第55話 デビュタントの前に……
お父様は渋い顔。 ミャーは無表情。 私は、シオシオ。
【処女宮】での晩餐会が終わって、急いで帰って来た私達。 ビーンズさんに言って、御父様とお話をする場所と時間を用意してもらった。 場所は御父様の執務室。 時間は……、 みんなが寝静まるような、深夜に成っちゃったよ。 お父様も忙しいからね。
執務室での私達は、重苦しい雰囲気を満喫していたんだ。 いやマジで。 状況はすこぶる混迷の様相を呈しているし、何しろ、王命が出たんだ……。
「一体何がおこったんだ? ミャー説明を」
「はい、御当主さま。 《精霊帰祭》にて、精霊様が、ソフィア様に……愛し子と そう告げられました」
「……愛し子……か…。 それは、また……」
「お父様、すみません。 その、「愛し子」とは、なんなのでございますか?」
お父様が目を剥いた。 だって知らないんだもの。 教えてくれてもいいじゃん。
「あぁ、そうか…… ソフィアにも、知らぬことが有るんだな」
「えっ?」
背後の本棚から、一冊の本を取出すお父様。 表題は、「魔術と精霊」
「後で読むといい。 愛し子とはな、いわば認められたる証の様なモノ。 本来はソフィアの様に、精霊様より、直接その名を頂くのが筋のモノなのだが、今は、人が人に与える称号なんだよ。 特に魔術師達にあたえられるな…… ソフィア、魔術の力は、魔力と精霊様の加護の両方が密接に関係しているのだ。 ソフィアは、低位魔法をよく扱うが、効果は高位魔法となんら遜色ない。 なぜだと思う?」
「想像力と……学園で勉強しましたが?」
「あぁ、そのとおりだ。 世界の理を知り、魔力に想像力を載せると、発現の形が変わる。 精霊様の加護は、その両方を繋ぐ、いわば「継ぎの手」だ。 膨大な魔力を持っていても、類まれなる発想力を持っていても、発現しないのがその「継ぎの手」。 その手を持つ者の事を彼ら精霊様は、「愛し子」と呼び、とても愛されるのだ」
「 魔力と、発想力の「継ぎの手」の事でございましたか……。 その「称号」……」
魔力を持って、魔法陣と起動陣を展開し、発動させる。 それが魔術。 魔法陣を書いたり、紡ぎだしたりしてから、そこに発想したモノを載せて、起動陣で魔法を発動させる……。 それだけなんだよ。 それだけ。
私は、この世界に転生してきた人だから、この世界の常識以外の現象を覚えている。だから、この世界の人より発想力が多い。 ほら、会社でいろんなことしてきたでしょ? 事務職なのに、現場も踏んでたんだよ……。 要は、私の経験の中には、色んな知識と知恵が入ってるってことね。
それに、ディジェーレさんの残したこの世界でも有数の知識もある。 私の知識とディジェーレさんの経験。 特異な発想力はここから来るんだ…… それでもね、これだけじゃ、「継ぎの手」には足りない。 その「愛し子」の称号を持つ者には、もうひとつ必要なモノがあるのね。 それが、魔力量……。
鍛錬でね、保有魔力量は、今も増大させてはいるんだけど……。 元がデカイんだよね。 デカイていっても幼児にしてはって事なんだけど……。 それでも、鍛錬をすれば飛躍的に増大するんだよ。 複利計算みたいにね。
ほんの数パーセントの増大でも、複利式に容量は大きくなるから、早くから鍛錬を始めると、それでけで増大量もデカくなる。 十二年分先行してるからね。 それに乳幼児期の増大量って、十二歳からの増大量に比べると、桁違いに大きいのも、この現象に拍車をかけるんだ……。
巨大な魔力量、ディジェーレさんの知識、私の経験、つまりは、三位一体ってことね。
そうか、やっぱり「ソフィア」は、この世界において特異点なんだ。 特異点って言うとなんかすごいチートなんだけど、私にとっては要らない事なんだよなぁ〜〜〜。 私は、この世界に生まれ変わったあの人と出逢いたいだけ。
あっちの世界で、アラサーになるまで、必死に一人で生き抜くって心に決めて、必死に勉強して、経験積んで、資格をとって……。 でも、寂しかった。 とっても寂しかった。 ……そこで出会った ” あの人” 。
あの人は、私を私として愛してくれたんだ。
綺麗でも、優しくも、特別でも何でもない、ただただ平凡な私をね。
だから、「特別」は、必要ないんだ。 もしさ、もし、私がこの世界にとって、特別な存在で、何かしらの役割をもって生まれてきたとして、あの人が私を……愛してくれるかどうか……不安だよ……。
沈黙に落っこちた私。 心配そうにお父様は私を見ている。 ミャーがそんな私達を優しい目で見て、口を開いた。
「貰える称号は貰ったら宜しいのでは? その事に気が付いた方は、僅かしかいらっしゃいません。 どうも、あの御声が聞こえたのは、ソフィアお嬢様と、わたくしだけだったようでございますし、精霊教会の神官様もお気づきになったのは、精霊様達が、精霊の門から一度、ソフィアお嬢様に寄ってから、御座所に戻られた様にしか、思ってらっしゃいません。 お嬢様もその辺を上手く韜晦されて居られました」
