第7話 王宮への誘い
ミャーも戻って来た。 日常が楽しくなって来た。 勉強だって、御父様との運動だって、へっちゃらだもんね。 目は、死んでたけどね! あと……、お家の人達と一緒に、みんなでお茶したりもしたよ。
使用人さん達、驚いてたけど、お世話になってるんだし、少しでも「感謝」を表したかったんだよね。
「お嬢様…… こんなにお気遣い頂くなんて……」
なんか、マーレさん、涙ぐんでるよ。 いいじゃん、別に。 そんなに大層な事して無いし。 レーベンシュタイン男爵家だよ? 盾の男爵家だよ? 御父様が「常々」言ってるじゃん、「みんな、家族の様な物だ」って。 庶民と変わんないよ? それに、レーベンシュタイン男爵家より下は、準男爵しか無いよ? 爵位で云ったら最下層だよ? まぁ、領地は有るけど……。
そうそう、領地と言えばね、御父様が連れてってくれたの。 ミャーも一緒よ。 凄い田舎って話なんだ。 湿地帯が続く暗い領地なんだけど、それでも、男爵家の領地で、本宅だって有るんだよ。 ミャーの事が終わってから、”冬だし、一度、領地に行ってみるか” って、御父様が言い出してね。 でもね、なんでこの時期なんだろね。 社交シーズンは終わっちゃってるから?
試しに、王都に残るビーンズさんに聞いてみたの。
やっぱり裏があった。 南方諸領の辺境領にある、古代迷宮の幾つかがヤバいらしい。 魔物の暴走が起こりそうなんだって。 それで、なんで、御父様が王都から出ちゃうのかって事だけれど‥‥‥、 王都に残ってたら、いざ本当に魔物暴走が始まった時に、真っ先に男爵家の者が、配下の者と一緒に、派遣されちゃうからだって。
前までは、盾の男爵家ってたって、レーベンシュタイン男爵家は、諜報、防諜を司ってるし、そんな動員は掛からなかった。 でも、今は無役。 必ずその命令が来るって、御父様は判断されたの。 先に王都から脱出するんだって。 あとは、要所要所に情報を流すだけでいいって。
ほんと、御父様、エルガンルース王国を見限ってるね!
まぁ、いいや。 私とミャーは、ご領地が楽しみになったよ。
―――――
冬の早朝。 タウンハウスをビーンズさんにお任せして、御領地に旅立ったのよ。 大型の馬車をチャーターしてね。 借り物だから、オトナシクしてたよ。 冬の王都は、なんか寂しいね。 雪がチラついてた。 さあ、行こう! 色々とお楽しみが有るらしいから!!
そう言えば、御父様、かなりお痩せに成ったのよ。 毎日、散歩という名の、マラソンしてたからねね。 私に「技」を、教えるからって、鍛え直されたの。 もう、ビア樽みたいな「お腹」して無いよ!
格好いいね! って言われるくらいまで、体重落ちたよ。 スッキリされたわ。
御顔もすっきりされて、肉で埋まっていた表情もちゃんと出る様になったの。 そしたら、案外 良い男だったよ。 ブ男って言っててごめんなさい。 ママが、ねだった訳、何となく判った。 ママって案外、面食いだったのね。 良かった、普通の感覚してて……
ゴトゴトお家の馬車に揺られて、王都から、五日間ほどの距離に領地は有ったの。 今は冬。 閑散としててね。 あちこちの湖沼がうら寂しいのよ。 でも、人は案外いるの。
良い漁場が成ってるんだって。 泥カニとか、淡水魚とかの。 高級食材だから高値で取引されてるって、マーレさんが教えてくれてた。 領地の真ん中に有る町。「フタイン」 そこに、レーベンシュタイン男爵家の本宅があったの。
本宅……って言っても、王都の外れにあるタウンハウスとあんまり変わらない大きさのお屋敷。 御父様は、
「役所みたいなものだよ」
って、言ってたくらい。 詰めているのは、領地を預かっている執事さんと、実務者集団。 有能さん達だよ。 この薄暗い領地から、毎年ちゃんと税収を上げてるんだもの。
なんか、こっちの人達、滅茶苦茶忙しいから、お屋敷に着いても、出迎えとか一切しなくていいって、御父様が通達出してたのよ。 タウンハウスからついて来てもらった人達と一緒に、荷物を運んだの。 だって、忙しそうだったもの、本宅の人達。
ミャーと一緒にお部屋に荷物を運んで、一息ついたら、御父様に呼ばれた。
このお屋敷で一番豪華な執務室にね。 山と積まれた書類に次々とサインをしていく御父様。 その横で、色々と説明している執事さん。 まぁ、凄い光景だったよ。 御父様、私が来た事を確認して、執事さんに紹介してくれた。
「レーベンシュタイン男爵家に迎えた娘、ソフィアだ。 宜しく頼む」
「はい、旦那様。 ソフィアお嬢様、アーノルドに御座います」
「ソフィアです。 どうぞ、よしなに」
一通りのご挨拶を終えて、御父様に云われ、隣に座ったの。 ちゃんと椅子が用意してあるところを見ると、ここを私の定位置にするつもり、マンマンだったんだよね。
御領地の現在を知る為ってことで、御父様と一緒に帳簿類を確認したの。 まぁ……なんだ。 細々としたところから、ちょっとづつ、ちょっとづつ集めてるのが判るのよ。 でもね、ちょっと不自然な所もあったのよ。 支出が膨張してるの。 判り辛くしているけど、明らかに、不正な匂いがする。
公認会計士資格保持者を、舐めるな!
