第76話 ミャーと云う侍女
悩みに、悩んだの……。
ミャーに、この事を告げるか否か。
もし、伝えて、彼女が私の傍らから離れるとしたら……。 妄想って云うのかな、 そんな思いが浮かび上がって来たんだ。 本来の「世界の意思」って奴では、彼女は居ないんだよ。 本筋ではね。
だから、余計に恐怖したんだ。
彼女が居なくなる可能性を。
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やっと、ノルデン大王国の公館をお暇出来る日が来た。 期日通りだったよ。 でも、それは、あくまで、ユキーラが、以前の明るさと、聡明さを取り戻したから、許されたんだよね。 ホントに無茶して良かった。
まぁ、レーベンシュタインのお家に戻って、ホッとした。
「お嬢様、あの、お話が……」
ビクン、って、身体が強張ったのよ。 いやいやいや、まだ、ミャーには、例の話は伝わってない筈。 ノルデン大公様も、お伝えに成っていない筈。 それに、確証がまだとれていないって仰っていたもの……。
「な、なんでしょう?」
「はい、彼方で…… ドレスの数々をお贈りくださいました。 大変な量ですので……如何しましょう?」
「あっ、はぁ……、 ドレス……ですよね……」
無駄に緊張した私を、不思議そうに見ているミャー。 何とか胡麻化して、御父様に丸投げしておいた。 お姫様の相手をするってんで、ノルデン大王国の皆さんが、なんか、張り切っちゃってね。 色々と作ってもらったんだよ。 要らないって言っても、笑いながら、押し付けられたんだ。
まぁ……。 あんまりみすぼらしい恰好してても、ユキーラ姫が気になさるし……。 ぐっと我慢して、付き合ってたのよ。そしたら、あちらに滞在した僅か一ヶ月の間に、ニ十着ものドレスが作られて、手元に残ったんだ。
普通のお嬢様なら、小躍りするよね……。 私は……、無いな。 いくらなんでも、多すぎるし、流石は王族のお付き合いだなぁ……って事で。
嬉しい…事も、あったよ。
騎士さん達に稽古をつけて貰ってた時の、訓練着。 騎士見習いさんの新品を譲って下さったのよ。 ホントに良く動けるのよ。 で、ミャーに云って早速あれやこれやの、” 装備 ” を、付け加えて貰ったんだ。
それにね、彼方の騎士さん達に教えて貰えたのが、長剣と、長物の動き。 苦手だったんだよ。 一生懸命覚えたよ、動きと、斬撃の強さを。 パッとして、ドン! とかさ。 騎士さん達、苦笑いして見ててくれた。 悪い所は手直ししてくれてたしね。 生温かく見守ってくれてたって所かな。
……それはいいとして……。
ミャーが御父様とお話している間に、執事長さんにお話を通して、例の事を調べて貰うように手配したの。 主に、” おかあさん ” に、繋ぎを付けて貰ったのよ。 直ぐにお返事があったのよ。
「手紙じゃ無理だ。 直接話すから、孤児院に来て欲しい」
って、そんなメモが回って来たんだ。 これって……やっぱり……。 嫌な予感程当たるんだよね、私って。 ミャーに別の用事をお願いした隙に、孤児院に向かったのよ。 内緒でね。
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「すみません、おかあさん」
「いいんだよ。 いつか、ソフィアにも話さなきゃならん事だし。 ナイデン王国からもノルデンのダーストラ様経由で同じような事を聞いてらしたよ。 まぁ……そうなるよね。 一時期、彼方の国では、ハチの巣を突いたみたいになってたからねぇ‥‥」
遠い目をしていてね。 なにか有るんだ、これは……。
「単刀直入に云うよ、ソフィア。 私が、あんたと、ミャーを一緒にしていたのには訳があるんだ。 あんたは、公爵家の血を引く娘……。 馬の骨共の間に置くには、危険が過ぎる。 最初から、いずれどこかに引き取ってもらおうと思っていたんだよ。 それまでの間、あんたには、まともな子が必要だと思ってね」
「……ミャーがそうなんですね」
「あぁ……。 あの子には知らせない様にしていたんだ。 自分の出自を知れば、目を付けられる。 この国は、よその国の密偵共がわんさか居るからね。 だから、あえて、何も言わなかった。 でも、まぁ、素性が確かな子じゃ無きゃ、あんたの側には置けないからね」
