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第80話 一人きりの精霊帰祭

 





 膝元に、月の光が差し込んで来たの。 冴え冴えとした月の光。 何よりの慰め。 





 仰ぎ見ると、鉄格子の嵌った小さな明り取りの窓から見える、【精霊月(ガイスト)】の満月。 ノルデン大王国に到着してから、すでに十四日間も過ぎている。 


 身にまとうのは、結構な襤褸。 あの孤児院でも着た事の無いような、襤褸。 手には、魔法が一切使えない様にするための、牢結石の手錠。 両手を繋ぐそれは、酷く重いんだよ。 


 目に見えるモノは、寒々とした土壁。 土を固めて作った台の上に、申し訳程度の藁を引いた寝床。 その上に私は腰を下ろしていたんだよ。 ココは、寒くってね。 この部屋には、暖をとる物なんか何にも無いのよ。 唯一有るのが毛布。 それも、擦り切れて、風を避けるくらいにしか用をなさないんだ。


 出来るだけ小さくなって、毛布をかぶり直して、体力の消耗を抑えるんだけどねぇ……。 ほんと、底冷えが厳しいよ。 ボンヤリと満月を眺めてた。 冴え冴えと神々しく輝く月の光に、ちょっと現実逃避してた。




 そう、此処は牢獄。 未決囚の入る、ノルデン大王国の土牢の中なのよ……。





 ^^^^^^





 ゴンゴンと音がする。 なんか叩く音だ。 毎日、朝晩に、この独房に木霊する音だね。 


 固く閉ざされた鉄の扉。 上部に覗き穴と、下部にある引き出し。 若くも、年寄りでもない声がする。 上部の覗き穴から、目だけが覗くんだよ。 死んで無いかの確認かな? いや、マジで、死にそうなくらい、辛いんですけどね……?





「飯だ」


「ありがとうございます」





 何回も繰り返された、この遣り取り。 騒ぐ必要も無けりゃ、何かを訴える必要すら感じないよ。 だって、問答無用で、放り込まれたからね。 静かにしてりゃ、酷い事されないって、孤児院で学習してたからね。


 ベットから降りて、扉に付いた引き出しを引くと、そこには、冷え切った食事が置いてあった。 堅く焼しめられたパンと、水みたいに薄いスープ? 微かな塩味が、スープだって主張しているモノが置かれていたんだ。


 温かければ良いんだけど、冷めきって、氷水みたいになってるから、食欲すら湧かねぇよ。


 レーベンシュタインの家訓に、最後の最後まで抗えって云うのが有るんだけどね。 ほんと、心折れそうだよ……。 冷たいスープに硬いパンを突っ込んで、モシャモシャ喰って……、 そんなに時間の掛んないお食事終了。 喰う事は生き抜く事。 だから喰うんだ。 胃が受け付けたくないって言っててもね。





    ごちそうさまでしたっ!





 引き出しに、食器? きったねぇ木の椀と、皿を返して、閉める。 そんで、また、ベットの上に戻るのよ。 外部との接触は一切無いんだ。 ……そんな十四日間だったよ。 案外、日にち感覚ってあるもんだね。


 傷の手当てもして無いから、ちょっと、息が苦しいんだ。 こりゃ、肺炎に成るかもね。 肩の矢傷も貫通痕に成っちゃたよ。 確実に跡が残るね。 はぁ……。 玉の肌を、あの人に見せたかったよ…… アハハハハ。


 魔法使えないから、自力で如何にかする事も出来やしない。 時間が経てばたつほど、治らなくなるんだよね、傷跡ってっさ。 魔力回復回路は動いてるから、魔力切れからは回復したけど……まぁ、気持ち程度ね。 この牢結石の手錠のせいで、魔力の流れが完全に乱されているからねぇ……


 ほんと……、 なんで、こんな事になってんだろうねぇ……。





 =========





 ノルデン大王国の南の端の砦に着いた時、砦は上を下への大騒ぎだったんだよ。 ユキーラ姫様が、伝令兵の恰好をして飛び込んで来たんだから、当然だよね。 その上ね、ちょっと厄介な事に、半分酩酊してたんだ。 


