第70話 ソフィアの覚悟
時は、【紅染月】晦日、
場所は、【処女宮】
御呼出しがあった当日の朝、色々と準備して【処女宮】に向かったのよ。 かなり頑張ったカッコしてね。 男爵家令嬢としては、かなり頑張ってる方よ。 御父様も、無理してくださってるしね。 ドレスとか、御飾りとか……。 申し訳なくって、頭が上がんないわよ。
どれ一つをとっても、男爵家では分不相応なモノばかりだけど、王宮に招かれている以上、ある程度の嗜みとして、着るものだって吟味しなくちゃならない。 その上、お勉強と称して、他国の大使さん、外務官さん達と、御茶会なんぞもしなくちゃなんない。
お話はいいのよ。 勉強すれば、それだけ自分の武器が増えるんだし、行儀作法なんかが身に付くからね。 でも、流石に着てるモノとか、御飾りなんかは無理だよ……。 で、ミャーにお願いしたんだよね。 出来るだけ、その場に見合うような、髪型と、化粧をってね。
で、本日は、他国の外務官様と、どこぞの王族様がご列席に成られるって、書いてあった。 そんじゃ、気合入れなきゃね。 他国の王族様がいらっしゃる、御茶会……。 気が重いよ。 でも、晩餐会とか、舞踏会とかじゃあないから、非公式なモノだって云うのは判る。
ちょいっと、不思議だよね。 あえて、非公式な後宮の御茶会に? 何を意味するのか、判んなくて、ちょいちょいと調べてみたんだ。 お家の人にも手伝ってもらったけどね。
判った事は、ダグラス殿下の婚約者候補に挙がってまだ残っているお嬢様方、みんな出席されるみたいな事と、今回の御茶会は、王家……と云うより、アンネテーナ妃殿下の発案じゃ無かったって事。
つまりは、外国の要人さん達の強いご要望ってわけだ……。 サリュート殿下と、アンネテーナ妃殿下が了承されたけれども、あまり乗り気ではないって感じだったよ。 で、その外国の要人さん……。 まだ不明なんだよ。 あの人達に強く要望を出されて、頷かせられる人達って……大体想像できるけどね。
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朝の澄んだ空気の中、レーベンシュタインの紋章が施された馬車で、【処女宮】に向かうの。 王宮への入り口の衛士さん達とは、もはや顔見知り。 馬車の窓から、顔をのぞかせると、衛士さん、にこやかに微笑まれて通してくれた。 まぁさ、何かとお世話になってるから、時々、差し入れしてるんだよね。
お茶菓子とか、お摘みとか……。 効いてるよね、これ?
何事も挨拶は大事。 速やかに営門を抜けて、一路 【処女宮】 へ。 何回見ても、バカでかいよね、この宮殿は。 煌びやかだしね。 結構営門から離れてるんだよ、此処は、宮殿群最奥に位置するからね。 玄関からちょっと離れた、車寄せに馬車が止まる。 下位貴族だから、上位の方々みたいに、玄関に直接、横付けとは行かないからね。 仕丁さんが丁寧に馬車の扉を開けてくれたんだ。
まず、ミャーが出て、それから私。 外に、いっつも、処女宮の侍従長 ミネーネ=バルカン様が、待っていて下さるの。 前にね、なんで、侍従長自らお待ちなんですかって、聴いてみた事あるの。
「ソフィアお嬢様に置かれましては、サリュート殿下よりの強いご要望が御座いまして」
「それは、この【処女宮】に来るべきではない、” 階位の者 ” だからでしょうか?」
「いたく、お気になさっておられます。 不自由はないかと、お尋ねに成られます」
「誠に、勿体ない事では御座いますね。 無理を通されるから……」
「この宮の者は、そのような事は御座いませんが、他の宮の者、お客様から、その……」
「ええ、判ります。 そうでしたのね。 有難いお心遣い、誠に感謝申し上げます」
なんて、遣り取りがあったのよね。 そうだよね。 普通、王宮に上がれるのは、爵位持ちの人達だけで、さらに、こんな【処女宮】 みたいな、王族のプライベートと接触できるような宮殿は、それこそ伯爵位以上の爵位を持って無いと、お目見えすら出来ない筈だもんね。
なんだかんだ言って、私は滅茶苦茶特殊な立場なんだよね。 オトナシクしとかないと、ほんと後ろから刺されるよ。 ミャー、背中はまかせたからね! とはいっても、ミャーとは、此処で一時お別れ。 彼女、この【処女宮】 での、後宮侍女のお勉強でかなりの成績を収めていてね、実際に御父様にも、ミャーを【処女宮】にって、お誘いさえ来始めてるのよ。
「お嬢様、わたくしは先に参ります。 お許しを」
「許します」
ミャーは、私の側を離れる時、必ずこうやって聞いてくれる。 いや、周りの人に聞かせてるんだよ。 ”私は、ソフィアから離れない” って、無言のアピールって奴だよね。 そんなミャーの後姿を眺めつつ、ミネーネ様の後について、【処女宮】 に、いざ突入だぜ!!
