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記憶の彼方から ” あの人に逢うために ”  作者: 龍槍 椀
ビューネルト王立学園 三年生
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第67話 夜道を馬車は、ひた走る

 




 夏休み明け。 新学年に進級したんだ。 これで私も、三年生だよ。 学園に戻って、入学式を眺めて、授業が始まったんだ。 まあ、アノ魔女(エミリーベル先生)にまたしごかれる毎日なんだけどね。





 それにしても、学院はとてもとても騒がしかった。





 そりゃね、そうだよ。 二人の高位貴族様が、揃って学院を退学。  賢者エスカフローネ様にくっ付いて、大森林へ旅立たれたんだものね。 マーリンはともかく、フリュニエ様、人気あったもんね。 素っ気ないマーリンを出し抜こうって、それこそ色んな人が、フリュニエ様に粉かけてたもん。


 それが、連れだって大森林に向かったんだもの、騒然となるわよね。


 お二人のご婚約は成立してたから、両家の親族たちはまぁ……なんだ、説得されたんだろうね。 特に、フリュニエ様の処はね。 きっとマーリンの家からもお願いされたんだろうね。 マーリンの家って、結構強引だからね。 上から目線と言うか、俺っち最強っていうか……。


 そんなこんなで、マーリンの株ダダ下がり。 悪い魔法使いの術に嵌って、お姫様が攫われたって……。



 私にとったら、そんな噂、爆笑もんよ。 



 あの午餐のあと、どんだけ私が、彼女にのろけられたか……。 こいつら知ったら、発狂するんじゃね? ミャーもニヤニヤそんな様子を見てるよ。 放課後の運動場、剣の稽古をしてる時に、ミャーが話しかけて来たよ。 滅茶苦茶打ち合いしてる最中にね。 えっと、コレって、フェイントに成るんか? たんにお喋りしたいだけなのか?





「世評とは、こうも現実と乖離するものなのですね」


「そうよ、ミャー。 だから、自分で情報は収集するの。 踊らされない様にね」


「では、このバカ騒ぎの出所は?」


「大方、エスカフローネ様を手中に納めたかった人達の仕業……。 声の大きな方って、自分の事が判んないと思ってらっしゃるからね。 私達の耳がどの位聞こえてるか、その辺をよくご存じないもの」


「……マジェスタ公爵様ですか……また・・


「それ以外、誰がいます? 《ガンクート帝国》から、エスカフローネ様の引き渡し要請が、非公式にあったらしいわ」


「でも、王妃様がキッパリと拒否されたのですね」


「ええ、そうよ。 今のエルガンルース王国じゃ……国王陛下よりも、王妃殿下の影響力の方が強いもの。 後宮から、アーバレスト陛下を監視しているって感じ。 陛下も頑張っているけれど、今一だもの」


「……何故ですか? ミャーには判りません」


「それはね……ちょっと、口に出せない事情があるから。 第二王子が国王陛下に成りおおせた事情と、それを成した人達の思惑ってやつ」


「……詳細は聞かない様にします」


「その方が良いわ。 今は。 でも、情報は集めて置いてね。 口外は厳禁よ」


「御意に」





 運動場で、剣の相手をして貰いながら、そんな事をしゃべってたの。 赤い夕陽が、運動場を照らし出して、終了の時間になったよ。 汗をぬぐって、【クリーン】の魔法を使って、綺麗にしてから、乗合馬車の停留所に向かったの。 なんか色々と煩わしいから、わざと人気の少ない運動場に来て、やっぱり正解だったよね。 そう言いながら、ミャーと一緒に、乗合馬車を待ってたのよ。


 そしたら、そこに無紋の馬車が乗り入れて来たのよ。 あんまり見ない光景なんだよね。 ここらは、低位の貴族しか来ない処だし、そんな中に自前の馬車を乗りつける様な非常識をかましてくるような人いないもの。 で、車寄せにその馬車が止まってね、中から二人ほど人が降りて来たの。 下町の庶民のカッコしてたね。 


 ミャーが小さく声を上げたの。





「お嬢様……あれ……カーザスさん」


「えっ? なんで、こんな所に?」





 娼館【レッドローゼス】の用心棒さんだよね、カーザスさんって。 で、滅茶苦茶腕の立つ人……だったよね。 でも……何でまた? 誰かに用事なのかなぁ? にしても……なんで、半分顔を覆うようなデカい鍔の広い帽子を被って、襟まで立ててんの? 完全に悪役、暴漢、悪人の外見じゃん。 もう一人の人も、同じ感じの人だねぇ。





「もう一人の方……。アレもカーザスさんの手下だよ……。 おかあさんのギルドの人だ」


「……まさか……ね」


「間違いないよ。 私達を探してるよ、きっと」





 ミャーの口調が、お友達モードだ……。 警戒心丸出しだよね。 それにしても、なんでかなぁ……。 どうしてかなぁ……。 私の予定どっから仕入れたんだろうね~。 ……御父様か。 なんか、ヤバそうね。