 奴等、私達が通る前から、徐々に、サルタンの樹皮の微粉末を撒き初めてたらしいんだ。 そこにユキーラ姫達が突っ込んだって事。 幸い、まだ、そんなに濃くは無かったから、昏倒するまでには至らなかったらしいんだけど、それでも、十分、体調はおかしくなるよね。


 その上、私達が乗った馬車が襲撃された事が、判明してね。 でも、国境は越えられないから、凄まじい憔悴感が砦全体を覆っていたんだって。 でね、日が変わって、やっとこ私達が砦に辿り着いたんだよ。 もう、ボロボロな状態でね。


 息も絶え絶えに辿り着いた私達を見た、砦の人達、特にダーストラ様なんかは、絶句しておられた。 身代わりの半獣人の侍女さんは拘束されてるし、部隊の半数以上は物言わぬ骸だし、ミャーを含めた、半獣人族の人達は、昏倒してるし。 襲撃してきた奴等の特定が出来て無いし…… ダーストラ様が何か吠えてたんだよ。 それだけは、ハッキリとした記憶がある。



 ダーストラ様が、相手を特定するって、激怒しちゃってさ、サルタンの微粉末に影響されにくい人族の配下の人達連れて、出て行っちゃんたんだ。 後は本国のお迎えが来るから、砦で待てって命じられてね……。 そう、これ、全部私がこの目で見て、この耳で聞いた事。



 移動中はさ、私自身ボロボロになってたけど、ほんと重傷者も多かったから、そっちの人達に馬車の中に入ってもらって、私は御者台の開いてる所に座ってたんだ。 必死に魔力を回復しようとしてたっけ……。 心配してたけど、ミャーは昏倒中。 かなり大量にアノ微粉末、撒いたんだろうね。 意識が戻って無いんだよ…… ホントに心配だよ。 



【傀儡使い】の魔法が掛かってたユキーラ姫様の服着てた侍女さんは、拘束されてたけど、此方も昏倒してた。 そんで、砦に着いたらすぐに、獣人族の血を色濃く継いだ、昏倒しちゃった人達は、ミャーも含めて、砦の良いお部屋で、先に到着していた、ユキーラ姫と一緒に静養に入ったんだ。 


 薬師さんとか、回復士さんとかが手厚く保護してくれたらしいんだよ。 私は、襲撃の時に対応して、グレイブ振り回してたのを何人も見てるからってんで、事情聴取されてた。 人族だし、影響も薄かったからね。 


 で、問題はね、ノルデン大王国には、専属侍女って ” 役職 ”が存在しない事なのよ。 護衛戦闘も努められるような、侍女っていないらしいの。 私、ミャーの重装備の侍女服着てたでしょ? アレ、暗器の塊みたいなモノなのよ……。 つまり、体中に武器持ったまま、国境を越えちゃったって事。


 幾ら私が、ソフィア=レーベンシュタイン本人だっていっても、返り血で血まみれの、侍女服着た、他国の女性なんて、怪しさ満点でしょ? 事情を知ってる人は少なければ少ない程いいって事で、今回同行を命じられたことを知ってるのって、ユキーラ姫様の護衛の人達の中では、ダーストラ様くらいしかいなくてね。 顔見知りの騎士さん達、みんな昏倒してたしね……。


 でさ、ノルデン大王国本国に今回の人員名簿の書状が回ってたけど、私達については、名前も性別すらも報告されていなかったんだよ。 公館の書記官の人も対応に苦慮されたみたいね。 なにせ、ダーストラ様が ” 秘匿せよ ” って、指示出してたしね。 御自分で紹介しようと思ってたんだろうね。 まぁ、極秘任務もあったしね……。 それで、その名簿に記載されてた唯一の情報は…… エルガンルース王国人、二名ってだけね。 


