第62話 猛勉強中の微睡で……
楽しい、楽しい商売が終わったら、雨の季節。 そして、学年末試験に向けた、準備に入るのよ。 去年、任官試験を受けた子達は、今年も受けるみたいね。 傾向と対策。 赤本が作れそうね。 下の学年に売ったら、儲かるかな? いやいや、それは、良くない。 参考書として、ロハで渡してあげよう。
勉強すれば、大丈夫だよ。
その勉強が……大変なんだけどね。
溢れんばかりの知識と知恵を、注ぎ込まれるのは、私の矮小な脳ミソ。 プール一杯の水を、コップ一杯に注ぎ込む様な作業だよね。 アノ魔女が、用意する知識と知恵は、膨大かつ、詳細。 丹念に丹念に、それを追うのよ。 運動場でソーニア様と、剣を振り回して居る時が、唯一、そんなに頭を使わない時間よ。
ソーニア様も、その時間を大切にされてるみたいね。 この頃、ちょくちょく、笑顔が零れ落ちるわ。
「ソフィア様、剣筋が、決まってまいりましたね」
「薫陶のお陰ですわ。 ……他の方、どうされるのでしょう?」
「なんでも、お家の剣術指南の方に、薫陶を受けておられるとか……。 あまり、勧められる方法では、御座いませんね」
「何故でしょうか?」
「お家の方の目が御座いましてよ。 不意打ちなど、もってのほか。 ほら……こんなふうに!」
キン!!
「まぁ、それは、大変で御座いますわね。 という事は、咄嗟の反撃も習熟出来ないって事ですわよね!」
キン!!
長剣の鍔迫り合いに成って、視線と視線が絡むのよ。 ほんと、良い根性してるわ。 でも、とっても嬉しそうね。 楽しんでらっしゃるわ。
「ときに、ソフィア様。 今まで、ずっと、貴女の不得手な、長剣での組打ちを鍛錬してまいりましたが、貴女のお得意は、何で御座いましょうか?」
「わたくしの? ……ですか?」
「ええ、わたくしも、手の内を大分曝け出しました。 ソフィア様の手の内も、少々気にはなります」
「左様で御座いますか……。 一度、手を下ろしましょう」
イイ感じの間合いまで、下がる。 もう不意打ちは無し。 剣を鞘に入れて、一旦鍛錬を終了するの。 これやっとかないと、どっから、斬りつけられるか判んないもの。 で、ミャーにちょっとだけ目配せ。 ミャーも了承してくれた。
「わたくしの得意とするのは、短剣と、懐剣の中間のもの……ククリですわ」
「ククリ? ……あぁ、マクレガー子爵と遣り合ったあれですか」
「ええ、そうです。 今は持ってきておりませんが、次回にでも?」
「それは、楽しみ。 是非」
「わかりました。 持参してまいりますね」
「よしなに」
夕日に赤く染まる運動場で、なんか笑顔で対話してるんだよ。 なんかね、不思議な気持ちよ。 「君と何時までも」の中では、何時も睨みつけられて、目の敵にされてたからね。 彼女の笑顔って、とっても素敵なんだよ。 流石は、我らが ”チョロイン” ほんと、素直な人だよね。
ミャーに帰ってから言われたんだ。
「ほんとに得意なの、ククリじゃないよね」
「えっ? そうだっけ?」
「あの場でも、直ぐ出せる様に、何時も忍ばせてるじゃん。 それも、あっちこっちに」
「し、知らないなぁ~」
「お嬢様の準備をしているのは、だ~れだ!」
「フフフ、そうよね。 一番は、鋼線で飛ばす菱玉。 魔力を載せる事も出来る様に成ったから、さらに、幅ができたしね」
「でしょ? あれ、危ないから、おしえちゃダメよ」
「判ってるって!」
その日は、もうちょっとだけ、勉強してからベットに潜ったの。 ほんと、疲れた。
――――――――――
あの脳筋から手紙が来た。 それらしい人物が、ウロウロしていたと、あった。 でも、見失って、しまったともあった。 周囲に南の捕縛部隊が居たので、問答無用で叩き斬ったともね。 そのせいで、追えなかったって。
はぁ……。 なにをやっとるんだ、何を!! 危険な事は、極力避けろと手紙にかいたじゃろ? それを、いきなり敵捕縛部隊の殲滅なんて……。 討ち漏らしたら、どうすんのよ。 今度は、貴方が目標に成っちゃうのよ? フローラ様の心配事が増えるじゃ無いの!!! あぁぁ……脳筋め!!!
