第8話 暗躍と反撃と
御父様とお話する前に、お部屋に下がらしてもらって、少し思い出してみたの。 『瑠璃色の幸せ』と 『君と何時までも』の事を。 前にその事を書きだした”ノート”を、見ながらね。
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両方のゲームの舞台に成るのは、エルガンスール王国。 ずっと昔に英雄の一団が建国した国。 スール王国ってのが、彼等が襲い奪う前に有った国の名前。 スール王国のネウロー王が、滅茶滅茶な暴政を敷いたために、民衆、貴族のあちこちから総スカン喰らって、挙句の果てに、英雄の一団……、まぁ、傭兵団みたいな武力集団に攻め滅ぼされたって事ね。
その傭兵団の名前がエルガンズ。 指導者というか、率いていた男の人の名前が、ウリューネ=エルガンだったの。 教科書に載ってる名前だけどね。 その人が、スール王国の国王の玉座を武力で簒奪、暴虐の限りを尽くしたスール王国のネウロー王を排除。 って事が、教科書には乗ってるの。 ホントかどうかは、未だに五里霧中なんだけどね。
その頃のスール王国は、内政はボロボロ、軍隊はガタガタ、あっという間にウリューネに負けちゃたのよね。 まぁ、貴族達にそっぽ向かれてたからね。 でも、ほら、傭兵団みたいなモノでしょ、ウリューネ達って。 だから、スール王国の主だった貴族達は残して、国政に当たらせることにしたんだって。
自分達は、周辺の平定に向かって、これまた内紛とか色々あった周辺国をあっという間に彼の傘下に加えたの。 でも、まだ周辺国はマシだったのか、そのまま併呑って形ではなく、協力体制って事になったのよ。
ルース王国の元支配者階層は自分達の身の安全を守る為に、ウリューネに恭順の意を表して、ここに、エルガンルース王国は誕生するの。 でもね、ルース王国の貴族達や、周辺国の王族なんかは、流石に海千山千でね、大国に成ったエルガンルース王国の中枢に座る事になったのよ。
ウリューネは、国王におさまって、その妃はずっと行動を共にしていた人に成ったんだけど、彼の部下で強い人達は、みんなバラバラにされちゃったのよ。 エルガンズは解体されて、小さな勢力として、エルガンルース王国の一部に成ったって訳。
ほら、傭兵団のエルガンズのみんなって庶民階層バッカリでだったしょ。 満足に読み書きできない人も居たのよ。 旧ルース王国の貴族の人達は、そんな彼等と同一にみられるのが我慢できなかったのね。 彼らに、特別な男爵位を授け、協力体制が確立した周辺国との境に領地を持たせて、宮廷から排除する事にしたのよ。
これが世に言う、エルガンルースの盾の男爵達。 建国当初は五十三家有ったそうなの。 今じゃニ十家程に、なっちゃってるけどね。 協力態勢が確立した周辺国は、年を経るごとに、経済力をエルガンルース王国に握られるようになって、辺境領として併呑されていったわ。 今の辺境十二侯爵ってのが、その末裔。
エルガンルースの盾の男爵家は、政治に関わらず、ただ国王ウリューネ=エルガンに忠誠を誓い、王国の盾と剣になる事になったの。 お察しの通り、 レーベンシュタイン家も、その盾の男爵家の一家よ。 諜報と防諜を司ってた家だったの。 つまりは、ウリューネの目と耳の役目だったの。その役目は、世代を超えて続いていたんだって……、
今の国王陛下に、要らないって言われる前までだけどね。
権力構造がね、二重にも、三重にも成ってるのよね、この世界。
本当に、国王陛下は難しい、舵取りを要求されていたのよ。 前々国王陛下までは、それでも、何とか纏め切っていたんだけど…… あの「恋愛脳」が、国王陛下の玉座に座ってから、ありとあらゆる、制度矛盾が噴出してきているのよ。
