第65話 森の賢者エスカフローネ
頭ぶっ飛ばされた死体が、全部で14体。
アーノルドさんに繋ぎつけて、内々で、処理してもらうつもりなのよ。 あの人も、こういった荒事の処理は結構得意なんだよね。 さすがはレーベンシュタインの御一門ね。 酷い有り様の死体も、表情全然変わんないで、処理するもんね。
一纏めにした、死体。 月の光がその姿を浮かびあがらせていたのよ。 ミャーが、その風体、持ち物から、何処の人達かも判ったみたいね。
「こいつ等、《ガンクート帝国》の帝室暗部の手の者だね」
「帝室暗部?」
「後ろ暗い事を成す組織だよ。 エルガンルース王国における、レーベンシュタイン家の様なモノ。 ただね、あそこの暗部はちょっと雑ですから、構成員はならず者な感じで。 ええっと、ここ。 手首の内側に帝国至高教会の印があるでしょ」
「ほうほう…… つまりは、帝国至高教会に、《ガンクート帝国》がすでに乗っ取られてるって事よね」
「うん……有体に言えばそうなる。 耳と目を抑えられてるからね」
「……益々、厄介な事になりそう」
「そうだね…… で、ソフィア、あっちでフラフラになってる人、どうする?」
「あっちが仕掛けてこないなら、こっちは敵じゃないって事で」
「どうしようか?」
「普通に呼んでみる?」
「このかっこじゃマズいよ?」
はっとなったよ。 そうだよ、二人とも、マッパだよ。 う~ん、どうするかなぁ…… 取り敢えず【拡声】の魔法を使ってみようか……
「聞こえますか? 私達は、帝国の者ではなく、このレーベンシュタイン領の者です。 ちょっと事情があって、あなたの側には行けません。 あちらに、光が漏れている建物が有ります。 あちらでお逢いできればいいのですが?」
「……宜しいのですか?」
「はい?」
「追われて居る者を……その……」
「いいですよ、私達も狙われましたから。 敵の敵は……と、言う事ですね。 どうぞ、いらしてください」
そう言い残して、速攻ロッジに帰ったよ。 ミャーも私も、ちゃんと服を着て待ってた。 はぁ……間に合うかどうか、心配だったんだ。 いらくなんでも、真っ裸は無いでしょ。 一応、お嬢様なんだしね。 ミャーが甘いホットミルクを用意してくれた。
暫くして、表の玄関をノックする音がしたんだ。 まぁ、夜遅い時間だから、ちょっと緊張するね。 一応護身用の魔法は最大限に掛けて置いた。 悪意のある人だったら、扉を開けても、入ってこれないようにね。
ミャーがカギを開けて、扉を開く。 そこには背の高い人が立ってたの。 頭のフードはデカい。 すっぽり頭を覆って、表情どころか、顔すら見えないね。 でも、仕立てのよさそうなローブだったから、きっと身分の高い人なんだろうなって、当たりをつけたの。 この国の様式で無い文様が、裾に織り込まれているから、多分異国の人……かな?
「いらっしゃいませ。 どうぞ」
「ありがとう……。 助けてくれて……。 魔力がすっからかんに成ってね……。 撃退できなかったの」
「それは大変でしたね。 あの人達は、私達が処理しておきましたから、ご心配なく」
「処理?」
「ええ、精霊の聖名において、遠き所に旅立たれました」
「……貴女が? ……どうやって? 手練れよ、それもかなりの腕の」
「異国の方、申し遅れました。 わたくし、この領を納めている、レーベンシュタイン男爵が娘。 ソフィア=レーベンシュタインと申します。 どうぞ、よしなに」
「えっ! ……あ、貴女が? ソフィア……様?」
おや、知ってるのかい? 私の事を? やっぱり、外国の人繋がりなんかなぁ……?
「ま、まさか……【銀髪紅眼鬼姫】が、こんな幼気な少女なの……? 噂……って……なんなの?」
おい!
いきなりかよ!!
「申し訳ございませんが、その名はこの領ではお使いに成らないで下さいまし。 もし、誰かに聞かれますと、少々厄介な事になります。 あの、貴女は?」
ちょっと、イラって来た。 こっちは、きちんと名を名乗ったのに? それに、まだ玄関先だよ? どういう事よ、ホントに!!
「こ、これは!! 申し訳ございません、命の恩人に不躾な真似を! わたくし、アーハンで魔術顧問をしておりました、エスカフローネ=ウッダートと、申します。 どうぞ、お見知り置きを」
そう言って、厚手のデカいフードを落とされた。 ちょっと、言葉を失ったよ、色んな意味でね。 まずは、そのたぐいまれな美貌に。 そして、御名前に。 いやマジで……。
「……森の人が賢人が一人、賢人エスカフローネ様に御座いましたか……。 なぜ、あの国の者達が追っていたか、理由がわかりました。 さぞ大変な道行きで御座いましたでしょう。 どうぞ、此方に」
そうなんだよ、この人なんだよ! この、ビックリするほど綺麗な森の民が、一生懸命保護しようとしてた人なんだよ……。 自力で、此処まで来てくれたんだ……。 はぁ……良かったよ。 この人さえ生きていてくれたら、人族の孤立はどうにか回避できるよ。《ノルデン大王国》の人も、これで少しは安心できたね……。 もちろん、エルガンルースの人も……。
応接室に通ってもらって、一番豪華なお客様への椅子を勧めたの。 浅く腰を下ろし、ミャーが差し出した甘いホットミルクをゆっくりと口に含まれた。
長い銀髪が揺れ、すこし吊り上がった目が大きく見開かれる。
「美味しい……。 どの位ぶりでしょうか……。 このように魔力を大量に含む飲み物を頂けるのは……」
「……お疲れの様ですね。 相当、辛い道行きだったのでしょう?」
「……アーハンが武力によって併呑されてから後……なんとかしようと……。 ままなりませんね」
「お一人では……蟷螂之斧でしょうか?」
「まさしく…。 その通りね」
たっぷり沈黙を喰らったよ。 きっと彼女の脳裏に、これまでの事が走馬灯みたいに浮かんでるね。 ひっちゃめっちゃかな、これまでの事が。 なまじっか能力が有って、熱意もある方らしいから、状況をひっくり返そうと、必死に戦って居られたんだろうね。
疲労の色が濃いよ。
ちょっと、本格的に
休んでもらわないと
いけないってね
そう思ったよ。
ね、賢者エスカフローネ様。
キーパーソンの一人が登場!




