第82話 招待状 と 私
ノルデン大王国、王都グレトノルトの朝は、早い。
なんつって。
まぁ、早いのは、早いわ。 身支度をするのはまだ暗いうち。 ミャーが全部を整えてくれるの。 外部から持ち込まれる、食事も薬も、全部ミャーが確認して、一緒に食べてるの。
そう言えば、あの土牢から出てから、ミャー以外には誰も会ってないなぁ……。 そんでもって、休ませてもらってる、この部屋。 なんか物凄い豪華なんですけど。
この部屋自体は、ミャーが宛がわれていた部屋なの。 ユキーラ姫のお気に入りの付き人で、ナイデン大公様の御願いがあったから、ノルデン大王国の人も滅茶苦茶気を使ってるってことね。 たぶん、ここ、他国の王族の使う部屋だと思うのよ。
豪華だし、色々と防御関連の魔法掛かってるしね……。
ベッドから起き上がれるようになったのは二日前。 部屋の中で、ウロウロして、体力が戻るのと同時に、ちゃんと動けるのかどうかを、確認して色々やってみた。 予想通りと言うか、当たり前と言うか…… ミャーに告げた通り、私の体は、かなり傷んでた。 もう、まともに剣は振れ無くなっちゃった。
魔法関連は、まぁ……なんとかね。 牢結石が体の中の魔力の流れを、かき乱してくれてたから、その修復中。 繊細なのよ、こういった事はね。 瞑想して、とにかく主回路だけは確保できたけど、いま、何かの魔法を使うと、きっと暴走する。 術の大きさとか、強度とか定義しきれないから。
つまりは、今は、全く、戦えないって事ね。
でも、生きてるし、修復は出来そうだし、失った体の機能は、魔法で補えるだろうし……。 あんまり、悲観する必要、無いもんね。 今はまず、どんな状況に成ってるかって事よね。
「ミャー、 今更だけど、何があったのか教えてくれる? 私は、もう、容疑者じゃ無いの?」
朝ごはんを準備してた、ミャーがビクッてして……固まった。 やっぱり、まだ、ユキーラ姫を狙った襲撃者の一員って、思われてるのかなぁ……。 ゆっくりと、振り返るミャー。 何時もの柔らかな表情じゃ無いのね。 そうなんだ……。
「ソフィア…… 大丈夫。 心配しなくていい」
「そうじゃ無くてね、何があったのか、教えて欲しいの。 ほら、助けて下さった人にも、お礼言わないといけないし……ね」
「ソフィアが、お礼言う必要のある人なんか居ないよ。 全部、全部、敵だ」
「ミャー……。その気持ちは有り難いんだけど……、何があったの?」
ミャーは、顔をこわばらせながら、まだ、沈黙を守っている。 私が部屋着で着席している、食卓の上に、暖かな粥を置き、一緒にテーブルに着くよう、促すと諦めた様な表情を浮かべて、ミャーは私の隣に座ったの。
「ミャーは寝てた……。 目の前がグルグル回るから、起きてられなかったし……。 一番、最後の記憶は、ソフィアが馬車を出て行く時に、笑ってくれた顔なの……。 次に気が付いた時、此処でボケっとしてた……。 誰も居なかったけど、とっても暖かだったんだけど、サルタンの影響が抜けきって無かった……。 もって来てた荷物も有ったから、解毒剤作ったの……。 ソフィア程上手には作れないけど……。 それ飲んだらすっきりした」
「作ったの……凄いわよ。 ほんと、凄いわ。 あれ、難しいのに」
そうなんだよ、獣人族対応のサルタン解毒剤って、合成がとっても微妙なんだよ。 品質狙っても、無理だから、各人に合わせて調合するしか無いし、そもそも、その解毒剤が有る事を知ってる人が少ない。 まぁ、危険だからね。 過剰投与は副作用がきつい筈だもんね。
「……お部屋にお医者さんが来て、目を丸くしてた。 解毒剤があるって知らなかったらしいし、そもそもサルタンの事も知らなかった。 私が治ったのを見て、ユキーラ姫の所に連れて行かれた。 姫様もサルタンの後遺症が強く出ててね……。 ボンヤリしてた。 ほっとくと脳ミソ壊れるから、解毒剤調合して飲ませた」
「それで?」
「……寝た。 ソフィア程上手く作れないから……」
「眠れるって事は、ちゃんと出来てたんだよ。 大丈夫。 それから?」
「ユキーラ姫、三日間ほど眠ってたけど、起きれた。 ずっと隣に居て、見てた。 起きたら、大量の水飲んでたよ……。 ミャーも一緒だったけど、あの薬、物凄く喉が渇くよね」
フフフフ、そうね。 ユキーラ姫も快癒したんだ。 脳に損傷受けて無いかな……。 ちょっと心配。
「お医者さんとか、薬師さんとか、涙流して喜んでた。 姫様、正気を取り戻したって。 なんか滅茶苦茶感謝された。 奴等がサルタンの事知らなかったの、その時点で理解したの。 ミャーにとっては、びっくりだよ」
「そうね、獣人族と、サルタンの関係は、深く秘匿されていたからね……。 知ってる人の方が少ないんじゃ無いかな?」
「……南の方じゃ、常識……」
「……馬鹿が、奴隷用の麻薬として売ってたもんね……」