其処に目を付けてたのが……
エルグリッド=ノーマン=マジェスタ公爵
だったって訳ね。
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エルガンズに滅ぼされる前、ルース王国には六人の大公爵が権力の座についてたの。 その内二公爵は、戦乱の中で御家が潰えたわ。 ルース王国 ネウロー国王陛下の勅命でね。 国家反逆罪で一族郎党全部処刑しちゃったんだって。 ウリューネが国王の座に就いた時、残っていたのは四公爵家。 ルース王国の王家の傍系なのよ。
今も続く、その四公爵家。 それぞれに司る分野が有るの。
財務担当、国防担当、宮廷魔術師のまとめ役、国務担当 の四つよ。
でね、世襲でその長官職を戴いているのよ。 まぁ、” 家業 ” みたいなものね。 現在の各担当を担っているのは、
財務担当の アレスター=パウル=エルグランド公爵
国防担当の セントリオ=ゴーメス=レクサス公爵
宮廷魔術師の長 ハリーダンド=ボルガー=アルファード公爵
そして、私の本当の叔父さん。
国務担当の エルグリッド=ノーマン=マジェスタ公爵
現在の長官たち、『瑠璃色の幸せ』の時のアーレバースト王子の取巻きだった人達なのよ。 で、その王子様が至高の冠を頂き、現在の国王陛下になったの。 アーレバースト=エルガン国王陛下様ね。 でその御妃様が、アンネテーナ=エルガン……。 あの時はボキシー子爵令嬢だったけ? なのよ。
『君と何時までも』の世界でも、この人達の子供たちが続々と出て来るわよ…… キラキラ光りながらね。 本当に光ってたら怖いけど……、 なんか、エフェクト見えそうなのよ。
それで今の私の立ち位置……。 レーベンシュタイン男爵家って……、 なんか有ったよね……。 何だったっけ?
……
…………
…………………!!
思い出した!!
今、鮮明に思い出せた。
レーベンシュタイン男爵の家名、書いてあったんだ、スチルに。 それも、最後の奴。 ソフィアが断罪されて、処刑され、”エルグリッド叔父様” の悪事を公開出来る様に手配したって…… エンドロールの後ろに出てたスチルに有ったよ!!
国務担当の エルグリッド=ノーマン=マジェスタ公爵の罪……。 涜職と、王権簒奪未遂……。もうちょっとで、国家反逆罪だったよ。 極刑こそ免れたものの、関係していた一族郎党は、爵位と領地の没収と、身柄の幽閉。 マジェスタ公爵家は家名のみ存続を許されたけど、実権は全部無くなった。 ……のよね、たしか。
エルグリッド卿が、 ”成そうとした事” は……、 ルース王国の再興。 用意周到に、計画を練って、”得ようとしたモノ” は……、 復活したルース王国の初代国王の玉座。 彼は、至高の玉座に座るつもりだったんだ……。
遠大な計画だよね。 これ……、絶対に一人じゃ出来ないし、普通に考えれば、一代でも無理だね。
つまりは、代々のマジェスタ公爵家はずっと機会を伺っていたって事。 でも、疑問があるんだ。 なんで、ママを嵌めたのかって事。 ママは現国王様の王妃候補だったんだよ。 とっても、王妃の椅子に最も近い人だったんだよ。 そのまま、ママを王妃にして、操った方が楽だったんじゃないの? ん~~~~?
……そうか、マジェスタ公爵家以外の公爵家の勢力を削ぐ為か……。
ママの追放は、当時の貴族社会の中でも、相当問題があったんだった。 記録見ても判るよ。 そんで、マジェスタ公爵家の立ち位置は、当時の王子、ボキシー子爵令嬢、三家の公爵家の圧力に負けたって事にしてある……。 記録上はね!
そんな訳あるかい!!
