣だよ……。 ね、ミャー。
「なんにしても、このままでは置けないな。 ユキーラ、そちの朋でもある。 何より、我が国に対して、多大な貢献をして貰った。 礼を言う。 よって、国王エスタブレッドの名によって、ソフィアを一級国賓として遇し、いかなる場所にも掣肘なく通る事を許可する。 またソフィアの症状が快癒するまで、この城に滞在する事を許可する。 ……ミャー許せ、……宮廷医務官、宮廷薬師、宮廷魔術師の治療を命ずる」
ふわぁぁ! 一級国賓って!!! それって、対王族用の迎賓ってことじゃんか!!! たかだか男爵令嬢に向かって言う言葉じゃないよ!!!
「ソフィアの……命を脅かした、ノルデン大王国からの、謝罪と思って、どうか受け取って欲しい。 信義には、信義を。 祖父、父…… いや、連綿と続く、大王国王家の銘なのだ……」
頷くしかないじゃん……。 そんな事、言われたら……。 判った。 判ったから、これ以上、気に掛けないで欲しい。 大した事してないし、大それたモノ、受け取る謂れなんか無いからね。
ユキーラが、寝台の上に居る私に抱きついて来たの。 エグエグ泣いてるのよ。 ミャーどうしたらいいと思う?
こうしてね、なんか、私、王女殿下襲撃犯容疑者から、第一級国賓の御姫様に転身を果たしちゃったんだよ……。
ほんと、何が起こるか判んないよね……。
でも、一つ 確かな事があるの。
【世界の意思】の、
ソフィア排除は、
完全に失敗したって事。
生き抜く努力は、
報われたって事よ。