ほんと、南の国奴等は碌な事しやしない……。 まだ、大々的には蔓延してないし、あっちの方じゃ、獣人族は奴隷だし、問題にすらなってないの……。 穿って見れば、強兵って言われる、ノルデン大王国、ナイデン王国の兵に対して、滅茶苦茶 「有効」って事なんだよね。
国絡みで、作った可能性も捨てきれないよね。 前回と、今回のユキーラ姫様襲撃に使って、何処まで使えるか、実験したのかも知れないね……。 やっぱり《ガンクート帝国》絡みか……。
「そっからは、なんかミャーは、ユキーラ姫の御側に付く事になったんだよ……。 ソフィアの事は誰に聞いても、教えてくれなかったし、ユキーラ姫にも聞いても、反応薄かったし……。 ユキーラ姫も、ソフィアの事、忘れてたみたい……。 記憶があいまいだからって、時々零してたから……」
そうか…… 記憶障害が出たんだ……。 ユキーラ姫ならそうなるような気がする。 思い出したくも無い、酷い事があったんだものね、心の防衛反応としては、当たり前だ。 でも、心の神殿は掘り起こしてあるから、虚ろな目には戻らなかったってことね。
「誰かに、助けて貰った、でも 誰だか思い出せない……そう、云ってたよ、ユキーラ姫。 この間まで、判らなかったんだよ……。 それって……ソフィアの事だよ」
「そう? 私は何もしてないよ? ちょっと、「心の神殿」を掘り起こしただけで……」
「ソフィアなら、そう言うと思った。 でも、ユキーラ姫が、それを思い出してくれたから、ソフィアは助かった」
……そっか。 そうだったんだ……。
「ミャーは厳重な保護って名前の警戒下に置かれてて、動けなかった。 ソフィアの事を探ろうとしても、跳ね付けられた。 ダーストラ=エイデン卿は、エルガンルース王国まで戻って、この襲撃の主犯を探り出すのに必死……。 エルガンルース王国のノルデン公館に、賢者ミュリエ様と、ナイデン大公様達が、一緒に詰めて、背後のあぶり出ししてたみたい……」
「わかったの?」
「うん……ミャーにも、お手紙来てた……。 その手紙にも、ソフィアはちゃんと遇せられているから心配せず、療養してほしいって書いてあった……。 ま、まさか… あ、あんな事に‥ 成ってたなんて……。 し、知らなかった……」
プルプル肩を震わせて、俯くミャー。 上がらない左腕を何とか伸ばして、ミャーの肩を抱きよせて、顔を見るの。
「ミャーはなにも悪く無いよ。 ノルデンの司法官様達は、容疑者の情報は絶対に漏らさないからね。 行き違いがあったんだよ。 ノルデンは、容疑者として私を遇してるって言いたかったのよ。 あちらで頑張ってる方々は、そう受け取らなかっただけよ。 秘匿事項だもの」
「……」
「それで……ユキーラ姫様が、助けてくれたのよね?」
コクリと頷くミャー。 彼女が小声でお話を続けてくれたところによると、何かのきっかけで、私の存在を思い出したらしいのよ。 それも、彼女の快癒祝いのパーティーの席上で。 エスタブレッド大王様ご臨席の最中にね。 ユキーラ姫は、私の安否を ミャーじゃない側近に訊ねたのよ。 たとえ、緘口令が敷かれていても、流石に王族ね。 同席されていた、大王様の頷きが、全てを語らせたんだって。
その場にミャーも居たんだって…。青褪めるユキーラ姫。 姫様の絶叫が広間に轟いたそうよ……。 そこからは早かったって。 横紙破り上等! な、姫様、供回りと、ミャーと連れて、パーティー会場から着替えもせず、とる物も取り敢えず、エストラーデ監獄の、国事犯未決囚の入る、あの土牢に突撃したのよ。
ノルデン国民のアイドル、ユキーラ姫が鬼の形相で、ノルデン大王国が誇る、規範の塊であるエストラーデ監獄長に喰って掛かって、法令、法規全く無視して、私が突っ込まれていた、最下層の土牢まで駆け抜けたんだって。
「……あの時、ユキーラ姫が、 ” わたくしの朋が、わたくしを害する筈はあり得ません。 わたくしを止めようとする者に告げます。 わたくしを止めるには、貴方達の「命」と「誇り」を、対価に差し出しなさい! ”って。 看守さんたち、青褪めて引いてた。 監獄長もなんも言えん様に成ってた……。 ユキーラ姫様の鬼の形相って……ソフィアと同じ位恐ろしいよ……」
私が収監されている、土牢の鉄の扉……。 その前に立って、開けるように命じたユキーラ姫様。 看守さん、ガタガタ震えて、鍵、落っことしそうに成りながら、なんとか開けたんだって。 凍える冷気が、独房から流れ出して、扉に体を預けてた私が、転がるように倒れてきてね…… 。
悲鳴と、怒号。 ミャーが駄々洩れにした殺気。 一目見て、私が瀕死なのが判ったとたんの出来事なんだって。 ミャーが咄嗟に、軽くなっちゃった私を抱き上げて、ユキーラ姫の先導の元、王宮に急ぎ戻って…… ” 手当を ”、と叫ぶユキーラ姫にまで、ミャーは敵意をむき出しにして、この部屋に籠城したんだって……。
おいおい……助けてくれた恩人だぞ?