でも、《エスカフローネ様》は、まだ、南方領域にいらっしゃるって事ね……。 大まかにレーベンシュタイン領に向かってらっしゃるみたいなんだけどね……。 こればっかりは、大っぴらには保護出来ないんだよ。 それこそ、外交案件に成っちまうからね。 いや、国内紛争か? この問題に関しては、上級貴族様の間でも、意見が二分されているしね……。
まぁ、どちらに転んでも、いいように手は打ってある。 ただし、あくまでも、賢者エスカフローネ様が、レーベンシュタイン領へ独力で来られたらってことなんだよね。
う~ん……。
力の無さに、歯噛みするよ!
フローラ様も、色々と心配されているみたいね。 夏休みには、お忍びで、スザーク砦に行くって、こないだ言ってた。 廊下でたまたま偶然にお逢いしてね。 そん時、ちょっとだけ立ち話したのよ。 たまたまね。
そん時に、彼女のお友達でもある、フリュニエ=リリー=フォールション伯爵令嬢様からの言付け貰ったの。 一度、逢って欲しいってね。 ん? なんか、嫌な予感。 ババッと思い浮かんだ言葉があったのよ。 この方、あの(・・)マーリン子爵の御婚約者。 一度、逢ってるんだけど……、 出会いは最悪だったよね……。
名指しで、私と会いたいって……。 やっぱ、マーリンが宮廷魔術師辞めるってあの話かねぇ……。
私が勧めた訳じゃ無いんだけどねぇ……。 というより、フリュニエ様も勧めたんじゃ無かったっけか? ちょっと、お話の内容が予想付かないよね。 まぁ、こっちも、時間が惜しいから、試験が終わってからって事にしたよ。
なにせ、フローラ様だって、たまたま偶然にしか、お逢いできない位なんだものね……。
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【処女宮】の方はってえと……。
これが、また、面倒な事になっていてね。 外交のお勉強の頻度が上がってるんだよ。 あちこちの小国の大使様からの要請が入ってるんだって。 ” 是非、ソフィア様との御茶会を ” って、ミネーネ執事長さんに、お話が集中してるんだとさ。
で、他の候補様には、そんなに会いたくなさそうなんだとさ。
「ナイデン大公閣下とのご歓談が、このような事態を招き寄せておるのでしょう。 あの方との繋ぎを付けたい方々も、大勢いらしゃいます故。 お気を付けください」
「よしなに」
そう、応えるしかねぇじゃん。 ほんと、迷惑な御仁だ。 拘束時間を延ばしやがる。 そんで、宮廷の手練手管を、いやがうえにも、覚えなくちゃならんのよ。 ふんわり、フワフワ躱しながら、相手の情報を引き出すんだよ。 何を求めているか、何を成したいか、何を隠しているか、 そこん所を見極めるんだよ。
当然、アンネテーナ妃陛下とも昼餐とか、御茶会とかもセッティングされているのだよ! あの方との会合は、小国の大使達の意思とか、思惑とかを報告する事と、大国の大使、外務官様の現在の動向、及び、今後の予測される動きの報告なんだ。
周りに、他の候補者令嬢さん達も一杯いるから、それこそ、サインと、隠語と、宮廷言葉を駆使してね。
滅茶滅茶疲れるんだよ。
回りくどくて仕方ねぇ……。 アンネテーナ妃陛下が、こっそり、耳打ちして下さったの……。
「 楽しめる様にならないと、辛いだけよ? 肩のちからを抜いてみて 」
ってね。
出来るか!!!!
どうせい、ちゅうねん! これでも、何とかこなそうと、必死なんだぞ? 肩の力抜いた途端、喰いつかれて、殺されるぞ? 精神的に。 ホニャララ出来ないんだぞ? ちょっとでも、隙見せたら、付け込んで来るんだぞ? 大人達が、全力で!!!
ふぅ、ふぅ、ふぅ。
お手洗いの中で、壁ぶっ叩いてたよ。 髪が禿げ上がりそう。 ストレスマッハで、ほんと、禿げ上がりそう!!!
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なんか、よく眠れなくなったよ……。
そんで、学園の授業の合間とか、ちょっとした時間に、うつら、うつら……。
悪循環だね……。
そんな時、決まってみる夢が有るの。
紅い瞳が、私をジッと見てるのよ。
私の瞳を覗き込むように、
探る様に、
期待を込めて、
その眼に、見詰められると、
なんか、ホンワカした気持ちなるんだ。
で、急に離れるんだよ。
ビクッ ってなって、
跳び起きるの。
なんだろうあれ?
でも、なんだか、心が暖かになる。
そんな、視線なんだよなぁ……。
第61話で、人物が間違ってました。
✖ エルヴィン=ヨーゼフ=エルグラント子爵
〇 マーリン=アレクサス=アルファード子爵
本日修正いたしました。
後から、気が付くんですよ…… 本当に申し訳ございませんでした!!
それでは、また明晩、お逢いしましょう!!