毛足の短い、豪華な織の絨毯が何処までも続くような、長い廊下。 静々と歩みを進めていくのよ。 こんだけ長い絨毯、一体いくらするんだろう? きっと、水路を何本も引けて、道路もきちんと整備出来て……。 思わず、唸っちゃったよ。
「如何しました?」
「いえ……。 あのミネーネ様、わたくしが最初に伺候したのでしょうか?」
「いいえ、何名かの候補様は、すでにいらっしゃっておられます。 中庭で、アンネテーナ妃殿下と、ご歓談中に御座います」
「と、言われますのは……?」
はて? こういった御茶会の場合、妃殿下を含む王族の方は最後にご登場が常道なんだけど? なにかあったのか?
「はい…… 実は、本日のお客様がたは、大変、難しゅう御座いまして。 事前に色々と……」
要らん事を言わない様に、釘刺してんだな…… 特に、アマリリス=ローザ=カトラス侯爵令嬢 とか、キャメリア=デイジナ=フィランギ侯爵令嬢 とかに…… あの二人、結構、反発してるからね。 不仲を外国の方に見せる訳には行かないよね…… でも、早くね? 私だって、早くに来たんだよ?
「あの方々には、特別に通達が御座いました。 ソフィア様ほど、他国の方との交流は御座いませんので。 万が一の為に御座います」
「あの……」
「はい、何で御座いましょう」
「本日の、お客様は……、他国の王族の方とお聞きいたしましたが?」
「はい、本日は大国の方々が起こしになります。 ナイデン王国外務官 ムリュ=イーデス=ナイデン卿様、 エルステルダム外務官 賢者ミュリエ=ウッダート様、 ノルデン大公国外務官 ダーストラ=エイデン卿様、 ガンクート帝国からは 帝国至高教会の枢機卿にして、外務官のドニーチェ=フランシスコ枢機卿様、 そして、今は亡きテルム公国、王太子妃 ユキーラ姫様に御座います」
血がね、逆流したよ。 一気にね。 目の前が暗くなった。 足元がおぼつかなくなって、よろめいた。
「ど、どうなさいました! ソフィア様!!」
ミネーネ様の御声が、遠かったよ。 目の前に ” 屍山血河 ” の幻が浮かぶ。 膨大な人的資源と輝ける人の未来が、暗く薄ら寒い荒野に沈む……。 今日、宣戦を布告するつもりか、このエルガンルース王国の、【処女宮】 で!!
「こ、この集いを、サリュート殿下は本当に了承されたのでしょうか……」
「押し切られたと、仰っておられました」
「皆様の……、 いえ、ナイデン卿、ダーストラ様のお越しはいつです!」
「もう直ぐ到着かと?」
「皆様には、申し訳ございませんが、わたくしが先にお会いする事は叶いますか?」
「…………なんとか」
青い顔で、必死に縋ってみたの。 ヤバいよ、ほんとうにヤバイ。ノルデン大公国は、法治国家。 特に外交における約束は、たとえ自国が疲弊しようと、護り抜く。 ユキーラ姫の事は、事前に調べた。
テルム公国が《ガンクート帝国》に、併呑される前に、彼の国は婚姻外交を展開してた。 ユキーラ姫のお輿入れになったのは、テルム公国の王太子様。 彼は、ガンクート帝国一本槍では、この先テルム公国がやっていけないと、ノルデン大王国に留学されて繋がりを付けてたんだ……。
その時に彼は、ユキーラ姫を見つけて、一目ぼれ。 ノルデン大公国の関係各所に願い出て、ノルデン大王国も渋々了承したって事だったんだ。 ノルデン大公国も、南のテルム公国に王族を降嫁させる事についての、外交的利点は良く判っていた。
でも、ユキーラ姫って、ノルデン大王国の中でも、大事に大事にされて居た、秘蔵の姫様だよ。 それは、もう、とっても大事にね。 なんせ、彼女のお母様は、ナイデン王国出身。 ノルデン大王国と、獣人国である、《ナイデン王国》 との、架け橋でもあったんだからね。
最終的には、ユキーラ姫の御意思もあって、了承されたんだよ。 で、付随条項で、もし、テルム公国がどうにかなった場合、速やかにノルデン大王国に戻すって約束だったんだよね。 「命に代えても!」 って、王太子が言ってのけたから、ほんと渋々了承したって事。