『瑠璃色の幸せ』も遣り込んだ私が言うんだ、間違いない。 アンネテーナ=ボキシー子爵令嬢……。 現王妃に成った、『瑠璃色の幸せ』の主人公ヒロインの全エンド達成したんだよ。
……私は、あの人と一緒に……
アンネテーナに ” 猜疑心 ” を、植え付けたのは、何を隠そう、ママの兄である、エルグリッド=ノーマン=マジェスタ子爵、その人だよ。 些細な嫌がらせを、妹であるディジェーレ=エレクトア=マジェスタ公爵令嬢がした、させた様に、誘導してたじゃん。
目頭を押さえながら、 ”また、あの人は……” って。
信頼感抜群な微笑みをアンネテーナに差し出して、猜疑心を植え付け、周りの、上級貴族共を唆かし、最後の断罪の時は一歩下がる。 『瑠璃色の幸せ』の、全エンディングの取得を達成した時、あの人と一緒に叫んだよ……。
「エルグリッド死すべし!!」
ってね。
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色々と読めて来た。 この世界の「シナリオ」の影の本筋。 そうか、エルグリッド卿が、王位を簒奪する為に始めた話だったんだ……。 丁度、二代続けて、国王陛下が、『恋愛脳』だったから、タイミングも良かったのもあるんだ。
『瑠璃色の幸せ』の後の、マジェスタ公爵家以外の公爵家の王国における求心力の低下も、彼の野望を加速させたんだ。 王国に居る旧勢力の実力者を全部排除して、自分が全てを握れるって。
ママを嵌めたのも、現王子様の側近共を、『君と何時までも』の 物語の中のソフィアを使って、排除しちゃったのも、コイツ。 『君と何時までも』の王子様が、『恋愛脳』だけど、結構、頭いいもんで、私が先に粛清されちゃったけど、そうならなかったら……。
エルグリッド卿は、物語の中のソフィアを使って傀儡にするつもりでもあり、いずれ機会を見て排除すれば、完璧。 そして、ソフィアの義父として、全権を握り、先の国王陛下、つまりはアーレバースト=エルガンを排して、自分が国王に成りあがるっと。 その頃には、表も裏も、自分の思いのままにできる状態に持って行けるから、禅譲って形の、簒奪が可能だと、踏んでいたのね。
無血クーデターって奴か…… 流石に、何代も機会を狙ってただけの事はあるわね。
……えっ! そしらた、「君と何時までも」の、あの最高難易度のエンディングって、エルグリッド卿の王位簒奪が成功しそうって事のなの? 「何時までも、幸せに暮らしました」 って、エンドロール……。 アレって、墳墓の土の中で、幸せに暮らしましたって事なの?
い、嫌すぎる……。
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それじゃぁ、『世界の意思』はどう動くんだろ?
私は今、レーベンシュタイン男爵令嬢であって、ソフィア=エレクトア=マジェスタ公爵令嬢では無い。 シナリオを強制的に元に戻す為には、私をマジェスタ公爵令嬢にしなくてはならない。
レーベンシュタイン男爵家は、エルグリッド=ノーマン=マジェスタ公爵にとって、目の上の瘤。 排除すれば、暗殺者ギルドを、もう一度手に入れられるかもしれない。 暗殺者ギルドの支配は、彼にとっては死活問題だから、喉から手が出る程欲しい筈。
レーベンシュタイン男爵家の排除と、ソフィアを両方手に入れる方法……。
アーレバースト=エルガン国王陛下に直訴して、私をマジェスタ公爵家に迎え入れ、何かと難癖を付けつつ、御父様の、男爵家の資質を問う。 そして、排除。 ソフィアの色々な失敗をダシにね。 得意じゃん、そう云うの、あの人は。
私を徹底的に痛めつけて、自分の思いのままに動かせるようにするんだ。 たかが十歳の子供だからね。 そりゃ色んな痛めつけ方あるもんね。 実の妹も道具にしか見なかった男だしね。
そんで、公爵家に迎え入れる理由が、私の見掛け。
私が、『 孤児 』だって知ってるはずだから、そこを突くんだね。 銀髪に紅色の眼。 これ、マジェスタ家直系の女性に良く出る特徴なんだよね。 でも、なかなか両方一遍には出ないんだ。 たまたま強く血が集まって、この特徴が出たのが、ママ。 銀髪紅眼は、この国では珍しい外見だから、宮廷とか、社交界とかで、私が、「マジェスタ家の血を引く者」って噂を流してるんだね。
……まぁ、本当の事なんだけどね。
『物語世界の意思』世界の強制力的には、一番無理なく、全てを「シナリオ」通りに戻せそうな方法だね。
レーベンシュタイン男爵家から、私をマジェスタ公爵家に養女として入れる事。
くそっ、奴の、エルグリッド=ノーマン=マジェスタ公爵の野望は何としても潰す。 世界の強制力を跳ね除ける。 自分が死なない為にもね。 その為には、私は絶対に、ソフィア=エレクトア=マジェスタ公爵令嬢には成ってはいけないんだ。