御父様に聞いてみた。 案の定、びっくりされた。 王都の財務官でも、見破られた事が無いのだがって、前置きをされてから、理由を教えてもらえた。
なんかあった時の、合力に使う為に、無理して捻出してるんだって。
ほら、南方領域の話‥‥‥。 あれ、かなり‥‥、本気でヤバいらしいの。 討伐の命令は出ているんだけと、ものすごい数なんだって。 南方諸家の方々かなり苦労されてるみたい。 領地に甚大な被害が出ているそうね。
同じ男爵家同士、融通できるものは融通しあう仲だから、助け合ってるんだって。 王国中央からの手助けは、大貴族さん達が、みんな持ってっちゃうから、低位貴族は、低位貴族同士で、互助するんだって。
もう、王国に属さなくていいんじゃないの?
そんなこんなで、結構危ない橋を渡ってるのよ。 でも、見事な統治ね。 税の掛け方だって、「まとめて」ドン! じゃなくて、あっちこっちから、ちょっとづつ‥‥‥ ってな感じだしね。
民の生活を圧迫しない程度に、まぁ、この位ならって所を絶妙にね。
凄いわね。 御父様が全幅の信頼を置いておいでなのが良く判るわ。 で、その執事の人……アーノルドさんって数代前の当主様の弟君の末裔。 「家業」 に向かない性格だったんだって。 荒事よりも、草花の育成とか、詩歌の吟味とか、そう言った方面が好きな人って、御父様が仰ってた。
で、才能が一番あったのが、領地経営。 バランス感覚に秀でてて、領地の人達からも、絶大な信頼を得ているんだって。 まぁ、私みたいな者からすると、” なんで、乗っ取ろうとか思わないのかな? ” だった。
――――――
疑問に思ったら、即 質問。 それが、今の私。
「アーノルド様、ご質問が」
ダイニングで、ミャーと一緒にお茶して、マッタリしてる最中、近くに居たアーノルドさんに聞いてみたの。
「代々、領地の経営を任されておられるのでしょ? 不躾なご質問なのですが、何故ですか?」
まぁ、この位の言い方でいいかな? 受ける方も、キッチリと理解してくれたよ。 ちょっと白いものが混じった、茶髪の総髪。 モノクルがキラッって輝いて、私の方に渋いお顔を向けて話してくださったの。
「わたくしの家は、支える家系です。 表に裏に忙しい ご当主様を支えるのが使命。 また、喜びでも有ります。 他家では、このように全幅の信頼を置いて、全てを任せる様な「御当主様」は、居られますまい。 名より実でございます」
「……面倒事は、御父様に? 領地の人々に心を砕きたいと?」
「ははっは、これは痛い所を。 ……有体に言えば、その通りです。 魅力の薄いこの土地ですが、わたくし達レーベンシュタイン一族の拠り所でも有ります。 いかにして富ませ、安寧を護るか。 そして、事に対してどのように対処するか。 毎日が楽しくてなりません」
「……良き方が居られて、御父様は幸せですね」
「ご当主様には、何かと御不便をおかけしております」
「これからも、御父様を宜しくお願い申し上げますね」
「ソフィアお嬢様がいらして下さったので、御家も安泰で御座います。 わたくしども、領地の者は心配しておりました。 御当主様はいつまでもご結婚されませんし、これからどうなる事かと。 ソフィア様、貴女はレーベンシュタイン男爵家の未来です。 どうぞ、宜しくお願いします」
……やり返された。 これじゃぁ、私が誰か婿を取って、男爵家存続に力を尽くさないといけないみたい。 ……脱走……。 無理っぽいね。 早く、あの人見つけないと……。
でも……、私もそんな御領地が、この地に住まう人達の事が、大好きになったよ。
こんな私を、彼は許してくれるかな?
