第63話 学年末試験の後で。
ブツブツ呪文を呟く女生徒。 法典の条文を、目を瞑ったまま暗唱する男子生徒。 手の中に何かを握り込んで、周囲を気にしてる、お馬鹿さん。 諦めたのか、仲間内でお喋りに余念の無い、御令嬢方。 学年末試験が行われる、大教室には色んな奴がいるよね。
それを観察してる方が、リラックスできるよ。
日本で受けた試験の時は、こんな情景見た事無いよね。 沈黙を守って、静かに開始を待つ、黒髪の集団。 一種異様な雰囲気。 重苦しく、未来を掛けた、戦場。 緊張で、吐き気がする位だったのに、なんだ、このユルユルな感じ……。
まぁ、そんなに気負う必要も無いしね。 去年の成績は、マグレだ。 二度とない。 こちとら、低位貴族の令嬢様だぞ? 下駄なんぞ、履かせてもらえんしなっ! 一組の奴等なんざ、授業でそれとなく、出題される問題を教えてくれるそうなんだ。 全部じゃ無いんだけど、それやっとけば、落第する事が無い位にはね。
アノ魔女は、そんな優しい玉じゃ無いんだな、コレが。 まぁ、強烈な勉強量になってるんだよ。 寝る暇なんざ、有りはしないのよね。 やっとこ、ほんとうに、やっとこ試験当日を迎えられて、良かった。 あと半月、こんな状況が続いてたら、多分、睡眠不足で死んでた。
ええ、死んでましたよ。
いまでも、ふらふら……してるんだからね!
試験官が大教室に入って来て、やっと静まった。 さぁ、やるだけ、やって見ましょ。 任官試験受けてる人達……。 頑張ってたもんね。 わたしも、頑張るよ。
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で、三日間の激闘が終わった。
幽霊みたいになった級友達と一緒に、乗合馬車に乗り込もうとしたときに、背後から、声がかかったんだ。
出たよ……、 狙いすましたかのように……、
フローラ様……。
勘弁してくれよ~~。
「ソフィア様、学年末試験が終わるこの日を、お待ち申し上げておりました。 御一緒、して下さいね♪」
はぁ……。 高位貴族の人にとっては、最大限の譲歩なんだろうよ……。 ほんと、傍迷惑な。
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結局…… 彼女に連れられて、やっぱり、彼女のサロンとやらに連れ込まれたよ。 流石に試験最終日だけあって、他のお嬢様方は居ない。 給仕さんとか、仕丁さんとかが、片付け物したり、掃除したりしてた。
「無理言って、あけて貰いました。 本来は、試験期間中このお部屋の使用は中止されているのですが、本日は最終日。 さらに、他の方々は、わたくしが此処に居る事をご存じありません。 ゆっくりできますわ」
「左様に御座いませすか、フローラ様。 お気遣い、誠に有難うございます。 それで、本日は、どの様なご用件でしょうか?」
「ええ、単刀直入に言いますと、彼女が、ソフィア様とお話がしたいと思し召しなのですわ」
柱の影から、一人の人物が、沸いて出た。 いや、正しくは、隠れて待っていたってとこか。 女性は、珍しく、ガッツリ私に頭を下げて来た。 高位貴族の御令嬢としては、極めて稀な態度なんだよねぇ……。 答礼は、立ち上がって、胸を手に、スカートを摘み上げて、頭を下げるの。
がっつり挨拶よね。 この場合は、私から名乗るの……。 下位のモノからね。
「ソフィア=レーベンシュタイン。 お呼びにより、罷り越しました。 フリュニエ=リリー=フォールション伯爵令嬢に置かれましては、ご機嫌麗しゅう」
「ご丁寧なご挨拶いたみ入ります。 フォールション伯爵が娘、フリュニエです。 よしなに。 急に、御呼び立てして、申し訳ありませんでした。 じつは、折り入ってご相談したき議が御座いましたの」
「お伺いいたします」
「……おわかりだとは、思いますが、マーリン=アレクサス=アルファード子爵様……わたくしの御婚約者様の事です」
あぁ、来たよ……やっぱしな。 あれだろ、あいつが宮廷魔術師辞めちまう事についての、苦情だろ? 知らねぇよ。 アイツの豹変ぶりにびっくりしてんのは、御同様なんだよ? あんだけ、頭の高い奴が、下手に出るってのは、なんか裏がありそうで、警戒感半端ねぇんだよ、こっちは。
「彼、最近、昔の……、まだ、お逢いしたばかりの頃の様に、とても素直になられてましたの……。 それまで、どんなに御忠告申し上げても、偏食が治らないのに、最近は、わたくしに何をどれだけ食すればよいのかをお聞きになれれるくらいに……。 昔の様に、屈託なく微笑まれる事まで……。 り、理由をお尋ねしましたの」
「【天蝎宮】での事が有りました後の事でしたのかしら」