そうだよ、反撃する。 私には、やらなきゃならない事が有るんだ。
決めた。 絶対に思い通りにさせる訳には行かない。 御父様にエルグリッド卿が、レーベンシュタイン男爵家を潰す事を狙っていると、お伝えしよう。 多分、ビーンズさん配下の ”目”と、”耳”からの報告から、御父様も同じような推測を立てられるわ。
きっとね。
私は、そんな想いを胸に、御父様が居る執務室に戻ったの。
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「それで、ソフィア。 何を思ったか聞かせて欲しい」
簡素で重厚な執務室。 シックな執務机の向こう側から、ホントにかっこよくなった、御父様がお尋ねに成られたの。 渋い声で、御父様が、「そう」聞くのよ。 私の考えを聞きたいと。 たかが十歳の子供の戯言を、真剣に聞いてくれようとしてるの。 本当に、嬉しいわ。
「御父様。 一つの結論に至りました。 エルグリッド=ノーマン=マジェスタ公爵は、レーベンシュタイン男爵家を潰そうとしてらっしゃいます」
「ふむ…… ソフィアは、どうしたい?」
「全力で、抗います」
「話は、陛下まで通っている。 どうする?」
「勅命で決まった話なのでしょうか?」
「いいや…… エルグリッド卿から、陛下にお願いしたらしい。 認めて欲しいと」
「陛下は、なんと?」
重い沈黙が、私達の間を埋める。 ビーンズさんが集めてくれてた情報を、御父様は忙しく頭の中で、考えてるんだ。 そして、私は、勝負に勝ったようだった。 集めた情報では……。
「……一度、我等親子に問うてみると」
「 ”問う” で御座いますね。 ならば、やりようが有ります」
「マジェスタ公爵家の意思に ” 否 ” を唱えるか?」
「王命では御座いませぬ故」
「もし、王命ならば?」
その質問に、私は事も無げに伝えたのよ。 レーベンシュタイン男爵家は、別に私でなくても継げるべき人を立てる事が出来る。 だから……、
「ミャーに言って、その場で仮死します。 公式に死んだことにしてしまえば、後は如何とでも」
「……すでに、覚悟は決まっている。 そう云う訳だね」
「ええ、御父様。 わたくしは、ソフィア=レーベンシュタイン。 レーベンシュタイン男爵家の娘ですわ」
御父様は、黙ったまま頷くと、私を御父様の隣に呼んだ。 御父様自ら、男爵家に伝わる、一振りの懐剣を手渡して下さったの。 いざとなったら、「これを使いなさい」 って事よね。
盾の男爵家。
全てはそこから。 この家の ” 家業 ” は、このエルガンルース王国にとっては、なくてはならないものだもの。 いずれ、その真価を知る者が、王位に就いた時、断絶してしまっていれば、どうにもできない。 だから、私の生存を賭けるのと同時に、レーベンシュタイン男爵家の存続は絶対条件。
「良く判った。 しかし、もう一点案じる事がある」
「はい……。 わたくしが 《 否 》 と、応えた後ですね。 面子を潰された、エルグリッド卿は、わたくしを直接排除されるでしょうね。 手配は終わっていると、そう考えた方が宜しいのでしょうね」
エルグリッド卿は、絶対そうする。 意に沿わない者を排除するくらい、朝飯前だし、彼の野望を躓つまづかせる者など、彼にとっては、万死に値するはずだもんね。
「ああ…… そうだ。 ギルドの方にも、色々紛れて依頼が有ったそうだ。 出来る限り回避したと、ギルドマスターから、伝えて来た。 あれは、君を相当高く買っているようだね」
「つまり、わたくしを襲うであろう人物達は、全て、エルグリッド卿の配下……。 排除してしまっても、問題の無い方々と云う訳ですね。 ミャーと、私の二人で」
「……可能か?」
「ギルドの手練れが、襲撃に参加していれば、無事にはすみません。 しかし、居なければ、どうとでも」
「……ソフィア」
「はい、何でしょうか?」
「死ぬな。 君は《私の希望》そのもの、なのだから……」
「レーベンシュタインの名を持って。 盾の男爵家の意地をご覧に入れますわ」
私の真っ直ぐな目を見て、御父様は、心を決められたようだった。 私はとうの昔に覚悟は決めている。 そう、生き残る覚悟をね。 十歳に成った今なら、何処に行っても生きて行ける。 それに、今は、ミャーもいるしね。
「よし。 判った。 では、王宮《戦場》に出向くとしようか。 我がレーベンシュタインの意地を見せよう」
晴れやかな笑顔で、御父様は、そう宣戦布告をされたわ。
そう、意地と矜持をね。
権力に酔った者達の目の前に披露して、
あ げ る 。
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励みになります。
また、明晩、お逢いしましょう!!