確かにね……
――― たまたま、あそこに居た中で、祭礼のメンバーとしては、私が最下層だから、たまたま来たんだよ……。 ―――
って、誤魔化しに、精霊教会の神官様達は納得していらしたしね……。 それは、それで…何とかなったかな……。
「ただ……」
「どうした、ミャー 何か懸念があるのか?」
「ええ、あの場に居た中で、もう一方、精霊様の御言葉を理解されているかもしれない御方が……」
「なに? ……もしかして、王子か?」
「はい、第一王子、サリュート殿下に御座います。 顕現された精霊様が、ソフィアお嬢様にお話になる様子を、ずっとご覧に成られて居られまして……。 頷かれて居られました」
やっぱ、喰えんなぁ~~あの人は。 私が、「証人官」に成った時、契約の精霊大神に直接承認されてのも、ビックリはしたけど、ある意味当然みたいな感じだったし……。 また、なんか、囲い込まれんのかなぁ……。
「まだ、周囲には知れて居らんようだし、事が大きすぎるので、殿下も黙っておいでに成る……。 そういう認識でよいだろうか?」
「はい、御当主様、左様かと。 どうも、あの方の動きは、エルガンルース王国内部でも特殊に御座います。 【処女宮】での評判はとても高いのですが、他の宮での話では、得体の知れない人と、そう御噂されて居られます故」
「何を考えているのかが……読めないと」
「御意に」
そりゃそうだよね。 一連のシナリオが進んで、シナリオ通りに事が運ぶと、どんな結末になっても、エルガンルース王国は衰退……下手すりゃ、滅亡。 この事は、多分私しか知らない。 だけど、小さい頃、毒殺されかかった殿下は、天啓を受けてる。 あの人聡いから、今の現状を読んで、滅亡への坂を転がり落ち初めて居るの、判っちゃたんだよ。 それに、アンネテーナ妃殿下もね……。
シナリオの強制力がかかりにくい二人に、天啓……。 天啓を授けた神様か、何だか分からない「ソレ」も、この世界が、シナリオの強制力に引き摺られているって、知ってるみたいよね。 それならばわかる、納得の人選。
「御父様、口を噤みましょう。 「愛し子」の件は、内密に。 それに……王命で、「デビュダント」が決まりました。 後程、正式に通達されると思われます」
「早くはないか?」
「通常は十五歳に御座いますが……二年前倒しと言う事になります。 外国の方々も出席される、正式な舞踏会と……」
「……それは、また……。 アーバレスト国王陛下らしい豪華なモノだな」
「はい、そう思います…… が、国王陛下の主催、正式な舞踏会と言うならば、出席資格は伯爵家以上の方々……。 男爵家には出席する資格は御座いません。 が、ダグラス殿下の婚約者候補は全て出席を命じられました……。 侍従様達は、きっと頭を悩ませていらっしゃることでしょう」
「そうだな。 お披露目となるとな…… まぁ、指示に従うしか無い。 ミャー、君が居てくれて本当に良かったと思う。 さもなければ、あの蛇の巣に、ソフィア一人で行かねばならなかった」
「有り難き御言葉、勿体なく」
「きっと、どこかの伯爵家に、エスコートさせるだろう。 どの家が選ばれるかで、宮中の力関係も判る筈。 ソフィアには申し訳ないが、拒否権は無いな」
「御父様に置かれましても、面目が……」
「なに、いいのだ。 君が幸せになるのならば、私の面目など。 宮中の噂話は、私の所まで届いている。 かなり頑張っているのだな。 【処女宮】でのソフィアの評判はすこぶる良い。 さらに、他国の大使達から、私への面談の要請まで来るのだ……。 「仕事」と関係無い事でな」
「まぁ、何でで御座いますか?」
「ソフィアの事に付いてだよ。 ちょっと調べれば、君が養女だと判る。 身元の確認だよ」
「つまりは……、 私に興味がおありにだという事ですか?」
「大いにね。 南の《ガンターク帝国》以外の国の方々は、並々ならぬ興味を君に示している」
「それだけ《ガンターク帝国》への御懸念が、大きいと……」
腕を組み、瞑目される御父様。 彼の国の所業が、他国にかなりの影響をもたらしているのは事実。 経済力が大きな《ガンターク帝国》への、直接的な事は出来ないけど、動向は注意深く観察しているって所かしら? まぁ、私も色々と嗅ぎまわっているしね。 あの国は色々とヤバイもの……。
「気を付けるんだぞ。 一旦引くのも、視野に入れてな」
「はい、御父様。 気を付けます」
「うむ」
深夜の密会は、こうやって終わった。 一言でいえば、「ダンマリで様子見」 デビュダントに関しては、宮中の指示待ち。 情報の収集は怠りなく、出した手は直ぐ引っ込められるように準備しとく。 かな?
