第81話 侍女の怒り、主人の困惑
相も変わらず、此処は静かだ。
隔絶された世界に一月以上閉じ込められて、ジッとしてた。 いい休養になったよ~~ って、強がりを言ってみる。 ふふふ、現実逃避しとかないとね。 【氷雪月】になって、寒さが一層厳しかったんたんだもの。
明り取りの窓は、鉄格子が嵌っているだけで、ガラスなんてもの存在してないし、高い所にあるから、僅かな暖気もガンガン抜けていく。 土牢だから、壁も床も、氷のように冷たいし、ベッドの敷き藁なんか、マジで役に立たないんだ。
粗末な貫頭衣の様な囚人服と、毛布一枚だけで、この寒さを凌ぐのは、本当に厳しいのよ。 カタカタと震える体を精一杯小さくして、膝を抱え、毛布を抱き込み、牢の隅の、僅かに日光の届く場所に小さくなる。
この限られた環境での、暖の取りかたなんだ。
お日様って偉大よね。 ちょっと当たるだけでも、暖かくなるんだよ。 精霊様への祈りは欠かしたことが無いけど、流石に今は無理だ。 動けない。 カラカラに乾いた唇を動かしたら、切れて血が出たんだよ。
朝と晩のご飯をもって来てくれる、看守の人にお礼も言えないくらい、消耗しつくしたんだ。 ギロリって睨む目が、僅かな日光を求めて部屋の隅に蹲る私を睨みつけ、” まだ、死んで無いのか ” って言う、声に成らない視線を投げかけてくる。
「飯だ」
「あ・り…がと…‥」
微かな感謝の言葉、動かない身体。 それでも、最後の時まで、矜持を保つ為に、喰うんだ。 引き出しを引っ張るんだけど、なかなかに重いね……。 入れられた当初は軽かったんだけどね……。
冷え切った、ご飯は、毎日同じもの。 堅いパンと、うっすらと塩味の付いた、具の入ってないスープ。 動きずらい口を開けて、必死に食べるんだ。 受け付けそうにない胃袋を叱咤激励してね。 長い時間を掛けて、なんとか飲み下すの。
引き出しの中に食器を入れて…… 元に戻すのが、また大変でね……そのまま力尽きちゃったよ。
ボンヤリと、口が言葉を紡ぎ出す。
ごちそうさま……。
もう、意味のある音声には成らない。 自分ではそう言ってるつもりなんだけど、自分の声が聞こえない。 そうそう、そう言えば、何日も前から、それまで疼いていた傷の痛みが無くなったね。 治ったのかと思ったら、膿んでた……。 肩の傷から膿が流れ落ちてるの……。 ははは……。こりゃ、持たないな。
肩の傷がこの調子だったら、背中の傷はもっとひどい事になってる筈だしね。 ダメか……。 死亡フラグ、へし折り続けてたんだけどなぁ……。
そっかぁ…… 【世界の意思】が、ソフィアの排除に成功したんだ。
いやぁ……参ったね。 ズルズルと鉄の扉を背に、崩れ落ちて行く。 意識を失って、久しぶりに聞いた、あの人の声を思い出した。 何てったけか…… そう、そう、合言葉。 鍵失くしたり、両手に荷物一杯の時に、扉を開けて欲しかったら、インターホンに向かって云う言葉。
ええっと…… 思い出せ、私。
なんか、とんでもない、内容だった様な気がする。 この世界の人には、全く意味不明な……えっと……。 瞼が重く感じるよ……。 視界がぼやけて、……あの人の背中が見えた様な気がする。
もう、ちゃんと、見つけてくれなかったから、こんなになっちゃったじゃん。
遅いよ。
もう、待ちきれなかったよ……。
ねぇ、あなた……
私も、探してたんだよ………………。
また、輪廻出来っかなぁ…… 。
死ぬ気で生きる覚悟は有るんだけどなぁ……。
この世界で、生き抜くって……、
……難しいね……。
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温かくって、柔らかくって、モフモフしてる。 何だコレ? なんか、気持ちいいぞ? ふふふふ、モフモフだぁ……。
モフモフ
モフモフ
気持ちイイねぇ……。
なんかのご褒美か? 最後まで頑張った、ご褒美なのか? どっかに連れてってくれる、天使かなんかか? いや、いい趣味してるねぇ……。 オタクの心鷲掴みする、手触りだよねぇ……。
モフモフ
モフモフ
モフモフ
モフモフ
その、柔らかな僅かな感触が、とっても心地いいんだ。 なのに、突然の大声。 びっくりしたな、もう!!!
「ソフィアに、触るな!!! 此処から出て行け!!! おまえらなんか、どっかへ、いっちまえ!!! 許さんからな! 絶対に、絶対に、許さんからな!!! 大事な、大事な、私のソフィアを!!!! ソフィアぁ‥‥目を開けておくれよ…! 紅いあんたの瞳が見たいんだよ……。 お願いだよ……。 ソフィアぁ……」
ん? ミャー? ミャーなの?
天使がミャーなの? 連れてってくれるんじゃ無いの?
