第52話 筆頭婚約者候補との拳での語らい
ソーニア=エレクトア=マジェスタ公爵令嬢様
私の代わりに、この世界ではマジェスタ公爵家に養女に入った、元伯爵令嬢様だ。 愛くるしくも、凛とした佇まいで、女性プレヤーからの人気が高かった、チョロイン。 伯爵令嬢として、「君と何時までも」に登場してた時には、男装させてみたい人NO.1 な人だったんだよね。
そんな、ある意味、男前な彼女が、紅く夕日に沈む運動場に、長剣を抜き身で引っ提げ、剣呑な表情を浮かべてこっちに歩いてくるんだよ。 荒野のガンマン? 死地に赴く武士? 悲壮感さえ漂ってるよ。 何考えてんだ?
段々と近くなるよ。 そんで、右手に持った長剣が徐々に上がるの。 ミャーが真横に進み出たね。 そっと、ポケットに手を突っ込んでるよ。 ほら、今は二人とも、学園指定の運動着だから、何時もの重装備は無いんだ。
でも、ミャーはなんか有ったらいつでも対処できるようにって、何かしらを仕込んでるのよね。 フゥ~ やりおる。 さて、何かな?
長剣を水平にあげたソーニア様が、目の前に間合いを取って立ち塞がっている。
「ソーニア様? 何か御用でしょうか?」
「……」
目を怒らせたまま、無言で立ち塞がるソーニア様。 これは、一体どういう意味だったっけ? まぁ、長剣をこちらに向けているんだから、敵意は有るんだよね。 でも、殺気はねぇ……? なんていうの、そう、まあるい気合っての? このやろー! ってのは、有るんだけど、” 殺す ” って、その意思が薄いのよ。
中途半端な……。 なんか、もにょるよね。
「” 鍛錬が出来るなら ” と、貴女は言った。 ……何を知っている」
突然、ソーニア様が口を開かれた。 ええっと、あぁ、「武術大会」での捨て台詞覚えてたんだ。 だってねぇ、貴女の動き、ぎこちなかったんだよ、最初の方。
「確かに、「武術大会」では、素晴らしい剣捌きでは有りました。 しかし……、 明らかに鍛錬不足が見受けられます。 ちょっとした、御忠告ですわ」
私の言葉に、長剣の剣先がゆらりと動く。 あぁ、この人やる気だ。 こちとら、ヤル気はねえぞ? ミャー。 ……動くなよ。 これは、私の領分になりそうだ。 なんなら、相手してやるよ? へし折ってあげるよ、その無意味な矜持を。
「ならば、我が剣を受けて見よ! 幼き頃から叩き込まれたモノが、無様であろう筈はない! さあ、貴女の得意な武器を取れ」
彼女の剣先の揺れが止まって、睨みつけてるく。 コレって、私闘なの? 禁止されてるよ?
「これは、御手合わせなのでしょうか、それとも、私闘なのでしょうか」
「どちらにしても、やる事には変わりは無い。 さぁ!」
やれやれ…… ミャー、この人どうしても私に相手をさせたい様ね。 いいわ、” 手合わせ ” って事にしましょうか。 その方が、後々の面倒事避けられるしね。 なら、使うのは、拳一択よね。 だって、今は体術の鍛錬してたんだものね。 ニヤリと頬に笑みが浮かぶの。 そう、ニヤリとね。
「ミャー、御婚約者候補筆頭様から、御手合わせを依頼されました。 互いの鍛錬の為にね。 いいですか、手出し無用にて、お願いします。 あぁ、出来れば審判などをして頂ければ、有難いのですが」
「お嬢様、お手元は?」
「要りませんわ。 だって、体術鍛錬でしたでしょ? だから、必要御座いませんわ」
「ええ、判りました」
ミャーが後ろに下がる。 無手の私を訝し気に見る、ソーニア様。 なぜ、武器を取らないって顔ね。 いいわよ、言ってあげる。 貴方の土俵で戦う気は無いってね。
「”御手合わせ”でございましょ? ならば、わたくしは無手で。 貴方は長剣。 それで良いでは無いですか。 如何?」
ソーニア様の顔が赤くなり、目からなんかビームが出そうなくらいだ。 怒ったね、馬鹿め。 この位の煽りで、怒るなんて、煽り耐性無いんだなぁ……。 あぁ、スルー検定合格出来ないね。 ウハッ! こりゃ面白れぇ……。
「いざ、参ります!」
そう言って、戦闘開始だ。 ははっ! 楽しいなぁ……。 真剣を前に、こうもココロオドルとは、私もなんか壊れ気味なんだよね。 さぁ、いくぞ!!