 ほら、アノ話・・・があるから、ナイデン大公様が気をきかされて、ミャーについては特に名指しで、大切にしてほしいって、外交文書を送ってたから、此方の文官の人、ミャーがユキーラ姫様の同行相手で、私は良く判らない人物だと、思い込んだらしいのよ。 そりゃ、対応が天と地ほど違う訳だね。


 何となく、私の周りに ” 嫌な雰囲気 ” が生まれててね。 誰かがこの襲撃を誘導したんじゃないかってね。 そこに、胡散臭い私が居た訳よ。 さらに、私、一番最初に名前を告げちゃってるじゃない……。 それが決定打に成ったみたいね。


 理由は、先に到着してた、エルヴィン=ヨーゼフ=エルグランド子爵への照会らしいのよ。 ほら、私って色々と目の敵にされてるじゃんか。 それに、エルガンルース王国の上位貴族の人達とかに。 ノルデン大公国の王宮関連の人もね、まさか上位貴族が嘘吐くって思ってないから、エルヴィンが教えた、学園での評判を丸ごと信じちゃったわけよ……。


 それとなく、ソフィアの人物照会を兼ねて、奴に聞いたらしいんだよ。 高位貴族の中の噂話で、「卑賎で卑しい出自」で、「権力欲が強く」、「目的の為に手段を択ばない」、「卑劣な性格をしている」、「油断出来ない」って奴をね。


 もう一つ、悪い情報が、ノルデン大王国に伝わってた。 公館での、ユキーラ姫にした事が、極秘文書で本国にも知らされててね……。 





 そこに引っかかるのが、全部私の名前。 そう、” ソフィア ”  なんだよ……。





 簡易聴取の席で、聴かされたよ……。 で、ノルデン大王国の人は、考えた訳だ。 用意周到過ぎる、今回のユキーラ姫襲撃。 慎重な手引き無しには、出来なかっただろうってね。 そして、情報を売り渡しのが、私だって疑われたのよ。 襲撃者は、バレるのを防ぐ為に、私も殺しちゃおうってことにしたってね。 事が事だけに、慎重に調べなければならないって事で、私だけ隔離……つうか、国事犯の容疑者扱いされちゃったんだよね……。


 更に、ダーストラ様が襲撃者確認の為にエルガンルース王国に戻っちゃったのよ。 ノルデン大王国の法務官さん達は、杓子定規に法令護るから、犯罪容疑者の私の情報は一切他国に出さないし、酩酊状態が続いているらしい、ユキーラ姫と、ミャーは分厚い看護のベールの向こう側。 さらに、ミャーについてはナイデン王国の外交長官であるナイデン大公様の御墨付があるからねぇ……。 分厚い看護のベールが更に厚くなってるって寸法だよ……。


 エルガンルース王国への報告は、襲撃にあったけど、無事にノルデン大王国に到着。 手厚く保護してるって事になってると思う。 事実、ミャーは手厚い看護されてるしね。 残念ながら、私に関しては、報告の必要性を感じてないらしいの。 もっと言えば、エルガンルース王国人の私がユキーラ姫襲撃を手引きしたと思っているから、外交的に手札に成るって考える方が、宮廷の考え方としては正解なんだよね。


 ほんと、国の官僚とかの思考の道が読めちゃうって……良い事無いね。 私の置かれている状況が、結構絶望的なのが良く判るよ……。 取り敢えず、殺さずに、証拠、証人として留め置いて、何かあれば、刑死。 首をエルガンルース王国に突き出して、何らかの譲歩とか、開戦の口実にする……。 法治国家のやる事は、結構エグイからね。 まず、「 情 」が入る事はないんだ。


 ほんとに、巡りあわせって、怖いわ。 つまり、私の身分やら、身元の保証をする人が全くいない状態なんだよね。 誰か一人でもいいから、今の私の状況を知っててくれたら、こんな事にはなって無かったのにね……。


 この際だから、ゆっくりさせてもらうよ……。 今まで、ほんと、色々と忙しかったから、こんなに纏めて眠る事も無かったしね。 どんな形にしろ……、外に出られるその時まではね。