――――――
領地での楽しみが、” 一つ ” 増えたの。 それは、「温泉」 前世でもスーパー銭湯、大好きな私には、朗報よね。 なんでも、この領地の湿地帯の一角に、泥の湯が沸きでる場所があったんだって。 この世界の人達は、お風呂に入る習慣がないんだけど、私たちが育った娼館には、お風呂があったのよ。
全身を薬湯に浸して病気を未然に防ぐためにね。
孤児たちもその ” おこぼれ ” を、貰えてたの。 ミャーも私も、お風呂大好きだった。 でも、男爵家に引き取られてからは、水浴びばっかりで、ちょっと物足りなかったのよ。
それがね、アーノルド様の言うには、湖脇の薪割り小屋の近くに泥湯が湧き出してて、その辺りの獣けものが怪我した足を突っ込んだりしてるのを見て、何かに役立てたいと、どうにかしようとしたらしいの。
でも、誰もお風呂って思いつかなくてね。 放置してあるんだって。 ミャーと一緒にっその場所に行こうってなったの。 御父様に許可貰ってね。
「んん? 薬湯‥‥‥、みたいなモノか。 この領地に、そんなものが必要なのかな?」
「薬湯では御座いませんわ。 御父様、温泉は大地の恵み。 ただ無駄にしてよいものでは御座いません。 いわば、精霊様からの贈り物。 大切に使いたいではありませんか」
「ふむ…‥‥。ミャーと必ず一緒に行動する事。 それでいいか?」
「勿論でございます」
「ミャー、このお転婆さんを頼むぞ」
「心得まして、御座います」
御父様に頭を下げて、執務室を出たところで、ミャーとハイタッチしたよ。 嬉しかったよ。 急いで、作業できるような服に着替えて、御馬に乗って、その薪割り小屋に向かったの。 結構近かったわよ? ほんの一刻程で着いた。
泥湯が噴出してるところって、小屋のすぐ近くでおまけに川もすぐそば。 いい感じに混じってるところもあるの。 手を突っ込んでみた。
「いいねぇ」
「そうねぇ‥‥‥。 ソフィア、どうするつもり?」
「このいい感じのところを凹ませて、お風呂にしようと思うの。 出来るだけ自然のままの方が、壊れにくいでしょ?」
「そうねぇ‥‥‥。 大きさは?」
「娼館の薬湯場くらいかな」
「いいんじゃない? 目隠し作っとく」
「ありがと。じゃあ私は、凹ませて、固めとく。 魔法でね」
「そんじゃ、後で!」
ミャーと役割決めて、作業を始めたのよ。 つくりは簡単に、簡素に。 ただ、お風呂に入れるってだけ。 ガンガン土魔法使って、いい感じの辺りを凹ませるの。 底を固める感じでね。 周りにね薪割り小屋から、丸太をもってきて、埋め込んだの縦にね。 そんで、凹ませた周囲をぐるっと取り囲んだのよ。
深さはだいたい私の腰位。 ちょっと深めだけどいいよね。
ミャーはその”お風呂”の湖側の葦をガンガン刈り取ってってた。 見晴らしがよくなったよ。 彼女物凄く器用でね、集めた葦で、あっという間に目隠しを作ってくれた。 それを”お風呂”の周囲、ぐるりと取り囲むように建てて、出来上がり。
後は、勝手にお湯が溜まるのを待つだけ。 溜まるのを待ってたら、夜になってしまうから、その日は帰ったのよ。 アーノルドさんと御父様にお礼を言ってから、汚れを落としに、水浴びしたの。 明日は、明日こそは、温泉に入るんだ!!!
―――――
次の日。 朝、日の出前から、ミャーとお風呂の用意をして、薪割り小屋に行ったのよ。
朝靄がね、まだ晴れ切って無かったの。 湖の湖面は鏡みたいだった。 薪割り小屋の近く。 私達が作った「お風呂」 そこからも、靄が立ち上ってたの。 ユラユラ揺れる靄。 朝靄と湯気が、朝日に照らし出されて、キラキラ輝いていたの。
もうね‥‥‥、言葉が出ない。 きちんとお湯が溜まってた。 湯気が立ってて、手を入れても、熱くもなく冷たくもなく。 ‥‥‥ミャーと顔を見合わせて、ニンマリと笑いあったの。
そっからは、我先に、全部脱いで、お風呂にドボン!
ふわぁぁぁぁ!!!
生き返る~~~~~~
こら、ミャー 泳ぐな!!