でもさ、テルム公国は《ガンクート帝国》に併呑されちゃったし、その際の政変で王太子様、どっかに行っちゃったんだよね……。 もう、この世界には居ないかもね。 残されたユキーラ姫は、早々にノルデン大王国に向かわれたんだけどね……。 出国できなかった。 足取りが掴めなくなって……。 テルム公国内に居たノルデン大王国の人達と一緒に、消息不明……
何度も、何度も、ノルデン大王国から、実権を握ったガンクート帝国に問い合わせが行ったんだけど、知らぬ存ぜぬで、押し通されていたらしいのよ……。
そんな中、ユキーラ姫が、おかあさんの所に売りに出たの……。 それも、売り主の名前が……ドニーチェ=フランシスコ…… もう最悪。
だから言える、自分に厳しい故に、他人にもとても厳しい ノルデン大王国の人々は、これを明確に宣戦布告と取ってしまったと。
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重い沈黙が続いて……ミネーネ様が頷かれた。 私の顔の緊迫感が、相当効いた。 いや、実際とっても緊迫してるの。 直ぐに小部屋が割り振られて、そこに通された。 なんとか、全面戦争は回避しなくちゃ。 ミャーも直ぐ来てくれた。 簡単なティーセットも持ち込まれて来た。
「ミャーは怖いよ」
「私もよ……。 どうなるか判んないけど、頭下げてみる。 ノルデン大王国が、南のガンクート帝国と一戦交えるとなると、絶対にもう二つも参戦して来る。 で、戦場はこのエルガンルース王国……。 有力貴族がガンクート帝国に媚び売ってるから、間違いなく戦場に成るよ……。 無辜の民の血が……」
「ソフィア……。 どうしよう……」
「もう、宮廷言葉とか、サインとか言ってらんないよね。 全身全霊を掛けて如何にかしないと!」
二人して、ガタガタ震えながら、お二人を待っていたの。 ミネーネ様がお二人の御到着を知らせて下さったのよ。 重厚な扉の向こうで、何やら声がしたね。 外務官としてではなく、軍宿将として来られたみたい……。 全権大使って訳か……。 つまり、武装してるって事ね。
扉が開いた途端、物凄い闘気が流れて来た。 うはっ!! やる気満々だ!
「突然のお申し出を受けて頂き、誠に有難うございます」
立ち上がって、深々と頭を下げるの。 目をランランを光らせたダーストラ様が其処に居た。 後ろに、ナイデン公爵様が控えられているけど、此方は手は尽くしたよって感じ……。
傍らに、儚げに立っている、お姫様がいらっしゃった。 ユキーラ姫だね。 精気は戻っている。 気品に満ちた清々しい御尊顔。 頭の上にちょこんと乗ったケモミミが可愛いよね…… って、そんな事言ってる場合じゃない!!
「これは、ソフィア殿! 先日は!」
「ダーストラ様に置かれましては…… あの、単刀直入に申し上げます。 事は切迫していると、そう愚考いたしております」
「ふん、何なりと」
ナイデン公爵様もちょっと興味が有るって、顔をして私を見ていた。 そんで、ユキーラ姫もね。 ありゃ、もう話はついてんだよね……。 マズいね。 普通にお願いしても、絶対に覆らないよね……。 仕方ねぇ……。
昔さ…… あぁ、転生する前の私の話なんだけどね。 営業のバカがやらかして、とんずらこきやがった事が有ったんだ。 で、会社の偉いさんも総出で陳謝に向かったんだけど、ラチ開かなくてね……。 そん時、なんでか、私も駆り出されてて……、
で、やったよ。 偉いさんは一応偉いさんだから、頭は下げても、そこまでは出来ないから……。 そう、したよ、土下座。 後頭部、踏んづけられた。 けど、女の私が其処までしたんだからって、どうにか、落ち着いて貰って……。
行けるかな……。
たかだか男爵家の娘の頭……。
いや、首一つで、どうにか出来るかなぁ……。