 ^^^^^^^





 一度、取り調べがあって、最初の供述と同じ事をしゃべったんだ。 一言一句、同じにね。 その位は覚えてるよ。 間違いない様に、最初の事情聴取の時に頭に叩き込んだもの。




 それが、収監十五日目。




 髪と体、拭かせてくれないかなぁ…… かなり臭いよ、私。 お肌もカサカサ、唇はひび割れてるね。 髪の毛なんて、油で、ぺったりしてるもん。 肩の矢傷は、完全に固まったね。 どうやっても、跡が残る事になったよ。 それと、背中の傷もね。 肺に到達した刺し傷の内、身体の内部の傷は、なんとか治癒魔法で治す事が出来たんだけど、外傷までは無理だったみたい……。


 あの時、ホントにギリギリまで、魔力使ってたもんね……。 最後の最後まで、振り絞って、アレだよ……。 砦の事情聴取の後、直ぐに、牢結石の手錠、つけられたから、あれ以上の治療が出来なかったんだよ……。 そんで、その時から私は容疑者……。


 遵法精神が行き渡ってるノルデン大王国だから、へんな拷問とか無くてよかったよ。 まぁ、周りから調べるからって事も有ったんだろうね。 地道な捜査は、冤罪を防ぐって事。 殺してから、違いました、ゴメンンサイでは、済まないからね。


 で、南端の砦から、ノルデン大王国の王都グレトノルトに向かって一日半。 到着すると同時に、私だけ切り離されて、エストラーデ監獄の土牢に直行に成ったのよね。 未決囚として、監獄に収監されると同時に、身ぐるみ剥がされて、この襤褸を着せられたのよ。


 まぁ、ノルデン大王国のアイドルみたいな、ユキーラ姫の襲撃犯って見做されてるから、それは、もう、冷たい視線とか、コノヤロー的な殺気とかと、色々と浴びせて貰いましたよ……。 


 十五日目の取り調べの後……また、同じ独房に放り込まれたんだ。 もちろん、外部の接触一切できない状態でね。 傷がさ、疼くんだよ。 乱暴な事はされないけど、気遣っても貰えない。 こっちの状態がどんなことになってるとかも、一切気にしない。 死ねば、死んだでも、首さえあればいいって感じだよね。


 お喋りは、日に二回の食事の受け渡しの時の言葉だけ。 後は、寝てるか、起きて明り取りの窓から見える空を眺めているか……。 いやぁ~~、コレって、どっかで見た事有るような状況だよね。 【世界の意思(シナリオ)】がここぞとばかりに、仕返ししてきている様な気もしてくるよ。




「瑠璃色の幸せ」の時のエンディングロールにマジェスタ公爵家の累系の人が、盛大にやらかした為に、監獄にぶち込まれて、慈悲を乞うて、それでも出られなくて、獄死したスチルがあるんだ。 あんな風に成りたくないよ。 せめて矜持をもって、受け入るよ。




 なんか、手足が細くなった様な気がするね。 お胸もスッカスカ。 あばら骨も浮いて来たヨ……。 前世を含めて、今が一番軽いんじゃないかな? 監獄ダイエット? あんまり、嬉しく無いね……。


精霊月(ガイスト)】 晦日。 精霊帰祭当日。 三十日以上、此の土牢に居たことになるね。 捜査が長引いてるんだね。 明り取りの天窓に向かって、両膝を突いて両手を組んで、お祈りを捧げるの。 精霊様お帰りなさい。 この世界に住まう全ての人々に恵みを。 そして慈悲と加護を。


 フワフワした光が、明り取りの窓の外に浮かぶの。 大協約を真摯に実行しているこの国ならば、精霊様も暮らしやすいんだよね。 精霊様の濃密な気配がいたるところに感じるのよ。 いいわよね……。




 ちょっとはくらいは、お願いしていいかな。




 この状況を、どうにかしてくれないかな?




 精霊様の慈悲でさぁ……。






 どうかな?







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