片目すこーし開いて、視界がうっすらと、像を結ぶ。 目の前に、なんか動いてるよね……。 良く見えないくらい近いんですけど……。 なんか、とっても柔らかいモノの上に寝てるのは、判った。 やっとこ、状況が判って来た。
そうか、あの土牢からは、出られたんだ……。
視界がきちんと像を結べるようになってきた。手からは、牢結石の手錠が消えてて……魔力回復が出来てるよ……。 自分でもわかるね。 体力がほぼゼロだけど、魔力だけは戻って来てる。 まぁ、それでも、かなりピンチなくらいだけど、牢屋の中に居た時よりは、マシかな?
「なんで、ソフィアがこんなになっちゃうまで、放っておいたの!!! 何が ” きちんと遇しております ” だ!!! ……だから、触んなって言ってるだろ!!!!」
ミャー、御口が悪いよ。 そんな事言っちゃダメだよ。 お里が知れるって、いじめられちゃうよ?
「なんで、みんなを助けようとした、ソフィアがこんなに目にあってるんだよ!!! 教えてくれよ! なぁ!!! なぁって!!!! ……ミャーだけが、ぬくぬくしてたなんて……なんでなんだよ!!! 肩だって…背中だって……こんなに成るまで……。なぁって!!!! 何とか言えよ!!!!!」
そっか……。 ミャー、気が付いたんだ。 良かった……。 あの麻薬の微粉末、相当量、吸い込んでたから……。 下手すりゃ廃人になる所だったんだよね……。 回復出来たんだ……。
よかった。 しぶ~~い、男の人の声がしたんだ。 でも、誰か、判んないね。 視界に入って無いし……。 今見えるのは、目の前一杯にある、ミャーの胸元だけ……。
「ミャー殿。 我等、薬師に。 医務官もおります故、お任せを……。 ミャー殿では、その……、 ソフィア殿の手当てが……」
「煩い!! そんな事言って、また、ソフィアの事殺そうとするんだろ!!! ミャーはどかない。 絶対に離れない!!! どうしてもって言うなら、一緒に殺せばいいだろ!!!」
おい、おい……。 爆発してんなぁ……。 こんなミャー見るの、ホントに、ホントに、久しぶり。 孤児院で、一回、殴り合いの喧嘩した時以来だよなぁ…………。 でも、ミャー、怒りに任せて、トンデモナイ事言ってるね。 ダメだよ、そんな荒い言葉を使っちゃぁ……。
「ミ…ャ……アー……」
やっと、声が出たよ。 片目の視界に、ミャーの顔が映り込んだ。 そっか、ミャーも回復魔法使えるもんね。 ミャーの金銀眼がボンヤリと緑色に発光してるのが判るよ……。 引き戻してくれたんだね。
「そ、ソフィアァァァァァ!!!!!!!!!!」
煩いよ……耳元で絶叫するなよ……。 でもさぁ、なんかとっても嬉しくなってね……にまぁって笑った。 笑顔になれてる自信は無かったけど、まぁ笑えたと思うよ。 抱き着いていた手に更に力が加わって、ちょっと噎せそう……。 でも、いい気分よ。
「意識が戻った!!! ソフィア、判る? ミャーだよ? ソフィア!!!」
片目だけど、一生懸命開いて、ミャーを見ながら、頷いたの。 ミャーは、私の紅い瞳を覗き込んで、意思の光を確認してた。
「ソフィア! ソフィア!! ソフィア!!!」
はいはい……。 戻ってきましたよ。 あんたに連れ戻されるの、何回目だろうね……。 しっかし、喉乾いた……。 もう、カラカラだよ……。
「み…水を……」
身体はミャーに預けたままでね……そう言うのが精一杯。 ウンウン頷いているミャー。 近くにあったんだろうね。 コップ入った水を持って、口元までもって来てくれた。 冷たくて、美味しいね。 ゴキュゴキュいったよ……。
「水が飲めるんなら、これも……」
そういって、小さな小瓶を取り出して来た。 見覚えあるよ、それ…… 学院の文化祭で売ってた回復薬だよね…… 高品質バージョンのやつ…… 私が作った奴だよね。 持ってたんだ……。 促されて、あけられて小瓶の中身を飲み干す。
味はお察しだけど、あれほど、減っていた体力が ” ちょっと危ないかな ” ってくらいにまでは、取り戻せた……。 あとは、喰って寝てたら戻るね……。 ミャーありがと。 飲み干した事を確認したミャーは、明らかにホッとした表情を浮かべて、泣いてた。 ウンウンって何度も何度も頷いてね。
「ミャー殿……」
オズオズとした、声が掛かったの……。 そしたらさぁ、ミャーったら、私に向けてくれていた優しい表情が一転して、冷たく、固い表情になって、また、無茶を言い放ったのよ。
「サルタンの麻薬の対処方法すら知らない、お前らに、ソフィアは任せられない。 食事だって、怖くて食べさせられない。 此処に持ってくる食べ物、飲み物、薬は、全部、ミャーが調べる。 混ぜ物しやがったら、只じゃ置かない。 判ったら出てけ。 この部屋から出て行け!」