「つまり……本当に、お姫様なんですね」
「込み入った事情が有るんだよ。 第四王女が、なんで、他国の娼館に居たかなんてね……。 此処に来た時には、身重でね。 御心はすでに壊れていたんだ。 父親が誰かなんて、判らない。 でも、ミャーの半分は、確実にヘリエンラール=エステン=ナイデン王女なんだよ。 この国に古くから居る草人の間で、隠ぺいしようって事になった事だけは、伝えて置くよ。 ……理由は、察しておくれ」
苦しそうに、そう ” おかあさん ” が、教えてくれた。 行幸中に攫われた、美貌の王女様。 他国に渡って、娼館に売り飛ばされて、その時すでに妊娠してたって……。 獣人国も一枚岩じゃ無いしね……。 今でこそ、纏まっているけれど、十五年ほど前には、政変とか宮中の暗闘とか、色々とあったって、聴いている。
そんな中での、第四王女の失踪。 政治力学がどう働いたのか判らないけれど……、 それから一気に、纏まったって事よね。 表に出せない、第四王女の失踪の原因。 まさか、今になってその一人娘が隣国に居るなんて……。 ナイデン大公様も、頭が痛いでしょうね。
「この話は、ナイデン王国には?」
「それとなく、そうじゃないかと、疑われるくらいに。 確信が持てない程に」
「……おかあさん……。 私……どうしたら……。 ミャーが遠くに行ってしまうだなんて、考えたくない……」
「覚悟をお決め……。 としか、言えないねぇ。 諸々の原因を作っちまった、私から云うのは間違っていると思うんだが、そうとしか言えないねぇ……。 あの子は聡いから、ちょっとした切っ掛けで、理解するよ。 その時、あの子がどうするかは、あの子が決める事なんだよ。 どんな決断が下されようと、あんたは受け入れてあげないと……。 姉妹なんだろ?」
……そうね。 ミャーとは姉妹同然に育って来た。 いつも、いつも、一緒だった。 護ってくれたし、護っても居た。 あの金銀目で、見詰められると、何もかも許してしまうし、自分の心の奥まで曝け出していた……。 私の魂に一番近い姉妹。
何時だって、何処に居たって、それだけは変わりようが無いと、信じていたんだ……。
彼女の決断かぁ……。 受け止められるかなぁ……。 なんか……辛いなぁ……。
お話はそれで終わったの。 孤児院に幾許かの支援金を置いて、おかあさんに丁寧にお礼を言ってから、帰ろうとしたの。 呼び止める声がした。
「ソフィア、これ持ってけ」
カーザスさんが、金の輪っかを差し出したんだ。 キラキラと光る、その金の輪っか。 二つあるんだ。 精緻な細工がしてあって、一目見ただけでも、ただものでは無いと判るんだ。
「ミャーの母親がしていた耳輪だ。 ミャーに渡してやってくれ。 アイツ、母親のもの、何一つ持ってないから」
「……うん、わかった」
軽いはずなのに、ズシリと重かった…… 本当に、本当に、重かった。 ……口に出そうになった言葉があるんだ…… ”丸投げかよ……” ってね。
「すまんな、お前にしか頼めんから」
頭を掻きながら、そう言うカーザス。 判ったよ。 これは私の役目なんだよね。 ちゃんと渡すから。 ほんとうに、ちゃんと、渡すから……。 お暇を乞うてから、お家に急いだ。 かなり時間を喰ったから、ミャーに云いつけてた用事ももう終わる頃だし。 早く、帰んなきゃね。
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お家に戻ったら、もう、ミャーが帰ってた。 そんで、ノルデン大王国公館から持って帰って来てた荷物を整理してたんだ。 迂闊だった……。 彼女の仕事は早いんだ……。 お部屋の中で、立ったまま、固まってるミャー……。 いつも、忙しく動き回っている筈のミャー……。
私が部屋に入るのと同時に、ゆっくりと振り向いたの。
「た、ただいま……」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
顔が強張ってるのが判る。 私の顔がね。 なんで、ミャー、あの新聞の切り抜きを持ってんのよ。 ……迂闊なのは……、 私……だよね…。 強張ったままの私を見ながら、ミャーは言葉を続ける。
