第68話 出自の記憶 それぞれの信義
【ご注意】 R15ギリギリ表現だと思います。 御不快になられるやもしれません。
夜の帳がすっかり落ちた歓楽街。 喧騒がいやが上にも、扇情的な声に変わる、そんな下町の裏。 どんな都にもある、決して上品とは言えない街区に、無紋の馬車が結構な速度で突き進んでるのよ。
乗ってるのは、私と、ノルデン大王国の外交官、ダーストラ=エイデン卿。 最強の宿将にして、外務を任されているノルデン大王国の至宝。 彼の地において、ダーストラ様の右に出る御方は、国王陛下以外には居られない。 そう、【処女宮】でのお勉強で習った。 事実、物凄い威圧感を放ってらっしゃるしね。
でも、まぁ、厳しい冬の国であるノルデン大王国の人なんだから、その位は織り込み済み。 人族最強の名は伊達では無いって、そう感じるもの。 あの国と事を構えるなんて、どんだけ阿呆なのってこと。 そして、何より、あの国は信義を重んじ、国王陛下の上に王国法典を持ってくる、規律の国。 他国から見れば、教条主義の様に映るけど、法は人が作るものっていうのをよくご存じなお国でも有るのよ。
だから国法も、議会でよく検討されているんだよね。 少しの隙も無い条文で構成されている。ノルデン大王国の条文は、他国の模範ともいえる。 その上、国法の上位に大協約が存在してるの。 日本で云う所の憲法みたいなモノね。 これは、世界との関りを規定しているものだから、人がどうこうする事が出来ないものとして、成立してから悠久の歴史を刻んでいるの。
変更できるのは、大精霊神と交感して、お伺いを立てて、了承される事が大前提。 で、大精霊神を召喚出来る様なそんな巨大魔法を使える人って早々居ないし、居てもやろうとは思わない。 だって、世界の理なんか変わる筈が無いからね。 これも【処女宮】でのお勉強で習った事。
そんな、お堅いノルデン大王国の堅物さんを、こんな所にお招きするのは気が引けたんだけど、今は緊急事態だから、ほんとゴメン。 気は急ぐんだけど、この時間帯の下町は酔客が異常に多いから、馬車でもなかなか走れないんだよ。 下手に悶着起こすわけにいかないしね。
イライラしながら、到着をまった。 カーザスさん頑張ってくれてたんだよ。 出来るだけ早くって思ってくれてたんだよね。 やっとこ、孤児院の門の前に到着。 と云うより横着けにして貰った。 周囲に出来るだけ見られない様にって思ってね。
馬車の扉が開いて、孤児院の扉が開くと、口も利かずに、ダーストラ様は孤児院に入って行ったの。 勿論私も同行してるわよ。 先導して、支度部屋に突き進むの。 孤児院の子達は、おかあさんが、引っ込めたんだね、誰も見なかったよ。 支度部屋の前に到着。
「おかあさん、帰ってきました。 開けて良いですか?」
「お帰り。 まだ、大丈夫だよ。 売り主は来ていないからね」
支度部屋の扉を内側からおかあさんが開けてくれた。 なんかの魔法で施錠してあるし、おかあさんしか開けられない筈だから……。 まぁ、逃亡防止用なんだよ。 なかで、おかあさんと、ミャーが待っていてくれた。 ダーストラ様にもお入り頂き、扉が閉まる。 薄暗いよね……ゴメン。
「ミャー、どう? 大丈夫そう?」
「……お嬢様。 御名前頂きました。 ユキーラ姫に御座います。 しかし、かなり怯えられておられます。 此処がどんな場所かも、ご存知でした」
「やっぱり……、お薬使われていたの?」
「はい……その……ちょっと、殿方の前では……」
「無茶な事を…… ダーストラ様、御願出来ませんでしょうか? どうか、姫様の御心の安寧を」
もう凄い怒りのオーラが発せられているのよ。 ダーストラ様の巨体が、一回り大きくなったみたいに見えたくらいよ。 ええっと……次の瞬間、いきなり膝を折ったのよ。
「ユキーラ様……。 遅くなりました。 何卒、お許しを。 我が国の者の手が届きませなんだ。 王城開城時、あ奴等が妨害に……誠に、誠に……」
片膝を付き、胸に右手を捧げ、頭を垂れているのよ。 あの宿将がよ! ボンヤリとした目をダーストラ様に投げかけたユキーラ姫。 捧げられる礼を何の思いも籠ってない目で見ているの。 こりゃヤバイ兆候だね。 まだ、現実に感情が追いついていない。 でも、このままじゃいけないよね。
「ダーストラ様。 穏便な手を使いましょう。 このままでは、ユキーラ姫の御心が壊れてしまいます」
「ど、どの様な手を?」
「白金貨二枚を用意し、相手に奴隷紋の登録を、この娼館の主に移してもらいます。 お金を払って…… ”買い取り” ます。 それで、相手が誰であるか確定します。 対処はその後でもできます。 堪えて頂きたいのです。 そして、この場は、一時、この娼館の主に任せましょう。 きっと、無事にこちらに移してもらえるはずです。 どうか、堪えて頂きたいと……お願い申し上げます」
「相手の情報を渡してもらえるのだろうな」
「はい、当然に御座います。 経緯等、調べねばなりません。 それに……」
「それに?」
「御身内にこのような仕打ちをされて、黙っていられる方では御座いますまい」