そん時のユキーラ姫の悲しそうな顔に、ミャーは、ちょっとだけ心が痛んだって……。 それでも、怒りの方が大きかったんだって……。
はぁ……。 なんで、この部屋にノルデン大王国の人が居ないか判ったような気がする。 ミャーの殺気がモロダシなんだ……。 あのユキーラ姫様も押し止める程の殺気。 触れれば誰もが傷つくような、剥き出しの刀身の様な……。 はぁ……守ってくれてんだよね……。
感謝はするけどさぁ……。 ほら、もうちょっと……どうにか……って、ならないよね……。
ミャーの申し訳なさそうな顔。 頬を撫でて、ちょっと困った状況に成ったなぁ……って思っちゃったよ。
^^^^^^^^
大分良くなった。 まだ、足を引きずるんだけど、ちゃんと歩けるようにも成ったし、体重も増えた……。 適正以下だけどね。 魔力の回路もほぼ修復完了。 剣とかの武器は、振るう事は出来ないけど、魔法の方は問題なく使えるようになったと思うよ。 ちょっと、魔力の方を練ってみたけど、大丈夫そうだったし。
でも、表情がね…… 左目が思うように開かないのよね。 ほら、鏃についてた毒……。 あれ、完全に解毒できなかったみたいなの……。 それの影響か、顔の左側半分の表情が作りづらくってね……。 せっかく、完璧な笑顔の仮面作ってたのに、今じゃ、表情がほどんど、固定よ……。 鏡見たら、絶対にディジェーレさんがしない様な表情に成っとったよ……。 段々と、進行していくところがね……凄く凹む……。
ミャーが用意してくれたご飯は美味しい。 温かいし、体力増強の補正効果もついてるもんね。 でも、ちょっと心配なのが、持ち込んだ薬草とかもう、無くなっちゃってるんじゃないのかって事。 こっちの国じゃ珍しい薬草もあったじゃん……。 大丈夫なのかな? 侍女モードの怪しいミャーが応えてくれた。
「御心配には及びません。 此方の薬師さまより、ふんだんに頂いております」
「無理を言ってはダメよ?」
「あちらが、勝手にもって来てますので」
「だ~か~ら~……」
「お嬢様は優しすぎます!」
プンスカ、ミャーも可愛いね。 でも、まぁ、好意は好意なんだから、きちんとお礼は謂わないとね。 ちょっと、ミャー 今、何を隠したの? ポッケから、はみ出ててるよ!
「いえ、なんでも。 お嬢様には、まだ早いと……」
「見せないさい。 これ以上、不躾な真似は、出来ないでしょ?」
ちらっと、見えたそれには、ノルデン王家の紋章が透かし込みで入っているのが見えたのよ。 あれは、なんかの招待状か、召喚状。 もしくは…… 断罪状かもね。 渋々、ミャーが手渡してくれた。 ほらね、しっかりと、王家の封印がしてあるよ。 って、これ、何通目よ。 隠してるんなら、出しなさいよ!
「……最初は、ミャー宛に来てたんだけど…… ミャーが無視するから、ソフィア宛になった。 見つかっちゃったので、三通目。 あっ、でも、中は見て無いよ。 ホントだよ。 ミャー宛のには、ソフィアがどうしてるかって、質問バッカリだったんだよ。 きっと大したこと書いてないよ……」
なんか、盛大に言い訳しとる。 でも、いけない事だよね。 判ってるよね。 三通とも出させた。 一通目は、私の治療状態を問うものだったよ。 差出人はユキーラ姫。 二通目は、会って謝罪したいって内容。 差出人は第一王子である宰相閣下……。 三通目……、 今回の奴。
”ソフィア=レーベンシュタイン嬢。 大王の名により、そちを謁見の間に招く。 承諾されたし ”
簡素だけど、力強い文字が躍っているね……。 差出人のね……。 ご署名がね……。 普通じゃ無いの。
だって……エスタブレッド=ノーブルトン=ノルデン大王陛下の御名御璽付きだよ……。 これ貰えるのって……国賓待遇の人だけなんだよね……たしか。 【処女宮】での、《 外交のお勉強 》で、習った事あるんだ。 まさか、自分宛に発行されるなんてね……絶句した。
「どうしたの? ソフィア、なんか嫌な事書いてあったの?」
「ミャー……。 一番いいドレス……準備しようか」
「うん……。 いいよ」
「お返事書くから、紙とペンの準備も…… 一番いい紙使うからね」
「用意する。 あとは?」
「うん……。 一言、言わせて」
「なに?」
「どうしよう!!!!!」




