第51話 御妃教育
「【処女宮】での御妃教育は、如何かしら?」
学園の食堂で、お嬢様方に囲まれてお昼ご飯を食べてる時に、そんな話になったんだ。 別段隠し立てするような事じゃ無いし、正直に答えて置いたよ。
「あちらの教育官の方々に、それはもう厳しく教えを戴いておりますの。 一挙手一投足に至るまで、色々な意味合いが含まれる、至高の階の上のお話ですので……。 それに、禁止事項や、守秘など、制限が厳しくて……。 息が詰まりそうですわ」
いや、本当にそうなんだよ。 いくら予習として、お家にある王室典範の儀礼則を読み込んで行っても、ディジェーレさんの記憶があったとしても、最初からうまくいくとは限らないんだよ。 体が覚えていないからね。 それを、いま、刷り込み中なんだよ。
出来は良いと、褒められちゃいるけど、細かい所がまだまだなんだよね……。 自覚有るもの。 奔放なアンネテーナ妃陛下は、結構砕けた感じでいらっしゃられるけれど、それは、あくまで、アンネテーナ妃陛下だから、許されるんだよ。 下位貴族の、それも養女の私が、同じような真似しようものなら、何を言われるか判らんもんね。
「大変なご苦労だと思います。 ソフィア様、お身体だけはお気を付けあそばしてね」
「有難う。 皆さんのお気持ちが嬉しいですわ」
「行儀作法の他にも、覚えねばならない事が沢山あるのでしょ? 学園のアノ授業と並行してお勉強されるのは、ご負担じゃないかしら?」
いい所突くね、そうなんだよ。 あっちの勉強ってね、ほぼ外交に偏ってんだよ。 他国の風俗やら社会構造やら政体やらの深い理解を要求されるのよ。 だって、そうしないと、御妃様の仕事出来ないからね。 アンネテーナ妃陛下は、ちとその辺の勉強が苦手だったみたい。 だから、色んな事 ”やらかし”て隙を作っちゃんたんだ。
それを踏まえて、御妃教育の重点が、外交に特化してるのよ。 微に入り細に入りね。 別に机に向っての座学じゃ無いのよ、その教育って。 各国の大使を呼んでの、御茶会なのよ。 そこで、彼等に直接教えをうけるって感じ。
まぁ、色んな国が有るのよ。
大きい国、小さい国、属国、自治領。 そんでエルガンルース王国に大使が常駐してる国でしょ、この国に有益に成るような産業やら、交通の要衝を持ってるのよ。 でね、彼等とのお話は、彼等の国の言葉で行われるの。 そっちの勉強も異常なくらい大変なんだよ。
同じような言葉を使ってるけど、ニュアンスとか、固有名詞とかが違うんだよ。 それも、間違いやすい単語が頻発するの。 一言間違えてしまうと、全く正反対の意味になってね……。 こりゃ、相当勉強しないと、やらかしかねない。
実際、アンネテーナ妃へが ” やらかした ” 事の大半が此処にあるんだよ。 あの方は、その美貌と、天真爛漫な性格で、ご自身の ” やらかし ” を、ご自身でフォローできたけど、普通じゃ無理ね。 別の国の行儀作法で、忌避されるハンドサインなんか、全部覚えとかないと、公式の場で大恥かいちゃうんだから……。
「ソフィア様が、それ程苦労されているのであれば、他の候補の方々は……、 大変でしょうね」
あぁ……、 あいつ等ね……。 まぁ、高位貴族さんなんだから、その辺は色々あるのではないかな? 下地だってある筈なんだし……。 他国の大使さん達は、私との御茶会を楽しみにしてらっしゃるって、ミネーネ=バルカン侍従長が、教えて下さったのよ。 なにか意味ありげな笑みを頬に浮かべられていたんだけど、意味わかんないよね。
「基本的に、婚約者候補同士は御顔を合わせませんので、他の方のお話は……、 ちょっと判りかねますわ」
「まぁ、個人授業なのですか?」
「ええ、それに……」
「それに?」
お嬢様方に云うかどうか、ちょっと迷ったけど……。 いいや、別にこの人達になら。 間違った理解しないだろうしね。
「主に回復系の魔法を伝授する事になっているのが……、サリュート第一王子なのです。 殿下は、回復系魔術の教師資格をお持ちなです……。 王族の中でも相当強力な、魔力の持ち主でもあらせられるので……」
「まぁ! そうなんですの? でも、その事は守秘義務があったのでは?」
「誰が誰に何を教授されて居るのかの制限は、かかっておりませんわ……。 どなたも一流の先生なので」
「そうなんですの!! でも、あの銀箔の仮面……。 個人教授となると……怖い感じが致しますね」
「怖いですわよ、実際。 手加減有りませんもの……」
あぁ~ ゴメン、ここは嘘。 サリュート殿下との授業はほぼ雑談なんだ。 学園の雰囲気とか、上位貴族の動向とか、そんな話なんだよ。 サリュート殿下は、私が回復系の魔法を使えるの知ってるしね。 そんで、その部分は、エミリーベル先生の授業に丸投げしてる感じなんだよ。 だから、エミリーベル先生の課題が、回復系に偏ってんだ、私の分は!
