第66話 魔術師の決意、決意への想い
さぁ、さぁ、えらい事になりました。
賢者エスカフローネ様をいきなりお迎えしてしまったんだな。 ええっと、かなりお疲れの上、魔力も減ってて、倒れそうに成ってるよね、これ。 顔色は伺えないけど、立っているのもやっとって感じだしね。 ミャーに目配せして、寝床と軽い食事、それと、お風呂の準備をお願いしたの。
まぁ、ちょっとした仕草での意思の疎通は、【処女宮】でのお勉強で、十分に成立しちゃう位だしね。 私の視線と、ちょっとした合図を、彼女はきちんと理解してくれてた。
「エスカフローネ様、御疲れの様ですわね。 ……その、魔力の方も枯渇寸前の御様子」
「……気を抜くと、意識が……。 ごめんなさい」
「今は、大丈夫です。 このロッジの周囲に、良からぬ気配は有りませんし、防御結界も展開しました」
「ありがとう……。 ソフィア様……でしたわね。 貴方、魔導士なの?」
「多少は、魔法を使う事は出来ますが、高位の方の様には」
「……そうなの……変ね。 貴方が展開したと思われる、防御結界……、私の知る限り「相当な術者」が紡ぎ出したものよ。 それとも、このエルガンルース王国では、貴女が普通の魔法使いなくらい、力持つ魔術師、魔導士が多いの?」
「ええ、まぁ……。 そこは、何とも……。 ところで、賢者様に置かれましては、かなり御辛そうですが、やはり魔力枯渇ですか?」
「……逃げて、逃げて、逃げて……。 休む間も無かったから。 もうクタクタなのよ」
「左様で御座いましたね……。 どうでしょうか、大地の恵みを、御身にお受けに成られますか?」
「えっ? と、言うと?」
「はい、此処には大地の恵みをたっぷりと含んだ温水が御座います。 つまりは、お風呂です。 その為の施設なんですのよ、此処は。 もし、宜しければ……。 と云うより、お勧めいたします。 今の状態では、眠った処で早期の回復は望めませんゆえ」
「……そうね 大地の恵みと聞いて、”森の民”が、断る訳ないですものね。 よろしくお願いします」
めっちゃいい笑顔。 エルフ族は、大地、水、森の恵みをとても大切にするんだ。 そんで、彼等にとっての一番の癒しは、その恵みを頂く事。 私風に言えば、森林浴、沐浴、温泉が、エルフ族にとって、最大のリラクゼーションタ~イム! そんでもって、大量の魔力を含む温泉は、彼等の回復に間違いなく効く。
だから、ミャーに手伝ってもらって、賢者エスカフローネ様を、温泉にご招待したんだ。 叩き込んだともいうよね。
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月が真ん丸で、月光が降り注いでた。 まぁ、神秘的な図柄よ。 肩までずっぽりと温泉に浸かった賢者様。 なんか発光してるし……。 この世のモノとは思えない、美女よ。 マジで。 ミャーと二人で、息を飲んで、御姿を見詰めてしまった。
「な~に? そんなに見詰めて。 何か変?」
「いえ、余りにお美しいので……。 目が離せなくなりましたの」
「このお風呂……。 貴方の云う通り、大地の恵みで満たされているの……。 体中の足りないモノを、ドンドン注ぎ込まれて、充足してくれるの。 ……大地の精霊神様に感謝を……」
そう言って、両手を胸の前に組み、祈られるの。 いや、マジ、発光してるよ…… 密やかな、温かみのある、そんな光に包まれてるの。 もうね……、 言葉が出ないよ。 同じ湯船に入っているのが、なんか申し訳なくなって来たよ……。
彼女が温泉に浸かって、回復している間に、そっと浴室から出て、領地のお屋敷に伝達したのよ。 御父様と、アーノルドさんにね。 ” 森の賢者エスカフローネ様を保護いたしました。 追手を幾人か、彼岸の彼方に送りましたので、事後宜しくお願い致します ” ってね。 さぁ、忙しくなるぞ!!
