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記憶の彼方から ” あの人に逢うために ”  作者: 龍槍 椀
ビューネルト王立学院 二年生
53/171

第53話 精霊帰祭の日は、晴れ上がっていた。

 




精霊月(ガイスト)】中旬。 寒い……。 とても、寒い。 今年の冬は本当に寒いよ。 晦日には、《精霊帰祭》が有るから、今の王国には主だった精霊は居ないって事になってるんだよ。 まるで、神無月みたいでしょ。 でもさ、この世界には魔法があり、精霊の御加護が眼に見える形で具現するから、精霊様の居ない今月末までは、何をやっても、いまいちな感じなんだよね。


 例えば、発火呪文を唱えて、竈に火を入れようとするとね。 他の月なら、一発点火なんだけど、今月だけは、しょぼしょぼとか点火しない。火力も弱いの。 魔法灯火の光だって弱々しいのよ。 必要でない灯火は極力少なく、薄暗い町並みは重たくて……ね。


 そんな重い空気の中、ビューネルト王立学園に乗合馬車で向かう。 今日は雪までチラついててね。 制服じゃぁ、クソ寒い! 窓の外の流れる街に影のように行き交う人々の表情も暗いんだよ。 どっちを向いても、こっちを向いても、この時期の王都エルガムはコレだ。





「ソフィア様は、《精霊帰祭》の日は、如何なさいますか?」





 乗合馬車でご一緒させてもらってる、御令嬢からの問い掛けに、一瞬間が開いたのよ。 えっと……。





「お嬢様は、【処女宮(ヴァルゴ宮)】に御呼出しが御座います」





 耳元でミャーが教えてくれた。 そうだった、そうだった! 忘れる所だった。 このところのルーチンワークで、日付とか安息日とか、曖昧になっててね。 忙し過ぎるのが原因だよ。





「ええ、ドロテア様、《精霊帰祭》の日は、【処女宮(ヴァルゴ宮)】にて【祭祀】が御座いまして……。 お祈りの時間は取れると思いますが……。 皆様とご一緒と云うのは……。 残念では御座いますが……」





 うへぁ~~ なんか言い訳っぽいよね。 ゴメンね、本当に時間が無いのよ。 なんでこんなに詰め込まれるんだってくらいなのヨ! ちょっと、眉尻を下げたドロテア様が、残念そうに応えるの。





「そうなんですか、本当にお忙しそうね。 精霊様が御帰還に成られる日は、一斉に街の明かりが戻りますのに……。 ソフィア様の御心は晴れませんわね」


「与えられた義務ですから。 精一杯のお勤めをしませんと」


「偉いのですね。 其処まで応えられると、王宮の方々の反応も、あながち間違いでは無いようですわね」


「と、言うと?」


「兄からのお話を仕入れてきました。 ソフィア様の評判は、かなり高く、婚約者候補の中でも、一頭地を抜くと。 各方面で噂になっておりますわ。 特に外務関連の部署で」


「はっ?」


「各国の大使の方々に教えを受けていらっしゃると、お聞きします。 ソフィア様に置かれては、相手がどんな小国であろうと、真摯に、侮り無く、彼等の話を聴き、必要な情報を引き出しているとか。 兄曰く、” 婚約者候補の小娘相手に、御茶会の真似事をするだけだと思っていたのが、懐に入られて、つい大事な情報まで漏らしてしまう。 小娘と思い侮っていては、丸裸にされてしまいそうなので、今じゃ、本腰を入れて外交案件の意見の交換会になっている” と」





 そう言えば、この頃の御茶会の雰囲気が、ちょっとピリピリしてきてんなぁって、思ってたよ。 時には、複数国の大使と一緒になる事もあるんだ。 一人を相手にするだけでも、大変なのに、二、三人に囲まれんだぜ? おっさん共はみんなタヌキだ。 感覚としては、中小の技術屋のおっさん共を相手取って、出来る事、出来ない事の確認をして、製品の概要を纏め上げる会議……。 そんな感じか……。 


 まぁ、その場に御茶汲みで一緒にいさせられていたはずが、挙句の果てには、一緒になって、図面と睨めっこ、何てこともあったよねぇ……。 遠い記憶の中での一コマが、なんか合致して笑っちゃった。