「逃げよっか?」


「巻き込まれたくない様な事ですよね、お嬢様。 でも、私達の居所をバラす程切迫した状態なんでしょ……。 ホントにお嬢様はトラブルに愛されているよね」


「……なにも言えないよ……」





 無紋の馬車から降り立った二人の男達は、私とミャーを見つけ、早速に駆け寄って来た。 かなり急いでいるみたいだったんだ。





「すまん。 緊急だ。 ちょっと顔かしてくれ」


「それは……誰の要請でしょうか?」


「上だ。 男爵にも許可を貰っている。 お前なら、どうにか出来そうだと、《おばば》が言ったからな」


「……はぁ……判りました。 お供します。」





 本当に緊急らしい。 停留所に居るお友達に、さようならを告げて、男達が乗ってきた馬車に乗り込んだの。 扉を閉めるのも惜しいって感じで、馬車はいきなり全力で走り始めるのよ。 もうしっちゃかめっちゃか。 あ、あのね…… ちょっとは、状況を説明しなさいよ!!





「一体何が起こっているのですか! 突然、拉致したみたいに! 説明を求めます!!」


「悪い、今は一刻も早く、娼館【レッドローゼス】へ着く事が必要なんだ。 《おばば》が、焦ってるんだ。 なんとしても、最速でお前を連れてこいってな」


「おかあさんが? 何があったのです」


「説明はあっちで受けてくれ。 俺達も詳しくは教えてもらっていないんだ」


「……あとで、覚えてらっしゃい!!」


「苦情は受け付けんよ。 男爵もこの事はご存知だ。 《おばば》から書状を受け取って直ぐに、お前の居所を教えてくれたからな」


「もう! 一体何なのよ!」





 私がいくら憤慨しても、事態が変わる訳もなく、馬車はガラガラと走り、下町のヤバい地域に突入していくのよ。 そんで、懐かしの娼館の裏手に到着。 そう、孤児院の入り口なのよね……。 ちょっとは、配慮してくれたのかしらね。 いくら男爵家の令嬢って言っても、娼館の入り口から突入するのはホントに外聞が悪いもの。 まぁ、これで、レーベンシュタイン男爵家が援助している孤児院で何かあったって体にはできるわよね。


 急ぎ、孤児院に入ったのよ。 ほんとに珍しい事に、おかあさんが、そこに立ってた。 迎えてくれるみたいにね。





「ソフィア……ゴメンなさいな。 マズい事があるんだよ。 一介の娼館ギルドの手に負えないんだ。 男爵様には、私から断りをいれてあるからね」





 眉を下げ、本当に困惑しているんだよ。 あの強面のおかあさんがね……。 直ぐに、ミャーと一緒に奥まった一室に連れ込まれた。 あぁ、護衛の人は……付いてこないよ。 女の園との合間の部屋だからね。 


 連れ込まれた部屋は、いわゆる支度部屋。 娼館が買った女達を一時置く場所なんだよ。 私も、御父様に会わなければ、十二歳に成った日にこの部屋に通されてた筈なんだよね……。 ちょっと震えたよ。 


 部屋の中は薄暗くってね……。 一人の人が其処の粗末な椅子に腰かけているのが見えたのよ。





「おかあさん、買った人に問題があったの?」


「……まぁ、そうなんだがね。 まだ、うちのモノじゃ無いんだ」


「と言うと?」


「条件付きなんだよ。 ちょっと厄介なね」


「……なにか、面倒事?」


「あぁ、そうなんだよ。 ”味見”をね、部外者にさせろってね。 それも、ちょっとまずい奴等に」


「はぁ? どういう事なの?」


「どうも、散々に貶めたいらしいんだよ。 こっちは売り物に成らなくなるから辞めさせたいんだがね」


「その条件を外すには……法外な値段だという事なの?」


「白金貨二枚だと」


「うわっ! で、何処から?」


「これを、ご覧よ」





 そう言って、奴隷売買契約書を見せてくれたのよ。 売り主の名前…… ドニーチェ=フランシスコってあるね。 この名前からすると、エルガンルースの人じゃないみたいね。 ニュアンス的に、南方系の香りがするね。 でも、どっかで聞いた様な……そんな気がする。


 それにしても、大人しいね。 普通なら、しくしく泣くか、大暴れする筈なんだけど……。 ええっと…… もしかして……薬使われてるの?  私達が、部屋に入っても、ピクリともしないし……。 それに、なんか着てるモノ豪華だよね……? 薄衣の重ねなんてね。 あちこち破れてるけど、元は滅茶苦茶に綺麗だったのがわかるよ。





「ソフィア……あの子、半獣人だよ?」


「えっ? そうなの?」


「うん、匂いでわかる。 で、もうちょっと言うと、《 ナイデン王国 》の人じゃない。 そんで、あの額の印……なんか見覚えがある」





 確かに、薄らボンヤリした部屋の中に、ボゥって座っている、その子の額には、聖印が刻まれている。 ヤバいよ、マジで。 あの紋章を額に刻んでいる獣人族に連なる人って……王族じゃん! 年頃から見て、どっかのお姫様だろ? でもかなり人族寄りだよ、あの子……。ちょっと待って、いま思い出すから…… あの印、見たよ。 えっと……えっと……思い出せ私! 