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殆ど一晩中、賢者エスカフローネ様は、お風呂に浸かってた。 気持ちイイと云うより、お身体が、欲していたんでしょうね。 マジ出ないなんだよ、ホント。 ミャーが、特製の体力回復ジュースを捧げたり、私が錬成した、回復ポーション大……(まぁ、簡単に言えば即席エリクサー)を捧げたりね。
湯船に浸かりながら、水分補給と、栄養補給を繰り返し随分と回復されたみたいね。
その間に、アーノルドさんが、周囲の探索、及び、例の亡骸を上手い事処理してくれた。 大きく警戒線を引いて、賢者エスカフローネ様の足取りを追うモノの追跡を攪乱した。 御父様は、御急便をつかって、宮廷に、” 賢者エスカフローネ様保護 ” の一報を入れて、帝国からの捕縛を目的とした侵入者に対して、今後はエルガンルース王国が対応すると、宣言したんだ。
これで、表立って、狩りが出来るんだよ。 奴等の闇の手、奥の手、目、耳、鼻……、何人潜り込んでいるか判んないけど、こちとら、エルガンルースのレーベンシュタインっさ! 容赦しないらしいよ。 そんで、他の三国のアノ人達の協力も取り付けたらしいの。
「ソフィアが、全力をもって、説得に当たってくれたお陰だ」
「あら、御父様、わたくしは、楽しい御茶会に参加しただけですわよ?」
「そう言うだろうな……君は。 なんにしろ、助かった。 それで、賢者エスカフローネ様は、まだロッジに御逗留なのか? 本宅の方に来られた方が良いのではないのか?」
「それが……、早期に回復をと思いまして、温泉をおススメした所……」
「あぁ……、《森の民》だったな、あの方は……。 判った。 それに本宅は君のクラスメイトも沢山いるから、調度良いかもしれない」
「お友達は如何でしょうか? ちょっとこちらの方が手が離せなくて」
「大丈夫だ、アーノルド、マクシミリアン、メレンゲが、対応してくれている。 そろそろ、暇乞いをして来る者も居たな。 あぁ、御実家の方が迎えに来られた人もいた。 そつなく彼等が対応してくれている」
「ドロテア様は?」
「テラノ男爵家のお嬢さんだね。 彼女の御兄さまが今此方に来られている。 なかなかの狸っぷりを披露してくれているよ。 面白い兄妹だね。 君の友達らしい方々だ」
やっぱ、情報収集と、家宅捜索に来たのか……。 外交の下準備がお家の御役目だもんね。 擦り合わせる関係各所のご依頼だろうね。 そりゃ、賢者エスカフローネ様が御逗留とあればそうなるよね。 そんで、第二王子妃候補の私が対応している……。 エスカフローネ様自体は、混乱の地より命からがら逃げだして、絶賛療養中だから、此処から動く事は無い。
そんで、レーベンシュタインが総力を持って御守するって宣言したもんだから、何処のお貴族様も手が出ないんだ……唯一宮廷の者で、私と私的に繋がりが有るのが、テラノ男爵家令嬢、ドロテア様。 その伝手を辿って、彼女の御兄さまが此方に来られたと……。 渡さんよ? 彼女は、このまま、大森林 《 エルステルダム 》 へ、お帰り願うよ。
そうなったら、もう絶対に《ガンクート帝国》の手には落ちない。 ……予想としては、彼女の御兄さまで有られる、賢者ミュリエ=ウッダート様がお迎えに成られるね。 きっと……
クラスの皆には、申し訳ないけれど、今は非常事態なのよ。 このままこのロッジに詰めるわ。 温泉だって、街の方にいくらでも有るし、色んな所入るのも、楽しいから……。 ご挨拶できなくてゴメンね、みんな……。
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事態の急変は、何時も突然。
お昼前、もう直ぐ昼ごはんかなぁ……って思って、エスカフローネ様に何が食べたいかお聞きしてた、丁度その時に始まったのよ。 玄関の扉から、大きな声が、来客の到着を告げたの。 衛士さん気張ってるね。 そんで、やっぱり思った通り、賢者ミュリエ=ウッダート様が、エスカフローネ様を御迎えに来られたんだ。
先触れと同時くらいに玄関の扉が開いて、偉丈夫が突き進んで来る。 居間に居た私達を見つけてね。 滅茶滅茶いい笑顔と、喜びを全身から発したミュリエ様が、大きく手を開いてやって来た。
「エス! 生きていたか!!」
「御兄さま、ご心配おかけいたしました」