「そうですか? 楽しい方々ですわよ? とても勉強になりますし、可愛がってもいただけます」


「兄曰く、大使様達の評価は一様に、” 侮り難し ” だそうですわ。 流石はソフィア様ね」


「えっ、そうなんですか? 楽しく御茶会が出来る様に、頑張っているだけなんですよ?」


「で、南の方の情勢は如何です?」





 ニヤリと微笑むドロテア様。 くそっ! 知ってやがった!! 御茶会での話題にちょくちょく出すのが、南の 《 カンダーク帝国 》のお話。 帝国の大使様は私の御教授には来られないから、情報少なくってね。 だから、周辺国の方々に聞いてたのよ。 あっちの内情とか、外縁部の状況とかをね……。 色々最悪だったよ。





「何の事でしょうか?」





 ニッコリ笑って、小首を傾げといたよ。 そんな私を見て、ドロテア様も、ニッコリ笑って、小首を傾げられた。 うわっ、肚が黒いね。 私から情報を引き出して、お兄様にお教えするつもりだったんでしょ。 守秘義務があるからダメよ。 まぁ、御父様にはお話してるけどさぁ……。 ミャーも帯同する事もあるから知ってるけど……。 漏らせないよ。 ゴメンね 。





「秘匿情報が多くて、なかなかと読み切れない南の状況を、一番正確にご存知なのは……ソフィア様かもしれませんわね……。 だとしら、サリュート殿下もご存知なのでしょうね。 ダグラス殿下は……取り込まれちゃうかも……」





 独り言のように、ドロテア様はそう云うの。 薄ら寒いモノを背筋に感じるわ。 だって、南の帝国の大使様は、私以外の婚約者候補様の所へは足繁く通われている様だし、ダグラス殿下も同席されているらしいもの……。 いやね、まぁ、良いんだけど……。 帝国至高教会の人達の、「人族は至高の存在である」なんてものを信じちゃったら、ヤバいよね。





 その為に、ダグラス殿下が同席されているのかも知れないし……。 あぁ、そうだ、「聖女」様が留学されるんだ! 通達が有ったよ。 そう言えば!!!  かなり強かな子だって聞いてるし……? ドロテア様の云う事、あながち間違いじゃないかも……。



 なんだか、本格的に寒気がしたよ。






 ――――――――――――――――――――






 アノ魔女(エミリーベル先生)の授業は苛烈を極め、度々出向かなければならない【処女宮(ヴァルゴ宮)】での ”御茶会 ”では、大使さん達と色んな意味で渡り合って、運動場では、ソーニア様とガツンガツンやってたら、滅茶苦茶 疲れた。


 夜は、ミャーに入れて貰った、ホットミルクを頂くと、一気に眠気が訪れるんだよ。 口洗って、寝間着に着替えて、ベッドに潜り込んだら、意識を失うまで、あっという間。 全身麻酔掛けられた様なもんよ。 ” はい、寝ますよ~ ” って、看護師さんに言われて、一気にブラックアウト。 そんな感じで、毎日……眠りに付くのよ。 で、翌朝まで、深い、深い眠りに付いてるのよ。


 手の掛らない子供みたいでしょ。 その通りよ。 愚図りもしないし、夜中に目も覚めない。 もう、ほんとに深い眠りに付くのよ。  体も、心も、休息を求めてるんだって、そう思うんだ。 ほら、日本では、寝る間を惜しんで色んな事してたけど、これ程じゃないよ。 あっちは、自由を手に入れる為。 今は生き残る為だもんね……。



 疲れ方が段違いに酷いよ……。 



 夢にくらい、あの人が来てくれてもいいのに……。 逢いたいよぉ……。



 そんな、安息の一時。 この頃ちょいちょい、異質なモノが混ざるのよ……。 そう、夢なんだ。 なんかとんでもなく追い詰められて、走って逃げてんだけど、なんか、逃げ切れなくてね。 追いつかれて、振り向くと、紅い瞳がこっちをじっと見て来るのよ。




    私と同じ紅い目なんだ。




 でも、知ってる様な知らない様な、そんな視線なんだ。 其処までの間、さんざん追いかけられて、恐怖を味わってるから、どうしても恐れが先に出るんだよ。 その眼……何か言いたげなんだけどね。 なんだろうね。 ディジェーレさんも赤い目をしてたから、記憶に刻み込まれた彼女からのメッセージなのかな?