「何をコソコソ調べて居られたのでしょうか?」
「……」
「お嬢様!」
ビクッて体が震えた。 嫌だ。 ミャーと離れたくない!! そんな想いが溢れだして来たんだ。 止められない……。 でも、これは、ミャーが決める事なんだよ……。 頭で判っているつもりなんだけど、身体が言う事を聞かない。
「み、ミャー…… ノルデン大公殿下より…… お話がありました。 裏付けを取るのに、” おかあさん ” の所に行ってました……。 ミャー…… 貴女は……」
「ソフィアの侍女。 ずっとソフィアの側に居る、侍女だよ? 何を怖がってるの?」
金銀眼がじっと私を見詰める。 怖い位に真剣に。 真摯に。 プルプル震えだしそうになってる私の側に来て、グッと抱き締めてくれる。
「何となく知ってた。 おかあさんが、ミャーとソフィアを必ず一緒にさせているってね。 不思議だったよ。 でも、何となく理由も透けて見えてた。 ソフィアの母上が大公家のお嬢様で、娼館に落ちて来たって判ってから、それもはっきりした。 おかあさんは、ソフィアの周りを綺麗にしときたかったって。 それで、私が選ばれたの。 いわく付きの女性から、同じ年に生まれた、私が選ばれたの。 素性は詳しく言われてないよ? でも、大公家の血筋の娘に、変なの付けられないじゃん。 だから……何となく、ミャーもなんか有るんだなって、思ってたよ」
「み、ミャーはね……、 本当は…、 本当は…、 王女様なのよ……。 ナイデン王国第四王女、ヘリエンラール=エステン=ナイデン王女の娘なのよ……」
ミャーが持っている、古い新聞の切り抜き。 その姿画が、ミャーにそっくりなんだもの……。 おかあさんから告げられていた真実も有るし……。 ど、どうしよう……。
「それが、どうしたの? ミャー=ブヨ=ドロワマーノは、「闇の右手」であり、ソフィアの侍女であり、ソフィアの友達であり……。何より、貴女の姉妹よ? 今更、王女様とか言われたって……。 ソフィアは、私がそんなモノなのが、嫌なの? 傍に置きたくないの? 友達止めたいの? 姉妹じゃなくなっちゃうの? ミャーは嫌だよ。 ソフィアが要らないって言うまで、ソフィアの側に居るから」
断固とした、男前な、凛々しい、そして……泣けて来る言葉だった。 もう、何も言わない。 抱きしめてくれているミャーを、思いっきり抱き締めて……、 何もかも、曝け出すように……、
泣いた……。
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その晩は、久しぶりにミャーと一緒にベットに潜った。 ミャーは困った顔してたけど、私が連れ込んだ。 毛布に包まり、ずっと、ずっと、ずっと、ミャーの顔を見ていた。 大事な大事な私の姉妹。
絶対に放すもんか!
ミャーが嫌だって言うまで、絶対にな!
泣いたまま、微睡んで……目が覚めて、ミャーの寝顔を見て、ホッとして……また、微睡んで……。
依存してんなぁ……。 苦しいなぁ……。 なんで、こんなに苦しいんだよ……。
自分とは世界が違う筈だった、ミャー。 そんな事を歯牙にもかけず、私の側に居ようとしてくれて居るミャー。 どうしよう…… 彼女の幸せを考えたらって……。 でも、言い出したら、きっとミャーは怒るよね。 そんで、寂しそうにするのよね。 知る人もいない、場所に連れ込まれて、敵か味方か判んない人達の間になんか……。
たとえ、どんなに贅沢が出来ようとも、どんなに着飾ろうとも、心の中にぽっかりと穴が開くんだよね。 それは、私も一緒よ……。 余りにも近くて、余りにも大きな存在なんだ……。
ミャー……。
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次の朝、レーベンシュタインの御家の中が、何となく騒がしくて、微睡から引きずり出されたんだ。 ミャーが居なくって、焦って、辺りを見回していたら、扉をノックする音。
“コンコンコン”
「お嬢様、お目覚めですか? 朝の支度を手伝います。 それと、王宮から至急のお知らせが届いております」
って、ミャーの声がしたんだ。
……よかった。
ん? 王宮? つまり……。
サリュート殿下からか?
なんだ?
何があったんだ?