いやぁ……! 凄い絵図だね。 美男美女揃いの《森の民》の中にあっても、一頭地を抜くご兄妹の御姿。 一枚の絵画が三次元に立ち上がって、なんか、薔薇の花が背後に舞い散ったみたいな幻覚を見たよ。 ミャーも唖然としてる。
「なんともないのか? 体は?」
「もう大丈夫ですわ、お兄様。 このソフィアの献身によって、回復致しました。 ……極大の魔方陣も軽いですわよ?」
零れんばかりの笑顔でそう仰るのよ。 もうね……恥ずかしいよ。
「ソフィア殿……何と礼を言ったらよいか……。 恩に報いなければなりません」
「そんな……。 お気になさいませんよう、お願い申し上げます。 エスカフローネ様が御無事で何よりで御座います」
「ありがとう、本当にありがとう!」
にこやかに、晴れやかにそう言った賢者ミュリエ様の後ろに、人の影が二つあったの。 まぁ、なんだ。 なんでお前らが此処に居るんだ? だんまりを突き通して、面を下げてるのよ。 そりゃ、賢者様の前だからね。 でも、エスカフローネ様は、二人の事をご存知ない。 ミュリエ様に聞くわな、そりゃ当然。
「御兄さま、そちらの方は?」
「あぁ、なにかお役に立てるかもしれないと、エルガンルースの方の強いご推薦でな、一緒に来たんだ」
そう言って、背後の二人を紹介された。
「宮廷魔術師の、マーリン=アレクサス=アルファード子爵、 そして、王家食医一族のお嬢様、フリュニエ=リリー=フォールション伯爵令嬢。 君の体調を痛くご心配された、王妃アンネテーナ妃殿下からの強いご推薦だった」
やっぱり、あの人が絡んでたかぁ……。 だから、テラノ男爵家が動いたのか。 それにしても、この二人とはね。 真剣な面持ちでこちらを伺っているね。 そりゃ、賢者相手にチャランポランな対応は出来ないものね。
「エスカフローネ=ウッダートに御座います。 どうぞ、よしなに」
「マーリン=アレクサス=アルファードに御座います。 お見知りおきを」
「フリュニエ=リリー=フォールションに御座います。 何卒よしなに」
緊張したマーリンと、フリュニエの顔ったら、ほんと、面白いね。 そんで、私の方に何やら合図を送って来るんだ。 ……何とかしろよって感じ。 まぁ、しゃぁない。 ミャー、三人分のお昼ごはん追加できる? 視線でミャーに問いかけると、頷いてくれたよ。
「皆様におかれましては、長旅でお疲れでしょう? ちょうど、午餐の時間ですので、御一緒にいかかでしょうか?」
「そうだな……。 君達も、何か有るのだろう? 席に着かせて貰おうか」
「どうぞ、此方に。 大したおもてなしも出来ませんが、レーベンシュタインの幸にてお迎えしたく思います」
ダイニングに向かうと、キッチリ午餐の準備が整っていたのよ。 流石、ミャー。 献立は、お任せに成っちゃったけど、まぁ、仕方ないか。 体と魔力に良いモノばかりをチョイスしてあるしね。 エスカフローネ様を保護した後、アーノルドさんに頼んで、本宅の厨房係の一番腕の立つ人に来てもらってたからね。
献立は、その人と相談してたしね。
ミャーは私の後ろ、そんで、食卓に着くのは、私を含めた五人。 円卓に一堂に会したの。
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「レーベンシュタイン……なんだ、その……」
マーリンの言い難そうな言葉、その姿を沈痛な面持ちで見詰める フリュニエ。 例の約束か……。 お師匠さんを紹介してほしいって奴。 そんで、森の賢者様にお願いしてほしいって事だよね……。 コレって。
マジかよ?
一通り、エスカフローネ様が、今まで経緯をミュリエ様にお話した後、ボソッてマーリンが私に言ったのよ。 どうしようかなぁ……
「ソフィア? どうしたの?」
「いえ…… これから、エスカフローネ様は如何なさいますか?」
「そうね、《 エルステルダム 》 に帰って、研究の続きをするのもいいわね。 もう、他国に指導に行くのはこりごり……。 暫くは、森を出たくないわ」
「左様に御座いますか……。 アルファード子爵、そう言った事ですので、無理かと」
「……ダメなのだろうか?」
はぁ? 何言い出すのよ? そんで、なんで、ミュリエ様の方を向くのよ? なんで、ミュリエ様思案気なのよ? 意味わかんないよ。
「アンネテーナ妃殿下よりの、ご依頼があったのだ。 ここなマーリン殿を指導してほしいと」
「左様で御座いますか。 しかし、ミュリエ様は外交官にあらせます。 事は簡単な事では御座いますまい」
「その通りだ。 一応、丁重にお断りしたのだが……」
ゴリ押しかぁ…… 本気なのか?