水平にこちらを向いて行く剣先を軽く躱して、懐に飛び込むの。 これで拳使ったら、一撃で終わるから、掌底でポンって、ソーニア様のお腹を叩く。 後ろ向けに飛びのいたソーニア様、ちょっと間に合わなかったみたいね。 派手に転びそうに成ってた。 体幹はきちんと整っていたんで、転ぶことは無かったけど、驚愕に目を見開いているよ。
そりゃそうだ、長剣持った相手に、いきなり距離を詰める馬鹿なんて、私くらいなもんだ。 普通は、打突距離外に退避する。 彼女の目が本気になった。 水平にした長剣で、狙いを定めてる。 ありゃ、突きだね。 いいよ、来いよ!
ズサッ
ズサッ
ズサッ
目の前に長剣の切っ先が通り過ぎる。 間合いは、長剣の間合い。 懐に潜り込まれたのが、相当嫌だった見たいね。 なら、どうするってんで、突きで、私が距離を取るように、しようってんだ。 甘いね。 こっちは無手。 頼りになるのは、この拳一つ。
連続した突きは、いい感じなんだけど、どれも紙一重で避けてあげる。 ソーニア様、もう手加減出来てないよ。 ホントにブッ刺すつもりで、突きを繰り出してるよね、コレ。 まぁ、その方がこっちもやり易い。 下手に手加減されると、軌道が読みずらいもんね。
「クオォォォ」
変な声上げとるよ。 なりふり構ってない感じ。 いきなり横薙ぎに来たよ。 いい振りだね。 でも残念、予備動作が大きすぎる、ステップバックして、切っ先を躱すんだ。 ほら、体幹がブレた。 ダメじゃん、そんなんじゃ、ほら、こうやって距離を詰められる。
無防備に私にさらけ出したソーニア様の右側に、素早く入りこみ、バックハンドブローをかます。 彼女の肩にヒットした拳には、確かな手ごたえがあるのよ。 痺れる筈よ、アレ。 でも、流石は武門の御家柄。 長剣を取り落とすことなく、柄で私を殴りに来るの。
でもさぁ、ブレた体幹と、痺れた利き手じゃ、スピードも、軌道も、ままならないよ。 アッサリ避ける事が出来たわよ。 フウフウ行ってるソーニア様。 息が上がりつつあるね。 体力落ちたんじゃない? さっき掌底で、お腹叩いた時も、プニョってしてたし……。 太った?