なんか、身体の中に溜まってた汚れが、どんどん吸い出される感じがするね。 そんで、代わりに大地の力が入ってくるの。 底に溜まってた細かい泥を顔とか、身体とかに塗り付けて遊んでた。
ミャーと一緒に、お風呂を堪能して、泥だらけになったら、川に行って泥を落として、また、温泉に入るのよ。 繰り返し、繰り返し‥‥‥
夕方になって、時間を忘れてたことに気が付いて、慌ててお洋服着て、本宅に帰ったの。 もう、お肌つるっつる! 生きててよかった! レベルよ。
それで、毎日行ってたら、御父様が面白そうに言うのよ。
「ソフィアが日に日に、一段と美しくなっていく気がするな‥‥‥。 どういった場所なんだい?」
「お風呂ですわ。 大地の恵みの。 ‥‥‥御父様もご一緒に行かれます?」
この一言から、レーベンシュタイン男爵領に一大温泉ブームが到来する事になったのよ。 温泉に入った御父様が、いたく、そこを御気に召して、アーノルド様に整備を命じられたの。 アーノルド様、御父様と視察名目で、薪割り小屋の温泉に一泊で行かれて、虜になったらしいの‥‥‥。
本領に居る侍女さんとか、タウンハウスの侍女さん達も連れて行ったのよ。 メイド長のマーレさんもね。 みんなで入れるくらいの大きさに作っといてよかったよ。 素っ裸になるの恥ずかしいとか言ってたけど、一旦、”お風呂”に入ったら、そんな事、云わなくなった。
そんな彼女たちに、お風呂の底に溜まってる泥を顔やら身体に塗り付けた。 物凄く嫌がったんだけどね、次の日に感謝された。 お肌がねぇ‥‥‥、輝いてたもの。
御父様が冬のこの時期になると決まって痛みが出た右膝‥‥‥、よくなったって。 マーレさん、この頃「痛み」があった腰‥‥‥、平気になったって。 みんなの顔に笑顔で増えたよ。 よかったよ、ほんとに。
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そろそろ、タウンハウスに帰らないといけなくなった。 もう、冬の季節も終わるね。 名残惜しいよ。 アーノルドさんが、次の冬までに、温泉の施設を充実させておきますって、胸張って言ってた。
御父様、笑って頷いてたよ。 よほど、御気に召したのね。
晴れ上がった晩冬。
名残惜しくも、私達は王都のタウンハウスへの道を戻り始めたの。 あんな物が届けられるとも、知らないでね。
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みんなとタウンハウスに帰った翌々日。 王宮から召喚状が届いたの。 なんか前から、ゴソゴソと動きが有ったらしいのよ。 ビーンズさんが ” 眼 ” と ” 耳 ” を使って情報の収集をしてたんだって。
「旦那様……」
深く沈考する御父様。 呼出し状には、御父様だけでなく、私も一緒に来いって書いてあったらしいの。 色々なオプションが頭の中を駆け巡っているのね、御父様。 私もちょっと考えて見た。 情報が足りないなぁ……。
世界の強制力を考えると、一つ思い当たる事が有るのよ。『君と何時までも』の世界では、ソフィア=エレクトア=マジェスタ公爵令嬢が必要な人物。 であるなら、世界は私を、ソフィア=エレクトア=マジェスタにしようとする。
もしくは代替を用意するか…… その場合、私は必要なくなる。 同じ、ソフィアが居るとまずいもんね。 巻き込むか、抹殺するか。 そのどちらかね。
ビーンズさんが集めた、王宮王城内の情報が聴きたいわ。
「宜しいでしょうか?」
「うん……。 例の南部諸領の話がこじれたのか? 教えてくれ」
「……いえ。 実は、ソフィアお嬢様の存在が、深くかかわって居ります」
「ソフィアの存在?」
「はい……。 お嬢様の外見が……、 その、ディジェーレ=エレクトア=マジェスタに生き写しと云うのが、この度の発端になって居ります」
「……国務長官 マジェスタ公爵の差金か」
「御意に」
世界の意思は、私を巻き込む方に傾いているのね。 そう……でも、私は嫌よ。 私は、ソフィア=レーベンシュタイン。 それ以外に成るつもりも、変わるつもりも無いわよ。 処刑される未来なんて、まっぴらごめんよ。 御父様。 私は、貴方の娘で居たいの……。 そして、愛しい「あの人」を見つけ出すのよ。
……くそっ!
やっぱ、諦めて無かったのか、
世界の意思は!
ブックマーク、感想、評価、誠に有難うございます。
とっても嬉しいです。
今回は、ほのぼの、のんびり回でした。
物語は、前提条件を崩す処に差し掛かってまいりました。
楽しんで頂けたでしょうか?
また、明晩、お逢いしましょう!!