「お二人きりで、授業されますの?」
別の子が聞いて来たんだよ。 興味津々な様子ね。 ほぼ無視されている第一王子とはいえ、相手は王族なんだからね。 そりゃそうだ。
「いいえ、わたくしの侍女も居りますし、殿下の護衛騎士様、近習の方々、侍従様達、お部屋付の侍女様、その他大勢の方が居られますわ。 間違った事や、他の事を考えたりするなど、到底無理で御座いますのよ。 いつも、ピリピリされて居られますからね」
これも、嘘なんだ。 サリュート殿下にそう言えって言われてるからね。 実際、居るには居るんだよ。 ただ、ピリピリとは程遠い感じなんだよ。 サリュート殿下は、居室での過剰な礼法は全て廃されて居るから、近習の人も、侍女さんでさえ、ほぼ普段通りの言葉で、ナンヤラカンヤラ、お喋りしてるよ。
あの部屋は、サリュート殿下のお眼鏡に叶った、身元のしっかりしている人しか入室出来ないしね。 あの中で一番怪しいのは私なんだよね……。 そんな私にも優しくしてくれるんだよ? ほんと、良い人達なんだ。 それにね、そんな彼らは、何かしらの特技を持っていてね……。
近習のある人なんかは、私の事、【銀髪紅眼鬼姫】って呼んじゃうくらいなんだよ。 どっかで見た顔だなぁ‥‥って思ってた。 思い出したよ、新しい暗殺者ギルドのサブマスターなんだよ。 思い出して絶句したよ。 サリュート殿下、笑ってらしたよ。 声出してね。
「左様で御座いますか……。 王家の方がたと交歓するということは、王家のしきたりに詳しく無ければならないという事で御座いましょうね……。 わたくしが選ばれなく良かった」
「そうで御座いますわね。 ソフィア様ほどの方ならば如何様にできますでしょうが、わたくしも無理ですわね」
「そ、そんな事は御座いませんわ。 わたくしとて、男爵家の娘。 高貴なる方々を前に、常に身の縮む思いをしておりますのよ? 何か失敗をしないか、誰かのお叱りを受けるのでは無いかと……」
ちょっと、眉を下げて、本心を語っておくよ。 そりゃもう、小姑みたいな人ばっかりが、目を光らせているんだものね。 目立たない様に、お叱りを受けない様に、細心の注意の元ね……。 【処女宮】から、お家に帰ったら、ほんとぐったりするもの……。
「お付きのミャーさんも、【処女宮】で、侍女教育を?」
「ええ、妃の側仕えの為の教育を施されておりますわ。 ミャーも大変よね」
側に立っているミャーがにこやかな笑顔を晒して、何も言わずに居るのよ。 知ってるわよ。 ミネーネ=バルカン侍従長が教えてくれた。 あなた、侍女頭様に【処女宮】への任官を進められているんでしょ? なんか色々と、お眼鏡にかなっているらしいじゃん。 侍女さん達も、長年勤めているみたいだって、そう言ってたよ?
何やらかしてんの?