頬に、笑みが浮かぶのよ。 カッコいいお嬢さんなんだけどね……。 やっぱり、伯爵家で鍛錬してた方が、良かったんだよ……。 憐憫の情が浮かぶよ。 マジェスタ公爵家で、どんな扱いされてるか、大体わかるよ。 そんで、息を殺して生きてるんだ。 武門の御家で鍛錬してきたって事だけを、心の拠り所にしてね。
ゴメン、それ、へし折る。 だって、貴女はもっと凄い使い手な筈。 そして、その力は、王国の為に役立たねばならない力。 自分の矜持の為だけの剣技ならば、人を傷つけるだけの殺人剣にしかならない。 昔の人は言ったよね、”極意は活人剣” 人を活かす剣だって……。
だから、その矜持はへし折る。 貴女の剣と共にね……。
一発大勝負の、大技繰り出して来た。 大上段から、振り下ろして来たよ。 間合いも丁度いい、必殺の剣だよね、ソレ。 当たれば、私は只では済まない。 下手すりゃ、ド頭かち割られて、死んじゃうね。 疲れから、体幹はブレブレ、右手も痺れる貴女には、精一杯の超攻撃仕様だったって訳よ。
でもね……。
そんな状態の剣筋、見極められない筈ないよね。 振りかぶるソーニア様の挙動に、次の大技の予測が立ったと同時に、ちょっとした魔法を両手に掛ける。 右手に【ハンマー】と左手に【金床】。 ちょっと、薄緑に両手が光るのよ。
落ちて来る切っ先を見切り、頭に落ちる前に、半歩前に出る。 真剣白羽取りみたいに、落ちてくる剣を挟み込むように、両手で受ける。
ガキン!!
甲高い音と共に、切っ先から30センチあたりで、長剣の切っ先がへし折れ、あらぬ方向に飛んでったよ。 出来たね、剣折り。 折れた剣先は、クルクル回って、横っちょに飛んで、運動場に突き刺さった。 剣を持ってたソーニア様は、現状の認識が追いついていないみたいよ。
勢い余って、折れた剣を大地に打ち下ろしてた。 ほう、完全に殺しに来てんじゃん! ひっくり返りそうになってる彼女の肩を、掌底で地面に打ち据える。
ベチャ。
ソーニア様を地面に叩き付けちゃったよ…… この位いいよね、だって、殺しに掛かって来てるんだもんね。
「勝負アリ! 其処まで!!」
ミャーの声が私を止めた。 茫然と私を見上げるソーニア様…… 驚愕の色が収まり、顔中に笑みが零れ落ちた。
「負けた、この私が……負けた……! ここまで、完膚なきまでに……こんなに強いとは、思わなかった……! 無手に本気で斬りかかって、こんな無様な恰好をさせられるとは! ハハ…… ハハッハ…… アハハハッハ!!」
運動場に転がって、私を見上げながら、涙を流し、笑い転げるソーニア様。 ん? 壊れた? どうしよう。
「済まなかった、ソフィア殿! 貴方の言っていた、鍛錬不足の意味が分かった。 まったくもってその通りだ。 父上にも、兄上にも、顔向けできないな」
「ソーニア様?」
「私だって、日々の鍛錬の重要性くらいは理解している。 コローナの家では、毎日、兄上と鍛錬していたんだ、これでも。 兄上も、父上も女性でこれだけできれば、十分だと言ってくれてはいた……。 甘かったんだ。 マジェスタ公爵家では、剣を握らせても貰っていない……。 この私がだぞ?! 全力で懐剣を振ったのは、何時ぐらいだったろう……。 今年の「武術大会」でソフィア殿と戦って…… 楽しかった……。 本当に楽しかったんだ! 私は公爵家の令嬢など出来ない。 宮中での教育について行く事さえ、難しい。 教師、大使達がいつも誰かと比べて来るんだ……。 いくら頑張ってもな……」
泣き乍ら、自嘲気味そう呟くソーニア様。 かなり、追い込まれていたみたいね……。 精神的にボロボロじゃん。 誰も側には居てくれないのかなぁ……。 私も、こうなってたのかなぁ……。 苦しかったんだろうなぁ……。
「周りの方に、その胸の内は、お伝えに成ったのですか?」
「……言える訳なかろう。 常に孤高なれと、義父に言われている。 慣れ合うなとも……。 周りは全て敵だと……」