「……すべて、ノルデン大王国の裁量に任すと?」
「御意に。 ただ、我が国の中でこのような仕儀になった事、心よりお詫び申し上げます」
「……相分かった。 これを」
重たい袋が私の手に渡った。 やっぱり、大国の外務官ともなると、常時幾許かの手元は持ってるよね…… 中身は改めないよ。 おかあさんにそのまま渡す。 おかあさんも頷いてらっしゃるね。 よし。 それじゃぁ、暫く隣の部屋に行って待とう。
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息を潜めて、隣の部屋で成り行きを聞いていたの。 ミャーと私と、ダーストラ様の三人でね。 暫くして、娼館の方からどやどや何人もの人が入って来たのが音で分かった。 ユキーラ姫の居る部屋の扉が開く音がしたの。
「どうだ、主人、決まったか!」
「ええ、まぁ…… そちらの者達は?」
「条件の者達だ」
「……まだ、その条件を受け入れると言った覚えは無いね。 汚い奴等を引き込むんじゃないよ! どんだけ迷惑か!! 判ってんのか?!!!!」
なんか、物凄い剣幕で怒ってる。 汚い? どういう事? ミャーが条件の詳細を教えてくれた。 ”味見”の部外者って……どうも、厄介な病を持った浮浪者らしいのよ……。 清潔に綺麗にっていつも言ってる、おかあさんにしてみれば、神殿に血みどろでやって来る蛮族みたいなモノよ。
何やってんだか……。 この売り主、全く常識が無いね
密やかに目配せ、サインで喋ってたらか、幸いにして、ダーストラ様には、知られていない。 もし知っちゃったら、いきなり飛び出して斬殺するね。 賭けてもいい。 もうドキドキだよ……。
「ああ、今決めた。 お前らみたいな奴等の条件など聞けたもんじゃないね。 言っておくが、此処に持ち込んだ女を他所に回そうったってそうは行かないよ。 女を何だと思ってるんだい! 手付も払っている、権利は有るんだ。 売り物を潰されて黙っている楼主なんか居るもんか! 言い値を払おうじゃないか!」
「何を言うやら…… 高々、半獣人が、至高なる人族の役に立つのだ、どうかしてるのか?」
「なにが至高だ! 人族はそんなに偉いのかっ! 南の奴等の考えそうな事だね。 ほら、言いなよ!」
「……条件は飲めんと言うのか?」
「あぁ、飲めないね」
「女郎屋の癖に生意気な奴だな! 下郎が!」
ジャリって言う、何かを抜く音。 あれ、きっと抜刀したね。 娼館で抜刀したらどうなるか、知らないんだ……。 それも、おかあさんに向かって……。 馬鹿だ……。 あいつら、生きてこの娼館出られるかなぁ……?
「その下郎に、娘売払おうって、奴が言うかね。 これ持って出てお行き!」
ゴトン、ゴトンって、重い音がしたよ。 よかった! おかあさん、奴隷紋の事、忘れて無かったよ。 あいつ等が最初に言ってた、条件なしの売り渡しの対価……白金貨二枚だったよね。 あいつら、かなり吹っ掛けたつもりなんだろうけどね……。 まさか即金用意するとは思ってなかったんだろうね……。 おかあさん、やるねぇ。
「さぁ、代金は払ったよ。 受け取りなよ。 どうしたんだい」
「お、おまえ……此の金は……」
「なめんじゃないよ、王都エルガムの娼館【レッドローゼス】は、そんじょそこらのもんじゃ無いんだ! 覚えておきな! さぁ、奴隷紋の解除鍵を寄越しな。 それと契約書だ。 さぁ、さぁ、さぁ!!」
きっと、物凄い顔してんだろうなぁ……。 王都エルガムで、怒らせちゃなんない人の筆頭だもんなぁ……。 きっと、騒ぎを聞きつけた、用心棒さん達、勢揃いしてるよ……きっとね。 密やかな足音聞こえてたもん。
「くそ、覚えていろ! これが契約書、こっちが解除鍵。 これでいいだろ!」
「あぁ、さっさと帰りな! あぁ……忘れる所だった。 言っておく。 あんた達、二度と王都エルガムの娼館には入れ無いからね。 出入り禁止だ。 あんたのお仲間もね」
「な、なに!」
「私に喧嘩売ったんだ、当たり前だろ! この国の人間じゃないようだから、生きて出してやるけれど、二度とその汚い面、見せんな」
まぁ、強面の用心棒さんが、それは、それは丁寧にお送りしてくれるだろうけどね……。 娼館の入り口まではね。 あれ、絶対回状回るよね……。 そんで、コイツの背後関係探られて、関係者一同、同じように出入り禁止に成るんだろうねぇ……。
あぁ……盗賊ギルトのお仕事増えたねぇ……。 ミャーに視線を投げると、頷かれたよ。 もしかして、もう手配済み? ちょっと手サインを送ると、肯定の合図が帰って来た。 要監視対象だったんだ。……つまり……、そういう人達だったんだね。
どやどやと、音がして、大勢の人が去った。 密やかなノックの音がして、扉が開いておかあさんが顔をのぞかせたんだ。
「済まないねぇ……」
「有難うございました、おかあさん」
「なんでもない事だよ。 それと、これ、お返しするよ」
ダーストラ様から渡された、お金の入った袋を私に戻して来たんだ。 えっ? どういう事? 代金は?