 そうだよ、あの聖印……! 北の大国の聖印だよ!!!


 《 ノルデン大王国 》 王家に連なる人のだよ!!! でもなんでまた半獣人の子が、王家の聖印を額に? ……なんか、ヤバい事思い出した…… 【処女宮(ヴァルゴ宮)】の御茶会の席で、お話が出てた

ノルデン大王国から、テルム公国にお嫁入りした、ユキーラ姫様の事を…… なんでこんな所に売り飛ばされてんだよ……。




「おかあさん、あの子の、”味見” まだ済んで無いよね……。 エルガンルースの人が手を出して無いよね……」


「安心おし。 なんかヤバめだもんで、取り敢えず保留にしてある。 他の商館に連れ込まれるのも面倒だから、うちで預かってる。 本契約は、奴等の条件を受け入れるか、対価を用意するか……のどっちかだよ」


「おかあさん、あと半時待ってもらえる?」


「どうしたんだい?」


「取り返しが付かなくなる前に、関係者に連絡する。 対価を払う準備をするから!」


「……わかったよ。 半時だね。 売り主の代理がやって来ても、のらりくらり躱して置くよ」


「ありがとう! それじゃ直ぐに行くから!! ミャー、ごめん、あの子見てて! 出来れば気付けを!!」





 そう言い残し、私は一路、孤児院の廊下を駆け抜けて、外に居たカーザスさんを、とっ捕まえた。 





「直ぐに、馬車を!」


「お、おう……どこに行くんだ?」


「ノルデン大王国公館。 急いで!」


「えっ、おっ? おう……」





 私も御者台に飛び乗って、カーザスさんと一緒に裏町の街路を走り抜けたの。 マジ、間に合って!!






 ―――――――――――――――――――





「お願いします! 緊急です!! どうぞ、お取次ぎください! 何卒! ダーストラ=エイデン卿に!! 一刻を争います!!」





 ノルデン大王国の公館前に馬車を乗りつけて、大声でお願いしたのよ。 下準備無し、先触れなし、非常識極まりないけど、仕方ないもの。 衛士さん固まってるよ。





「お願いします! 私は、ソフィア=レーベンシュタイン。 何卒お取次ぎを!!」





 私の剣幕に、ちょっとたじろぎ乍らも、衛士さん連絡取ってくれた。 暫くして、侍従さんらしき人が、玄関に現れた。 めっちゃ迷惑そうな顔してるけど、この際どうでもいい。





「騒々しい…… 何ですか貴方は!」





 いきなり怒られたけど、そんな事構ってられない。





「ユキーラ姫らしき人が、娼館に売られて居られます。 今ならまだ間に合います!!! どうか、エイデン卿にお話を!!!」





 私の言葉に、侍従さんの顔色が変わった。





「な、なぜ、そのような所に? それに何故その方が、ユキーラ姫と、何故分かるのです」


「額に御国の聖印を持つ、半獣人族の年若き女性! お召しになっている物が薄衣の重ね! 手足は長く、耳は小さい。 薄暗がりでも判る、白と黒の縞模様の耳! お聞きしていた、ユキーラ姫の特徴と一致します!!」


「!!!! 少々、お待ちを!!」





 侍従さんが駆け戻って、暫くした後、エイデン卿が出て来られた。 私の顔を見て、厳しい目が更に跳ね上がる。





「ソフィア殿、誠か!!」


「エイデン卿! 誠に御座います!! ご無礼の段、お許しを。 しかし、時間が御座いません!!」


「わかった」


「場所が場所ですので、此方の馬車をお使い下さい!!」





 そう言って、乗ってきた馬車にエイデン卿に載って頂き、元来た道を真っ直ぐに帰っていったのよ。 よかった、何とか間に合いそう……。 もし、これで、ダーストラ=エイデン卿が居られなかったらと思うと、ゾッとしたよ。 運が良かったとしか思えない……。 


 お金の準備は……どうしよう!


 馬車の中で、エイデン卿に思わず聞いてしまっのよ。





「すみませんが、ユキーラ姫は現在奴隷紋を刻まれております。 解呪には彼女を買い取るしか穏便な方法は御座いません」


「……いくらの値を付けたのだ、馬鹿者達は」


「白金貨二枚に御座います」


「……たった……それだけの贖いでか……」


「即金のみしか受け付けられませんので……」


「……大丈夫だ。 ソフィア殿、よくぞ知らせてくれた」


「ノルデン大王国といくさは、したくは御座いません。 我が国での奴隷売買は正当な商取引ですが……」


「理解している。 ソフィア殿のせいでは無い」





 ムッツリと黙り込んでしまわれたよ。 そりゃね、そうだよ…… 滅茶苦茶気まずいけど、我慢だよね。 その間も、馬車は孤児院に向かって走ったんだ。 切迫した状況って事で、カーザスさんも頑張ってくれたんだよ。





    一刻も猶予が無いんだよね……。





        ほんと、

  



         マジ





      間に合ってくれよ!!






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