御父様の前を辞し、お部屋に戻るの。 ミャーと一緒にね。
お部屋に入って、ミャーと二人っきりに成った。 ドレスも脱いで、何時もの服に着替えてたら、ミャーがホットミルク持って来てくれた。
「ソフィアぁ…… なんか大変な事になっちゃったね」
「そうだよ、ホントに、全く、その通りだよ。 「愛し子」って、なんだよ。 真面目に勉強してるだけなんだけどなぁ……」
「「愛し子」の称号は、ちょっと意外だったよ。 希少な称号なんだよ。 本当の所、良く判んないだよ、それ」
「なんで、ミャーが、そんな事知ってんの?」
「うん、ほら、私、獣人族じゃん、ハーフだけど」
「そうね、で?」
「獣人族には、精霊様の声が良く聞こえるんだ。 種族の特有の能力っていうか、まぁそんな所」
「そうなの……知らなかった」
「言ってなかったからね。 でね、あの場所で、ソフィアが聞いた言葉以外にも小さいのが色々云ってたんだ」
「知らなかった」
「精霊様の御言葉だからね。 その中で特に大事そうなのが一つあったんだよ」
「……なんか、怖いね。 なに?」
「森の種族の一人が追われてるって……。 森の賢者ことハイエローホ様の御友人だってその人、狙われているんだって…… ソフィアに何をしろって言うんじゃないよ。 精霊様の世間話みたいなもんだったから。 ただ、かなり心配してた……」
「御名前、判るかな?」
「うん、言ってたよ。 たしか…… 賢者《 エスカフローネ 》様ってね」
うわぁぁぁぁ……! ドロテアの云ってた、「《ガンターク帝国》極秘で、吸収した周辺国に任官してた、エルフの賢者を人柱に」って話と合致する。 だってその方の御名前が《エスカフローネ様》だったモノ……。 アイツらが無許可で捕縛しようと、エルガンルース王国南部諸侯領域に侵入してるって話だったから、スザック砦近辺に居るんじゃないかなぁ……。
こりゃ、本格的に、どうにかしないとね。
「ミャー、お手紙を書きます。 ええっと、そうね、フローラ様に。 とっても大事なお話なんだよ」
「わかった。準備するよ。 お届けは……」
「出来るだけ早くに」
「じゃぁ、準備終わったら、言ってね。 お届けに行くから」
「ありがと」
背筋に冷っとしたモノを感じながら、一生懸命にお手紙を書いた。 いま、私は動けない。 動ける人に動いて貰わないと、間に合わないかも知れない。 いや、手順踏んでたら、間に合わない。 だから、一足飛びにお願いするしかない。
出来るかどうかは、判んないけど、あの筋肉なら、どうにかしそう。 フローラ様の御願だったら、第一に聞くよね。 だから、私はフローラ様にお願いするの。 これ、ホントに下手すれば、人族が他種族から切捨てられるよ……。
本気でマズイよ……。
お手紙に封をして、ミャーに渡す。
黒装束のミャーが、ニヤリを笑って、窓から抜け出した。
彼女の後姿は、闇に溶けていったの。
宜しく、お願いします……。
なんで、こうも厄介ごとバッカリなんだろう……。
もう!
巻き込まれる厄介ごと。
対処するソフィア
次第に動き始める、シナリオから外れた動き。
また明晩、お逢いしましょう!!