宣言する、ミャー。 暗殺者ギルドで頑張ってたから、ミャーの毒物に関しての知識は、相当に高い。 「錬金師」の資格だって持ってる。 「毒物調合師」って云う資格すら、ミャーは持ってるんだ。 この子に、クスリや食べ物関連の誤魔化しは効かない。 この子の唯一の弱点ってのが、あのサルタンだけなんだよね……獣人の血がそうさせるから……仕方ないんだよ……。
「ソフィア……。 ミャーは、側に居ます。 眠って。 起きたら、なんか、美味しいモノ食べよ」
手を目の上にかざしてくる。 目の前がボンヤリと光る。 【眠り】の魔法……かぁ。 ……ほんと、ミャーの魔法は優しいねぇ……。
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ガリガリに痩せて、栄養失調状態だった私。 ミャーの渾身の看護のお陰で、何とか持ち直したんだ。 でも、そんな献身的な看護をして貰っても、毒矢が貫通した左肩の完治は難しいらしいんだ。 健が切れてて、もう修復できないくらいになっちゃってたから、左手は水平以上、上がらなくなっちゃった。
ミャーが泣いてね……。
「普段の行動には、問題が無いから、大丈夫よ。 もう、痛くないし」
「ソフィア……。悔しいよ……」
「言いっこなし。 ミャーが色々してくれるから、不自由は無いから」
「でも……、それだけじゃ無いもの……」
そうね。 【傀儡使い】に操られてた、あの身代わりの侍女さんにやられた傷もまた……一生モノの傷に成っちゃったよ。 やっぱり、傷口が塞がって無くって、そこから黴菌が入ってね……。 ちょっと広範囲にケロイド状に皮膚がひきつれた。 もう、背中が大きく開いたドレスは着れないね。 コルセットでも、隠れないんだもの。
呼吸器関連にも、重大な懸念があるんだ。 やっぱり、右の肺、おかしいんだ。 ちゃんと呼吸は出来てるんだけど、どうも、体力の戻りが遅いなぁって感じて、自分で簡易鑑定を自分に掛けてみたんだ……。 右肺、殆ど機能してない……。 黴菌が入って、肺の機能を奪っちまったらしい。 まぁ、生きてるからいいよね。
左の肺は有るし、ちゃんと呼吸も出来るから、激しい運動しなきゃいいだけだから。
「いいんだ、別に。 あの人以外にお嫁に行く事なんか考えてなかったしね」
「うううううう」
「泣くなよ、ミャー。 あの人なら、私がどんな風になってたって、気にしないから」
「でも……でも……」
ミャー、相当来てんなぁ…… じゃぁさ、じゃぁさ、お願いしとこ。 ミャーの罪悪感に付け込む様で気が引けるけど、それでも、ミャーの気が済むなら、彼女の心が少しでも軽くなるのなら……ね。
「お願いがあるの」
「うん何でもいいよ」
「私はもう、戦えないと思うの。 こんな身体じゃ、” お仕事 ”だって出来ないものね。 でも、まだやる事は一杯ある。 そう、嫌になるくらい。 ミャー、私の後ろだけでなく、全周囲を護って。 これは、ミャーにしかお願い出来ない事。 ……ダメ? もし、嫌なら……」
「する! ミャーは、ソフィアの右手だけじゃ無くて、手にも足にも、目にも、耳にもなる。 絶対にソフィアを傷つける者が居ない様にする! 御側は離れない!!」
「そ、そう……。 嬉しいわ、その言葉を聴けただけでも……。 本当に有難う」
「ミャーの方こそ、ゴメンンサイ……。 大変な時に、寝てた……」
「仕方なかったのよ。 ……仕方なかったの。 これだけは、覚えて置いてね。 最善を尽くしても、報われない努力って有るのよ。 どんなに準備してても、隙は出来るもの。 だから、次に生かそうよ。 囚われないで……大好きなミャーと一緒なら、なんだって出来るんだからね」
「……ソフィアぁ……」
云ってるこっちの方が、顔から火が出そうな、こっ恥ずかしさを覚えるよね。 でも、マジな話、これからは、ミャーには苦労を掛けると思う。 ホントにゴメンね。 でも、私基準で頼れる人、ミャーしかいないのよ……。
ところでさ、その侍女服……。 取り戻したんだ……。
ミャーの姿を見ている私に気が付いたらしく、訥々と答えてくれたよ。
「取り戻した。 暗器も含めて、全て。 この侍女服には、ソフィアの血が、護り抜くって意思が、沁み付いてる。 私も、” それを ” 忘れないように、誓いを護る為に、強引に取り戻したんだ。 返り血は洗濯したから、匂わないよ? でも……ソフィアの匂いが落ちるのがちょっと、残念だったよ……」
あ、あのね…… 間違っても、男の人に言うんじゃないよ、そのセリフ。 いきなり襲われるよ? 熱烈な告白みたいになってんじゃん…… マジで……。 ちょっと、クラッて来た……。
上目遣いの、ミャーのはにかんだ表情って、粉砕力抜群だね!!!
惚れちゃうだろ?
マズいだろ?
もう!!!
……条件は、整いました。