 それにしては、鳥肌が立つような、恐怖感が先に出るんだ……。 ママはいつも優しかったんだけどなぁ……。 そんじゃ、誰だろうって考えちゃうでしょ。 





――――――――――――――――――――





 《精霊帰祭》 直前のとある夜。


 その日も、夢を見たんだ。 散々追いかけられて、追い詰められて……、必死に逃げてたんだ。 深い深い森の中をね。 あちこちの樹々の根が、足を取って来るの。 普通じゃ考えられないよ。 だって、私は夜目が効くし、真っ暗な森の中でも、走り抜けることだって出来るんだもん。 鍛錬の成果だよ。


 そんな私が、あっちこっちに引っかかって、こけそうになって、転がりそうになって……、必死に逃げる訳だ。


 後ろから追い込んで来るのが、正体不明のモノだから……。 余計に怖かったよ。 ナニコレ? 今の状況を脳ミソがそう解釈してんの? 夢だって判ってるのに、感情が言う事を聞かないのよ! 冷汗ダラダラ流しながら、必死に逃げるの。 もう、どっちに向いて走ってんのか判んない位ね。


 突然、足元が崩れ落ちて……、真っ暗な穴に、何処までも、何処までも、落っこちていく……。


 ダメだ、恐怖が理性を上回っちゃうよ……。 落っこちる最中に、クルッて体が回転するの。 穴の入り口が眼に入るのよ。 それでね、その穴の入り口に背後から迫って来たモノの姿が映り込んだの。 穴の縁に手を掛けて、一気に飛び込んでくるのよ!!!


 見る間に距離が縮まって……。


 伸ばされた手が、私に触れるの。 ゴツゴツした、大きな手だった。 握られたら、逃げようがない……。 でも、落下中の私には、どんなに頑張っても、何も出来ない。 武器だって無いんだもの……。 そう、なにも無いのよ……。 魔力は枯渇してるし、それまでの逃走劇で、武器は全部使っちゃってるし……。 



 絶望感、半端ないよ。 


 噛み締めていた歯。 押し殺していた声。 恐怖が、感情を上回って、ついに私の口から、悲鳴が漏れた。




     きゃぁぁぁぁ!!!!!!




 掴まれちゃった……。 もう、逃げられない……。 ダメだ……。 どうしようも無い……。 力が抜けていくの。 く、喰われる……! 生きたまま、喰われるんだ……!! 


 その時、落下中の穴の下から、物凄い魔力が吹き上がって来てね、私の周りを包み込んだの。 ガッチリ握られていた筈の、ゴツゴツした手が緩み、私はちょっと解放されたのよ。 でも、目の前には、大きな口を開けた何者かが居るんだ。 生臭い息も、デカい口に生えている牙も、迫力を持って私に迫って来るの!!




 ぎ、ぎゃぁぁっぁぁぁぁ!!!!!!





 恥も外聞もなく、トンデモナイ悲鳴を上げちゃったよ。 丁度、その時、さっきの物凄い魔力がさ、なんか凝縮して来たんだよ。 わたしと、そいつの間にね。 で、出て来たのが、なんか懐かしい背中だったんだ。 顔を見なくても判る。


 その雰囲気、その背格好……。 何より、その声。





 ” 引け! うつけ! 誰が許可した!!! ”


 ” 盟主様!!  そ奴は敵! 紛れもなく敵!!!! ”


 ” ならん! お前たちの浅慮がどれだけ誤解を生んだか、まだわからないのか!!! ”


 ” 盟主様!!! ”


 ” 我が命を聞けぬならば……、 喰らうぞ? ”


 ” …………御意に…………下がります……。 ”





 妙に耳に残る会話…… でも、この声の人……。 盟主様? どういう事? なんで、あなたが? どうして? 落っこちている私の方に向かって、男の人の影が回る。 でも、ハッキリしないの。 魔力で形作られた体は、半透明で、頼りなく、朧のようで……。




 ” 見つけた……。 やっと、やっと、見つけた……。” 




 深紅の目の光の中に、物凄く懐かしい光を見た。 待ち望んでいた、絶対に放したくない光を見たんだ……。 遠くから、呼び声が聞こえる。 微かに、僅かに、耳に届く……。




 ” まだまだ、時間はかかるが……。 必ず逢える。 僕が僕であるように、君は君だ。 その道を歩み通すんだ……。 いいね? ”




 人影は霧散した。 でも、確信が持てた。 あの人は、この世界に居る。 そして、私を探し続けていたんだって……。 涙が溢れて来た。 私を呼ぶ声が、大きく力強くなってるの、依然落下してる私の周りが光ってくる。 眩しい光が私を取り込むの、声がミャーの呼び声って判った時……。



 意識は覚醒した。





「お嬢様!! お嬢様!!! ソフィアお嬢様!!!! どうされましたか!!! お嬢様!!!!!」





 激しく私を揺さぶって、起こしにかかるミャーの顔が目の前にあったんだよ。 そのほか、何人かの人の姿も見えるのよ……。 だれだろう?