そりゃ、夏休みの間中、ディジェーレさんの記憶から、ミャーが必要だと思う事は、みっちりと教え込んだよ……。 でも、それだけじゃないでしょ……。 アレね、暗殺者ギルドでの訓練とかで身につけた物が、いい方向に結果出してるんだよね。
そんなところでしょ?
ミャーのニコニコ顔を見て、お嬢様方が溜息を洩らされているよ。 その眼には、微かだけど、羨望の色も見えているのよね。 敏感にその感情を感じ取ったのか、ミャーが口を開くの。
「…わたくしが、お嬢様の専属侍女となりましたのは、お嬢様がレーベンシュタイン家の御当主様に引き取られたと同時です。 わたくしも、お嬢様と同様、身寄りの無き卑しき身。 御当主様にお嬢様とご一緒に引き取られれました。 わたくしの命が有るのも、御当主様の御優しきお心遣いと、なにより、ソフィアお嬢様の御意思。 この想いにわたくしは応え続けなければ、なりませんので」
ミャーの言葉に、お嬢様方が今更ながらに思い出されたんだ。 そうさ、私とミャーは今でこそ立場が違うんだけど、同じ出自。 身寄りの無い孤児なんだよ。 そんで、御父様は私を引き取る際に、ミャーも一緒に引き取ってくれたの。
” その子は、ソフィアを護ろうとした。 ” その一点でね。
だから、ミャーはいつも私の側に居るのよ。 自分が娼婦に成らずに済んだのは、私と一緒に居たからって、そう思い続けているから。 違うよ、私が望んだからだよ。 貴方は、私の大切な友達。 表向きの時は、主従関係が出来ちゃってるけど、本当は私の良き半身なんだよ。 私が私で居る為に、絶対に必要な人なんだよ。
ミャーには事あるごとに伝えてはいるんだけど…… ちょっとまだ、この想いは、届いていないんだ。 口では、そうですねって言ってくれてんだけどねぇ。 だから、お家のお部屋に居る時には、目一杯甘えさせてもらってるのよ……。 弱い私を曝け出してね。
「ソフィア様は、本当に良い専属侍女をお持ちですね。 羨ましい限りですわ。 分かちがたく、一心に……。 【処女宮】でも、いかんなくミャーさんは能力を発揮されるのでしょうね。 本当に羨ましいわ!」
「でも、ミャーさんが居られるから、ソフィア様も存分にお勉強されることが出来ておられるのでしょう?」
「その通りで御座います。 背中を預けられるミャーが居なくては、とても【処女宮】になど、伺えませんもの」
御令嬢さん達、判ってくれた。 そうなんだ、決して替えの利かない、大切な人なんだよ。
「お嬢様……そろそろお時間ですが」
「そうね、運動場に行く時間ね。 皆様、ゴメンナサイ、体術の鍛錬の時間に成りますので、お暇させて頂きたく」
「頑張ってくださいませ」
「お体にお気を付けて」
「貴女は、わたくし達、男爵家の者にとって、輝かしい星なのですからね」
「「「 ごきげんよう! 」」」
「ごきげんよう! ミャー、行きましょうか」
「はい、お嬢様」
お嬢様方に挨拶を交わし、食堂を出て、運動場に向かう。 体術の訓練は、魔力の保留量増大にも寄与するんだ。 なんにせよ、毎日の努力が必要なんだよね。 疲れてたって、こればっかりはやめられないから。
生き残る為に必要な人事を尽くしてるんだからね。
午後遅い運動場で、走り込むの。 一心にね。 体幹のブレやら、身体のキレやらを確認しながらね。 後ろにはミャーも同じように走ってるのよ。 彼女自身の為に、私と共に生きる為に。 真摯に、抜かりなくね。
夕日が赤く運動場を染め上げる頃、鍛錬も終わって、帰り支度を始めてた時に、彼女の姿が運動場に現れた。
ドレス姿では有ったけど、
抜き身の長剣を手に持ち、
なにか、不穏な空気を纏いつつ、
私達に向かって歩きて来たのよ。
そう、
ソーニア = エレクトア = マジェスタ 公爵令嬢様 がね。
元悪役令嬢と、現悪役令嬢が出会う夕日の運動場。
さて、何が起きますやら
それでは、また明晩、お逢いしましょう!!