「背中を預けるべき人は、居ないのですか? 護ってくれる方とか」
「……居ない……な」
こりゃ、重傷だ……。 私には関係が無いんだ。 無いんだけど……。 悪意に囲まれるこの人は、純粋で無垢で、このままじゃ死ぬね……。 私にできる事と言えば……、拳で語り合う位かなぁ……
「ソーニア様?」
「なんだろうか」
「宜しければ、放課後の一時、御一緒に鍛錬致しましょう。 わたくしは長剣は苦手です。 出来ればお教えいただければ、有難いのですが……」
ソーニア様の目が大きく見開かれる。 弱音を吐いた、それも、殺してしまうような剣戟を繰り出した相手からの申し出だもんね……。 疑いの目と云うより、混乱しているのよね、コレって。 大丈夫だよ、貴女に恨みなんか無いもの。 不器用で、己が矜持を守ろうとしただけなんでしょ? だったら、高みを見出す事にその無駄な矜持を使えばいいだけ。
「ソーニア様は、ダグラス殿下の婚約者候補筆頭様、必須の護身術の自主鍛錬と言えば、誰憚る事なく、此処で鍛錬が出来ますでしょう?」
ニッコリと笑い、小首を傾げといた。 彼女は……なんか考えている……。 色々と制約があるんだろ……? マジェスタのお家とか、その辺りだろうけどね。 でも、まぁ、それでも、婚約者候補の勉強の一環と言えば、許されるだろ。 頸木は、自分で外すもんだ。 御実家がどんな状態なのかは知らんけど、それなら、大丈夫じゃ無いかな?
「宜しいのか? 私は…私は、貴女に……」
「宜しくてよ。 だって、わたくしも、末席に居りますが、同じ婚約者候補として選定されておりますもの。 この国にとって恥ずかしくない者に成らんとする、その行動を掣肘する事は、お国に対しての反逆であります。 わたくしは、この国を大切に思っております故」
「天晴な……。 それが、ソフィア殿の矜持か……」
「下級貴族に在る、モノですわ。 それが何か?」
「私の目は曇っていたようだ……。 私から、お願いする。 出来る事ならば、一緒に鍛錬してほしい」
「先程から、申し上げております。 お国の為に、御一緒しましょうと。 わたくしが、居ります時ならば、何時でも、どうぞ」
「ありがとう……! ありがとう!!!」
泥だらけになった、ソーニア様のドレスを、ニャーと二人で、綺麗にしたよ。 だって、ソーニア様、【クリーン】の魔法知らないんだもの……。 あぁ、それも、教えてあげるよ。 鍛錬すれば泥だらけになるしね!
なんか、突っかかられたけど、結果的に良かったよ。 夕日に明日を想えるよね。 私の身代わりに、手駒として、マジェスタ公爵に養女にされちゃってたんだもんね。 ソーニア様だけの力じゃ、どうにも出来ないよね。 判るわ~~~。 どうかな、これからの彼女次第だけど…… 「君と何時までも」のソフィアと同様に、マジェスタ公爵の ” 反逆の証拠 ” 掴んでもらえないかなぁ……。
私、何処に何があるか知ってるし……。
まぁ、これからだよ、これから。
彼女にも、エルガンルース王国に対する忠誠心みたいなモノが有るみたいだしね。
いずれ、折りを見て、
ヤバい事考えてる奴等から、
手が切れる様に、
コッチも、なんか画策しなきゃね。
取り敢えずは、御父様に、
御報告申し上げるか……。
あぁ……。 サリュート王子にもな……。
あの人、除け者にされるの、大嫌いだしなぁ……。
用心深く、行こう。
私の為にもね……。
「あの人」に逢うためにね……
本日も予約投稿にて、更新いたします。
さて、拳での語り合いで、夕日に何となく友情を見つけた、ソーニア様。 こちらソフィアは、さらっさらそんな思いは無い様で……
生き残り、あの人と出逢うために精一杯の事を成すと心に決めているソフィア。
あの人は一体どこで、何をしているのか…… ちょっと気になる所ですか……
それでは、また明晩…… 新年ですね、お逢いしましょう!!