「エスカフローネ様……。 一つお聞きしたい事が有ります」
「何かしら?」
「他国ではなく、《 エルステルダム 》において、誰かを指導する事は、出来ますでしょうか?」
「来てくれるのであれば……、 問題は無いわね。 でも、生活は大変よ? 特に食べる物とか。 《森の民》の食生活は知っているわよね」
「ええ、それでもと仰る方が居られるかもしれません」
「どうしてもって言われるなら……いいわよ。 ほかならぬソフィアの推薦なら、私は構わない。 それなりの準備もするわ」
「有り難き御言葉……。 賢人ミュリエ様、こうなる事をお考えになって居られましたか?」
「あぁ……そうだ。 私は出来ないが、妹なら出来るのではないかと思っていた。 ただし、ソフィアの推薦があればの話だ。 力無き者が、あの地での研鑽をするとなると、身体どころか、精神まで壊しかねない。 ある程度……。 そうだね、正直に言おう、人族では一握りしかいない、高位魔術師にしか無理だ」
「お食事の事も御座いますしね」
「大森林では火を使う事は厳禁とされている。 多くの者がそこで挫折する。 排他的と言われる由縁だ」
マーリンに向かって、視線を飛ばすの。 強い視線が帰って来たの。 この人本気ね。 傍らに居る、フリュニエの瞳が絶望的な光を宿しているね。 フフフフ、良い事考え着いた。
「アルファード子爵。 貴方のご希望を叶える事は出来ます。 宮廷魔術師に最年少でなられた貴方ならば、賢人ミュリエ様の仰った、最低限の条件を満たす事が出来ます。 わたくしからもお願い申し上げましょう。 しかし、条件が御座います」
「条件? 条件とは?」
「あちらでもお食事に関してですが、人族にとっては過酷ともいえるモノです。 一心に魔術の研鑽をしても、身体が付いてきません。 そこで、人族の食を良く知り、更に、火を使わずに調理出来る方の同行をお願いします。 そうですね……王家食医の方が宜しいかと」
ニコリって笑って、フリュニエ様を見てあげた。 滅茶苦茶動揺してるね。 そりゃそうさ、でもね、貴女の想いは知っているし、マーリンの事を何処までも心配しているのも知っている。 道さえ教えてあげれば、突き進むよ、この子は。
「……フリュニエの同行を、条件に?」
「そう聞こえましたかしら?」
フリュニエが、真っ赤に成りながらも、強い視線で私を見て……頷いた。 心、決めたようね。
「アルファード子爵が、個人での研鑽をされるは自由です。 個の力を高めようとされるのは、向上心の表れですもの。 でも、その力で何をされるのでしょうか? 孤高の天才は、孤立し、利用されるだけです。 私見を述べますが、護るべき者を持つ者は、持たざる者より強い。 どこまでも、高みを望まれるのならば、その力を何に使われるのかを心に刻み進まれると、邪な道に落ちる事は御座いますまい」
「……私だけの問題では無いと……」
「アルファード子爵は、エルガンルース王国の至宝と成られるべきなのです。 ご決断は、あなた次第」
言い切った私に、驚いたマーリンと、フリュニエ。 面白そうにその様子を見ているエスカフローネ様。 ホゥって感じで、見てたミュリエ様。 色々と考えておられるけど、マーリンが、フリュニエに向き直ると、小声で言ったの。
「フリュ……。 私の我儘に付き合ってもらえないだろうか?」
「……マーリン様……。 わたくしは、幼き頃から、ずっと御側に居るつもりでした。 一言で良いのです。 ただ、一言…… ” 付いて来い ” と……」
「ありがとう……。 レーベンシュタイン。 お願いする」
「わかりました。 エスカフローネ様。 何卒お願い申し上げます。 我が国の至宝となるべき、アルファード子爵、そして、その最愛の伴侶であり食医でもある、フォールション伯爵令嬢 を、御側に」
「……このお二人の御心の程は……わかりました。 わたくしの体も良くなりました。近日中に《 エルステルダム 》に戻ります。 調整は……お兄様、お願い申し上げます。 マーリン=アレクサス=アルファード、あなたの師となりましょう。 ……二年、そう、二年ね」
「二年? どういう事でしょうか?」
エスカフローネ様の二年って言う期限にちょっと驚いてるね。 ははぁん、エスカフローネ様、マーリンを研鑽の森に連れ込む気だね。 あそこは……ちょっと、人族にはキツイよ。 《森の民》の聖地だし…… 圧迫する様な魔力の渦だってね。 そう聞いたよ。 魔術師の研鑽には持って来いの場所だけど、身体の方がつらいって……。頑張れよ!
「それ以上は、森の民でも難しいのですよ。 研鑽の森での生活は。 わたくしとて、二年が限度。 体を休め、また二年。 そう言った物なのです。 出来るだけの事はしましょう。 ソフィアの云う通りならば、貴方は賢者にもなれましょう」
「……有難いお言葉」
しっかりと覚悟を決めて行くんだよ。 そうじゃ無きゃ、死んじゃうよ? わざわざ瘤付けていくだからさっ!
話は決まった。
夏休み明け早々には、学園から消える二人。
その先に何が有るのかは知らんけど、
きっと、素敵な未来が有ると思うな。
ガンバレ!
応援するよ。