「……ソフィアが、御名前を口にしました。 ダーストラ様と。 ノルデン大王国 ダーストラ=エイデン卿とお見受けいたします。 ユキーラ姫様に置かれましては、このような場所に迎えてしまい、誠に申し訳ございませんでした。 何卒、お許しを。 奴隷紋は、解除致しました。 早く心安らぐ場所にお連れ下さい」
「お、おかあさん?」
「ミャーは知ってるよ……。 ソフィア、おかあさんはね……」
「おだまり、ミャー!」
「嫌だよ……言うよ。 おかあさんは、ノルデン大王国の草人だよ」
「ミャーッ!! あ、あんた!!」
なんと、まぁ! おかあさんは、残置諜報員だったんだ。 えらい所に食い込んでたんだねぇ……。 そっかぁ、それで、ユキーラ姫が持ち込まれた時、ヤバいって判ったんだ……。 おかしいと思ったよ。 絶対に面識なんか無いのに、どうしてヤバイって判ったんだろうって、不思議に思ってたんだ。 ミャーも色々と言わない子だからねぇ……。 知らない方が良いって、判断してたんだろうね。
「……王家の暗部に諸外国の民に紛れ込んだ草々が居る事は知っている。 ここで会うとはな。 助かった」
「勿体なき御言葉。 何代も続く御役目で御座いますれば……」
うん、そうだね。 私は知らなかった事にしとくよ。 その方がいい。 これかも、ずっと同じだから、心配しないでね。 だって、私、おかあさんが居なかったら、生まれてこなかったんだもの……。
「ユキーラ姫の事ですが、ノルデン大王国の公邸にお連れしましょう」
「そうだな、一刻も早い方が良い」
深々と頭を下げているおかあさん。 おかあさんのお陰で、ノルデン大王国とエルガンスール王国は事を構えずに済んだよ……
ホントにありがとう。
ありがとうございました!!!
ユキーラ姫をお連れして、孤児院を出る時に、おかあさんに呼び止められた。 なんか、とっても優しい目をしてくれてた。
「ソフィア……本当に大きくなって。 男爵様に引き取られた時は、どうなる事かとおもってたんだよ」
「とても、とても、良くして貰っておりますわ」
「そうみたいだね。 あんたに繋ぎを付けて良かった。 私だけだと、どうにもならなかった。 これで安心して消えられる……」
「おかあさん、何を言っているのですか? おかあさんが全てを差配したのですよ。 私は単なるお手伝い。 おかあさんが居てくれて、本当に良かった。 これからも、どうぞよろしくお願いします」
「……どういう事だい?」
「おかあさんは、この娼館【レッドローゼス】に無くてはならない人。 それに娼館ギルドのマスターでもありますでしょ? だったらなおの事、これからも、民草の為に此処に居て欲しいのです」
息を飲んで私を見詰めるおかあさん。 彼女は、私の言いたい事を判ってくれたみたいね。 ミャーが今日まで隠していたのは、万が一 おかあさんが、ノルデン大王国の残置諜報官だって事を私が知ったら、排除するか利用するかって考えたからだよね。 だから、隠したんだとおもうんだ。 でもさ……、この人のお陰で、今の私があるんだよ……。
信義には信義を。
ノルデン大王国風に言うとね、そう言う事。 だから、私は知らない。 おかあさんは、この娼館【レッドローゼス】の楼主だよね。 それだけなんだよね。
「では、わたくしは。 ごきげんよう」
「あぁ……あぁ……!判ったよ。 ソフィア。 判ったよ」
ギュって抱き締めてくれた。 なんか懐かしいね。 悪戯して、怒られて、説教された後に、時々こうやって、ギュッとされてたからね。
……ありがと、おかあさん。