「みゃ、ミャー! ……怖い夢……見ちゃった……! でも……あの人が助けてくれた……! 探してたんだって……! ずっと、ずっと、探してたんだって……!!」


「お嬢様!!! しっかりしてください!!! 何かが、防御結界を突き破っていました!!! お嬢様のお疲れが酷いのも、十分な強度で防御結界が機能していなかったからです!!! 直ぐに薬師を呼びます、魔導士も!! 直ぐに、ソフィアお嬢様のお部屋に!!!! お嬢様がお戻りになられました!!!!」






 ミャーの慌て切った声が耳に届くの…… なんだか、大げさだなぁ……。 力が入んなくて、ぐったりしてる私は、部屋の中に突撃するような勢いで入って来る、レーベンシュタインのお家に仕えている、薬師さんやら、魔導士の皆さんの姿を見て……、 



 もう一回ブラックアウトしたんだ……。





 ――――――――――――――――――――――





「本当に、もう宜しいのですか」





 眉毛を下げ切った、心配顔のミャーが私の顔を覗き込んだのよ。 うん、快調、快調。 あの日と、次の日は、本当にバタバタしてたけど、もう大丈夫。 二日間死ぬほど眠らせて貰ったしね。 ビーンズさんも、マーレさんも協力してくれて、防御結界引き直して、十分な強度を叩き出せたしね


 お陰で、ぐっすり眠れた。 疲れも本当に取れたよ。





「【処女宮(ヴァルゴ宮)】には、伺候しなくてはいけませんし、本当にお休み頂いて、すこぶる快調になりました。 皆様のお気遣い、ソフィア嬉しく思います」


「お嬢様……。 判りました。 今後のスケジュールの管理はお任せくださいね」


「ええ、ミャー、お願いします。 頼りにしています」





 お部屋の中に、ビーンズさんも、マーレさんもいらっしゃるから、ミャーと私の口調は、お嬢様と、侍女の口調なんだ。 きっと、ミャーは、お友達モードで喋りたかっただろうね。 ゴメンね。 あの日から、殆どずっと、ビーンズさんか、マーレさんが一緒だもんね。


 ドレスを着こんで、玄関に向かうのよ。 


 ミャーがすぐ後ろについて居てくれる。 


 頼もしいよね。





       なんか、私、誰かに攻撃受けてたみたい……。





 お家の皆、黙って、緘口令が引かれてるみたいなのよ。 御父様も口を噤んでおられるの。 でもさ、それって、私を護る為に必要な処置らしいから……。 黙って、言いなりになっておくわ。 ミャーにも、お話になっていないみたい。 二人して、情報遮断されてるって事よね。


       でも、今私は、なんか満ち足りてるの。


         たとえ、夢でも、幻でも、 


        あの人の声が聞こえたんだもの。




          今日は、《精霊帰祭》。




 全ての精霊様が、エルガンルース王国にお帰りに成られる日。 だから、精霊の御加護も辺りに満ち溢れるのよ。 さぁ、行くわよ、【処女宮(ヴァルゴ宮)】へ。 お帰りに成られる精霊様のお迎えに。 大事な大事な、国事でも有るのよ。



「 では、行きましょう。 」










        精霊帰祭の日は、晴れ上がっていた。





         あの人が探してくれていたと、



            そう確信を持てて、



        晴れ上がったように迷いが無くなった、



             私の心の様に。






明けまして、おめでとうございます!

謹賀新年で御座います!


今年も、綴るお話を宜しくお願い申し上げます!




―――――――


さて、今回、やっと、ほんとうにやっと、”あの人の意識” が出て参りました。やんちゃでお転婆な、ソフィアの相方。 どんな人なんでしょうね…… まだまだ、距離と出逢う時期が隔たってるようですが、目標を発見! 自動追尾開始! ロックオンセンサー解放! てな感じでしょうか? 


早くロックオンできればいいのに……



それでは、また明晩、お逢いしましょう!!



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