「ええ……。 御自分の、お悩みをはじめて、打ち明けて下さったの。 そして、それを指摘されたのが、ソフィア様。 貴方なのよ……」
「成り行き上、お話いたしました。 魔力少なきわたくしが、いかにして鍛錬し保有魔力量を増大させたかを。 他人の…… なんの関係も無いわたくしの御忠告を、お聞きになっただけですわ」
「そうね……。 何の関係も無い人……なのにね」
「ええ」
沈黙が落ちるの。 こいつも、私の事、誤解しやがってくれてんのか? フローネ同様、あんたの婚約者を寝取ろうって、考えてるって、思ってんのか? おあいにく様。 絶対に絡みたくない、相手 その2だったんだよ、アイツは。 まぁ、四組のポーション屋を手伝ってくれてるから、良い奴に変わりつつあるんだけどね。
「……先日、彼は、宮廷魔術師の席を手放しました。 誰も、止めてくれなかったそうです。 ご家族からは、白い目で見られているとか……。 わたくしも、席を離れるのには賛成しましたが……。 まさか、ソフィア様に、誰か師事できる人の紹介を求められるとは、おもっても見ませんでした」
「左様ですか。 その事は、子爵様から直接?」
「ええ」
なんだ、上手くやってんじゃない。 ウーン……。 なんて、説明したらいいかなぁ……。
「あの、フォールション御嬢様。 わたくしにも、あの方に紹介できるような、高位の魔術師を存じている訳では御座いません。 と、言うより、この国にあの方を、お導き出来る方が居られるのか、それすらも判りません。 子爵が思われたのは、きっと、わたくしの御父様の伝手に御座いますわ」
「と、言いますと?」
「ご存知の通り、南の帝国では、人族以外を酷く扱ってらっしゃいます。 その中には、森の民も含まれてございます」
「ええ」
「とある筋からの要請にて、御父様は今、森の民……、特に魔術師様達の保護に取り組んでいらっしゃいます。 あぁ、別に我が領に招き入れる訳では御座いません。 レーベンシュタイン領から、大森林《 エルステルダム 》までの道を整えたまでで御座います。 さる尊き御方よりの、” ご要望 ” で、御座いますれば……」
まぁ、ちょっとは、ぼかしとくか。 フローラ様に手紙を書いた後、御父様にもご相談申し上げて、広く森の民を我が領で受け入れ、送り出す事を決めて下さったんだものね。 マジェスタ大公の反感買うの判った上でね。 男気溢れる御父様の決断よ。 まあ、サリュート殿下にも、その事お話したからね、【処女宮】での魔術の勉強って言う名の雑談の時にね。
そんで、事後承諾って感じだけど、国王陛下より、「良きに計らえ」との言質も取っているから、マジェスタ大公も、横やりを入れられないの。 邪魔しようものなら、人道上の問題提起になり、槍玉にあげられるからね。 流石、空気読む達人だ事。
「御父様の伝手で、森の民の方の魔術師を紹介してほしいとの思し召しかと、存じ上げます」
「そうでしたか……、 てっきり……」
「いまだ、その任に能う方には、巡り合っては居ませんので、ご紹介できずにおります。 誠に心苦しく」
「そうでしたの……」
彼女の顔から、なにか抜けた。 なんか……そう、険しさって言うかな、そういうモノが消えたんだ。 まぁ、あの状況じゃぁ、勘ぐるよね。 きちんと説明できてよかったよ。 あぁ、それにね……、
「フォールション御嬢様。 子爵は、貴女を大切に思ってらっしゃる筈。 さもなければ、ご相談などされませんわ。 あの矜持高い方が」
「そ……そうね。 うん、その通りですわ。 ソフィア様、ごめんなさい。 ちょっと色々と考え過ぎてしまったみたい……。 ねぇ、ソフィア様……お願いが有るの」
「なんで御座いしょうか?」
「わたくしの事は、フリュニエと呼んで下さいまし……。 貴女に変な思いをもってしまった私では有りますが、これは、心からのお願いよ?」
「……はい、フリュニエ様」
「ありがとう」
うわっ、フローラに続いて、コイツもか……。 はぁぁぁ 溜息しか出ねぇ。 やっぱり絡むのか……。 でもまぁ、私が画策して、互いに疑心暗鬼にさせ合う事は無いから、いいよね。 でも、高位貴族様なんだよねぇ……。 どうしよう……?
結局、解放されたのは、夕刻前。 最終便の乗合馬車があるからって、やっと抜けられたよ。 それまでの間、それはもう、盛大なのろけ話を色々と聞かされた。
あぁ…… 口から砂糖吐きそう……。
言えるんなら……、
そう、言えるんなら、
私だって、
あの人の事なら……、
幾らでも、自慢できんのになぁ……。
誤字脱字が多い中の人です。
休みの日に、ちょっとまとめて、見直ししたいと思います。
かなり、酷い……
それまでの間、何卒、よしなに。
それでは、また明晩、お逢いしましょう!!




